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20年後も残るウェブメディアを。アーカイブにこそ価値がある|藤本智士(編集者)
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  • 2019.07.16
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20年後も残るウェブメディアを。アーカイブにこそ価値がある|藤本智士(編集者)

ローカルメディア、オウンドメディアがどんどん生まれている。ただ、目的が不明確だったり収益がうまく得られなかったりして、残念ながら終了するケースもある。人の役に立つ、面白い情報を届けたいという思いは、メディア担当者に共通のものだと思う。しかし立ち上げるのは簡単でも、続けるのは難しい。本当に。

ウェブメディアは今後どう残っていくべきなのか。そのヒントを得たくて、有限会社りす代表・編集者の藤本智士さんにお話を聞いた。藤本さんは広告のない雑誌『Re:S』や、秋田のフリーペーパー『のんびり』、ウェブメディア『なんも大学』などを編集してきた。

著書『魔法をかける編集』の中で、藤本さんはこう書かれていた。

「なんも大学」の読者は、極端に言えば、何十年、いや何百年も先に「秋田」を知りたいと思った人です。(藤本智士『魔法をかける編集』インプレス,p211)

こんな長いスパンでウェブメディアを作ろうとする人を、他に知らない。

話を聞く中で見えてきたのは、アーカイブすることの価値。そしてそれがウェブにこそ向いているかもしれないということだった。

聞き手・文:平田提 写真:佐伯亜由美

藤本智士(ふじもと・さとし)

編集者・有限会社りす代表

1974年兵庫県生まれ。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、ウェブマガジン「なんも大学」の編集長に。自著に『魔法をかける編集』(インプレス)、『風と土の秋田』(リトルモア)。写真家の浅田政志氏との共著『アルバムのチカラ』(赤々舎)。編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。
http://re-s.jp/

20年先、検索する人のためのメディアを

― ― 『なんも大学』は「「バズらせることの正義」の彼岸に行きたい」「未来の秋田のために、良質なコンテンツをいまから貯蔵していこうと思った」と『魔法をかける編集』で書かれていました。どういう考えを経てそうなったんですか?

藤本:元々紙の編集をやってきたから、というのはありますね。12年前、『Re:S』って雑誌を作ったときは、「情報誌にしない」って決めてたんです。「今使えるやつ」は古くなっちゃうので。一瞬「ドン」ってウケる記事があっても、今はキレイに忘れていく感じがあるでしょう?

― ― たしかに。

藤本:即時性、今日明日の成果に企業はとらわれがちだけど、100年後どうなるのかなって考えたことがあって。かつての文化産業って、「今とれればいい」じゃないから、林業みたいに続いてきたと思うんですよね。そこが引っかかっていたので、自分がウェブメディアやるのには最初、納得できなかった。それでも自分なりのロジックとして出したのは、かえってウェブの方が情報が残るかもな、アーカイブしていくのがいいのかもなってことでした。

― ― 「なんも大学」は秋田県庁がクライアントですよね。そういった藤本さんの方針に、すぐ納得されたんですか?

藤本:『のんびり』がおかげさまで好評で「うちにも置いてくれ」って言われて、ありがたいんだけど、増刷すればするほど紙はお金かかる。それで続けるのが難しいよねってなって。県の予算の仕組みとして続けていくのが難しいのもあって、去年より予算が上がるってなかなかなくて。減額減額ってなっていく。

でも「なんで辞めるんだ」って声もあって、じゃあウェブにします、と。最初は僕たちがやるって決まっていたわけではなかった。そのときはやりたくなかった。ただ県庁の手前、やるしかないかあ、と。気づいたら自分たちしか手を上げてなかった。最初はネガティブ。とにかくやりたくなかったですね。

秋田県庁発行の季刊誌『のんびり』(1~16号/2012〜2016年)。藤本さんが編集長を務めた。内容の一部は『風と土の秋田』(リトルモア)でも読める。

― ― なんでやりたくなかったんですか?

