CULTURE | 2019/09/27

「西寺郷太のすごいノート術」に秘められた、アナログだからこその価値【連載】西寺郷太のPop’n Soulを探して(13)

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今回の「西寺郷太のPop’n Soulを探して」ですが、これまでのFINDERS編集長・米田との音楽談義ではなく、郷太さんが7月に出版した『伝わるノートマジック』(スモール出版)を記念して郷太さんのノート術について語り合います!「他人の脳内を覗くような錯覚。これほど衝撃を受けたノートはかつてない」という水道橋博士さんの帯の推薦文にもあるように、驚くべき精密さと丁寧さで書かれたノートの数々は見るだけで楽しくなってきます。それでは、郷太さんに「ノートマジック」の秘訣に訊いてみましょう。

聞き手:米田智彦 構成:久保田泰平 写真:有高唯之

西寺郷太(にしでらごうた)

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1973年、東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成し、2017年にメジャー・デビュー20周年を迎えたノーナ・リーヴスのシンガーにして、バンドの大半の楽曲を担当。作詞・作曲家、プロデューサーなどとしてSMAP、V6、岡村靖幸、YUKI、鈴木雅之、私立恵比寿中学ほかアイドルの作品にも数多く携わっている。音楽研究家としても知られ、少年期に体験した80年代の洋楽に詳しく、これまで数多くのライナーノーツを手掛けている。文筆家としては「新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「ジャネット・ジャクソンと80’sディーバたち」などを上梓し、ワム!を題材にした小説「噂のメロディ・メイカー」も話題となった。TV、ラジオ、雑誌の連載などでも精力的に活動し、現在NHK-FM「ディスカバー・マイケル」、インターネット番組「ぷらすと×アクトビラ」にレギュラー出演中。

2020年代のトレンドは「手書き」……!?

米田:今日はちょっとこれまでの連載と打って変わって、郷太さんの新著『伝わるノートマジック』について話そうと思います。これ、マイケルやプリンスなど郷太さんの専門ジャンルの音楽のことについて書かれてるところや郷太さんの絵のうまさにも感動したんですけど、僕の好きな「三国志」や幕末といった歴史ものもまとめてあってちょっと嬉しかったです。

西寺:「三国志」を見開き(2ページ)でまとめてるっていう(笑)。

三国志を見開き2ページにまとめるという無謀とも言えるような試みですが、あえてその制約を課すことで要点を抑えられるというメリットもあるとのこと

米田:これだけのスペースでまとめる人もなかなかいないですよ(笑)。

西寺:本にも書いてますけど、これは2004年からMCとして関わらせてもらってきたネット番組「WOWOWぷらすと」で丸屋九兵衛さんを講師に迎えた「三国志を読み解く!」っていう回の予習でまとめたものなんです。ただ、実は僕、このノートをとるまで「三国志」をうっすらしか知らなくて、世界史の一部という意味では、少しって感じで。それだと博覧強記の丸屋さんに失礼だなと。それで前日に、様々な流れを読んでまとめたんですよ。

米田:それ、すごいですよ。漫画家の横山光輝さんは三国志を全60巻かけて描いてますが、2ページでまとめるって、そんな人なかなかいないですから。

西寺:これは半ばギャグというか、ネットで公開したら「大事なところは抑えてる!すごい!」というマニアの方もいれば、「いや、あれも足りないこれも足りない」っていう人がいたんですけど、そりゃそうだろって(笑)。真面目か!と(笑)。

米田:でもね、さすがにツボは押さえてます。

西寺:押さえてます?米田さん好きなんですよね。でも、なんだろな、米田さんの大好きなU2のベスト盤を5曲で作ったみたいな(笑)。

米田:アハハ。「Sunday Bloody Sunday」と「Pride(In the Name of Love)」と「Where the Streets Have No Name」と「One」と「Vertigo」……みたいな。

西寺:全然足りないけど。

米田:一応わかる(笑)。でも、これって単純に、どうやって書いていってるんだろう?と思いました。下書きしてから書いてるんですか?

