立木義浩写真展 「舌出し天使 CONTACT SHEETS - 眼差しの軌跡 -」 が開催
フジフイルム スクエア 写真歴史博物館では、87歳の今も精力的に活躍する写真家 立木義浩が27歳で発表した傑作、「舌出し天使」 の発表から60年を記念した展示を行う。
1965年、「カメラ毎日 1965年4月号」 に掲載され、立木義浩の名を一躍スターダムに押し上げた 「舌出し天使」。本展のために本人が新たにセレクトしたゼラチンシルバープリント25点とともに、本作の コンタクトシート* 約25点が初公開される。60年の時を隔てて初めて公開されるコンタクトシートから、若き立木義浩が何を見、何を感じてシャッターを切ったのか、その眼差しの軌跡を感じることができる。
撮影は高度経済成長のただ中にあった1964年。当時立木は、広告制作会社アド・センターの社員フォトグラファーとして、アパレルの広告や 「週刊平凡」 「平凡パンチ」 など新進の雑誌を舞台に活躍していた。
その立木に目をつけたのが 「カメラ毎日」 誌の編集者・山岸章二。新時代の写真の動向に敏感だった山岸は、「ノーギャラだが何をやっても自由」 という条件を若き写真家に提示。
アメリカ人の父親を持つ当時17歳のモデル山添のり子を被写体にアドリブとセットアップを交差させた、写真だけが作り得るストーリー 「舌出し天使」 はこうして生まれたという。
「カメラ毎日」 1965年4月号に異例の56ページにわたり掲載されるや、同作は日本写真史に刻まれるセンセーションを巻き起こした。
街に放たれて動きまわる少女との撮影は、まるで自由闊達なセッションのようだったという。200枚ほどのプリントからこの誌面を写真集のごとく構成したのは、イラストレーターの和田誠。解説を担ったのは評論家の草森紳一。そして歌人で劇作家の寺山修司が写真に詩を添えた。最終ページ、舌を出したポートレート写真をモデル自らが掲げた雪のシーンから着想されたタイトル 「舌出し天使」 も寺山の案だったという。
コンタクトシートはフィルムに残された撮影順の画像を一枚にまとめたプリント。いわゆる 「OKカット」 を選ぶ際に用いられ、通常、それ自体が公開されることはない。それは言い換えれば、作家と被写体が創り上げた時間、その取り組み、足どり、息づかいを伝える瑞々しい記録だ。多彩なシーンと移り変わる表情から、若き日の立木義浩の眼差しの軌跡をみることができる。
*コンタクトシート:白黒やカラーの写真フィルムのネガ像の現像仕上がりの状態を、ポジ像に反転させて確認するため、1本分のフィルムを、4~6本に切り分けて1枚の印画紙上に並べて密着させ、等倍でプリントしたもの。「ベタ焼き」 「密着焼き」 などとも呼ばれる。
立木 義浩(たつき よしひろ)
写真家
1937年、徳島県生まれ。58年、東京写真短期大学(現・東京工芸大学)技術科卒。アド・センター設立時にフォトグラファーとして参加。65年『カメラ毎日』で「舌出し天使」を発表。69年、フリーランスに転身。
以降、女性写真の分野を中心に多くの著名人を撮影。同時に世界中でスナップ写真を日常的に撮り続ける。広告・雑誌・出版など幅広い分野で活動。主な受賞に、日本写真批評家協会新人賞、日本写真協会賞年度賞、日本写真協会賞作家賞、文化庁長官表彰など。『イヴたち』『GIRL』『私生活/加賀まりこ』『MY AMERICA』『家族の肖像』『東寺』『KOBE・ひと』『ありふれた景色』『小女』『Tōkyōtō』『Yoshihiro Tatsuki 1~8』『etude』『動機なき写真 just because』『舌出し天使』『SNAP 20C』『Afternoon Paris』など写真集多数。
フジフイルム スクエア 写真歴史博物館 企画写真展
立木義浩写真展「舌出し天使 CONTACT SHEETS - 眼差しの軌跡 -」
開催期間:2025年1月6日(月)~3月26日(水) 会期中無休
開館時間:10:00~19:00 (最終日16:00まで/入館は終了10分前まで)
会場:フジフイルム スクエア 写真歴史博物館
住所:東京都港区赤坂9-7-3 (東京ミッドタウン ミッドタウン・ウェスト1F)
入館料:無料
作品点数:モノクロ25点、コンタクトシート約25点 (予定)
主催:富士フイルム株式会社
企画:テンポラリー・コンテンポラリー
TEL:03-6271-3350 (受付時間 平日10:00~18:00)
公式ホームページ
https://fujifilmsquare.jp/guide/museum.html