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「めっちゃ天皇!」と女子高生が叫んでも炎上せず。時代と共に変わる皇室をめぐる空気感【連載】中川淳一郎の令和ネット漂流記(6)
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  • 2019.12.02
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「めっちゃ天皇!」と女子高生が叫んでも炎上せず。時代と共に変わる皇室をめぐる空気感【連載】中川淳一郎の令和ネット漂流記(6)

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中川淳一郎

ウェブ編集者、PRプランナー

1997年に博報堂に入社し、CC局(コーポレートコミュニケーション局=現PR戦略局)に配属され企業のPR業務を担当。2001年に退社した後、無職、フリーライターや『TV Bros.』のフリー編集者、企業のPR業務下請け業などを経てウェブ編集者に。『NEWSポストセブン』などをはじめ、さまざまなネットニュースサイトの編集に携わる。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)など。

天皇を見て興奮する女子高生の動画が話題に

大嘗祭も終わり、今上天皇の即位関連行事がすべて終了したが、令和の時代における炎上に関し、驚くことがある。それは「炎上しない」という意味での驚きだ。昭和の時代に生まれた者としては、ヒヤヒヤすることが多い。

10月22日、天皇皇后両陛下が乗ったお召列車が駅を通過する様子を撮影した動画がTikTokに投稿された。女子高生たちが「どこにいる!?」「どこどこどこ!?」「どれどれどれ!?」と興奮しながら叫んでいる様が収められていたが、車内に立つお二人の姿が確認されたら「ギャー――――!!」と嬌声があがり、後は「やばいやばいやばいやばい!!」となり、極めつけが「めっちゃ天皇!」だ。

この動画をTwitterに投稿した人物は爆笑した、と書いていたが、リツイートの数は8.4万で、「いいね」は31.6万件ついた。これを見た人も女子高生のこの感覚を微笑ましく思っているし、この興奮する様から皇室がいかに愛されているか、といった意見を述べる人もいた。

「めっちゃ天皇!」の意味としては一昔前風に言えば、「あの、天皇陛下が本当に私の前をお通りあそばれた」ということだろう。だが、令和の女子高生は「めっちゃ天皇!」と素直な気持ちを吐き出す。これに対してはタモリがギャルから「超タモリ!」と言われたという話をしたものに似ている。テレビの画面でしか見たことのない著名人が目の前にいると「本物がいた!」という意味で「超」をつけたくなったのだろう。「めっちゃ天皇!」も同じ文脈だと思われる。

女子高生の反応とそれに対する人々の反応を見ると、時代は変わったな、とつくづく思う。そしてそれは良かったと思う。しかも、こうした動画を「ほのぼの動画」としてネットに出し、それを皆が楽しむ時代になって良かった。もしも昭和の時代にネットがあり、この動画を投稿したら間違いなく「不敬である」と動画投稿者は炎上→ID削除に追い込まれ、「いいね」をつけた者も激しい批判を浴びたことだろう。

昭和48年(1973年)生まれの自分は、天皇家といえば「反天皇」ないしは「右翼を恐れる」のどちらかの文脈、ないしはマスコミが過度に丁寧な言葉を使って報じる様しかイメージがなかった。

「反天皇」でいえば、戦中ないしは戦後間もない頃に生まれた親世代は天皇のことを「天ちゃん」などと言ってバカにするほか、日本を戦争に追いやった極悪人、といった発言をしていた。漫画『はだしのゲン』でも天皇は批判的論調で描かれたし、歴史の教師も天皇に対しては厳しい意見を述べていた。

アンタッチャブルな存在だった天皇

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広島の原爆投下とその後の世界を描く漫画『はだしのゲン』は小学校で唯一置かれることが許される漫画だった。作中には以下のようなセリフがある。

「殺人罪で永久に刑務所に入らんといけん奴はこの日本にはいっぱいいっぱいおるよ」

「だ だれじゃ」

「まずは最高の殺人者 天皇じゃ あいつの戦争命令でどれだけ多くの日本人 アジア諸国の人間が殺されたか」

「数千万人の人間の命を平気でとることを許した天皇をわしゃ許さんわい いまだに戦争責任をとらずにふんぞりかえっとる天皇をわしゃ許さんわいっ」

同作品の連載が開始したのは1973年のため、いわゆる美智子さまご成婚の際の「ミッチーブーム」や「テニス場の恋」といった天皇家と国民の距離が近付いたとされる時代を経た後の話だ。それでも同年生まれの私の時代は「反天皇」系の論説は一定数あった。

なお2013年、『はだしのゲン』は“歴史認識に誤りがある”ということから島根県松江市の学校図書館に置かないよう市民から要望が出るなどした。ここでは天皇にまつわる表現というよりは日本兵が「中国人の首を面白がって切り落とした」などの表現に対し、待ったをかけた形だ。当時のネットでは「反天皇的」であることを問題視する声もあった。

その後、松江市の教育委員会等でも議論され、描写が過激であることなどを理由に書棚ではなく書架に置く閲覧制限がかけられた。だが、その後表現の自由を謳う人や子供の学ぶ権利を重視する人らから閲覧制限に反対する声があがり、今は多くの学校で制限は撤回されている。

