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「体育が苦手だったコピーライター」が説く「弱さ」を「魅力」に変える発想の転換法【澤田智洋『マイノリティデザイン』】
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  • 2021.08.18
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「体育が苦手だったコピーライター」が説く「弱さ」を「魅力」に変える発想の転換法【澤田智洋『マイノリティデザイン』】

神保慶政

映画監督

東京出身、福岡在住。二児の父。秘境専門旅行会社に勤めた後、昆虫少年の成長を描いた長編『僕はもうすぐ十一歳になる。』を監督。国内外で好評を博し、日本映画監督協会新人賞にノミネート。第一子の誕生を機に、福岡に拠点を移してアジア各国へネットワークを広げる。2021年にはベルリン国際映画祭主催の人材育成事業ベルリナーレ・タレンツに参加。企業と連携して子ども映画ワークショップを開催するなど、分野を横断して活動中。最新作はイラン・シンガポールとの合作、5カ国ロケの長編『On the Zero Line』(公開準備中)。
https://y-jimbo.com/

マス向け広告デザインの手法を、マイノリティ社会に持ち込むという「無茶」

生きる強さを身につける、辛抱強く食らいつく、短所を克服する……。

ひと昔前には当然肯定すべきと思えたこのような美徳は、今、大きく揺らぎつつある。すべての人が強いわけではないし、逆境に屈しない忍耐や苦難に向き合える十分な環境を常に持ち合わせているわけでもないし、苦手なことは無理せずに他者に頼った方がむしろいい結果を生むこともある。そうした考え方が広く一般に普及し、弱さが強さに負けるのは当たり前ではなくなった。

澤田智洋『マイノリティデザイン』(ライツ社)は、何百万人もの目に触れる広告というマスなフィールドで仕事をしてきた著者が、自分の子どもが視覚障害と判明したことからマイノリティの世界に目を向けるようになり、双方での知見を融合させて新たな仕事や働き方を生み出していった経緯と、そうした取り組みをより多くの人が再現できるようにするための「考え方の型」がまとめられている。

著者の代表的な仕事のひとつは、「ゆるスポーツ」という新しいカテゴリの発明だ。手にハンドソープをつけてハンドボールをする「ハンドソープボール」。ゆりかごのゴールを目指して勝負し、雑にボールを扱うとボールに泣かれてしまう「ベビーバスケ」。顔認証技術を使って見知らぬ二人の顔の一致率を競う「顔借競争」など、80以上のスポーツを開発してきた。

事業開発の発端は「スポーツファンをターゲットにしないスポーツ」の開拓がなされていないことへの気付きからだった。目が見えない子どもにスポーツを体験させてあげたいという親としての思いに加えて、自分自身が「スポーツ弱者」とでも言えるほどスポーツが大の苦手だったという記憶が融合したことを、著者は「穴」という言葉を使って表現している。

ゆるスポーツを始めた2015年当時、内閣府が行った世論調査によると、成人が週1回以上スポーツを実施した比率は40.4%。つまり、残り約60%の人がスポーツをする機会が年に数回あるかどうか、あるいはほとんどやっていませんでした。
そう考えると、1億人の半数以上、数千万人規模の「スポーツをしない人」マーケットを取りこぼしているという「穴」が浮かび上がったんです。(P46)

「ゆるスポーツ」以外のプロジェクトには、義足をファッションアイテムとして再解釈するショーを開催し、義足を隠さないようでもいい社会を誘発する「切断ヴィーナスショー」がある。「ゆるスポーツ」も「切断ヴィーナスショー」も、新しいスポーツやイベントをつくることを目的に開発されたのではなく、「参加者が笑顔になる」ことが追求された結果自ずと生まれ出たものだ。

このような思考プロセスは、対マスの仕事をしている頃の著者からすると、「そんな無茶な」と言えるほどに全く違う発想に基づいているという。「マス」から「マイノリティ」への転換は、「バベルの塔」のような牙城を築いているマス広告業界で使われているのとは全く違う言語を急に喋り始めて、自ら進んで塔から降りて行ってしまうような一大事なのだ。

「未だないもの」を創造できるようになるためにすべき行動変容

著者はマイノリティのフィールドへ足を踏み入れたことによる「アンラーン」(学びほぐし)を多く例示しているが、中でも長年とらわれた考え方として「納品思考」を挙げている。

ある依頼を受ける。あれこれ手を尽くして納品する。期限に間に合ったことに達成感を覚え、仕事後のビールを楽しむ。そして翌日からすぐ別の仕事に邁進する。「創作」であるはずの仕事の多くが、「クリエイティブさ」とは真逆の構造にはまり込まざるを得ない仕組みになってしまっていることへの気付きを、著者は本書で述懐している。

納品を目指すと、数値やミッションという「設定された目的」のために創作をしていく。一方、障害者やスポーツ弱者のために新たなイベントや枠組みをつくりあげていくというのは、「何を目的にするか」ということからスタートし、随時更新しながら作業をすることだ。

禅問答のようだが、自分の想像以上のことは想像できない。そのため、著者は日頃からなるべく「未だないもの」を目指して、引用で前述されている「穴」がなるべく高確率で察知できるような感覚を養っていった。

自分が持つスキルを、アイデアを、大切な人のために使った「やりがい」が、全然違った。
言ってしまえば、これまでの仕事は「もともと強いものをより強くする」仕事でした。たとえるなら、「レアル・マドリード(銀河系軍団)をコンサルしている」みたいな。
でも、クリエイターの仕事って、本当はもっともっともっともっともっともっと活躍領域が広いのではないでしょうか。(P106)

障害者を「かわいそうだから助けてあげる」のではなく、「自分の知らない世界を知っている人」として興味を持ちリスペクトする。この考え方を根底で支えるのは、自分が生まれる前よりも良い世の中にしてこの世を去りたいという、この世に対する恩返しのモチベーションだ。こうして、Win-Winを狙うまでもない、いわずもがなWin-Winの創作が生み出されるになった。

次ページ:長生きするクリエイティブに必須な「新しいリアル」と「うれしさ」

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