ITEM | 2018/06/18

ハーバード大学講師に学ぶ「真の幸福」への4ステップ【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

自分の人生を思い通りにする4つのプロセス

「エモーショナル・アジリティ(emotional agility)」という言葉がある。日本語に訳すと「感情の敏捷(びんしょう)性」。湧き上がってくる感情をうまく調整し、自分を変化させ、物事に対応していくこと。スーザン・デイビット『ハーバード流こころのマネジメント 予測不能の人生を思い通りに生きる方法』(ダイヤモンド社)は、敏捷性を磨き、一歩踏み込んだ心のコントロールをする方法を、豊富な実例とともに紹介している。

ハーバード大学講師、心理学者、企業の管理職のコーチなどの経歴を持つ著者は、「感情の敏捷性」を身につける4つのステップを冒頭に紹介する。

(1)向き合う

(2)距離を置く

(3)理由を考えながら歩む

(4)前進する

これだけを見ると「トラウマをどのように克服するか」というような、よくありがちな解決方法の提示をしているように見えるかもしれない。しかし、本書の狙いは「解決すること」ではなく、「解決に至るプロセス」を吟味することにある。最短距離で終着点にたどりつくコツよりも、ひとつひとつの難しさやプロセスそのものに潜む思考の罠を熟知することのほうが大切なのだ。

理想の不実現を、当然のものとして考える

それでは、4つのプロセスを順に紹介していこう。人生に降りかかる困難には様々な種類があり、社会から降り掛かってきた要因ではなく、たとえば自身の心身的な場合もある。40代半ばで流産した女性の実例では、流産したこと、さらには「子どもを産めない人生」をどのように受け入れたのかということが、ステップ1のの「向き合う」ことと関連付けて紹介されている。自分が流産をして子を失ったという事実を悲しみ抜いたうえで、亡くした子に感謝することが、著者が言う「向き合う」ことだという。

undefined

undefined

これは不幸を振り切って、わが子を産めなかった人生に満足するという意味ではない。痛みに向き合ってそれを認め、悲しみのあらゆる段階を経ることで、経験をたどり、そこから学び、その先の世界へと踏み出すのだ。悲しみに身をすくめ、閉じこもっているのではなく。(P100)

本書はこうした辛さ・悲しさから抜け出すことだけではなく、より日常的で身近な実例も紹介している。ステップ2の「距離を置く」ことでは、著者が請求書内容の度重なる誤植を、カスタマーセンターにクレームした時の出来事が紹介されている。

undefined

undefined

私は顧客サービスの女性が気の毒になってきた―私のような面倒な顧客の話を一日中聞いているなんて! そして、彼女を責めても何の解決にならないと思い至った。私は頭を切り替えて彼女に謝り、建設的で協力的な問題解決ができる空間へと移行した。(P114)

あらゆることがスマートに、効率的になっていく社会に生きる私たちは、思い描いていたイメージが実現しなかったり不都合なことが起きたりすると「失敗」「誤り」だと思ってしまいがちだ。しかし、それを「起こってしまったこと」として受け入れるだけで、ずいぶん心持ちに違いが出てくるのだ。

気付くのは自分自身、「前進」を足止めするのは固定観念

著者はこのように自身の生活の中でも細かな点を省みながら、多くの企業関係者や個人のコンサルティングをしてきた。そして、苦境から立ち直ることも、日々自分の心をケアするのも結局は自分自身なのだということを、突き放した形ではなく、優しく説明していく。

ステップ3の「理由を考えながら進むこと」の実例として映画監督トム・シャドヤックのエピソードが紹介されている。シャドヤックは作品がヒットして名誉と富を手にし、生活は快適になったが幸福にはならずず、結果的に生活の豪勢さや便利さを手放した。

undefined

undefined

「世の中の成功モデルは外的なものにすぎない―キャリアではこういう地位につかないといけないとか、財産はいくら必要だとか。私が思うに、本当の豊かさとは内在的なものだ。愛であったり、思いやりであったり、コミュニティであったり」(P141)

トム・シャドヤックは、「登場人物の成長を描く」ことが普段の仕事であるため、ステップ3とほぼ同時に、ステップ4の「前進」も自ずとできてしまう稀な人物である。しかし、誰しも自ずとできると思いがちな「前進」こそが、一番難易度の高いことかもしれないと本書の内容から気付かされる。というのも、会社でのポスト・肩書きなど文字化されていてわかりやすい基準があればいいものの、人生には目には見えない形で「前進」が多く存在しているからだ。

心理学者が行ったある実験が紹介されている。アメリカのあるホテルで清掃業を行っている女性たちに運動の重要性を説明し、半分の人にだけ清掃業で日々行っている運動が健康維持に十分な運動量だと伝え、その後の経過を比較した。

undefined

undefined

「これならできる」という感触がつかめれば、さらに情熱を傾け、独創的になれる。小さな変化に着目すれば、意味ある目標に向かって前進したいという、人間の根源的な欲求を引き出せる。(P172)

清掃職員たちは典型的なアメリカンスタイルで肥満な人が多かったそうだ。結果、自覚したグループと無自覚のグループで、その後の血圧・体重・体脂肪率に明確な差が出たという。彼女たちにとっての「前進」はすでに用意されていたものの、ずっと気づかなかっただけだったのだ。この実験例は、捉え方しだいで、日常の小さな変化からも前進を生み出せることを教えてくれる。

ストレスは成功の敵にも味方にもなりうる

どんな成功もストレスなしには辿りつけない。「ネガティブな気分」というのは、先述した4つのプロセスの天敵であるように思えるが、時に段階を進めていくために必要な感情であるとも言うことができる。

undefined

undefined

ネガティブな気分は、注意深く、柔軟な思考を促す。それは事実を多角的な視点から観察し、創造的に検証する姿勢につながる。私たちは少し動揺したときの方が、集中力を高めて深く考えるものだ。気分が後ろ向きな人は疑い深く、騙されにくい。(P69-70)

ストレスはできれば経験したくないが、プレッシャーがかかる大舞台で見事成功をつかむことによって過去の不安が吹き飛び、新たなステージに突入できることもある。また、逆も然りで、期待が不安や絶望に転じることもある。不安要素を振り払おうとすると、そのこと自体が目的化してしまい思考の罠に陥りやすい。

人生の予測不能さにどう対処すべきか模索中の方も、「自分はこう考えている」とスタイルをお持ちの方も、本書を読んで心の回路をつなぎ直してみてはいかがだろうか。