前出の「右翼を恐れる」の面でいえば、ある程度の年齢に達すると「天皇に対して不敬な言説を述べると右翼の街宣車がやってくる」という知識を得るようになる。実際にそのような例はそこまで多くはないだろうが、とにかく天皇家については言葉遣いを丁寧にしなくてはいけない、と考える人が増える。決定的だったのが、2000年の『噂の眞相』編集部への右翼団体構成員による襲撃事件である。元々同誌は皇室に対して批判的ではあったものの、決定的な事件があった。ページの両端に「〇〇との説」や「〇〇との噂」といった「一行情報」が掲載されていたが、この中で「雅子さま」を「雅子」と呼び捨てにしたことから抗議を受け、岡留安則編集長と川端幹人副編集長が負傷する。

岡留氏は後任の編集長として川端氏を指名しようとしていたものの、この事件がきっかけで川端氏は同誌を続ける自信を失い、結局同誌は廃刊となった。

こうした事件があったからこそ、公の場で天皇家に対して言及する場合は、腫れ物に触るような扱いはマスコミ界でも続いていた。「天皇」「皇后」「皇太子」「秋篠宮」などと書くと「不敬」だと文字のプロである編集部さえ思っていた。これらはすでに敬称となっているのだが、「天皇陛下」「皇后陛下」「皇太子さま」「秋篠宮さま」と書かなくては右翼の街宣車がやってくる、と本気でビビっていた。

そんな時代が21世紀に入っても続いていたのだが、我々の世代ほど「反天皇」ないしは「右翼は怖い」という教育を受けていない今の若者はSNSでも自由奔放に思ったことを発信する。それが冒頭の「めっちゃ天皇!」という発言に集約されている。

マスコミの丁寧言葉については「敬意を表する」という意味合いも当然あるものの、「右翼を恐れる」側面が多かったのでは。皇室報道記事を読むと、実に配慮した丁寧な言い回しが多い。とはいっても、この15年ほど、皇室バッシングは案外多かった。「公務にお出ましにならない」と雅子さまを叩き、「愛子さまが登校されない」「眞子さまと小室圭さんの結婚はいかがなものか」などなど多数だ。ただし、天皇・皇后時代の上皇・皇后両陛下、そして皇太子時代の今上天皇に対するバッシングはほぼなかったと言って良いだろう。

「窮屈」と感じる題材の過去と現在

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マスコミは上記のような忖度というか線引きはしていたものの、SNSを駆使して情報発信をする若者は思ったことを直接的にドーンと言う。2016年8月8日、宮内庁は天皇の生前退位を宣言する「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」の動画を発表。これらがテレビとネットでも流れたが、この時若い女性と見られる人々がTwitterに多く書いたのは「かわいい」である。

TwitterのまとめサイトTogetterには「日本やばい?天皇陛下に対して『かわいい』の声が集まる→賛否両論」というまとめが登場。「賛否両論」とはあるが、「否」の声はそこまで強くはない。「かわいい」理由については、穏やかな表情で小柄な天皇が淡々と「おことば」を述べる様が「かわいい」と映ったのと、あとは原稿を読むにあたり、次のページに移る際に指に唾をつけて紙をめくる仕草などが挙げられるだろう。ここでは、同まとめに登場した声を紹介する。

「天皇陛下かわいい。おじいちゃん好きなんだよね。優しそう。ほわほわしてる」

「えっ、天皇陛下くそかわいい」

「天皇陛下ふくふくぽってりしててかわいいおじいちゃんなん…休ませてあげたいのん…」

まさかの「くそかわいい」である。否定的な意見としては「情けないとしかなぁ……まぁ若者らしいといえばらしい」と、全面的に否定しているわけではない。

若者の「かわいい」的反応に対しては「不敬罪とかマジレスしてる人よりはいいと思う」や「若い子からすると『なんか偉い人、優しそうでかわいいおじいちゃん』って感じで、悪気も何も無いとは思う」などと理解を示す声が多かった。私もこれには同意だ。さすがに自分は上皇のことを「かわいい」とは書かないし、ましてや「くそかわいい」「ふくふくぽってり」などとは恐ろしくて言えない。

現在の炎上は「昔だったら炎上しない」と言われることが多い。それは、ジェンダーにまつわるものや、パワハラ、コンプライアンス、ポリコレ関連の話題に言及した時だ。それこそ1990年代後半にTwitterがあったとし、「朝まで働いた! いやぁ~、一緒に付き合ってくれた洋子ちゃんに感謝。今から一緒に朝ごはん食べてオフィスに戻る(笑)。今晩は家に帰りたい」なんて書いても、スルーされていたかもしれない。

当時は「そういう空気感だった」ということでしかないのだ。同様に、当時天皇のことを「かわいい」や「めっちゃ天皇!」といえる空気はなかった。

昨今の世間の風潮を「重苦しい」「窮屈」などと評することは多いものの、それは過去も同様である。また、「#Metoo」や「#KuToo」運動についても男性の側から「言いたいことも言えない世の中」的な意見が出ることがある。だが、元々自由に発言をできなかった昭和~平成15年ぐらいまでの女性からすれば今のこうした発信ができる状態こそより自由かもしれない。

主体にもよるが、人間は常に「窮屈」と感じるものなのである。ただ単に、「窮屈」と感じる題材が時代によって変質してきた、ということではないだろうか。江戸時代の農民は大名に対して「〇〇様」と言い、大名行列でもあろうものなら道路で土下座をした。だが、今の我々は「徳川綱吉はバカ」と平気で言えるし、徳川吉宗のことを「暴れん坊将軍」などと呼び娯楽にしてしまっている。これでいいのだ。


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