CULTURE | 2018/06/07

この世で最も偉大な仕事が「詩人」である理由 編集者対談|若林恵×米田智彦【前編】

2017年末のあるニュースが、ウェブ空間を貫いた。雑誌『WIRED』の編集長を長らく務めた若林恵氏の突然の降板。業界の「...

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2017年末のあるニュースが、ウェブ空間を貫いた。雑誌『WIRED』の編集長を長らく務めた若林恵氏の突然の降板。業界の「名物編集長」の去就に注目が集まるなか、若林氏は黒鳥社(blkswn publishers)を設立。また、自身初の単著となる『さよなら未来 エディターズ・クロニクル 2010-2017』を岩波書店より刊行した。

『さよなら未来』発売直前の午後のこと。以前より若林氏と親交のあるFINDERS創刊編集長・米田智彦が対談に臨んだ。単著のこともさながら、メディア、編集、言葉、さらには次なるビッグビジネスの可能性まで。2人のトークは縦横無尽の広がりを見せていった。

文・構成:長谷川賢人 写真:神保勇揮

若林恵

編集者・ライター

1971年生まれ。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社に入社、月刊『太陽』を担当。2000年にフリー編集者として独立し、以後、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長に就任。2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。

2人の編集者の出会い

米田:若林さんと知り合って、かれこれ15年くらいですよ。2003、4年だから。

若林:本当?

米田:本当ですよ。僕が富裕層向けの雑誌の編集をやってる頃。若林さんはライターで、編集者とフリーライターっていう間柄で初めて会った。

若林:あっという間だね。

米田:あっという間です。その雑誌もなくなり、在籍していた出版社も倒産して……そこからは僕はフリーだったんだけど、ある時に『WIRED』が復刊するというので、DOMMUNEのスタジオでやった復刊番組に出演してくれって呼ばれて行ったら当時はまだ『WIRED』の一編集部員だった若林さんがいて。それで3、4年ぶりぐらいに再会したんだった。

若林:その後、何してたんだっけ? そうか、米ちゃんは「ノマド」してたんだ。

米田:「NOMAD TOKYO (ノマドトーキョー)」としてトランク一つで東京をシェアし、旅しながら暮らす生活実験プロジェクトをして、その後にライフハッカー[日本版]」の編集長になった。そしたら、いつの間にか若林さんも『WIRED』の編集長になっていて。

若林:お互い、何年くらい務めてたんだろう?

米田:僕は3年半。若林さんは6年も。若林さんが『WIRED』の編集長になったのを聞いて、当時はびっくりした部分もありましたよ。だって、昔から若林さんはSNSもやらないし、テクノロジーにも興味が……。

若林:ないからね。

米田:はっきり言うもんな(笑)。だけれど、『WIRED』はテクノロジーメディアとして認知されているわけでしょう? そこをどう消化し、どう埋めていったのか、すごく興味があって。

若林:経緯から言うと、まずは『GQ』をやってたわけ。特に海外版の『GQ』の記事を翻訳していたんだけど、ビジネス寄りの記事だと『WIRED』のほうが面白い記事が載っていたから、そっちも翻訳して『GQ』に載せてたのね。それで感じたのは、結局、普通に記事として面白いってことで。テック云々は関係なく。海外のメディアは、ちゃんと今ある世の中の事象を面白く伝えることをシンプルにやってるのよ。それを読むのに、それほど専門知識は要らない。『WIRED』にしても、単純に切り口の面白さと、それをどうやってプレゼンテーションするかというところで優れている感じがあって。テックの専門家としてアプローチしてるわけではなく、一般向けとして扱ってるわけね。

米田:「カルチャーとして扱う」ってことですね。

若林:そう。ちょうど『WIRED』を始める少し前に、佐々木俊尚さんが書いた『電子書籍の衝撃』とかが出版されて、「これからはiPadで1人1メディアの時代が来る」みたいなことが言われ始めてていて。「ほんとかよ?」という気持ちがあって、「編集とはなんたるものか」ということを自分の問題としてそこは結構考えざるを得なくて。iPadが出たくらいのことで「編集者は要らない」みたいな話って、はたして説得力がある話なのか、疑問だったしさ。

