ITEM | 2018/05/17

「考える都市」福岡市から、先行き不透明な時代の生き方を学ぶ【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

世界的な注目を集める都市、福岡

福岡市は今、世界の注目を集めていることをご存知だろうか。

2000年 Asia Week「アジアで最も生活しやすい都市」第1位

2006年 Newsweek「世界で最もホットな10都市」選出

2010年 BRUTUS「魅力ある地方都市ランキング50」第1位

2016年 MONOCLE「世界で最も住みやすい都市ランキング」第7位

2017年 野村総合研究所「成長可能性都市ランキング」第1位

木下斉『福岡市が地方最強の都市になった理由』(PHP研究所)は、住みたい場所の上位として頻繁に挙げられる福岡市が、実は弱点や不足を強みや魅力に変えてきた都市であることがわかる一冊だ。

題名にある「福岡市」と福岡県の大小関係を把握しておきたい。福岡市は、山陽・九州新幹線が乗り入れる博多、屋台街で有名な中洲、オフィス街でありつつショッピング街でもある天神を中心とした福岡県の中心部で、本書は福岡県全体についてももちろん触れているが、その中でも特に福岡市に焦点を絞っている。大阪府の大阪市、京都府の京都市と同じようなイメージをお持ち頂ければわかりやすいだろう。

コンパクトで通勤時間がかからない、アジアで一番空港へのアクセスが良い、人口増加日本一、若者率が高い。福岡市の魅力の数々から、日本の他の都市だけでなく世界の国々が何かを学びとろうとする流れが確実に存在することは、このランクインの数から想像に難くない。

ユニークな発想を産む、福岡市の土壌

福岡市は今までどのようなことに取り組んできて、これからどんな道を進もうとしているのだろうか。福岡市は他のアジア諸国に近い場所に位置していることや、都市のコンパクトさを売りにした独自の道を進んでおり、本書でその特徴は5項目にリストアップされている。

(1) 民間主導・民間投資のまちづくり

(2)「協争」と「協調」で強くなる

(3)素早く「撤退」する

(4)周りに流されない

(5)伸びしろがあるのに、伸ばさない

2番めの「協争」とはどういうことか。本書では同じ福岡内で争うのではなく、互いに協力し合い、異なるエリアと戦える競争力を身につける例として明太子の代表的メーカー「ふくや」を紹介している。

ふくやの創業者は、戦後何も資源がない中で、朝鮮半島の名物のアイデアを取り入れ、福岡でないところから素材を仕入れて、新たに福岡の名物を創造したが、独占的な企業規模拡大を目指さなかった。

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品質管理ができないという理由から卸はしないと一切断り、その代わりに明太子のレシピを皆に公開し、各社が明太子を製造・販売できるようにします。現代で言う「オープン・イノベーション」を戦後すぐに実践した人物なのです。今や明太子は1000億円を超える市場規模となっています。(P164)

「ナンバーワンになる」という競争はもちろん発生するものの、敵としてではなく仲間として争う「協争」の精神は、いまだに福岡市に根付いているという。

さらに、ともすればひとまず無難に他の真似をして、横並びになりがちな日本社会で、協調することを闇雲に志向せず多数派に流されない福岡の精神的な土壌は、何にも代えがたい財産なのだと著者は主張する。

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みんなで決めれば、「広い視野で間違いのない意思決定ができる」と言う人がいますが、たいへん危険な考え方です。もちろん、みんなで考えることを否定はしませんが、みんなで考えることが万能で、どんな判断よりも勝るということはありません。 (P160)

日本中の大都市が産業化を推進している途中でそれを止めたり、空港を郊外移転するある時期のトレンドに反して中心部に残したりという判断を福岡市はしてきた。そして、そうした適切かつ大胆な判断をすることができるリーダーを生み出してきた。個人や企業でも同じだが、都市もまた判断をする「存在」であるというイメージが、本書を読み進めるにつれてふくらんでくる。

個人と同じく、都市も最良のあり方を考えている

時間がない、お金がない、人材が足りないと嘆き惰性に身を任すことは簡単で、そういった「ないない尽くし」の不足の中から何を創造するのかということが重要なのだと、福岡市の風土は教えてくれる。

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新たな人口を流入させ、地元資本の新興企業の拠点としたり、外からの企業進出を歓迎するなど、従来の住民に過度に配慮したり、固執しなかったからこそ、成長機会をつくり出しました。 (P227)

本書の終盤では、香港・シンガポールといった小さな大都会が引き合いに出されて、福岡市の今後の課題にも触れられている。支店経済、つまり東京中心の経済圏を打破し、福岡が本店・本拠地の経済圏を作っていくこと。そして、アジアとの距離の近さを活かして、どのアジアの国と、どんな分野で関わっていくのかといった点が課題として挙げられている。

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福岡市もまた、九州内需、国内思考だけでなく、外へ向けた競争の先頭に立つ必要があると言えます。東京からの本社機能移転を目指すだけでない可能性がそこには広がっています。(P273)

地方最強の都市になったはいいが、世界レベルの都市間競争が叫ばれる昨今において、国内だけの順位に一喜一憂するようでは、その後の衰退も招きかねない。しかし、本書で福岡市が歩んできた道を見ればその可能性は低いということがわかる。そして、福岡市というひとつの都市の姿は、私たち自身がどう日々過ごすべきなのかということまでも教えてくれる。

福岡市に関わりがある方だけではなく、今ある状況をよりよいものに変えていくためのヒントが詰まった一冊だ。