西寺:いや、僕の場合。いきなり清書なんですよ。下書きの意味がわからないんですよね。それをしてたら非効率的というか。綺麗な文字を書いて、綺麗なノートを作りたくてやってるわけでは全然ないんで。そうなっちゃう人もいるとは思うんですけどね。あくまでも僕は、自分の頭で理解したいから作ってるんです。体に染み込ませないと、人には説明できないでしょう?僕はそう思ってて。なので、下書きという概念はないです。まずはノートを作る前に頭のなかで全体像のイメージを考える。割り振りをするように、癖がついているんでしょうね。昔から繰り返してきた方法なんで、今回色々考えて改めて、「そうだ。俺はまず全体を掴もうとしているんだ」って気付かされて。

米田:それはそうですよね。

西寺:それでまあ、例えばですけど、「U2」の歴史を誰かに説明する、そのために改めて理解する、体に染み込ませるためにノートを作るとした場合、最初にデビュー前の経緯とか、メンバーが何人なのか、それぞれの名前、何年生まれとかってことを書くわけですよ。ラジオで、いきなり「ベースのアダムが……」って話し始めてもリスナーはわからないので、まず、「U2」のメンバーは4人ですよとか、同じ高校に通ってましたよとか、アイルランド出身ですよ、とかそういうところから書いて、そのあと、1980年代にデビューして大ブレイクしたのはいつだったかとか。そのときに、人気が安定した2000年ぐらいから現在までのところをどう扱うかみたいなところもどこかで考えてるんです。

その中で「初めて説明する人に対して、この時代は飛ばせるな」「逆に細かく説明するとわかりやすいから簡素化できるな」って。仮に見開きページの右半分以降、つまりかなり最後あたりのスペースで2000年代に突入する突っ込み気味のページ配分だったとしても、「Vertigo」が大ヒットして、iTunesの中に勝手にアルバムが入ってたって事件があって(笑)、ケンドリック・ラマーと共演して、グラミーでパフォーマンスして、全米ツアーして……っていうのは短く収められるなっていうのを、なんとなく頭の中で考えて。でもそれは「三国志」であれ、なんであれ同じ感覚ですね。全体を掴み、最初に基本的な登場人物やキャラクターを説明し、時系列に沿って進み、時代ごとに分割した上で、濃淡をつけて敢えてマニアック過ぎる複雑な部分はばっさりカット。ただし、余分に見えてジューシーなおまけ部分は逆に深掘りする。『プリンス論』(新潮社)や『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』(新潮社)など、僕の著書はすべてその感じで土台を考えた上で執筆してます。

写真は郷太さんが「音楽ナタリー」の企画でカーペンターズのリチャード・カーペンターに取材できることになった際、下調べとして主要なバイオグラフィとディスコグラフィを全4ページに(たった5日で!)まとめたノート。本人にも見せたところ感激され、インタビューが和やかに進んだそうです

米田:やり込んでいないと、なかなか難しいですよね。本の反響はどうですか?

西寺:めちゃくちゃ良くてホッとしてます。今、もうすぐ二カ月ですが三刷で。言ってしまえば「謎の本」だから、最初は売れるかどうかわからなかったですけど、最近、前田裕二さんの『メモの魔力』(幻冬舎)っていう本が何十万部も売れたじゃないですか。やっぱり、手書きでメモやノートを作るっていうことに興味を持って実践したがってる人っていうのは結構多いんじゃないですかね。僕個人は、2020年代のトレンドは「手書き」にこそあるんじゃないかと思ってるんです。正直、書いた方が早い場合多いんで。

米田:そうかもしれないですね。

現代人のメンタリティにもマッチする「手書きノート」

2018年のFIFAワールドカップの全試合記録を取ってみよう、という酔狂なノートも作成

西寺:これは僕がよく言ってることなんですけど、「坊主頭を少年時代ずっと強制されてきた高校球児は、卒部後一度はヘンな髪型をしてみたくなる論」っていうのがあって(笑)。

