LIFE STYLE | 2022/02/21

スマホ修理で起業する人気中国映画『素晴らしき眺め』が教えるビジネス鉄則:正しいタイミングでリスクを取れ!【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(21)


高須正和
Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Bus...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

高須正和

Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development

テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks

近年、「優れた能力を持って異世界に転生する」というストーリーがよく見られるように、「今の自分ではない、何者かになれる自分」という設定のフィクションは人気だ。「親ガチャ」という言葉が物議を醸したように、能力も環境も、人間は完全にイコールではない。

一方で「普通の人が修行して超人となり、成功する」というストーリーも相変わらず王道だ。どちらも人生の一部分だから、不変性を持つのだろう。

中国でヒット中の映画『奇迹(奇跡) Nice View』は筆者の住んでいる中国深圳が舞台のビジネス成功ストーリーだ(追記:2022年6月からNetflixで邦題『素晴らしき眺め』として公開され、日本語字幕付きで観られるようになった)。

中国国家電影局の統計によると、2022年の春節期間の映画(1月31日~2月6日上映)の興行収入ランキングで3位に入っているという。そこには「成功するのはタイミングよく投資した人間だ」という、王道でありながら今の中国の価値観が強く現れていた。

全登場人物のビジネス的な判断が正しい映画

本作のストーリーは、外国から返品されてきた不良品の中華スマホを、借金して買い取った主人公(人気俳優の文牧野)が頑張って再生させて大儲け、という内容だ。それ自体はよくある成功譚で、コメディ要素もある肩の力を抜いて見られる映画だが、登場人物全員のビジネス的な決定が極めて正しいことが、作品のリアルさを生んでいる。

ネタバレを含むが、この映画では以下のようなビジネス的な決断が訪れ、それぞれ合理的に、ソロバンに合うかたちで判断されている。

・主人公は病気の妹の手術のために大金が必要だ。不良品の中華スマホを借金して買いとり、再生すれば大儲けできるので、自分の個人商店を担保にして金を借りる

・再生スマホの買取交渉を大企業の社長に持ちかけたが、エリートの秘書に「そういう無謀な若者は何人も見てきた」と、拒否される

ド根性を発揮し出張に向かう大企業社長との直談判に成功した主人公に、社長は「品質基準を超えた再生に成功したら、破格の金額で買い取ってやる。ただし難しい仕事だから、前金は出さない。期限も切らない」とオファーする。主人公はそのオファーを受け、親戚のおじさんを口説き落として資金を確保し、わずか7人のスマホ再生工場を立ち上げる。

その後の大まかなストーリーはこんな内容だ。

・資金繰りに失敗し、工場の倒産危機に見舞われる主人公。しかし、それまで文句ばかり言っていた工員が、ゴールが見えたことで態度を変え、主人公に「完成後の成果の山分けを前提として、タダ働きや自宅を作業場にするなどのリソース提供」を申し出る

・工員の協力によりスマホ再生に成功した主人公に、社長は巨額の取引を、今度は前金ありでオファーする

・エンディングで主人公が巨大なスマホメーカーの社長となっていること、工員がそれぞれ自分のビジネスを立ち上げて成功していることとが紹介される

どの登場人物の決定も、ビジネス的に正しいものばかりだ。結果として逆の決定になっているもの、たとえば主人公のスマホ再生アイデアに対する秘書と社長の判断の違いは、リスクをどこまで取るかという違いだ。社長も主人公が失敗した場合はカネを払わずにすむので、どちらもリスクとリターンは釣り合っている。

また工員たちが最初は不平を言いながら賃金労働をしていて、ゴールが見えた段階で破産しかけた主人公に対して投資を持ちかけたのも、状況の変化をうまく捉えたものだ。

正しいタイミングでリスクを取った人間が成功する

映画のエンディングでは、主人公も有望な取引先を確保した社長も、自分のビジネスを立ち上げた工員たちも全員が成功している。一方でこの映画に超人は登場しない。主人公はスマホ再生について優れた職人ではあり、人間離れしたド根性を発揮するが、最後まで最も苦労しているのは運転資金の確保だ。技術も根性も資金ショートの前では無力だ。

つまり、「成功へのカギは正しいタイミングでリスクを取って投資すること」というのがこの映画のメッセージといえるかもしれない。

これは「普通の人が修行して超人となる」や「親ガチャ」のどちらとも違い、運任せとも能力絶対主義とも言えないアプローチだ。言うなれば「チャンス至上主義」とでも言えようか。学歴さえも親子で相続されやすいという、マイケル・サンデル『運も実力のうち』(早川書房)が描く風景よりは万人にチャンスがある視点かもしれない(もちろん映画『奇迹』はフィクションなので、社会を描いたレポートと比べるべきではないが)。

チャンスは誰にでも転がってくるものではなく、かつチャンスをものにするには努力や能力が必要だが、「誰でも成功する可能性がある」というストーリーでもある。もちろんチャンスの多い場所や回ってきやすい立場は存在するので完全に平等ではない。以前この連載で取り上げた『失敗の科学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を書いた元卓球選手のジャーナリスト、マシュー・サイドの出世作『非才!』(柏書房)も、「人間の遺伝的な能力よりも、能力を磨く環境が大事だ」という、チャンス至上主義に近い考え方を述べたベストセラーだ。

「第一桶金」一回目の成功をどこで掴むか

中国のビジネス記事ではよく「第一桶金」という言葉が登場する。「最初のビジネスに成功して掴んだ、最初のまとまったお金」ぐらいの意味だ。商売で稼がないとダメで、大金でも借金や遺産相続などでは「第一桶金」に当たらない。第一桶金を掴むことで、自分が仕事をするのでなく、投資が次の投資を産む、経営者としての第一歩を踏み出すことになる。

中国のさまざまな経営者を取り上げた高口康太『現代中国経営者列伝』(星海社)では、ファーウェイやテンセントなどの起業家たちが「どこで第一桶金を掴んだか」について列挙されている。『奇迹』や『現代中国経営者列伝』に強く現れているのは、中国人の「どういう人が成功するか?」という考え方だ。

『奇迹』は深圳政府の補助を受けた映画で、内容には政府の意向が少なからず反映されているようだ。映画で描かれる起業家の姿は中国社会を元気づけているが、社会の発展とともに向こう見ずな挑戦はやりづらくなっていく。

同作品の舞台になっているのは2013年の深圳だ。中国社会はまだ混沌としていて、アリババやテンセントも創業したばかり。中国製の製品はすべて安かろう悪かろうと決まっていて、洗練された世界で通用するブランドはほとんどなかった。2022年の中国は、その頃よりだいぶ進化した社会で、どの分野にも巨大企業がいる。この数年で社会は進化し、「誰でもチャンス次第」という言葉は虚しさを増しており、「死にものぐるいで働くよりも心の安定を目指そう」と語る「寝そべり族」と呼ばれる人々を生んでいる。

中国でも遠からず、チャンス至上主義が映画の中だけのものになるのかもしれない。


過去の連載はこちら