藤本:もっと適した人がいる、と思ってたからですね。こんなおっさんがやることない。最近の尊敬する編集者はみんなウェブメディアの編集者だった。同年代はいなかったんですね。いいなって思った人は20代、30代だったりした。そういう人たちのほうが適しているし、あえて僕がやる意味ってなんなんだろうって考えて。そこでさっきのようなロジックを考えたんです。

すごく思ったのは、結局「10年後こういうことしたいからこのメディアをやってる」ってことすら描けなくなってきている。やっぱり今日明日の給与を払っていかなあかんっていうシビアな中で、組織も今すぐの成果を求められますよね。でも、せめて10年後、20年後の誰かのために「なまはげ」で検索してヒットする良い記事を残しましょう、そういうのこそ県の予算を使ってやるべきなんじゃないか、一瞬のバズりのために予算使っていいのか……って話をしました。

― ― 20年先を見越してやってるウェブメディアってなかなかないなって思います。

藤本:『なんも大学』の場合、県庁の仕事だから、県民の税金を使ってやるからこそよく考えないとってなったんです。特に僕は「よそもの」なんで、「よそものが県の金を使ってなんだ」って思われるのも癪なんで、現実と印象が違うのは仕方ないとしても、自分自身の中でもこういうふうに使っているんだってロジックが必要だったんです。

県庁も組織なんで、上の人に伝えていく段には「PV数どうなってるんだ?」みたいな話にはなる。続けるために最低限のことは努力はしつつ、それがゴールではないんだよというのは担当者とは共有できるようになっています。

― ― 2010年代は「コンテンツマーケティングがイケそうだ」という流れもあって、記事主体のオウンドメディアがたくさんできています。でも続ける体力がなかったり、これ何のためにやってるんだっけ?と目的がはっきりしないメディアも多いように見えます。

藤本:オウンドメディアだと、お金をせき止められたら終わりますよね。メディアに限らず、大抵そうだけど(笑)。不安を抱えながら、やらなきゃいけない。メディアに取り組むときに、そのお金の入り方はポイントだと思うんです。

僕が一番最初に作った『Re:S』は、広告のない雑誌を作りたいと思ったところから始まってます。クライアントありきで、広告収入がないとやっていけない、これは言っちゃいけないとか、そうじゃないメディアの在り方を早く見つけたいと。今はnoteとか、個人がサポートしながらメディアを続ける形もできてきていて、クラウドファンディング的世界で成り立つものがもっと増えるといいなと思います。

『Re:S』の誌名は「Re:Standard」から。「あたらしい“ふつう”を提案する」がコンセプトだった。(『Re:S』vol.4)

イノベーターの集まり、トキワ荘への憧れ

― ― 今のお話には関係ないですけど、壁にかかってるコピーロボットの絵が気になって……。

藤子・F・不二雄『パーマン』に登場するロボット。身代わりになっていろいろやってくれる。便利。欲しい。

藤本:あ、あれは松永健志君っていう熊本のアーティストの作品です。割と若い、熊本でめっちゃ人気の子で。

るろうにほん 熊本へ』で俳優の佐藤健君と熊本に行って、そのときお世話になった熊本の人に松永君を紹介してもらったんです。とにかくすごい人気で、展示の初日とかみんな彼の作品を買いたくて並ぶんです。だから欲しくても、そこに行かないと買えない。なので熊本にいる人に頼んで、僕の代わりに並んで買ってもらおうと。この展示のときも全部で100点ぐらいあったのかな? 並んでくれた人に「どれが買いたい?」って聞かれて「まさに今コピーロボットあったら熊本行くのにな」と思ったから、「じゃあ、これを買って!」と(笑)。

― ― そうなんですね(笑)。素敵な作品ですが、藤子キャラをモチーフに描いてるというわけではない?

藤本:そうですね。たぶんコピーロボットのフィギュアを持ってるのかな? そういう身近な雑貨だったり、商品のパッケージとかを描いてるみたいです。奥さんがまさに作家を支える妻って感じで、2人の関係がまた素晴らしい。松永くんは割と大柄で、髭がサンタクロースぐらいあって、金髪で、優しい人。カワイイなって思ったものをそうやって描いてる。

― ―  静物を描かれるんですね。「好き」がにじみ出てる感じですね。

藤本:そうそう。

― ― いや、『モジャ公』とか『みどりの守り神』が本棚に見えたので、藤本さん、藤子不二雄ファンなのかな?って思ったんですけど……。

藤本:熱烈なわけではないけど、『まんが道』とかは大好きですね。

― ― 『まんが道』いいですよね。

藤本:やっぱりその、トキワ荘への憧れってないですか?

