前編はこちら
雑誌『WIRED』日本版の創刊編集長や、企業のコンテンツマーケティングを支援する株式会社インフォバーン、日本最大級のガジェットメディア「ギズモード・ジャパン」の立ち上げなど、日本のインターネット黎明期からデジタル業界で活躍している小林弘人。
現在、彼の熱い視線を一身に集める分野がブロックチェーンだ。企業内起業家を支援するビジネス・ハブ「Unchained」を立ち上げ、主宰する。
インタビュー中編の冒頭で彼は「日本の社会をブロックチェーンが変えるとしたら、もっとも適したテーマになりそうなのは「地方創生」と「社会課題の解決」かもしれません」と語る。誰もが必要性を認識していながら「カネが足りない」の一点のみで実現できなかった物事にこそ、日本独自の新ビジネス・新規事業の種があるのではないかと小林は主張する。
聞き手:米田智彦・神保勇揮・長谷川賢人 文・構成:長谷川賢人 写真:KOBA
ブロックチェーンは、その上に乗るものの「組み合わせ」で社会課題を解決できる
日本の社会をブロックチェーンが変えるとしたら、もっとも適したテーマになりそうなのは「地方創生」と「社会課題の解決」かもしれません。企業だと既存のコストを押し下げる方法論か、新しい利益の源泉を求めなくてはならない。しかし、すぐにブロックチェーンを使って利益が上がるビジネスモデルなんて、そう簡単につくれない。一方、ビジネス領域において、様々な関係者が理解しやすいのは、ロジスティクスやB2Bにおける調達資材のオークションやトレーサビリティだと思います。また、コスト増となってもユーザーも含めて容認できるのであれば、食品や高級品のトレーサビリティもありえます。
本来、ブロックチェーンがもつディスラプティブ(破壊的)な力を実現するには、大企業には足かせが多すぎる。そのため、すぐに決断できる首長がリードする自治体などがサンドボックスをつくり、そこに企業が自社のビジネスも想定して踏み込むことができることが理想的です。まず入口は「トラクタブル(扱いやすい)」にしておき、推し進めることができれば。結果的に、ディスラプションにも繋がればいい。これは、日本にとってのチャンスだと考えています。
前編の最後で「お金は自由になりたがっている」という話をしましたが、国家が発行する貨幣のオルタナティブとして「地域通貨」はブロックチェーンを用いたそれの登場以前から存在していました。古くはアメリカ・ニューヨーク州にあるイサカという都市の「Ithaca Hours(イサカアワー)」や最近だとボルチモアのBNoteが存在しています。BNoteはクラウドファンディングで貨幣発行の寄付を募るなど、話題を集めていました。日本でも実証実験を進めている例として、岐阜県の高山市、飛騨市、白川村限定で使える電子地域通貨「さるぼぼコイン」があります。さるぼぼコインは、街中の買い物だけでなく公共料金や市税の支払いにも使えるなど、デジタルマネーとしては、ほとんど法定通貨のようですね世界でも先駆的といえる。実際、高山に行った際、スーパーマーケットで前に並んでいた人が使っていました(笑)。
地域通貨の要点は暗号通貨による経済圏が作れることです。映画の『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットし、Queenを聞いたこともない世代まで、多くの人が感動しましたよね。そして、全世界にはQueenのファン・コミュニティがある。この状況で「Queen発行の通貨」をイタリアのマルタ島あたりに拠点を置いて発行し、取引所に上場できたら、Queenだけがもつ価値を交換可能にした、独自の超国家的な経済圏市場が構築できるかもしれません。
先に全世界に広がる強固なコミュニティが構築されていることで、価値主導型の広い経済圏に切り替えられる可能性があります。故デヴィッド・ボウイはファンドを組成して自身の新譜を作るための資金調達を行っていましたが、存命であれば、ブロックチェーンによる暗号通貨発行や、それを用いた証券化によってコミュニティからの直接的な資金調達を実現し、大きなインパクトを与えていたかもしれません。
見えにくかった「地域のリアルな価値」が暗号資産で大きく顕在化される可能性
一方でコミュニティにおける通貨発行だけではなく、域外の人たちにも価値がある有形・無形の資産は、トークンを用いて「証券化(編注:何らかの資産から生み出される予定の利益を「証券」と見立てて株のように売買し、その利益を投資家に配当する仕組み。これによって投資家は少額からでも出資可能となり、事業者側はまとまった額の資金調達できるなどのメリットがある)」することで全国、あるいは海外からも資金調達ができるようになるでしょう。唯一無二の価値をNFT(非代替性トークン)に属性情報として記述され、そのようなNFTが売買されるマーケットから、先行して資金を調達できる可能性があります。中央政府から与えられる予算や、銀行からの借入以外の仕組みによってを超えて、資産の流動化を図ることが可能です。
