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「数千円のシリコン結婚指輪」が爆売れするワケ。指輪の「実用性」を改めて問い直す【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(27)
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  • 2021.12.07
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「数千円のシリコン結婚指輪」が爆売れするワケ。指輪の「実用性」を改めて問い直す【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(27)

「伝統的な結婚式で大金を費やすよりも、今後の人生のための節約と誰にもない思い出を優先」した娘からのリクエストで行った手作りの結婚式。司祭はこの日のために法的な登録も済ませてくれた新婦の友人が担当し、司祭服は新郎の手作り。ベールはドレスショップで値札を見た私が「これくらいなら自分で作る!」と豪語して手作りすることになった

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott

エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者

兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)など著書多数。翻訳書には糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経ビジネス人文庫)、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)など。最新刊は『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)。
連載:Cakes(ケイクス)ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。

コロナ禍も相まって大きく変わる「結婚」関連のお金のかけ方

新型コロナによるパンデミックで、アメリカでは2020年から2021年にかけて多くの結婚式がキャンセルされた。だが、ワクチン接種が進み、感染予防対策も一般化してきたことで結婚式が再び行われるようになっている。

パンデミックは婚約指輪のトレンドにも影響を与えたようである。

CNN Businessの記事によると、LAのジュエリー会社Mark Broumand Inc.の2020年6月の売上はパンデミック前と比較して40%も減少した。だが、2021年6月の売上は2019年6月より20%増だったという。パンデミックで職を失った人もいるが、そのまま職をキープした者は旅行、外食、コンサート、観劇などによる出費がなかったので貯金もできた。けれどパンデミックはまだ続いているので参列者を少数限定にする者も多い。そこで、婚約指輪にお金をかけるカップルが増えているようだ。

だが、パンデミックで食品を含むすべての物流に影響が出ており、ダイヤモンドも品薄になっている。需要と供給のバランスが崩れてダイヤモンドの価格は急上昇しているようだ。

パンデミックの前から婚約指輪のトレンドには変化が出ていた。パンデミックが始まる前、2019年9月の米地域誌Austin Monthlyの記事によると、「男性が選び、指輪と一緒に女性にプロポーズして驚かせる」という旧来のプロポーズではなく、既に婚約したカップルが一緒に選ぶことが増えている。男性が自分で選ぶと、どんなに高価でも女性の気に入らないリングを選んでしまう可能性が高い。そこで、女性の好みと男性(あるいはカップルの)予算を考慮に入れて選ぶ実質的なカップルが増えているようなのだ。32年前に婚約した私たち夫婦は既にこのトレンドを取り入れていたことになる。

オンラインでの購入者が多いのもミレニアル世代らしいトレンドだ。86歳の私の義母の世代は、「実際に店で人と会って話さないと信用できない」という感覚がある。だが、ミレニアル世代は「店だとセールスの人に欲しくないものをしつこく押し付けられる」という反感の方が強い。そういう外部圧力なしに自分で自由に選べるオンラインの方が気楽なのだ。

もうひとつミレニアル世代らしいのが、倫理的な信念から「合成ダイヤモンド」を選ぶ傾向だ。映画『ブラッド・ダイヤモンド』により、凄惨な紛争の資金調達のために不法に取引される「ブラッド・ダイヤモンド(紛争ダイヤモンド)」が知られるようになり、天然ダイヤモンドに対する反感が高まったのが原因だ。また、合成ダイヤモンドのクオリティが上がり、素人には見分けがつかないようになっていることもある。価格も廉価のものから高価なものまである。高級品を扱うショップ、Clean Originのサイトで私の婚約指輪と同クオリティの合成ダイヤモンドの価格を調べてみたら8000ドル(約91万円)もした。

なぜシリコン製の結婚指輪を選ぶカップルが急増しているのか

QALO公式サイトより。日本から閲覧した場合は価格表記が日本円となっている。日本でも輸入品ショップやAmazonなどで購入可能

これらは婚約指輪のトレンドだが、結婚指輪では別のトレンドが起こっている。

伝統的な結婚指輪はゴールドあるいはプラチナのシンプルな指輪だった。その代わりにシリコンの指輪を選ぶカップルが急増している。

シリコン結婚指輪の最初のトレンドセッターは2013年にスタートしたブランド「QALO」だ。俳優を目指していた創始者2人は生活費のために働いていたレストランで出会い、同時期に結婚した。2人ともアウトドア派で、スポーツジムで身体を鍛えることも共通していた。2人は、レストランの仕事でもスポーツでも金属の指輪が邪魔なだけでなく危険だと感じた。「妻は愛しているが、結婚指輪は愛していない」ということで、医療グレードのシリコンで結婚指輪を作ることを思いつき、ガレージを使って始めたのがQALOという会社だった。

