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アタリ「Pong」から「ポケモンGO」。ビデオゲームが飛躍的に成長する50年間を追ったインフォグラフィックス
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  • 2020.12.17
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アタリ「Pong」から「ポケモンGO」。ビデオゲームが飛躍的に成長する50年間を追ったインフォグラフィックス

文:山田山太

プレイステーション5、Xbox Series X/Sの新発売などで、今年も大きく話題をさらったビデオゲーム業界。しかし、その歴史は意外とまだ浅いものだ。

『VISUAL CAPITALIST』は、市場調査会社Pelham Smithersの情報を基に、過去50年間のビデオゲーム業界の変遷をインフォグラフィックスにした。横軸は時間の流れを表し、縦軸は収益を表している。デバイスのジャンルを、アーケード(青)、家庭用ゲーム機・据え置き機(緑)、携帯機(グレー)、パソコン(水色)、スマートフォン(赤)と色分けした。

拡大した画像はこちらのページから。

アーケードゲームが世界を席巻

まずビデオゲームとして最初に登場したのはアーケードゲームだ。黎明期の大ヒット作となったのは、1972年にアメリカのゲーム会社アタリが生み出した「Pong」だ。2人のプレイヤーがバーを動かし、ボールを相手側に落とすよう打ち合うという極めてシンプルなものだったが、これが世界的に大ヒット。1975年には家庭用の「Pong」も発売し、業界を席巻した。

1978年には空前の大ブームを巻き起こした「スペースインベーダー」が登場。日本全国に「インベーダーハウス」が乱立し、後のゲームセンターとなった。さらに「パックマン」「ドンキーコング」といったおなじみのタイトルも現れ、アーケードゲーム業界は大いに盛り上がった。なんと1982年には、音楽業界と映画業界の興行収入を上回る収益をあげたという。

市場を取り戻した任天堂とファミコン

アーケードゲームバブルに沸いたビデオゲーム業界が次に目指したのはコンシューマー機の開発だった。「ポン」で大きな成功を収めたアタリは、人気ゲーム「E.T.」をゲーム化したが、その質の悪さから悪評を呼び、結果的に大きな損失を出すことに。後に「アタリショック」と呼ばれる北米の家庭用ゲーム機の不振で、ビデオゲーム機業界は再び低迷期へと投入する。

しかし1983年、日本が誇る任天堂から「ファミリーコンピューター」が登場。「スーパーマリオブラザーズ」「エキサイトバイク」「星のカービィ」など、歴史に名を残す名作を次々にリリース。任天堂が生み出す高品質なゲームは、たちまち世間からの信頼を得ていき、市場は再び活気を取り戻した。

この流れに日本の企業が続く。1988年にはセガが「メガドライブ」を発売。そして1994年にソニーが発売した「プレイステーション」は、史上初めて累計出荷台数が1億台を突破した。こういった流れを受け、マイクロソフトも後に「Xbox」への道を切り開くことになるゲーム用API「DirectX」をリリースするなど、世界的にビデオゲームの影響力や重要性が認知され始めた。

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