CULTURE | 2022/02/10

政府の「農家削減案」に反発する大規模デモが発生。実は重要な「農業の温暖化対策」とリジェネラティブ・アグリ【連載】オランダ発スロージャーナリズム(41)

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リジェネラティブ。思わず舌を噛んでしまいそうな、この言葉。おそらく日本では...

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リジェネラティブ。思わず舌を噛んでしまいそうな、この言葉。おそらく日本ではまだ聞き慣れない言葉ではないでしょうか?しかしヨーロッパでは、少しずつこの言葉が「サステイナブル」に置き換わりつつあります。これまでヨーロッパでは「SDGs」とは言わない代わりに、「サステイナブル」と言っていたのですが、最近、ここに変化が見て取れます。

実は元々、北欧系の国では「現状維持」的なニュアンスが強いサステイナブルやサーキュラーでは不十分だ、という議論がなされており、「再生」つまり今よりも良くしていくという、ポジティブなニュアンスがある「リジェネラティブ」が使用されることが多かったのです。

では、そのリジェネラティブ。つまり「再生」という言葉が、今、一番使われているのは何かご存知でしょうか? これまでは「再生医療」「再生療法」など医療方面で使われることが多かったのですが、最近、この言葉がサステイナブル文脈で使われることが増えているのが、実は農業なんです。このことから、最近、欧州で考えられていることが分かると思います。

吉田和充(ヨシダ カズミツ)

ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director

1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
http://otoyon.com/

「アラブの春」が起こった理由にも「気候変動による食糧難」の影響が

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リジェネラティブ・アグリカルチャー、日本語では「リジェネラティブ農業(環境再生型農業)」と呼ばれている、このちょっと聞き慣れない言葉を耳にすることが増えてきているのです。

皆さんもご存知の通り、今、気候変動をもたらしている大きな原因は、人間の活動による二酸化炭素排出などです。そして人類が発生させる温室効果ガスのうち、1/3は農業が原因になっているとされています。農業は水の使用量、電気などのエネルギーの使用量も莫大です。さらには、肥料としてよく使われている窒素、リン酸、カリのうち、リンはあと数十年で地球上から枯渇すると言われています。にもかかわらず、この問題はあまり取り上げられることはありません。

さらにさらに、長年に渡る単一作物の大量生産、土壌を撹拌させ雑草除去や病害抑制などができるものの一方でダメージも与える耕起、化学肥料の使用などを原因として、土壌劣化が進んでおり、ドイツのある研究によると、「地球上の土の寿命はあと60年待たない」というショッキングな報告があります。こうして農業は地球環境に大いに悪影響を与えながら、有限の資源を使いながら、我々の食物を生産している、という見方もできるかもしれません。

今後は、地球規模では人口爆発が起こり、中産階級が爆発的に増え、人類が必要とする食糧は飛躍的に増えるにも関わらず、深刻化する気候変動などの影響により、食糧の生産量自体は低下することが危惧されています。

今から10年ほど前に起こった「アラブの春」と言われる中東、北アフリカ諸国での民主化運動の結果、チュニジアやエジプト、リビアなどでの政権交代が行われました。これは当時「SNSが浸透し民主化勢力がエンパワーメントされた」ことが主要因と言われていましたが、実は気候変動による食糧不足(ロシアの大不作による小麦禁輸)により広がっていた民衆の不満が政権打倒に向かったことも大きな原因の一つになったとも指摘されています。つまり、すでに人類は、気候変動による食糧不足の影響をさまざまな形で受けているのです。

このように問題山積みと見られる農業ですが、少し考えれば分かるように、これは農業それ自体の問題というより、根本的には人類全体の問題です。

オランダ政府はなぜ国の重要産業である農業を規制するのか

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それを表面的な事象だけを捉えて農業の問題とした、つまり農業を温暖化の犯人にしてしまったのがオランダ政府でした。政府は2019年10月に「窒素排出量削減」のため、なんとオランダを代表する産業である畜産農家に対して規模縮小を図る方針を打ち出したのです。

窒素は植物の成長に不可欠であり化学肥料にも使われていますが、一方で大気中や土壌に増えすぎると酸性雨の発生、土壌の酸性化などをもたらし、水質にも悪影響を与えます。オランダは日本で言うところの九州ほどの面積しかない一方、農産品輸出額がアメリカに次ぐ第2位の農業大国であり家畜の飼育頭数も多い国です。また家畜の糞尿に含まれる窒素や牛などのゲップに含まれるメタンガスも地球温暖化への影響があり問題視されてきました。

この方針を受けてオランダの酪農家を含む何千人もの農家たちが、大規模なデモを起こしました。このデモで全国の畜産農業者たちは、政府に抗議をするため、国会のあるハーグにトラクターで乗り付けました。全国の高速道路をトラクターで実質占拠し、オランダ史上最長となる合計1000km以上の大交通渋滞を引き起こしたのです。畜産農家らの主張は「窒素排出を含む環境問題への対策が必要なのは理解できるし協力したいが、その責任があたかも農家にだけあるかのように問われているのは違うんじゃないか」というものでした。

筆者もオランダの一市民として、こうした農業者の行動は非常に理解できるところがありました。デモはその後も全国で繰り返し行われています。その後、コロナ禍が訪れたこともあり、ひととき沈静化しているようにも見えたのですが、今度は、2021年末に発足した新政権が、2035年までに250億ユーロ(約3兆3000億円)を投じて家畜頭数を削減し、窒素排出量を抑制する取り組みを発表したのです。

政府は農家の経営多角化や事業転換、技術革新などを推進するほか、オランダでは使用目的に応じた厳格な区画分けが存在していることから、農地が自然保護区(貴重な動植物の生息地を「Natura 2000」としてEUが指定)に近い場合は政府が土地を買い上げるなどの移転策も支援しています。一方で、要請に応じない農民に対しては、土地の没収などの非常に厳しい手段を講じる可能性もあると警告しています。

政府側の意図は「他の選択肢がないから」というもの。農業部門の気候変動対策を加速させることで、2030年までに窒素排出量を半減させたいとしているのです。そしてこれらの方針は現在も変わっていないことから、2022年になって早々に、再び農民たちのデモが行われています。

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