米田:俺も思うよ、今でも日々。いろんな個人メディアやバイラルメディア、キュレーションサイトなんか見てると、「これは本質的には編集とは違うものだな」って。

若林:それはそれでなんらかの価値はあるにしても、そこまでそんなに持ち上げる必要もないだろ、という感じもあるからね。だから、デジタルテクノロジーの問題は、そういう意味では、自分の仕事との関わりにおいて見てたというのはある。SNSも、フェイクニュースもメディアの話なわけだし。

米田:テクノロジーそのものに興味はなくとも、苦にならないというか、障害にはならないんだ。

若林:自分なりに回路を見いだして面白がることができないと、メディアの仕事はできないからね。

「だから、テレビとか出ちゃダメなんだよ」

米田:それで『WIRED』での6年間が詰まった若林さんの『さよなら未来』のゲラを全部読ませていただきましたよ。500ページ超えの単著。

若林:ご苦労さまです。

米田:『WIRED』はメディア、原発、音楽、ガバメント……いろんな事象を取り上げてきたわけじゃないですか。その中で頭に浮かんだのは、村上龍さんが最近のエッセイでよく書いている文体で、「私は決して否定しているわけではない。ただ、こういう現象があって、今の若者たちは幸せなのだろうか」みたいなこと。この「私は決して否定しているわけではない」という調子は、言い方は失礼かもしれないけれど、若林さんと「似ている」と感じたんです。つまり、肯定はしないが、もっと現実的なソリューション、あるいはオルタナティブな選択肢があるのではないか?という。あらゆる事象において、それを若林流で書いてるなって、いつも思っていたのね。

若林:ふむ。

米田:ムードに流されず、個人のオピニオンがそこにある。情報を情報として単に咀嚼して出すだけじゃなくて……。

若林:あー、それでいうとね、僕ね、天秤座のAB型なの。

米田:関係あんの?(笑)。

若林:基本的に……なんていうかな、反対のことを言う人間タイプ。バランス取ろうとしちゃうのよ。

米田:すんごいあまのじゃくだよね。

若林:そうなんだろうねえ。『モーリス』とか『インドへの道』なんかを書いた20世紀イギリスの小説家でE.M.フォースターって人がいて、彼は、民主主義に2回は万歳してもいいけど、3回するほどじゃないっていうような言い方するの。そういうスタンスは基本的には好きなの。原発の話なんかでもそうだけど、黒か白か、0か1かみたいな水かけ論してても、なんかね、面白いとは思えなくて。

米田:ほとんど感情論だしね。でも、僕もテレビのコメンテーターなんかをやってみると、どちらの立場なのか言わなきゃいけない場面があるわけ。そういうのをやっぱり求められるから。ただ、大体どっちでもないわけよ。どっちとも言いたくないし。

若林:だから、テレビとか出ちゃダメなんだよ(笑)。

米田:(苦笑)。要はそれっていわば、マスメディアと視聴者が醸す空気による言論統制なんですよ。

若林:しかも、それが自発的な発言とされちゃうわけでしょ。

米田:ほんとそう。原発だって安保だって、北朝鮮やトランプも、「イエス」か「ノー」かって意見を求められるわけ。だけど、イエスもノーもないじゃんっていう話で。現実として、そういう事象があり、それをどう分析して、どういうふうに現実的な解釈するかというだけであってさ。

若林:だね。現実的な着地を考えないと、あんまり議論してても意味ないと思うんだよな。自分が掲げるイデオロギーの正しさを証明したいだけなら、それでもいいんだけど。でも現実は、簡単には割り切れないでしょ。

米田:そうなんだよね。この世は複雑系なんだよ(笑)。

若林:こっちを立てたら、こっちの顔がつぶれるというのを一応は勘案しながら、長いタイムスパンのなかで、当面における現実的な着地点を考える、とかいう方が面白いと個人的には思うんだけどね。日本は明治初期からアップデートができていない。

米田:編集長として『WIRED』を作り続けて、でも、著作の中でも「未来に飽きた」って何回も書いているけれど、僕らみたいな立場だとみんなに「未来」や「10年後」を聞かれるじゃないですか。以前に若林さんとトークイベントをしたときの質疑応答で、「未来はどうなりますか?」という質問に「未来なんて考えたいですか? 僕は考えたくもないです」って若林さんが返したのをよく覚えていて。