― ― めちゃくちゃあります。無駄にキャベツ炒めを真似して作って食べたり……。

藤本:ありますよね(笑)。ああいう、志持った人が集まって、挫折する人もいるけど、それぞれが成功していくって理想じゃないですか。神様みたいに尊敬する人がいたり。トキワ荘のことって色んな人が描いてますよね。藤子不二雄A先生だけじゃなく。

― ― 『(藤子不二雄物語)ハムサラダくん』などもありますね。別に意図して集まったわけじゃないかもしれないけど、ある意味ギルド的なコミュニティですよね。

藤本:そうそう、しかもいろんなローカルから集まってくるわけじゃないですか。あそこにある独特の空気感、世界みたいなものがありますよね。あの時代における漫画家という商売って、一体なんだって話だと思うんですよ、トキワ荘って。かなりのイノベーターたちでしょう。

僕はタナカカツキさんをすごく尊敬してるんです。今は『サ道』で有名ですし、前だったらコップのフチ子の、って紹介されてましたけど、カツキさんはずっと肩書きが「マンガ家」なんです。そこには当然トキワ荘へのリスペクトもある。『Re:S』で連載してもらったときも、漫画のコマ割りの枠を超えようとする感じとか、当時は番組の映像を作ったりとにかくマルチなクリエイターさんで、突如、水草水槽を流行らせたりとか……いろんなことやりながらもマンガ家って肩書きは変わらなくて。なんでなのか聞いたら「もし藤子不二雄さんとか赤塚不二夫さんとか、当時のあの若者たちが今生きていたらたぶん漫画描いてないから」っておっしゃったんですよ。もっと違うことしてたと思うって。なるほどなあって思いました。

残したから価値が出た、「一人ごっつ」のフリップ

― ― そういう、トキワ荘の漫画家のようでありたいってことですね。

藤本:はい。僕にルーツがあるとしたら、トキワ荘への憧れと、あとはやっぱりダウンタウンの松本人志さんなんですよ。

― ― そうなんですか。

藤本:いまはちょっと老害になりかけてる感じで戸惑いが大きいですけど、中学・高校の頃とか本当に好きで、昔『VISUALBUM(ビジュアルバム)』ってビデオ作品が出たんですね。ミュージシャンにとってのアルバムを芸人さんが出すんだったら、ビジュアルのアルバムになるでしょってことで、浜田さんや東野さん今田さんとかが出ていて。あれに衝撃を受けた人が僕の世代は多いんです。そういう人たちが今何になってるかというと、映画監督とか写真家とかになってる。関西だと山下敦弘くんとか、劇団のヨーロッパ企画の上田誠くんとかもそうだし。松本さんにめっちゃ憧れた人って意外と芸人になってないというか、違う世界にいるなと。

松本さんなりの世の中の見方や、壊して創る方法とか、革新的にみえて継承してる感じとかにすごく影響を受けてる。

― ― フジテレビで『一人ごっつ』が始まったとき「こんな番組のやり方があるんだ!」とすごくゾクゾクしたことを覚えてます。

藤本:ですよね。『一人ごっつ』の大仏の師匠をやっていた放送作家の倉本美津留さんにも出会えて、ブラウン管を通して見えてくるアウトプットの裏側でどういうことが起きてるのか想像できるようになりました。

こないだ全然違う文脈で、倉本美津留さんのことを書いたんです。朝日新聞の秋田版で。昔「一人ごっつの世界」展って展示会を大阪や東京でやってはって、何を飾るのかなって思ったら、ひたすら松本さんが回答したフリップが置いてあるんですね。倉本さんは「いや、黙ってたらあいつらフリップどんどん捨てよるねん。いやいや残しとけ、と」って。

その話を聞いた時に、そうやって松本さんという才能とともに、お笑いというカルチャーのステージを上げようとしているんだなって思ったんです。つまり、アーカイブしていくことで価値は上がっていくんだと気づかせてもらった。捨てられるはずだったものも拾われて、ちゃんとアーカイブされていった途端に価値が出る。これって編集の基本じゃないですか。そういうことにドキドキして、学びになって。秋田の横手に増田まんが美術館があるんですけど、ご存知ですか?

― ― 秋田出身ながら……知りませんでした!

