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ビジネス書だけが「ビジネスに役立つ読書」ではない。『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』刊行によせて【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(14)
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  • 2020.02.19
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ビジネス書だけが「ビジネスに役立つ読書」ではない。『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』刊行によせて【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(14)

ビジネスカンファレンスで、初対面の人と対話する練習風景

過去の連載はこちら

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott

エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者

兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)。ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。
連載:Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。

居心地の悪いパーティで、初対面の人と楽しく話す方法

私は、仕事で1年に1000人以上の初対面の人と会う。アメリカ在住だが、会うのはアメリカ人だけではない。年に2度の大きなビジネス集会では世界中の人が集まるし、中南米や欧州の国々も毎年訪問する。そこで会う人たちは、国籍、人種、宗教、ジェンダー、年齢、職業のバラエティに富んでいる。もちろん、文化や社会的・経済的な背景、政治的な立場も異なる。

たとえそうした背景が私と似通っていても、初対面の人と会ってすぐに心を通わせるのは難しいものだ。見知らぬ者ばかりの立食パーティに招かれたら、ひとりで立っているのはなんだか恥ずかしい。最後まで席を変えることができないディナーで知らない人と隣になるのは、さらに苦痛だ。

体験者はこの居心地悪さをよく知っていると思う。かつての私は、さっさと逃げることばかりを考えていたのだが、マインドセットを切り替えてからは見知らぬ人との出会いを楽しめるようになった。

マインドセットを切り替えるきっかけになったのは、全世界に2000人以上の従業員がいる企業のCEOから「ユカリは外交的だからいいよね。知っている人が誰もいないパーティでもすぐに友達を作ってお喋りする。僕はシャイだからとてもできない」と言われたことだった。私は少々呆れた。それは、彼の会社のクリスマスパーティだったのだから。

私は「私だってシャイよ! 一人で立っていると恥ずかしいから自分と同じような人をみつけて話しかけているだけ」と答えたのだが、このときに気づいたのが「居心地が悪いのは自分だけではない」ということだ。

それからは、初対面の人と会うときには、自分ではなく、「相手」の居心地悪さを取り除くことを目標にした。チャレンジする目標があるとやる気も出てくるものだ。

「どちらからいらしたのですか?」、「ご家族は?」、「どのようなお仕事をされているのですか?」といったごく普通の話題から切り出し、目が輝いたり、笑顔になったり、といったポジティブな反応がある話題を掘り下げ、広めていく。そうすれば、たいていの人は生き生きと語ってくれるし、「楽しい会話だった」という満足感を持ってくれる。

だが、「会話上手」だと思っている人が知らずにおかしている失敗がある。それは、「自分のことばかり語る」ことだ。

特に女性はよく体験していると思うのだが、男性が女性を相手にするとき、その人の専門領域や達成を尋ねる前から「教えてあげる」モードになりがちだ。相手の返答をよく聞きもせずに、自分の知識や体験を次々と披露し、「指導」する。レベッカ・ソルニットが『説教したがる男たち』というエッセイ集に書いて有名になった「マンスプレイニング」がこれだ。一方的に喋り尽くした本人は「教えてやった」、「有意義な会話だった」と満足感を抱くが、相手はまったく逆のことを考えている。

言うまでもないが、ビジネスでも恋愛でも、これをやると成功は望めない。

意外にもビジネスに役立つ、小説や児童書の知識

アポロ宇宙飛行士のアラン・ビーンさん(左)と私(中央)、バズ・オルドリンさん(右)。このときオルドリンさんは、火星を「テラフォーミング」することについて情熱的に語っておられたのだが、私がそれを理解できたのはSFのファンだったから。2年前に亡くなられたビーンさんとは電話でハリーポッターについて語り合ったこともある。

では、相手に「楽しい会話だった」と思ってもらうためには、どうすればよいのか?