QALOの創始者と同じような悩みを持っていた人は少なくない。医療従事者、軍人、警察官、消防隊員、ジムのトレーナー、プロのアスリートといった職業の人たちだ。そういった人たちから一般の人たちにもシリコン指輪の魅力が広まっていった。QALOに限らず、シリコン製指輪は数十ドル程度から安価で手に入るのも気楽でいい。

日本であったら「邪魔なら指輪などしなければいい」と思う人もいるだろう。だが、アメリカでは結婚指輪は「私は結婚しています。相手にコミットしています」というステートメントでもある。デートに誘うかどうかを判断する時に相手の左手の薬指に指輪があるかどうかをチェックする、というのは小説にもよく出てくるシチュエーションだ。結婚しているのに指輪をしていない人は不倫候補者だとみなされてしまう可能性もある。

私がシリコン結婚指輪のことを学んだのは、2019年に結婚した娘夫婦からだった。娘は「婚約指輪は、もともとは男性が女性を所有物にすることの表示行為だった」という歴史的な観点から婚約指輪の受け取りを拒否し、結婚指輪は一緒に相手のプラチナの指輪を手作りした。だが、救急医の娘にとってプラチナの指輪をはめたまま仕事をするのは危険だ。生物学の博士課程で学ぶ娘婿も研究の邪魔になる。そこで、ふだんの生活ではシリコンの指輪をはめることにしたというのだ。

私の夫もそれを知ってシリコンの指輪を購入して着用するようになった。サーフィンが好きな彼は、海に入るたびにゴールドの結婚指輪を外していたのだが、それを忘れることがある。海の中では指が細くなることがあり、指輪を紛失する人がかなりいる。でも、シリコンの指輪なら伸縮性があるので外れることはないし、たとえ紛失しても廉価だから気にならない。何よりも、金属の指輪で怪我をする心配がないのがいい。

私も家事の時には邪魔なので外出のときしか婚約指輪と結婚指輪をはめなかったのだが、ついうっかり忘れてしまうことも多い。旅先でもアウトドアのアクティビティが多いので、その時にも邪魔だ。そこで、私も最近ではずっとシリコン指輪だけをはめている。慣れると着用していることを忘れるくらい違和感がない。

32年前に夫と一緒にデザインして義母の友人のジュエラーに作ってもらった私の婚約指輪と結婚指輪

毎日着用するようになった30ドルのシリコン製指輪

娘夫婦と私たち夫婦が使っているのは、全世界で5億ドルに成長したシリコン指輪産業に2019年に新たに参入したGroove Lifeのものである。安いシリコン指輪は使っているうちに伸びてしまう、汗がたまるといった欠点があるが、Groove Lifeの製品はしっかりしていて、汗がたまらないようなデザインになっている。しかも、期限なしで壊れたら新品と交換してくれる保証まである。遅れて参入したのに、QALOと並んでシリコン指輪業界のトップに入ったのには、こういった理由がある。

シリコンの結婚指輪のトレンドは、今後婚約指輪のトレンドにも影響を及ぼすのではないかと私は考えている。

というのは、これから結婚するアメリカのミレニアルとその次のジェネレーションZは、大学の学費で大きな借金を抱える世代でもあるからだ。例えば、現時点でプリンストン大学で学ぶための費用は、推定年間8万3241ドル(約950万円)かかる。親の収入が低い場合には全額ないし一部奨学金がもらえるが、収入も出費も多い都市部のミドルクラスではその対象から外れることが多いので全額負担になる。その場合はローンを組むことになり、娘のように大学卒業後にメディカルスクール(医学大学院)で4年学ぶと、その借金がさらに増える。

多額の借金を抱えている彼らにとって「ダイヤモンドの婚約指輪」は痛い出費である。シリコンの結婚指輪があたりまえのものとして認められるようになったら、ふだん使わない婚約指輪にそれほどのお金をかけることもしなくなるだろう。

シリコン製指輪をあえて選ぶ人たちが、新しい価値観によって今後新たなトレンドを作り出す可能性がある。それが楽しみだ。


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