藤本:あれは秋田の誇りですよ。あそこは世界で唯一の漫画原画の美術館なんです。様々な作家さんの漫画原画を収蔵しているんです。そういうのをみんな知らないから応援してねっていうことを、倉本さんに気づかせてもらった当時のエピソードとともにその新聞の記事では書いたんです。アーカイブすることの価値を。

本やフリーペーパーを作るっていう狭義の編集からスタートしたけど、いま自分は広義な意味での編集者って言っています。その原点はそれこそ松本さんや倉本さんの編集ってすごいなってところにあるんですよね。倉本さんがフリップの回答を集めて展示するなんて行為は全くもって編集以外の何者でもない。倉本さんはそれを編集と呼んでいるわけではないですけど。

― ― かっこいいですよね。スタイルそのものを作っていくのが。

藤本:みんなが「えー、そんなの貯まる一方じゃないですか」って思っただろうけれど、でもそれが松本人志という人物や、お笑いそのものの価値を高めることにつながる。ウェブメディア=アーカイブっていうのも、その考え方が自分の中の軸にあるからかもしれない。

僕は写真プリントやアルバム文化が好きで、写真家の浅田政志君と一緒に『アルバムのチカラ』っていう、東北の震災の時に津波をかぶって泥だらけになってしまった写真を洗って持ち主に返すという活動を取材した本を出してるんです。その本を再販するにあたって、先日も2018年の西日本の水害の被災地、岡山県真備町の写真洗浄活動を取材してきたところなんです。

とにかく、写真とかアルバムっていうのが、すごく自分の中で大きなポイントとしてあって。12月5日は「アルバムの日」なんですけど、フエルアルバムを作ってるナカバヤシって会社にお願いして、アルバム文化をつないでいくために、記念日協会に登録してもらったんです。写真やアルバムって、やっぱり残していくこと、アーカイブしていくことに大きな意味があると思うんです。今現在の編集意図と100年後にそれを見る人の感覚ってたぶん全然違うと思うんです。

「うちの娘かわいいでしょ」って撮った写真も、100年後の人が見たら「100年前ってこんな服着てたんや」としか思わなかったりとか。だからこそアーカイブしておく意味があるというか。今の意図ですべてをとらえるのは違うと思う。

その一方で、そういうファッション的なことじゃなくて、「ファインダー覗いてた人はこういう気持ちだったのかも」って憑依するような気持ちになれたら、一気に時空を超える。そういうアルバムのようなものを残すことにこそ、僕ら編集者としての意味があると思う。

― ― 人の痕跡を残すことというか、ただ貯めておくだけでも熟成して意味ができていったりとか。倉本さんが松本さんのフリップを残したことも、例えばこれから若い人が何の気なしに昔の松本人志さんの動画を観て感銘受けてお笑い目指そうってなって「そのフリップ残ってるよ」って聞いたらゾクゾクする。そういうことをしてあげられるだろうかって自分でも思います。

藤本:そうですね。でも覚悟が要りますよね。

― ― はい。そういうことが人の仕事として残っていくんだなって思いました。万が一なんですけど……今後もし仮に秋田県から『なんも大学』の予算が打ち切られてしまった場合、どうなるんでしょう?

藤本:そこに、あまり執着はないです。こういう考え方をもって挑戦したことに意味があると思うので、その事実を拡張させて、他の土地でそういう事例を生み出したりしていきたい。

― ― なるほど。その場合は、コンテンツをどうアーカイブしていきたいと思われますか?

藤本:矛盾しているようですが、残すというのは、捨てると同義だとも思っています。それはアルバムづくりから学びました。アルバムをつくるというのは、残すものをチョイスするということ。そこで捨てられるものは仕方ないのだと思います。ゆえに、アルバムをつくるように、アーカイブしたデジタルなものをつくる可能性もあるかもしれないですね。

― ― 日本のインターネットの歴史は、1995年をインターネット元年とすると約25年ぐらいです。ウェブメディアをそのまま残すのは、紙で残すよりも明確な意志がないとかなり難しいな、と思うこともその間よくありました。Yahoo!ジオシティーズの終了とか……。藤本さんとしては、どうお考えですか。

藤本:まずは、たった25年なんですね。あらためて。なんて小さな歴史。そんななかで、あーだこーだ言ってることが不毛な気さえしてきました。だからあくまでも僕という小さな存在がその瞬間に思ったり、感じたり、決めたり、話したり、した刹那な物語でしかないんですよね。このウェブメディアに対する妙なアーカイブのロジックも。

ただ、紙からウェブへと変化したこのスペシャルな時代にあって、紙という物質の限界の一部をウェブメディアが解決できたこともあるだろうし、少なくとももう少し刹那的なバズりではなく、デジタルをどうアーカイバルなものにしていくかについて思考していくのも必要な気がします。

― ― ウェブメディアのアーカイブ性と最後のお話がつながって面白かったです。ありがとうございました!


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