若林:そもそもあんまり興味がないのかもね。計画立てるのとか好きじゃないし。

米田:『WIRED』は別に未来のための雑誌じゃなかったものね。

若林:「未来はすでにここにある」っていうのが、『WIRED』というメディアのタグラインだったんだけど、そのことば自体はキライではなくて。要は自発的に探さないと見つからないってことなんだけど、多くの人が、未来っていうのは、なんか勝手に向こうから来るって思ってたりするのね。

米田:そうだね。

若林:何かを積み重ねていったら、30年後にそうなってるかもしれない、という話しかないと思うので。

米田:ポジショントークみたいなことですよね。

若林:未来を考えるためには、「今」や「現状」の問題にちゃんと向き合うしかないじゃん。

米田:社会の包摂みたいなのがあるとすると、それは未来からの逆算ではなく、「今どうするか」に取り組むということだと。例えば、AIの問題についても、「将来仕事が無くなる? どういった仕事が生まれる?」みたいに散々聞かれるんですね。でも、人間が生まれてきて古来、いつも時代ごとの問題があったわけで、それは解決しなきゃいけないから仕事はいつも存在する。それで、僕は人間の仕事が完全に奪われるわけがないというふうに思える。だって社会課題って人が生きている限りなくならないじゃない。

若林:それはそうだろうね。ただ……仕事は無くなるんだよ。今までだって仕事無くなってるし。

米田:でも、「仕事」は完全には無くならないんじゃない?

若林:いや、つまり「職業」は、流行り廃りがあるから。コピーライターとかプログラマーなんて、この何十年だかの間にできた仕事だし、それらがそのうちなくなるかもしれない、みたいなことは普通にある。

米田:それは予想できる未来だ。僕が高校生の頃、YouTuberどころか、ウェブデザイナーなんて仕事すらなかったもの。

若林:そういうのは普通にある。それはそれでいい。長い目でみるといいんだけど、とはいえ、数十万人、数百万人規模の失業者がいきなり大量に出るようなことが起きると、これは本当に社会問題なので、それはそれでちゃんと考えないとまずいじゃん。産業構造の転換に適合しないでおこう、というオプションはないわけだから。

米田:そうだね。でも、いきなりそんな膨大な数の失業者は出ないんじゃないかと僕は思うんだけどね。

若林:つまり、あまりハードランディングにはならないようにしないとダメじゃんみたいな話はあると思う。それは、技術の問題というよりは、政策の問題としてね。ところが日本って、なぜか「未来」と「テクノロジー」が常にセットで語られていて、科学技術にひたすら乗っかって行くのが正義だって観念が異常に強いんだよね。で、行きたい未来って話はないのね。

米田:ないね。

若林:科学技術の進展に乗っかっていけば、よりよい未来があるはずだっていう考えというか、もはや幻想に近い考えがあってね、そこで言われる「未来」という概念は、テクノロジーを正当化するために逆に語られているふうな感じがあるわけよ。けれど、その話をもはや真に受ける人もいないわけよ。つまり「未来」というコンセプト自体が実は破綻しているというようなことなんだよね。『WIRED』を作る中で思ったのは、「未来」ってのは、そもそもがアメリカらしいコンセプトなんだよね。

米田:日本とは形状が違う未来だよね。

若林:日本が技術革新で国力を上げ、経済を回し、軍事力も高めていこうとする考えは明治初期に植えつけられたもので、日本は、それを150年ぐらいアップデートしないままできちゃった。そのことを、最近岩波新書から出た、山本義隆さんって科学史家が書いた『近代日本一五〇年』という本に、すごく詳細に書いてあって面白いの。つまり、日本は科学技術の発展イコール経済的な豊かさであり、国力や軍事力の安定であるというのは、明治初期からある「幻想」というか「バイアス」で、いまだに根強い。科学技術の進歩に乗っかっていけば、とりあえずはどこかへ行けると、みんなそう思ってる。特に、大手企業はひどい。

この世で最も偉大な仕事が「詩人」である理由

米田:科学技術信仰が根強い中で昨今、プログラミング教育なんかが叫ばれているけど、これから人文系の人ができる「仕事」や「成すべきこと」は、また違ってくるんじゃないかなと思っていて。15年前、一緒に雑誌の仕事してる時に若林さんが「米ちゃん、この世で一番偉大な仕事って知ってるか? それは詩人だよ」と言ったんだよ。それ、いまだに鮮明に覚えてるんだ。

若林:それはいまだに思っているよ。

米田:言葉から始まるものって、大きいじゃない?

