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やらせ、実名報道、メディアスクラム。なぜマスコミは「マスゴミ」と呼ばれるのか?改めて考えてみた【連載】中川淳一郎の令和ネット漂流記(9)
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  • 2020.02.29
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やらせ、実名報道、メディアスクラム。なぜマスコミは「マスゴミ」と呼ばれるのか?改めて考えてみた【連載】中川淳一郎の令和ネット漂流記(9)

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中川淳一郎

ウェブ編集者、PRプランナー

1997年に博報堂に入社し、CC局(コーポレートコミュニケーション局=現PR戦略局)に配属され企業のPR業務を担当。2001年に退社した後、無職、フリーライターや『TV Bros.』のフリー編集者、企業のPR業務下請け業などを経てウェブ編集者に。『NEWSポストセブン』などをはじめ、さまざまなネットニュースサイトの編集に携わる。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)など。

新型コロナウイルスに感染しても「ざまあみろ」

日本テレビの社員2名と同社に常駐する制作会社社員が新型コロナウイルスに感染したことが明らかになったが、ネットではこの件について「ざまあみろ」的な書き込みもみられる。5ちゃんねるにはこんな書き込みがあった。

「さんざん叩いた封じ込めの見本を見せてもらおう」

「これは朗報 マスゴミ関係者を全員隔離施設に放り込めばいい」

「自宅待機の家に押しかけて『今どんな気持ちですかぁ?』『一言お願いします!』やれよ」

「実名で役職も報道してくれるんでしょ 自宅や実家や病院や職場に、取材していいよね 玄関ピンポン鳴らして取材していいよね」

一般的にネットが普及してから約25年が経過したが、「マスゴミ」叩きの25年とも言える。マスコミは偏向報道をし、強い者を守り弱者をいじめる卑劣な存在で、人の日常に不躾に入ってくることを厭わない。しかもテレビの場合は枕営業で仕事が決まっていき、人身売買がまかり通っている――。こんなイメージがあり、さらには旧来型のマスコミがネット及びネットユーザーを見下し続けてきた、といった感覚も抱いている。

だからこそ、ネットが好きな人々はマスコミを敵視してきたし、彼らにネットにズカズカと土足で入ってほしいとは思っていない。いちいちネット上の話題をテレビで紹介して欲しくもないし、ネット特有の用語をマスコミが使ったりすると反発を覚えるもの。最近でこそネットはメディアの王者になりつつあるが、オールドメディアからは見下され続けた歴史がある。

私自身も2006年にネットニュースの編集者の仕事を開始したが、当時の紙メディアと電波メディアの人からは「えっ? ネットなんかでニュースの編集してるの? 新しいことやっていらっしゃいます(笑)」みたいな扱われ方をされてきた。ところが2010年以後、「活路はネットにあり!」とばかりにオールドメディアはこぞってネットに参入してきたため、時代は変わったものだとつくづく感じる。

こうした歴史的経緯も踏まえて、マスコミがなぜ「マスゴミ」と呼ばれているのかを考えてみたいのだが、人々の実体験も含め、さまざまな嫌われ要素が存在する。まず、自分が好きなものをけなしたりすることが多いというのがあるだろう。古い話になるが、某夕刊紙は逆張りをすることで知られている。例えば野茂英雄がMLBに挑戦する時は「成功するわけがない」的な論調で叩いた。ところが野茂が大活躍するとその批判は「なかったことに」された。イチローが挑戦する時も「投手は通用するけど野手は通用しない」といった報道をした。野茂ファン、イチローファンからすればたまったものではない。怒りは湧くだろう。

これは2016年のSMAP解散報道の時にも見られた。スポーツ紙をはじめとした多くのメディアは、ジャニーズ事務所の側につき「キムタク以外全員退所!」などと、木村拓哉以外の4人が恩義ある事務所に対してワガママをしている、といった論調で書いた。一方、ジャニーズ事務所から出入り禁止を食らっている某誌は「いつまでSMAPいじめは続くか」といった論調で書いた。

木村以外の4人を悪者にするような論調が多いことにSMAPファンは傷ついた。そして、解散を阻止すべくファンそれぞれの思いを新聞の個人広告欄に出すなどした。この時使われたのが東京新聞をはじめとした地方紙だ。これにより、東京新聞は「私たちに寄り添ってくれる新聞」といった評価を得ることになる。これはファンからすれば「マスゴミ」ではなく「まっとうな報道機関」といった扱いになる。朝日新聞も読者からのSMAPを擁護するような投稿を掲載し、同様の評価を得た。

けなしけなされ25年。ネット上に広がる「マスゴミ」叩きを振り返る

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影響力のあるメディアが「自分にとって不快な報道をする」というのが「マスゴミ」扱いの理由の一つだが、他にも多数ある。列挙しよう。いずれもネット上での批判であり、一部思い込みやマスコミの真意が伝わっていない部分もあるが、とにかく辟易されている事柄である。

