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なにげに世界で有名な日本人:水中で呼吸ができる人工エラ『AMPHIBIO』を開発したバイオミメティックス・デザイナー亀井潤氏
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  • 2018.08.15
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なにげに世界で有名な日本人:水中で呼吸ができる人工エラ『AMPHIBIO』を開発したバイオミメティックス・デザイナー亀井潤氏

Design by Jun Kamei
Photography by Mikito Tateisi
Model : Jessica Wang

技術者や研究者でなければ、バイオミメティックスという言葉を聞いたことがある人はそれほど多くないだろう。日本語では「生体模倣技術」という。人間、動物、植物、昆虫などの生物の動きや機能などを応用し、新しい技術開発に役立てていくのがバイオミメティックスだが、実はすでに日常生活のいたるところで目にすることができる。

例えば新幹線。高速でトンネルに突入する際、空気の圧縮波により「トンネルドン」と呼ばれる大きな音がトンネル出口で発生する。この問題を解消するため参考にしたのがカワセミのくちばしだ。水の抵抗を最低限に抑える形状のカワセミのくちばしを模倣し、500系新幹線の先端部分が設計された。結果として、トンネル出口の騒音を解消しただけでなく、走行抵抗30%減、消費電力15%減も実現した。

こうした技術開発はなにも日本だけに限った話ではない。

このバイオミメティックスの分野で最近海外を中心に注目されている若き日本人研究者がいる。亀井潤氏がその人だ。同氏が今年発表した、水中で呼吸できるようになるという人工のエラ『AMPHIBIO(アンフィビオ)』は、英語圏のさまざまなメディアでも取り上げられている。

取材・文:6PAC

亀井潤

バイオミメティックス・デザイナー

1990年大阪府生まれ。2009年東北大学工学部化学バイオ工学を専攻。2011年東日本大震災を受け、東北地方初のTEDxカンファレンス TEDxTohokuを共同設立。2013年東北大学大学院工学研究科応用化学専攻に進学。在学時、材料工学バイオミメティックスの分野で日本のフロントランナーである下村政嗣教授、薮浩准教授の元で学術研究および企業との共同研究に務める。2013年以降、東北地方でフリーランスで通訳兼コーディネーターとして、東北の震災復興のプロジェクトに関わる。
2015年英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アート(以下、RCA)とインペリアル・カレッジ・ロンドン(IC)が共同運営する、イノベーション・デザイン・エンジニアリング学科に留学。2017年日本に帰国後、東京大学生産技術研究所に新しく設立された東京大学とRCAの共同ラボであるRCA-IIS Tokyo Design Labに特任研究員として合流。2018年RCAにてRCA-IIS Tokyo Design Labとの共同プロジェクト、AMPHIBIO PROJECTを手がける。現在、RCAのアクセレレータープログラムに参加し、人工エラ「AMPHIBIO」の基礎技術をビジネスに展開できるか検討中。
公式ウェブサイト
http://www.junkamei.com/

海面水位の上昇により、水没した世界での生活を想定した『AMPHIBIO』

『AMPHIBIO(以下、アンフィビオ)』は何ができるアイテムなのかというと、簡単に言えば「水中の酸素を取り込み、かつ二酸化炭素を排出して呼吸できるようになる服」である。多孔質で撥水性の素材からなるアンフィビオの機能は、水生昆虫の呼吸メカニズムからヒントを得たそうだ。

Design by Jun Kamei
Photography by Mikito Tateisi
Model : Jessica Wang

亀井氏はアンフィビオの発想の原点について、「海上都市として知られるベネチアの歴史、カンボジアのトンレサップ湖に作られている水上村での人々の暮らし、多くの時間を海で過ごす海洋民族の身体能力などにも興味を持ちつつ、水上で人が生きることに関する身体的な影響から社会的な影響まで幅広く情報を集めてきました。その後、科学技術の発展および大きな地球環境の変化のタイムラインを作りながら、一般の私たちにどのような影響が生まれてくるかを、さまざまなシナリオを描きながら想像していきます。そのうちの一つのシナリオとして、部分的に水没した大都市で両生類的な日常を過ごす人類に向けて、エラの機能を持ったアンフィビオのデザインを考えました」と語る。

Rendering by Kathryn Strudwick

Rendering by Kathryn Strudwick

海面水位の上昇により、人類が水没した世界での生活を余儀なくされた時、普通に暮らす上で問題ない完成度の状態を100とした場合、現在公開しているアンフィビオの状態は「10ぐらいの完成度と言うのが適切」という。

アンフィビオのプロトタイプ
Photography by Jun Kamei

完成に近づけるためには、人間の使用に耐えうるサイズのものを開発し、さらに安全性を確保するためのセンサーユニットと運用のためのアルゴリズムや、非常用の小型酸素ボンベなどにつないだシステムを開発する必要があるということだ。