簡単に言えば、「あなたのお考えに興味があります」という態度で接することだ。ただし、それが表層的な会話で終わらないようにするためには、体験や知識が必要だ。うつ「相槌」に、知性の重みを与えなければならない。

とはいえ、一人の人間が体験できることは限られているし、学校でそう多くの専門領域を学ぶことはできない。

そこで役立つのが読書なのだ。

「ビジネスに役立つ読書」というと、ビジネス書や、時事問題を解説するノン・フィクションを連想する人が多いだろう。もちろんそれらも役に立つ。だが、私の体験では、相手に「楽しかった」と感じてもらえる会話には、小説や、ときには児童書がおおいに役立っている。

自分の知らない宗教や文化などについてノン・フィクションで学ぶことはできる。だが、主人公として他の登場人物と関わる小説は、その集団の人々の考え方や行動様式を、喜び、苦しみ、怒り、哀しみといった強い感情を交えて教えてくれるのだ。たとえば、男に生まれたことに疑問を抱いたことがない男性がどんなにトランスジェンダーについて学んでも、彼らの30%が自殺しようとする心理は理解できないだろう。でも、トランスジェンダーが主人公の小説を読めば、自殺にまで追い込まれる苦しみがわかる。自分自身の体験のように理解できれば、初めてトランスジェンダーの人と会ったときに偏見がない人間関係を懐きやすくなる。そこがノン・フィクションとフィクションの大きな違いだ。

むろん、フィクションは創作であり、プロパガンダ的に史実や事実を歪めているものもある。事実を確認し、知識を蓄えるためにも、上質のノン・フィクションを読むのは重要だ。この2つのジャンルを合わせることで、理解はさらに深まる。

この理解を持って異なる文化背景を持つ人と関われば、いきなり「マンスプレイニング」をすることもなく、相手の言葉に耳を傾け、重要なところで相槌を打つことができる。相手を傷つけるような失言もしにくくなる。そして、自分が知らなかったことを教えてもらい、実際の体験も増やすことができる。

また、多様な読書をしていると、驚くような、楽しい出会いが沢山ある。

もう10年くらい前のことだが、私が手伝っている夫の仕事関係の人たちを夕食に招いたときのことだ。皆がマルコム・グラッドウェルの新刊『天才! 成功する人々の法則』の「1万時間の法則」について議論しているとき、ひょんなことから、私は向いに座っていたニックという男性とJ. R. R. トールキンの『指輪物語』について喋りはじめた。彼は子供時代からトールキンの大ファンで、(トールキンが創作した架空の言語である)エルフ語も「堪能」だと言う。互いに好きなファンタジーについて語るうちに好みが一致していることがわかってきた。ほとんどの人が知らなかったパトリック・ロスファスの『風の名前』について、ニックが「あれは最高に面白かった!」と言ったときには、「読書での親友ができた!」と感激したものだ。

2人で「あの本読んだ?」、「あれについてどう思った?」と弾丸のようにやり取りしているうちに、ジャンルはファンタジーから離れ、私が高校時代にどっぷり浸かった古典のチャールズ・ディケンズから、あの世界に逃げたかった児童書の『ツバメ号とアマゾン号』、娘が5歳のときから一緒に全部読んだハリーポッターシリーズ、女子高生に大人気のヴァンパイアが主人公の『トワイライト』にまで移っていった。ほとんどの人は読むジャンルが限られている。これほど幅広い読書をする彼に驚いていたら、さらに「アニータ・シュリーヴは読む?」と尋ねられてびっくりした。シュリーヴの本は「純文学恋愛小説」とみなされていて、読者のほとんどが中年の女性なのだ。それなのに、ニックはシュリーヴの小説を全部読んでいるという。

「どれが一番好きだった?」と尋ねられて、代表作とはみなされていない『The Last Time They Met(二人の時が流れて)』と答えたら「僕も!」と言う。「あのエンディングには、しばし言葉をなくした」「私も」と、そのシーンを思い出して2人でしんみりした。

それ以来、私たちは仕事を越えて仲が良い友達になり、今でも会うたびに、周囲を置き去りにして「あれ読んだ?」という会話で盛り上がるので、ファンタジーやSFを読まない夫は苦笑いしている。

ニックの面白いところは、英文学の博士号を持ち、プリンストン大学でシェークスピアを教えていた元学者だというところだ。大学を辞めた後は、コミュニケーション専門家として、オバマ大統領の演説を推敲したり、著名人の演説の指導をしたり、CNNに出演して大統領候補のディベートを分析したり、コミュニケーションや演説に関する本を書いたりしている。