◆被害者やその家族に容赦なく突撃し、取材をする
→いわゆる「メディアスクラム」だが、「被害者の気持ちを考えろ」と批判される

◆災害時などにヘリコプターで爆音を鳴らし、救助の邪魔をする
→メディアは必要だと思いやっているものの、自衛隊をはじめとした救助隊より必要性は低いと解釈されている(当然そうだが)

◆「知る権利」「報道の自由」を盾に被害者の実名報道をする
→被害者本人や遺族感情を考慮していないと解釈される

◆都合の良い時だけは「報道しない自由」を行使する
→政治系の話題で多いのだが、「もっと多く報道すべきだろう」というものの報道量が少ないとこの言葉が登場し、何らかの忖度が働いていると推測される

◆芸能人の熱愛やすでに引退した芸能人の「いま」の写真を報じる
→「そっとしておいてやれ」と必ず書かれる

◆身内に甘い
→メディア業界人の不祥事で実名報道がされなかった場合こうした反応になる

◆給料が高くてチャラチャラしているというイメージがある
→チャラチャラはどうだかは分からないが、給料の高さについては大手の正社員に限ることではあるが……。あとは大手テレビ局のプロデューサーが「枕営業」を受けているといったイメージもある

◆別になくても困らない仕事なのにエラソーにしている
→電気、水道、ガス、公共交通機関、農家、スーパーなど人々の生活に「本当に必要な仕事」ではないのに、どこか特権階級に属しているように見られている

◆テレビのロケの時、急いでいるのに通行を妨げられ、突破しようとすると怒られる
→「影響力あるテレビ様には協力するもの」という態度をしていると捉えられる

◆やらせを時々する
→朝日新聞の「サンゴ事件」や『あるある大事典』の「納豆でやせる」等が代表的

◆思想的に偏っていると反対派からは捉えられる
→前出の「ファンを傷つける」に似ているが、新聞でいえば朝日・東京vs産経といったところか。だからこそ思想的に“どちらかに優しくどちらかに批判的”なメディアをソースとする5ちゃんねるのスレッドには【朝日】【産経】【ゲンダイ】【リテラ】などと注釈がつき、「これのソースはこのメディアだからそのつもりで開けよ」といったバイアスを事前にかけてくる

安田純平さんのように、戦場で拘束される人が登場すると「自己責任だ」「税金を払って助けてやる必要はない」と批判されるのも、上記の流れの一つだ。他にも色々あるが、多くは「自分がやられたらイヤなことを平気でする血も涙もない連中」や「自分達を特権階級だと思っている」といったところにあるだろう。

異例ずくめ「佐世保小6女児同級生殺害事件」の記者会見

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そういった意味では、2004年に発生した「佐世保小6女児同級生殺害事件」での被害女児の父親は称賛された。父親は毎日新聞の佐世保支局長だったが、事件発生の当日に前代未聞の被害者遺族による会見を開いた。理由は「新聞記者である以上、書かなければいけない」という先輩の言葉をこれまで守っていたから。それだけに、自分が被害者遺族の立場に立ったとしても、他の記者は自分の話を聞きたいだろうと思ったことだ。また、自分自身も辛い状況にいる人々の取材をした経験もあり、「ダブルスタンダードはいけない」と考えたのだろう。同氏の部下が父親への取材も含めて執筆した『謝るなら、いつでもおいで』(川名壮志/集英社)にはその逡巡が描かれている。

あと、ライターも叩かれがちだ。渾身の戦場リポートや面白い実験系の記事、ほっこりエピソード等を除くと大抵はこう書かれる。

「こんな文章でよくライターやってられるな。オレの方が文章はうまい」

「貧困女子」や「借金まみれ男」などの取材をしてもこう書かれる。

「はい、嘘松。単なる創作」

これについては、気持ちは分かる。モノカキという仕事はなんとなくラクな仕事に感じてしまうのだ。自分だって小学校時代から作文を書いたりしていたし、レポートや卒論に加え、日々の仕事でも文章は書いている。仕事で文章を書いたら給料は支払われるかもしれないが、それは文章そのものに対して支払われるわけではなく、仕事全体にカネが支払われている。しかも、別に自分が進んで書きたい文章ではなく、上司から書くよう押し付けられた文章である。

そんな中、「チラシの裏に書いておけ」「ブログでやっておけ」的な文章をウェブメディアで見た場合は「こいつはこの程度でカネを稼ぎやがって」といった感情になってしまうのだろう。文章も「表現」の一種ではあるが、イラスト、漫画、音楽のように天賦の才が必要なものとは別で「どんなバカにでも書けるもの」といった捉えられ方をされる。だからこそ、「オレの方が優れている」と感じてしまうのだ。

だからこそ、我々のようなウェブメディアに従事する者はそうした厳しい声を真摯に受け止め、より役に立つ情報を出し続けなくてはならないのである。


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