ITEM | 2018/07/23

全米で最も住んでみたい都市・ポートランドの迷いと葛藤【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

「憧れの町」の苦悩

アメリカ・オレゴン州最大の都市であるポートランドは、ライフスタイルや都市計画において理想的なモデルとして語られることが少なくない。しかし、どんな成長にも終わりが来る。『MEZZANINE VOL.2』(トゥーヴァージンズ)において編集長の吹田良平氏は、ポートランドが現在直面している問題を、このように本書の冒頭に記している。

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都市政策として行ってきた人材誘致と激しい都市再生の結果、今やポートランドは急速な人口増とそれに追いつかない雇用需要や住宅供給、持つ者と持たざる者の地方経済の分断といった社会問題に直面している。(P5)

「Amazon Effect meets Portland」と題し、アマゾン第二本社誘致合戦にポートランドも名乗りをあげたことが、巻頭にとりあげられている。結果的に、238の都市が名乗りをあげ、20都市に絞られた時にポートランドの名は残っていなかったが、現本社のあるシアトルから距離が近すぎるため、半分あきらめもあったということだ。

他都市が有形・無形のありとあらゆるインセンティブをアマゾンに提示する一方、ポートランドが示すインセンティブは皆無で、上記のような都市問題を共に解決していこうと逆にアマゾンに連携を呼びかけることだけだった。

ポートランドとはどのような場所「だった」のか

本書にはポートランドに拠点を置く企業や個人のインタビューが多く掲載されている。北米事業の拠点をポートランドに置いているAirbnbのインタビューからは、同地がどのような魅力を持った場所なのかが伺い知れる。宿泊ホストのホスピタリティやシェアリングエコノミーへの素質に注目して、2014年にAirbnbのポートランドオフィスが2,500人体制でスタートした。その時は社員の95%が地元採用で、オフィスの内装には地元のインテリアショップのものがふんだんに使われ、今ではオープンなオフィスで皆が思い思いに働いているという。

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「人材の奪い合いが激しいテックビジネスで、ワーキング環境は才能を呼び込む重要なファクターです。そして、オフィスがどんなネイバーフッドにあるのか、それは企業のカルチャーを鮮明に映し出します」(P33)

この「ネイバーフッド」というコンセプトは、ポートランドを知る上で大切なキーワードの一つだ。マーケティングエージェンシーのIndustry社オーヴェード・ヴァラデス氏はポートランドに住む人が大切にする「近所付き合い」についてこう語る。

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ポートランドの人は、すぐに知り合いを紹介し合うし、いつも互いに情報交換している。たとえばこの前、立ち話をきっかけに大企業の役員から小さなビジネスオーナーまでを集めて、街についてのディスカッションをここで開催したんだけど、これがもしニューヨークだったら、一か月くらい前から予定を立てなきゃ実現できないよ。(P42)

ポートランドに本社を置き、人気ショッピングエリアのパール・ディストリクトにある、ブリュワリーブロックの開発を手がけた不動産デベロッパーGerding Edlen社。その会長であるマーク・エドレン氏も、「20分圏のネイバーフッド」という言葉で、居住場所に近いエリアが持つ重要性が世界中で再定義されている理由をこう推測している。

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現代の都市生活者が金銭的にではなく文化的な意味を求めて相互に緊密に交流し合うことに価値を見出している結果だと思います。人々は私たちが今こうしているように、集い、互いにアイディアや経験、情報を得たり交換したりする場所を求めているのです。(P118)

工場跡地を再利用し、歴史的建造物に最先端技術が導入されたブリュワリーブロックは「ミクストユース」の先端事例となった。ポートランドが見つけ出した創意工夫は、世界中の都市が必要にしていた仕掛けだったのだ。

ポートランドは、これからどのような場所になるべきなのか

しかし、そんなポートランドは今転機を迎えようとしている。スタイリッシュな生き方を求めて移住者が急増し、住宅価格や家賃の上昇が止まらない。こうした現象は「ジェントリフィケーション」と呼ばれ世界各国の注目都市で起こっているが、ポートランドも同様に中流階級以上しか住めない街となるにつれて、多様なバックグラウンドをもつ人々が分け隔てなく交流するというポリシーを保つのが難しくなってきたのだ。Sense of Portlandiaと題して街の人の声を集めた記事の中に、画家のこんな回答がある。

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いまポートランドにおける一番の不安は、ポートランドで顕著なライフスタイルを送るクリエイターたちが追い出され、そうしたものをビジュアルで求めてくる人たちに取って代わられること。ポートランドらしさが一つの基準で統一されてモノカルチャー化してしまったら、途端におもしろい街ではなくなってしまうだろう。既にその気配は感じている。(P87)

ポートランドに住む人が肌で感じられるほど、そうした動きは顕著になってきているのだろう。解決策の可能性のひとつとして「アルチザン(職人)型エコノミー」が成立する社会的な仕組みを、ポートランド州立大学名誉教授のチャールズ・ヘイング氏は提唱している。

わかりやすい例がクラフトビールだ。ポートランドのビール市場は過半数をクラフトビールが占めるとヘイング氏は分析している。効率よく大量生産された安価なビールを凌ぐ勢いで、職人の「骨折りと苦労」をもって生産されたビールにも価値が置かれているのだ。

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アルチザンがもたらした市民レベルでの創造的社会が、市民に「消費に対する意味の再定義」を促し、それがアルチザンたちを評価し、吟味し、支援するマインドの醸成へとつながり、そうした都市環境下において初めて審美性、有限性やサステナビリティと相性の良いアルチザンエコノミーが機能するようになる。(P98)

各々が提供する商品への愛情やサービスの志を共有し、互いに高めあっていく。物質的資源のサステナビリティだけでなく、人的資源のサステナビリティが保たれて、はじめて都市の有機性は機能する。そのことをよく知っているポートランドはどのような問題に直面し、それをどのように突破しようとしているのか。多方面のインタビューを、豊富な写真をまじえつつ紹介した本書は、「共創」を志す人に必携の一冊だ。