FINDERS

影響力増す「ハッシュタグの政治運動」にはリアルの軸も必須。津田大介と「ウェブと政治」の10年【後編】
  • BUSINESS
  • 2020.11.24
  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!

影響力増す「ハッシュタグの政治運動」にはリアルの軸も必須。津田大介と「ウェブと政治」の10年【後編】

前編はこちら

津田大介氏の「ウェブと政治」にまつわるロングインタビュー後編をお届けする。

文中で少し触れてもいるが、今回津田氏に話をうかがってみたいと思ったきっかけは、今年5月のTwitterでの「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグデモの盛り上がりが大きな要因の1つとなって実際に法案が見送りになったこと、そして9月に起きた国際政治学者の三浦瑠麗氏のAmazonプライムCM出演に対する抗議のハッシュタグデモに対して、「複雑な思いがあります」とツイートしていたことだった。

日本でも「ウェブで政治が動く」という実例が今後も続くような転換期を迎えたのかもしれないが、その主戦場であるSNSでは意見の対立・過激化や誹謗中傷など問題点も年々大きくなってきている。一体どうすればより良い方向に向かっていけるのか、今もまだ不明瞭なままだ。

後編では、ネット・リアルがそれぞれ別の“戦場”となっていた、あいちトリエンナーレ2019の裏で何が起こっていたのかという話の続きから始まり、「ウェブと政治」の理想的なあり方について語っていただいた。

聞き手・文・写真:神保勇揮

誰もが不可能だと思っていた「表現の不自由展・その後」が再開できた理由

―― 『動員の革命』『ウェブで政治を変える!』の2冊とも「ウェブ中心にプロジェクトを進めていく際には、多様な意見に耳を傾けて応答するのは絶対にやった方がいい」といったことが書かれていますよね。

津田:そうですね。今回の騒動はあまりにも多様な意見がありすぎて耳を傾けるのも大変でしたが……。ただ、そういうことの積み重ねで「あいちトリエンナーレ2019」の不自由展は何とか再開できたと思います。このインタビューをしている神保さんも含めてほとんどの人が最初に大炎上したタイミングで、「どんどんボイコットも増えてめちゃくちゃになって終わるな」と思っていたと思うんです。

―― 「少なくとも不自由展の再開は難しいかもしれないな」とは正直思っていました。

津田:そうですよね。あとは文化庁の補助金不交付だって、あれだけ安倍政権の力が強い中で撤回されることはないだろうと思っていた人多いでしょうし、なによりトリエンナーレの次回開催も危ぶまれる状況でした。自分自身、最後まで芸術監督を辞任せずやれたのは奇跡的だったなと思っています。

―― それはもちろん皆さんの膨大な努力があってのことだと思いますが、その要因を言語化しようとすると、どんなものになるのでしょうか?

津田:ここまでのインタビューのちゃぶ台を返すような話になるんですけど、正直ネットって役に立たねえなと思いましたね(笑)。いろいろな人が声明を出したり署名をしてくれたり、「#あいちトリエンナーレを支持します」というハッシュタグを盛り上げてトレンドに入れてくれたり、それらはすべてありがたかったですが、あのように逼迫した状況下においては、反対声明も署名もハッシュタグデモもまったく無力でした。

じゃあなぜそのような状況で再開できたのかというと、やっぱりリアルなコミュニケーションが鍵になったと思います。アーティストと直接会って目を見て真摯に話す。これしかなかった。

8月3日の不自由展中止を受けて、展示をボイコットしていたタニア・ブルゲラと12日に話をした時に、彼女は僕の話していることとか職員と話している感じを見て、「自分はさんざん検閲を受けてきたけど、そこから復活した事例なんかなかった。でも、あいちトリエンナーレでは、もしかしたら再開があり得るかもしれないと思った」と言ってくれました。「だから、私たちは作品を“ボイコット”するのではなくて“サスペンド”にします」ということで、不自由展が再開したら戻ると約束してくれたんです。

あとは、8月21日に真っ先にボイコットした2人の韓国の作家に会いに行きました。謝罪して話をしてみると、いろんなコミュニケーションのロスが起きていたことがわかった。メールの伝達とかの過程で、「そうなってたなんて知らなかった」みたいな事実がたくさん発覚して、「まったくそんな意図はなかったんだ」みたいな感じで謝ったら誤解も解けました。

その上で再開を目指すということを言ったら、「自分たちも不自由展が再開したら戻すよ」ということを約束してくれたんです。タニア・ブルゲラと韓国の二作家との話し合い。この二つが決定的に大きかった。当時は大村知事も再開させる意向はゼロで、先がまったく見通せない状況でした。8月中旬まではそれこそ自殺も考えるような鬱々とした状況で日々過ごしていましたが、韓国に行ってからは悩まなくなった。再開させるために立ちはだかっているハードルは何かを全部書き出していって、それをひたすらこなしていって前に進めるという作業をやりました。

前編で触れた愛国倶楽部の人たちとの話も含めて、全部ネットではなくてリアルで対話したコミュニケーションの積み重ねが再開に向けた原動力になったということです。もちろんたくさん記者会見もやったし、メディアにも出て話もしたしTwitterもやっていたんだけれども、それで状況がいい方向に動いたというものは一つもなくて、報道されない現場の人たちの見えない奮闘が状況を動かしたんです。