米田:ああ〜。

西寺:野球部の子たちって、中高って坊主を強制されてて、それでまあ、髪を伸ばせなかったから、部活を卒業したらとにかく伸ばしてみたいわけですよ。で、大学一年なのか、就職した一年目なのか、出だしは一回パーマをあててみたいとか、ロン毛にしたいとかっていうのがあって、でも、「お前短いほうが似合うやん!」「いや、一回やってみたかってん、ほんまやな。さっぱり切るわ」っていう時期がしばらくすると来る。ともかく一回は試したいじゃないですか。それは当然だと思う。で、しばらくしたらサイドをバリカンで刈ったちょっと短めのソフトモヒカンみたいなのに落ち着いたりして。色染めたり、変わったパーマあててもそんないいことなかったな、ってなる。

米田:ですよね。僕も一度学生時代に金髪にしたことありますから(笑)。

西寺:僕は今もたまにしますけど(笑)。これって、人類の歴史でも同じことかな?って思ったりもしてて。たとえばパソコンでデザインしたり、パワポで資料を作ったり、あとはその、スマートフォンでフリック入力したりっていうのが、野球部員にとってのパーマみたいなところが多少あるんじゃないか、と。「こんなことできるようになった!」みたいな。たしかにそれの方が便利な時はあるんだけど。学校の先生も、昔は手書きで学級通信とか書いてましたよね。それがPCで完結できるようになったけど。なんか、企業とかのプレゼンとか、PCで作らないとふざけてるみたいな空気あるんじゃないですかね。でも、実際は手書きでもPCでも、どっちでもよくないですか。内容が大事だし、伝わり方が大事だと思うんですよ。

本の中では「西寺郷太のノートができるまで」と題した制作の裏側も紹介

米田:どちらにも良いところはありますからね。

西寺:タッチペンみたいなものもありますけど、何も持たなくても、たとえば自分の指を動かすだけでメモがとれるとかね、技術も進歩して、手書き的な方が便利なこともあるやん!っていうものが増えてくるような気がして。まあ、なにかしらすでに開発されてるのかもしれませんけど(笑)。そういうことこそが、僕は文明の進歩だと思っていて。

米田:なるほど。手書きの方が頭に入るっていうこともあるし、単純に、ノート書いてる時って楽しいですよね。

西寺:そう、単純に楽しいんです。僕の場合は、人に向かって大学で講義をする時とかは、何も持たずに行くことってまずないんで、ある種の「願掛け」というか「おまじない」的な部分もあるのかもな、とも思いますが。例えば「マイケル・ジャクソンの話をしてよ」って言われれば何も持たずに何時間でもトーク自体は出来るでしょうけど、でもやっぱり「エンターテイメント」として話す以上、まったく同じ視点では話さない、ノートを作ること、配ることが自分の中での担保になっている。講演会やトークイベントで手書きのプリントを作ってくるっていうが僕のひとつの代名詞になってるので(笑)。これこれ、みたいな。逆に、パワポとかで作って行ったら「手書きちゃうの?え〜残念です」みたいなことにもなるのかもしれませんね(笑)。あと現代人って何かを見てないと飽きる人たちが多いんですよ。手元に手書きノートのコピーがあって、空いてるところに自由に何か書き込んだりとかっていうことが、現代の人々のメンタリティにもマッチしてるんじゃないかなって。

米田:僕も大学の講師をする時があるんですが、郷太さんに感化されてレジュメを手書きにしてみようかな(笑)。でも、郷太さんのクオリティは無理ですね(苦笑)。

西寺:いやいや(笑)。米田さんが手書きで作ってきたら、やっぱり一瞬身が引き締まりますよ。ちゃんと聞きたい、そう僕は思いますね。インターネットが普及しはじめたのが95年ぐらいで、音楽で言えば、フィジカル、特にCDの存在感がどんどん減少し、サブスクリブションのストリーミングサービスもここ2年ぐらいで本当に主流になってきましたよね。そんな中で、「手書きノート!」みたいなアナログの権化と、ストリーミングみたいなインターネット的利便性が新しい次元で交錯すればいいなあと。そういう、2020年の僕自身のひとつの希望というか。それが「伝わるノートマジック」に込めた真意ですね。水道橋博士は「写真集みたいな本だ」って仰ってくれましたけど、「あー、綺麗だな」「楽しいだろうな」っていうそういう本能に響く、その部分が実は最も大事なのかな?って。その中で子供達が「勉強楽しいな」とか、ってなればいいなって思ってます。


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