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高須正和
Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development
テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks
お金や仕事を超えて人々を情熱的にする方法
4月21日に『遠くへ行きたければ、みんなで行け ~「ビジネス」「ブランド」「チーム」を変革するコミュニティの原則』(訳:高須正和 監訳:山形浩生 解説:関治之)を出版した。
コミュニティの立ち上げ、拡大、継続的・自律的な成長までのガイドラインをまとめた本で、著者のジョノ・ベーコンはLinuxのディストリビューション(LinuxカーネルをOSとして使用するためのパッケージ)の一つ、Ubuntuを皮切りに、その後XPRIZE財団、GitHubなど、多くの国際的コミュニティ構築で仕事をしている。
この本に書かれているのは、「お金や仕事を超えて人々を情熱的にする方法」だ。原題の「People Powered」はこの「方法」によって力づけられた人々のことを指す。その力づけられた人々こそが、世界のイノベーションがますます加速している秘密でもあり、日本のイノベーションがいまいちパッとしない理由でもある。
300ページ以上ある厚い本だが、内容は至ってシンプル。「どうすればコミュニティ運営を成功できるか」の秘訣だ。本書のいくつかの章は、ビジネスでコミュニティを手がけようとしてサッパリわからなくなった担当者の悲痛な訴えから始まっている。
ボランティアベースのコミュニティだからとふんわり運営するのは間違いで、計画をガッツリ立て、週次で数値目標を達成できているかを振り返り、きちんと関連メンバーやリーダーに説明することが非常に大事、といった計画・実行のフレームワークを含めた具体的で詳細なガイドラインが、本書の最大のコンテンツだ。
この本を知ったきっかけは、自分もメンバーの1 人である中国最大のオープンソース組織、「中国オープンソースアライアンス(開源社)」の年度会議でゲスト基調講演を務めたジョノ・ベーコンの講演を聞いたことだ。本書の英語版を読んで内容を知れば知るほど、僕の本業のビジネスも、ビジネス以外のこともうまくいくようになった。
そして、中国でさえ大きなイベントの基調講演に呼ばれるような人の本が、日本語版がないことを知った。中国企業はその後、オープンなコミュニティづくりに手間も金も大きくかけるようになっている。日本語版が出ることで、国内でもこうした内容が広まるとうれしい。
その思いは、僕の前の翻訳書『ハードウェアハッカー 新しいモノを作る破壊と創造の冒険』のときと同じで、本書の翻訳をした最大の理由だ。
翻訳の僕と監訳の山形浩生さんはどちらもオープンソース畑での活動が長い。加えて、本書の解説を書いてくれた関治之さんの主催するCode for Japanは、東京都の新型コロナウイルス対策サイトなどで、まさにコミュニティの力を発揮して素晴らしい成果を出しているのは、FINDERSでもレポートされているとおりだ。
「うちの国、いきなり覚醒した!?」と称賛の声多数。官民連携の新型コロナ関連支援まとめサイト「VS COVID-19 #民間支援情報ナビ」が公開
コミュニティは、参加したいと思った人が、やりたいことにコミットできることに強さがある。それは、官公庁や大企業の案件に多い、ものづくりの経験のない発注元が「こういうものがほしい」と先に定義して、それに従って作るやり方に比べて、圧倒的なアドバンテージがある。もちろん、ゴールを決めずにスタートすることはできないが、Code for Japanはさまざまなプロジェクトで、簡潔なゴールを合意してプロジェクトを開始し、関わるコミュニティ内の要望を反映して更に進化させていく経験を積んでいる。
具体的なものの周りにコミュニティができる
書籍出版直後の4月29日、筆者と監訳の山形さん、解説の関さんの3名で、書籍の内容やCode for Japanの活動を紹介しつつ、コミュニティについて語るイベントを行った。
