「この本はすごく泣けた」を強調する米#BookTokタグ動画の特徴
英語圏ではかなり早期から本を売るための「口コミ」マーケティングのツールとしてブログ、Twitter、YouTube、Instagramなどが使われてきた。ブログは書評としての長めの文章であり、Twitterはそれを広めるために利用されていた。YouTubeは映像だが本の内容や感想を丁寧に説明するものが多い。次第にInstagramがよく利用されるようになったが、本を美しく撮った写真が中心で内容についての説明はほとんどない。
TikTokでの本の紹介はこれまでのメディアとはどこが異なるのか?
本を紹介するためにつけられているハッシュタグの、#BookTokや#RemindersofHimの人気動画を観ると、圧倒的に若い女性による投稿が多い。本の内容を紹介するよりも、ムードを盛り上げるBGMが流れ、自身の涙や登場人物に対する憧れの表情で「自分がどう感じたか」を顕に表現するのが特徴だ。
TikTokはエンターテインメントの要素が強いSNSなので、本の紹介もまたエンタメになっている様子だ。また「素人っぽさ」が好意的に受け止められるのもこのSNSの特徴だ。プロだとわかる美しい踊りよりも、若い女性の素人っぽい踊りの方に人気があるようだ。ティーンの利用者にとっては、そのほうが「本物らしい」と感じ、感情面でつながりやすいのかもしれない。
InstagramやTikTokといったタイプのSNSで重要なのは「見かけ」である。投稿に多くの♡(いいね)をもらうためには、ビジュアル面でアピールする紙媒体の本である必要がある。2021年に紙媒体とオーディオブックの売上が増加したのにも関わらず電子書籍が減少した背景には、そういった理由があるのかもしれない。
ほんの数年前まで自費出版だったコリーン・フーヴァーはファン層を広げることで、大手出版社から改めて本を刊行することができ、自分だけのコーナーを作ってもらえるほどの人気作家になった
日本でもTikTok投稿者による本の紹介で売上が大きく伸びる現象が起こり、昨年末に賛否両論の話題になったようだ。話題になった方の投稿をいくつか観たが、前述の英語圏の#BookTokのインフルエンサーたちよりずっと中身が濃くて、素晴らしい読書応援だと思った。どちらかというと、英語圏で人気の20代の若い書評系YouTuber、ジャック・エドワーズに似ている印象もある。
彼がTikTokで話題になっている本を読んだ感想を語っているが、私が「洋書ファンクラブ」という英語本の紹介ブログでの本の感想がほぼ一致していて親近感を覚えた(彼が紹介した本はすべて読んでいるが、ブログでは紹介していない本がある)。エドワーズは大学で英文学を学び、現在では出版業界でリサーチ・アシスタントをしているらしい。
このタイミングでTikTokでの本紹介が日本で話題になった理由は「世代差」なのかもしれない。インターネットがない時代に育った私たちの世代にとって、書評は大手新聞や雑誌で読むものだった。私たちの世代がネットでの「ブログ」でレビューを読むようになったのはほんの10〜20年ほど前のことで、AmazonがKindleを発売した2007年には「電子書籍で本を読むなんてとんでもないことだ!」という紙媒体vs電子書籍の大論争もあったくらいなのだ。そんな古い世代の人たちがYouTubeやTikTokで本の紹介をすることに違和感を覚えるのは仕方がないことかもしれない。でも、インターネットと一緒に育った世代にとっては最新のSNSで本の感想を伝えるのは、単に自分や相手にとって便利な伝達手段を使っているに過ぎない。
前述のエドワーズはTikTokにもアカウントを持っているが、こちらの方では本の紹介より本にまつわるあれこれをユーモラスに紹介する「ネタ動画」にフォーカスを絞っている感じだ。私も#BookTokの人気投稿をいくつか観て感じたことだが、彼もTikTokでは表現できる限界があると感じているのだろう。少なくとも英語圏で現在流行っている#BookTokに関しては、内容があまりないのでTikTokの主要ユーザーたちが成長する数年以内には飽きられると思っている。
だからといって#BookTokのインフルエンサーたちを過小評価するつもりはまったくない。
現在29歳の私の娘が幼い時には『ハリー・ポッター』シリーズが、そしてティーンの頃にはバンパイア・ロマンスの『トワイライト』シリーズが爆発的に売れて出版業界は潤った。その頃に『トワイライト』に夢中になっていた少女たちは、過去の自分のテイストを恥じて話題にしたくないようだが、親の私は彼女たちがどんなに情熱的にバンパイアを愛していたかを覚えている。『ハリー・ポッター』と『トワイライト』を口コミで広めて、読み漁った彼女たちは、成人してからは古典や文芸小説、ノンフィクションを数多く読む読書家になっている。
どのような本から入り込んでも、いったん身につけた読書習慣はほぼ一生続く。だからこそ、現在ティーンのTikTokインフルエンサーによる#BookTokは出版業界にとってありがたい存在なのだ。彼・彼女らは、ビデオゲームやネット動画やソーシャルメディアといった競合たちと「時間」の奪い合いをしなければならない出版業界を助けてくれるボランティア戦士なのだ。
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