加えて、耐圧性能をどのぐらいまで見積もるかという判断や調整も必要だ。「深度によって必要な安全対策が異なり、材料の耐圧性能が大きく変化するので、深度5m、10m、 30m、30m以下の段階で実現の難易度が大きく変化していくと考えています」(同氏)。

「自然界に学ぶ課題解決方法」を新たなクリエイティブに

亀井潤氏

亀井氏は現在、東京大学生産技術研究所で2016年に設立された東京大学とロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA/イギリスの国立美術大学)との共同ラボである「RCA-IIS Tokyo Design Lab」に特任研究員として勤務している。

同氏が開発に携わっているプロジェクトはアンフィビオ以外にも『WIM Haptic Dress』などがある。これは電気信号で収縮する素材を組み込んだ服で、2017年にはダンサーとのコラボで、プログラミングされた振り付けのデータを楽器の音のようにサンプラーで割り振り、リアルタイムで“実演”するパフォーマンスも実施された。

同氏がバイオミメティックス・デザイナーとして何を目的としているのか訊いてみると、「活動の大きな目的としては、自然界から得た学びを社会の課題解決に活かしていくことと、新たなクリエイティブ表現につなげていくということです。水中呼吸を可能にするエラ、弾丸を跳ね返してしまう蜘蛛の糸、光からエネルギーを得る植物、美しく頑丈な貝殻など、ヒトが不可能だと思うことでも、他の生物たちはたやすく成し遂げている事例は非常に多いです。これらを少しでも、人の社会につなげていくことで、今後の貢献できればと考えています」と答えてくれた。

世界各国で進むバイオミメティックスの開発

こうした技術開発は世界各国で行われており、例えば米ハーバード大学ではアメンボのように水上歩行をするゴキブリ型のマイクロロボットを開発している。また“自然界に学ぶ”をテーマに技術研究を行っている独フエスト社は、これまでにいくつもの生物型ロボットを発表している。

ハーバード大のゴキブリ型マイクロロボット

フエスト社のクモ型ロボット

フエスト社のコウモリ型ロボット

バイオミメティックスという点では、亀井氏と前述のハーバード大学やフエスト社などとはアプローチが異なるように感じたことを率直にぶつけてみると、「バイオミメティックスそのものは非常に広い分野です。動物の動的メカニズムをロボットに応用することもそうですし、カニの甲羅の材料構造を調べ、人工物で同じ強度を持った材料を開発することや、魚の群行動を分析して交通整理用のアルゴリズムを開発することもバイオミメティックスです。あと、哲学的な観点からすると、生物から技術のヒントを得ることは着想の面での利点だけではなく、より環境に優しい技術開発ができるという期待が秘められていると思います」とする。

「私自身、東北での震災をきっかけに、自然と対峙する科学技術のあり方に疑問を抱いていた時に、新たな科学技術のあり方として、バイオミメティックスに興味を持つようになりました。それ以降は、常に自然界からアイデアを得るために、生物系の学術雑誌を読むなどの座学はもちろん、自然が豊富な場所では、その場所の生物や植物を宝探しのように観察しています。アンフィビオの元となった水中呼吸できる昆虫に関しても、東北大学の在籍中に知ったことです」(同氏)。

研究・事業・アートの融合が今後より重要に

亀井氏のプロジェクトの特徴は、その多くが外国人と共同で行っているという点だ。巷間耳にする「オールジャパン」とは対照的だが、同氏は「さまざまな国籍・文化圏・ジェンダーの人たちとチームを組むことによって、取り組むべき課題の視野を広げることができると同時に、予想外のソリューションに辿り着く可能性を高めていくことができると考えています。さらに、アイデアを現実に落とし込むためのテスト地域を一つの国にとらわれずに自由に考察できるところも、ダイバーシティに富んだチームの利点のひとつです」と、そのメリットを説明してくれた。

前述のWIM Haptic Dressでのダンスパフォーマンスイベント後の写真

今後どういったキャリアパスを想定しているのかという問いには、「アイデアを技術・デザイン・ビジネスの力で多くの人に届けていきたいため、技術を研究する場所としての大学、技術をデザイン・ビジネスと掛け合わせ現実社会に落とし込むためのスタートアップ、さらには拡大していくための既存企業のR&D部門との協力は一つのパッケージになってくると思います。個人的に筑波大学の落合陽一さんの研究・事業・アートの融合のさせ方を非常に参考にしており、これからはこのような多様な組み合わせで世の中にインパクトを与えていく必要があると考えています」とのこと。

学術研究が世の中にプロダクトとして届くまでのハードルの高さを目の当たりにしていたことや、デザイン・エンジニアリングを学べる場所が日本ではまだまだ少ないこと、世界各国の若手クリエイターが集まるという大きな魅力から、イギリスのRCAに留学し、多様な国籍・文化圏を代表する人たちが一緒になって新たな表現やデザインを創造していく過程を経験してきた同氏。

新しいものを作り上げるために異分野・異文化の人間にもまれてきた同氏がどういった活躍を見せてくれるか、今後のプロジェクト展開も非常に楽しみだ。


Jun Kamei

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