Code for Japanが開発した東京都新型コロナウィルス対策サイトや、テイクアウトに対応した飲食店マップなどは、行政からのシステム開発では難しい、多くの人に選ばれ、使われるサービスを作ることに成功している。
その秘訣としてイベントで関さんが紹介したのは、「先に、なるべく早い段階で使えるモノを出す」ことだ。Minimum Viable Product=実際に価値があると伝わる範囲で最小限のプロダクトを出すやり方は、コミュニティでのものづくりが、ピントを外れた議論に流れず集中する意味がある。また、システム開発の経験のないユーザも、実際にモノがある状態のほうが改善点や翻訳など、さまざまな仕事を見つけやすい。
「遠くへ行きたければ、みんなで行け」の解説を寄稿した関さんが立ち上げたCode for Japan
エンジニアたちのコミュニティから、キャズムを超える
Code for Japanの活動は、ゴールがパブリックなこともあり、エンジニアだけでなく学生や地方公共団体ほか、多くの分野の人々が協力している。そこには
・議論だけに終わらず、最初の段階でプロトタイプをつくる
・Code for Conduct(行動規範)ほか、コミュニティの目的や歓迎される行動の明文化
などの特色と、これまで何度も様々なプロジェクトを作った経験が反映されている。
コミュニティ運営の難しいところは、自分と接点の薄い、幅広い人たちをどうやって巻き込むかだ。エンジニアが集まらないとアウトプットが出せないが、エンジニアだけが集まった場合も、プロダクトが一定範囲から広がらないケースが多い。
『遠くへ行きたければ、みんなで行け』を書いたジョノ・ベーコンと、彼がコミュニティづくりに取り組んだUbuntu(運営元はCanonical社)の特徴は、技術コミュニティの中で連綿とあったオープンソースの活動に、エンジニアを超えて多くの人を巻き込んだことだ。Linuxのディストリビューションのなかで後発のUbuntuが多くのユーザを獲得できたのは、ジョノ・ベーコンの取り組んだコミュニティ構築が成功したことが大きい。
さらに、本書ではさまざまなサービス、プロダクト、コンテンツにおいて有機的に機能するコミュニティの事例が紹介される。「レゴ」のコミュニティではユーザが新製品を推薦し、「スタートレック」のコミュニティではユーザ同士の交流がコンテンツの人気に大きく貢献している。「セールスフォース」のコミュニティでは、ユーザが自発的に活用ガイドを書き、さらには問い合わせ対応まで行うという。
複数のコミュニティで同時に活動することが健全さを生む
このようにコミュニティの現場では、自発的にビジネスを助ける人々が集まり、給与を払っている社員や協力会社よりも見事な成果を出してくれる。
そう聞くと、経営者は大喜びするだろうが、実際は企業でのコミュニティのビジネス活用は死屍累々で、うまく行っている会社を見つけるのは難しい。ユーザの期待は製品そのもので、会社が期待するのは売上と利益なので、何のアレンジもせずに結びつけると参加メンバーへの不要な営業メールなどでユーザを不快にしてしまう。また、ユーザを意思決定に参加させるオープンイノベーションの仕組みを企業の中に備えていかないと、いつまで経ってもコミュニティの参加者が「部外者のお客さん」のままになってしまう。
イベントで山形浩生さんが指摘したのは、コミュニティのビジネス活用で「やりがい搾取」がつきまとう危険性だ。僕自身も、コミュニティの成果にフリーライドしようとして失敗するケースが多いからこそ、本書が広く知られてほしいという趣旨の言葉を序文に寄せている。本書では多くのコミュニティに同時に参加することで、視野狭窄を避けることがベターなやり方として推奨されている。
関さんが紹介したCode for Japanでの「なるたけ早い段階でアウトプットを出す」やりかたも、区切りを早めにつけて次々と新しい活動を行うことで、コミュニティの健全さを保つ効果がある。
縦割りで先に仕事にかかわる人間を決めてしまい、後で具体的な仕事がやってくるやりかたは、変化が多く複雑な現在ではピントを外してしまう。Code for Japanで行われているようなコミュニティの活動が、行政やビジネスだけでなく、教育ほかさまざまな分野で必要とされている。