すでに米国では農家の農場自体を暗号資産化して、マーケットで売買できるようにする試みもあります。そこでは競走馬における馬主のように、共同所有も可能です。何より、生産者が長い年月をかけて市場に出荷するまでのリスク軽減につながります。ただ、いずれも日本で言うところの金融商品取引法のような法制度があるので、適法に運用するための法律家と事業免許をもつパートナーが必要です。
そこでは、旧来では想像もつかないような資産の証券化を促す可能性があります。実際に現在はリアルな資産と対になる、セキュリティトークンを用いたサービスを展開するスイスの事業者と話をしています。証券のトークナイゼーション(暗号通貨による代用券化)はブロックチェーンの可能性のひとつです。
ここまでの話をまとめると、ブロックチェーンは通貨発行やその流通を実現しているテクノロジーでもあると同時に、あらゆるリアルな価値を軸に経済圏を構築し、それらとの代替不可能に紐付けが可能になっているのです。もちろん、課題も多々あり、運用次第ではすべてバラ色の未来というわけではありません。初のデジタル通貨と呼べるeCashの提唱者であるデヴィッド・ショームが最初に論文でを唱えたのは1982年、商用インターネットの開始以前であり、実装するまでに時間がかかっています。ショームは再び新しいコンセプトのブロックチェーンと共に前線に戻っています。今はまだ多くの試論が必要でしょう。そのためには、異なる分野の専門家を集結させる必要があると思います。ブロックチェーンは、2020年代以降の私たちの生活を大きく変えていく可能性を秘めているからです。
テクノロジー×金融で進む地方創生
地方創生では、先に話したように、独自の経済圏が作れる「地域通貨」の可能性が大きいけれど、これも組み合わせによって効果を発揮できると思います。たとえば、エネルギー自由化により、自治体や企業、個人が太陽光発電で作り出したエネルギーを自動で送電したり、発電ノード同士が売買し合う際にスマートコントラクトを使い、そこに地域通貨を結びつけるといったことも考えられます。自動運転のeVTOL(電気で動く垂直離発着機)や巡回バスなどとも相性がよさそうです。
また、穀物は天災によって、手塩にかけて育てたものがすべてダメになることがある。この問題は、過去のデータに基づき、気候変動などにおける規定の条件を満たした際に契約が自動執行される「パラメトリック保険」などが有効でしょう。これは域外のサードパーティーにもできる地方創生支援です。この分野はすでに実験が進んでいます。理想的には欧州のように保健事業や金融業における規制緩和が進み、ベンチャーが進出できればいいのですが。どうしても、日本の場合、フィンテックにしても、大企業がリードするため既存ビジネスの保身が入る。それではユーザーのための大胆な構造変革は起きにくいですね。
ブロックチェーンはプロトコルですから、すべてを解決できるわけじゃない。そこで、テクノロジーや金融手法など、あらゆる掛け合わせで社会課題を解決できる可能性を持ちます。自治体だけでなく、企業が多く参画して進めることで、世界に先駆けた事例が作れることを期待しています。
先に述べたとおり、ブロックチェーンは今後多くの分野に通底するプロトコル・レイヤーとして、その上で他のテクノロジーを掛け合わせることで真価を発揮すると思います。まずそれを多くの日本企業に理解してもらうために、僕は企業と分散型技術をフックに企業内起業家やイノベーターをつなぐビジネス・ハブの『Unchained』を立ち上げました。
そこでは現在、幻冬舎が運営するメディア「あたらしい経済」編集部と共同で担当者育成プログラムを実施しています。また、香港とツーク(スイス)のインキュベーターとの連携も内定しているので、日本の企業内起業家たちを世界のコミュニティやプロジェクトに繋げたいと考えています。ただし、ブロックチェーンのみを扱うわけではありません。イノベーションの手前にある、思考や枠組みの再構築を促し、同じ目的をもつ異業種の人たちと議論しあえる場として考えています。
加えてベルリンのTech Open Air(TOA)というテックカンファレンスのパートナーも務めているので、同カンファレンスやベルリンにおけるイノベーション拠点の視察プログラムを企画し、日本の企業と欧州のイノベーターたちを繋げています。そして、エンジニア向けに無料の勉強会やハンズオンを開催し、日本でもまだ層が薄いSubstrateとPolkadotの理解と導入に努めています。特にデザインシンキングによるブロックチェーンのアイディエーションは、ユニークなもので、すでに数十社以上の企業や自治体を対象に実施しています。
目標としては、大企業と自治体の組織内起業家や新規事業開発者たちを年内に100人ネットワークしたいと思っています。かつそれは分散化された、ゆるやかなコミュニティでいいと思っています。すでに人数だけなら半数以上を数える方たちと繋がっていますが、企業内イノベーターたちを組織内で孤絶させないために、ナレッジを共有し、日本発の価値のあるプロジェクトを世界に向けて発信できればと思っています。
後編はこちら