世界ドローン会議(World Drone Congress 2022)の様子
高須正和
Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development
テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks
筆者は7月23日に深圳で開かれた「世界ドローン会議2022」に参加した。そこではドローンを用いたサービスの発展にむけて、産官学が連携して合意形成とルール作りをしていく姿が見られた。
中国でもサービス用ドローンの稼働率は伸びない
世界ドローン会議という名前ながら、登壇しているのはほとんど中国人で、内容も中国のドローン産業に関するものがほとんどだ。
中国でのドローンは、最初はアメリカの後追いから始まり、今では深圳のDJI社を中心に、世界のトップに立っているといえる。一方で撮影や監視といった分野で定着したドローンは、今後物流や人の移動といった新産業への参入を模索しているものの、足踏みが続いている。
世界ドローン会議で中国民用航空局の担当者は、「サービス用ドローンの企業は中国に1万2663社もあり、ドローンの売上も伸びているが、利用率は全然伸びていない」というショッキングなスライドを発表した。
政府民航局の職員が発表したスライド
中国では農薬散布・輸送など、サービス用のドローンの出荷台数は継続して伸びているが、稼働率は高くない。同じカテゴリに入る旅客機や輸送機ほかサービス用の航空機に比べると、年間の稼働時間は極めて少なく、しかも年々低下している。
中国ドローン産業の中心であるDJIでは多くのエンジニアが退職して、ドローンそのものやドローンで使うセンサーなどの会社を立ち上げた。そうした企業集団は、技術的に近い自動運転やサービスロボットなどとも融合して、一つの産業クラスタを作り上げている。ドローンの分野で1万社以上も起業が生まれたのは良い成果だ。
DJI本体は今も監視や撮影などのドローンで世界一の製品を作り続けているが、DJI出身者の起業するスタートアップは同社がまだ手を出していない新規事業、輸送や人が乗れるドローンなどに進出することが多い。それらのサービスは技術的な難易度が高く、実証実験は多く行われているが、採算に載っているわけではなく、普及は遅々として進まない。
さらに、撮影や監視は一過性のものだが、輸送や移動となると、同じコースを定期的に飛行することになり、社会とのすり合わせがより多く必要になる。
産業振興に必要なのは規制緩和とルール作り
こうした新産業の育成に必要なのは規制緩和とルール作りだ。中国政府の担当者がドローン会議に出てきて稼働率の低さを指摘するような発表を行ったのは、スタートアップに水を差すのが目的ではない。発表の趣旨は「サービス用ドローンには、撮影や監視とは別の新しい法整備が必要で、今それに取り組んでいる」というものだった。
撮影用ドローンはあまり高く飛ぶと撮影できなくなるので、基本的に200m以下の低空を飛び、出発した場所に戻ってくる。一方、輸送用などのドローンはもっと高空を飛び、出発地と降りる場所は違う。行政区をまたぐこともある。
中国政府は、そうしたサービス用ドローンを研究する企業、研究者と協力して、「撮影用ドローンよりは高高度、飛行機などよりは低高度の、高度1000m以下で行政区をまたぐような空域の利用法整備や、ドローン管理の枠組みを作る」という取り組みを許認可、技術、管理方法など、多方面から行っている。
政府系研究所の技官がまとめている、軍事基地や発電所からどの程度距離を取るべきかといった要件定義
輸送用の長距離を飛ぶドローンには飛行機同様の位置測定が求められる。また、空港やヘリポートのように管理された場所から飛行開始する必要がある。
管制システムと法整備の両面から対応を進めていく必要があり、テストも必要だ。
中国各地で行われているドローンの試験飛行地区
中国は共産党一党独裁の全体主義国家なので、民間も含め多くの企業には社内共産党組織(党委員会)が整備され、ある程度大きくなった企業は政府への協力を求められる。それにより、大企業になるほど、業界全体が伸びるような政策を提言し、中国全体のために協力をしなければならない。
今回の世界ドローン会議では、ドローン開発企業側と政府側が、実現可能な技術と制度をもとに、柔軟にプロトタイプを作りながら法制度を考えていくやり取りが見られた。この分野では一党独裁と新産業へ向けての法整備がうまく噛み合っている印象だ。
新興産業へ向けた体制を作れるか
日本では政府が「骨太方針2022」でWeb3推進に向けた環境を整備すると明記し注目を集めた一方、経産相が「シリコンバレーへ起業家を5年間で1000人派遣する」と発言し「前時代的なアプローチだ」と批判されるなど、新産業振興策について疑問の声が寄せられることも少なくない。
情報化社会の到来で、アメリカでも中国でも代表的な産業はITにシフトしつつある。トヨタは同業のフォードやクライスラーよりも成長しているが、ITをキーにした新興製造業のテスラはさらに高い時価総額を誇っている。コンピュータを中心に携帯電話やタブレット、スマートウォッチなどに製品を拡大したAppleも、日本の家電やICT製造業より巨大な企業となっている。
かつてトヨタや日本の家電メーカーがアメリカの自動車会社や家電メーカーを追い抜いたのは同じフィールドでの競争だったが、Appleやテスラ、さらにはGoogleなどのソフトウェア企業は、もともとない産業を作り出したことでより大きく成長した。
1990〜2000年代は、高級な製品が日本や台湾製、安価で低品質な製品は中国製という時代が続いたが、中国の製造業が高度化し、iPhoneやテスラ車も中国製造となっている。
日本からも、新しい領域の産業が生み出されなければ「失われたxx年」はまだ終わらないだろう。
製造業と新興産業の両方が伸びた中国
中国では「世界の工場」時代の数十年で、労働集約・資本集約的な製造業が一気に伸びた。加えて、外資の参入や拡大を制限するような政策をとっていたこともあり、ITを中心にした自国の新産業も拡大しつつある。
美的集団が東芝の家電部門を買収、LenovoがNECほかの個人向けPC事業を買収といった事例は同じ部門での競争だが、ファブレスの電化製品メーカーであるXiaomi、逆に製造に特化した受諾製造請負のFOXCONNやBYD、さらには半導体製造のTSMCなど、最終製品か製造手段のどちらかに特化し、かつ系列でなくオープンな協業を行うハードウェア企業たちは、日本にないタイプの産業だ。IT分野でも、電子商取引と流通をキーにしたアリババ集団など、新産業が伸びている。
アメリカではテック産業からのロビイストが政府に対して影響力を増しているのが話題だ。もちろん、こうした官民の協力は、癒着をはらむ危険性もあるが、新産業育成のためには、政策決定のプロセスに実際のプレイヤーを巻き込み、政府そのものの中で技官を含めてプロトタイプを回していく仕組みをうまく作っていく必要がある。