若林:大きいね。

米田:有名な話だけど、キング牧師が黒人差別のない世の中を志してリンカーン記念堂の前の演説で、“I Have a Dream”と言った、あれも詩だよね。あの言葉はずっと残っているし、世の中を本当に変えたんだよ。キング牧師はノーベル平和賞を受賞するも暗殺されてしまうけど、その何十年後、初の黒人大統領としてオバマが世に出たんだからね。

若林:『WIRED』で「ことば」の特集をやったのもあるけれど、僕らは言葉を使っているとはいえ、言葉というのは基本的に自分で発明したものではないし、自分で発明した言葉って意味ないわけじゃない?

米田:流通しないからね。

若林:人は言語のなかに生まれるだけであって、それを自分で作り変えることはできないわけね。

米田:新しい言語とかね。エスペラント語みたいになっちゃうから。

若林:うん。あれはさすがに構想としてはすごいんだけどね。で、要は僕らは言葉を使っているように思ってるけれど、実際は言葉に使われてるんじゃないか、みたいなことを思うんだよね……。

米田:言葉に引っ張られて生きてるよね。

若林:言葉の「外に出る」っていうのは、とても難しい。

米田:うん、かなり難しいね。

若林:言葉の中で考えられることしか、考えられない。そこから外に出ようと思ったら、今度は言葉自体を拡張しないといけないわけだ。それは、詩人や文学者といった言葉とちゃんと向き合っている人が、言語の拡張みたいなことをしない限りにおいては、人間の思考の拡張もないっていうことなんじゃないかと思うわけで。その営みがなくなると、そこで生きる人間そのものが非常に不自由になってくるんだと思う。原発の賛否みたいに、いきなり二者択一みたいな話になってきちゃうわけ。

米田:そうだね。

若林:それって単純に言葉の問題だと思うの。詩人を大事にしない国は滅びるよ、たぶん。基本的に近代国家というのが最初にやることって、地図を作ることと、辞書を作ることなんだよね。

米田:国民国家のために、統一言語がすごく重要なんだよな。それも明治政府っぽい発想だ。

若林:そうそう。逆にいえば言葉は支配のツールでもあるってことで、そういう一元的な支配に抗うという意味でも言語の豊かさというか、多様性ってのは重要だと思うのよ。ところで、ピューリッツァー賞が発表されてさ。

米田:そう! ケンドリック・ラマーが獲っちゃったんだよ。

若林:ヒップホップの人たちに、文学者たちがやってきた仕事が流れている感じがあって。

米田:まさに、市井の声、詩って感じするよね。

若林:すごいと思う、それは。彼らの言葉のいいところは、ちゃんと流通することだし、それ自体がある特定の意味を持って、時に今までなかった意味を含んで流通する。それは、言語が豊かになっているということだと思うのよね。

米田:ケンドリックのライムが、若者を変えていく可能性は絶対にある。

若林:あると思うね。

米田:それは、我々が若い時に、いろんなミュージシャンの詩によって影響を受けたことにも近い。60年代のボブ・ディランしかり、俺の場合はボノとかモリッシーとかなんだけど。

若林:色んなロックミュージシャンとか、あるいはボブ・マーリーが拡張した言語の感覚ってのはあるわけだよね。……まぁ、日本だったらスチャダラパーでもオザケン(小沢健二)でもいいんだけど、そういうのあるわけで。でも、日本に限っていうと、メジャーの範疇では、そのレベルが極端に落ちてる気はするんだよなぁ。

米田:若林さんは『WIRED』で、俺は「ライフハッカー」をやってきて、それぞれがテキストで表現することをやってきたわけじゃないですか。だけど、ネットや巷では「動画だ」とか言われていて。やっぱりテキストにこだわる部分あるわけでしょ?

若林:そうでもないんだけどね。

米田:また出た(笑)。イベントとか? そのあたりも聞きたいんだよね。

若林:ごめん、ちょっとトイレ行っていい? すこし休憩して、1本、タバコ。

米田:(苦笑)。


黒鳥社(blkswn publishers)

後編に続く