SNSが殺伐の頂点に達していたころ、あいトリ会場周辺で起こっていたこと

津田:僕以外の動きでいうと、ReFreedom_Aichiのアーティストたちが「サナトリウム」というスペースを不自由展の中止中につくって展示やトークイベントをやっていました。お客さんとかボランティアもそこに来てよく議論していたんです。19時から22時ぐらいまで。でも3~4時間くらいだとアーティストも観客も話したりないんですね。

「あいトリ」会場の1つだった円頓寺商店街のすぐそばに「海鮮館」という午前3時までやっている、70人ぐらい入れる台湾料理店があるんですが、議論してると「みんな熱くなっちゃってるからメシでも行こう」となって、アーティストと観客とボランティアがぐちゃぐちゃになって、海鮮館に行って朝までわいわいワイワイ議論するんです。海鮮館には僕も通算50回ぐらいは行ってるんじゃないかな。

結局そういう対面の濃いコミュニケーションの積み重ねなんですよね。それでボランティアの皆さんも、「この芸術祭を守らなきゃ」と思ってくれた。ボランティアの皆さんの多くは驚くほど僕に協力的で、あの熱意がなかったら絶対にトリエンナーレは続かなかったと思います。実は過去3回の「あいトリ」では、芸術監督とボランティアの間に一切交流がなかったんです。芸術祭が終わった後、打ち上げで初めて話すみたいな感じの人がすごく多かったらしくて。

僕は芸術監督に就任するにあたって、運営をちゃんと学ぼうと思って2018年の夏にあった「大地の芸術祭」の開幕から2週間、総合ディレクターの北川フラムさんのかばん持ちをやらせてもらいました。朝7時からやっている朝礼にも参加して、フラムさんがどんなふうにボランティアとコミュニケーションしているのかを見ていろんなことを学びました。最も大きな学びは「芸術祭の運営の要諦はディレクターと地元住民のボランティアとの関係だな」ということでした。

その経験もあったので、実は「あいトリ」開幕前にボランティアたちと4回決起集会という名の飲み会をやっているんですよ。で、その飲み会をやったのが海鮮館なんです。

―― 開催前からすでに「おなじみの海鮮館」だったわけですね。

津田:そうそう。全部の机に回ってみんなとちょっとずつ話して、「主役はアーティストや作品じゃなくて皆さんなんですよ」と話しました。「あいトリ」が終わったらアーティストや作品はみんな消えちゃうけど、皆さんはここに住み続けて、まちづくりがあって、「あいトリ」も続いていくんだから、あなた方が主役なんですということをずっと話していて。

その飲み会でも、不自由展の話もしているんですよ。「これはこういうヤバい企画なんですけど、全国の美術館で観られなくなった作品が全部一堂に見られる。皆さん、観たいですか!?」と言ったら「観たいー!」と反応してくれて。結果的にあれが良かったというか、事前に言っていたことで、「津田が言っていたのはこれか!」とある種の心の準備をしてもらえたというところもあったと思います。まぁこれは怪我の功名ですが……。

会期中、「津田は芸術監督室に引きこもって大村知事と電話ばかりしている」みたいなことをアドバイザーを務めていた(後に辞任)東浩紀さんから言われたのはショックでしたね。もちろん、実際はそんなことはなくて、毎日ひたすら会場を歩いていたんですよ。現場のスタッフやボランティアに毎日謝って、「今の現状はこうです」というコミュニケーションを取っていたし、それをやっていたから最終的には再開できたと思うんです。

で、ここまで話してきて結局ネットって何も関係ないんですよ(笑)。報道されていたことと、現場で起きていたことはめちゃくちゃ乖離があった。どれだけ不穏で殺伐とした芸術祭なのかと思って会場に来てみたら驚くほど平和で、円頓寺商店街なんかは音楽ライブが連日あったりして、すごくお客さんも楽しんでくれたりしていたわけです。僕自身、街中にいても罵声を浴びせられることは一切なかったですし。でも相変わらずネットは大荒れで、そのギャップは不思議でした。

話を戻しましょう。ネットでの政治運動とか社会運動は、もちろん僕は肯定派だし、今でもネットを使って政治参加のハードルを下げられればいいなとは思っています。ただ、そのときにリアルの軸とか視点がないと、そもそもの状況を正しく理解できないんじゃないかと。ソーシャルメディアの影響力が大きくなり過ぎちゃった今だからこそ、むしろリアルのほうの軸を強くつくらないと、たぶんすごくいろいろなことを見誤ってしまうと思いますね。

次ページ:政治を変える力も宿した「ハッシュタグデモ」の功罪

1 2 3 >
  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!
  • FINDERS_twitter

SERIES

  • FIND YOUR FASHION
  • 「ビジネス」としての地域×アート。BEPPU PROJECT解体新書|山出淳也|NPO法人 BEPPU PROJECT 代表理事 / アーティスト
  • ブックレビュー
  • Z世代の挑戦者たち
  • CSAJ JOURNAL ON FINDERS
  • 幻想と創造の大国、アメリカ