このようなニックの仕事の基盤を作っているのが、児童書から恋愛小説まで、ジャンルを差別しない多様な読書なのだ。

なぜテレビやネットではなく「本」を読む必要があるのか

もう一つ、私には読書に関するシュールな思い出がある。

2001年にニューヨーク市で開催されたブックエキスポ・アメリカで、新刊のプロモーションのために来ていたケイト・ピアソン(1980年代に人気だったロックバンドB-52’sのメンバー)に村上春樹を教えてあげたことだ。

割当時間が終わる前にサインする本がなくなってしまったピアソンが暇そうにしていたので話しかけたら、話題が本や日本のことになった。「そういえば、ハルキ・ムラカミがB-52’sについてどこかに書いていたような記憶が……」と言ったら、「その人誰? 本を買って読みたいから、ここに名前を書いて」と紙を渡され、Haruki Murakamiと書いてあげたのだった。

あのメモをきっかけに、ピアソンが村上春樹の小説を読んだかどうかはわからない。でも、彼女がハルキストになった姿を想像するだけで楽しくなる。

本は、こういった楽しい出会いを私に与えてくれただけでなく、迷ったときの相談相手になってくれ、落ち込んでいるときにはセラピストとして、学びたいときには情熱的な教授として、私を助けてくれた。

英語の本は、新刊のハードカバーでもせいぜい3000円、マスマーケット本なら1000円くらいで買える。そのお金がない者は、図書館で借りることもできる。読書する権利を得るために受験する必要もないし、塾に行く必要もない。お金持ちの家に生まれなくても、高い学費を払わなくても、かなりの知識を身につけることができる。そんな読書は、非常にコスパが良い、機会平等な学びの手段だ。

「テレビやインターネットでも知識を得ることはできる」という人もいるかもしれない。私も歴史や自然のドキュメンタリー番組が大好きだし、昔の百科事典のようにインターネットを利用している。けれども、読書から得られるのは、知識だけではない。

読書をしている間、読者は作者(ノン・フィクション)や登場人物(フィクション)と心の中で対話を続けている。この対話によって、私たちは洞察力や観察眼を持つようになり、独自の意見を形成するようになるのだ。

最後に宣伝になってしまうが、私は『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)という本を出版した。

この本は、アメリカでベストセラーになった本が売れるようになった背景を解説することを通して、現代のアメリカで起こった社会的な変化を紹介するレビューエッセイ集である。また、などを読んでいるときに私の心の中で起こっていた対話でもある。

ここでご紹介している65冊は、ノン・フィクション、文芸書、大衆小説、ティーン向け児童書など幅広いジャンルで、政治経済、人種問題、ジェンダー問題などの深刻な話題もあれば、恋愛などの軽い話題もある。

J・D・ヴァンス『ヒルビリー・エレジー: アメリカの繁栄から取り残された白人たち』では私自身がトランプの初期の集会に参加した体験を交えて彼の大統領選挙当選を大きく後押しした「分断」の実態を解説し、中国発のヒットSF小説として日本でも話題になった劉慈欣の『三体』がアメリカでヒューゴー賞を受賞した驚くべき背景を紹介している。また、「アメリカと日本の読者」という章では、村田沙耶香『コンビニ人間』の英訳版(Convenience Store Woman)、こんまりの『人生がときめく片づけの魔法』(The Life-Changing Magic of Tidying Up)がアメリカ人読者にどうとらえられたのかも説明しているので、これまで洋書や翻訳書に興味がなかった人でも楽しめると思う。

私はこれらの本を原書で読んだので、そのときの感覚で解説している。けれども、その後に邦訳された作品については書誌情報を入れたので、日本語で読んでいただける本も多い。

この本を読むと、きっと読みたい本が増えすぎて困ると思うのだが、全部読まなくても、これらの本をベストセラーに押し上げたアメリカ人の欲望や不安が見えてくるはずだ。それはきっと、日本のメディアで得たアメリカよりもリアルで、複雑だと思う。

アメリカは、良くも悪くもダイナミックだ。そして、大きな振り子のように右から左に揺れ続ける。幻想と創造の大きな力を持つアメリカが揺れるたび、世界も揺れる。

だからこそ、現代アメリカの状況を読み解いていただきたい。


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