ChatGPTのリリース以降、SNSでは毎日のように「こんな風にビジネス活用ができます」という投稿がバズり、テレビ・新聞・雑誌の特集も増えている。では実際に企業としてAIツールを使うということは具体的にどういうことであり、どんな成果が見込まれ、何に気をつけなければならないのか。
電通グループでは2010年代中頃から「AIコピーライター」「広告バナーの生成ツール」「テレビ視聴率予測ツール」などAIを活用したクリエイティブツールを次々と発表してきた。2018年からはグループ内で行われる各種活動の取りまとめ組織として「AI MIRAI」も発足している。
今回はそんなAI MIRAIの統括として「電通グループのAI関連の取り組み」に接してきた児玉拓也氏に話をうかがった。
聞き手・構成・写真:神保勇揮(FINDERS編集部)
児玉拓也
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2007年、電通に入社。営業畑でデジタルプラットフォーマーなどのクライアント担当プロデューサーとして活動した後、経営企画のセクションに移動。18年からはAIの活用を社内外で推進するプロジェクトチーム「AI MIRAI」の統括として、数多くのAI関連開発案件に関わる。電通国際情報サービスに出向し、UXデザインセンターのマネージャーを務めた後、23年からは持株会社である電通グループに異動してグループ全体の経営企画を担う立場に。
「AIが全部作ってくれる」ではなく「人間の生産性を高めるツール」を次々開発
―― 電通グループとAIの関係はどういうところから始まったのでしょうか。
児玉:2015、16年ごろから、一部の人間がトライアルを始めたのがきっかけと言えると思います。こうした流れで最初に発表したプロジェクトがAIコピーライターの「AICO (アイコ:2017年発表)」なのですが、これはその頃から静岡大学との共同研究として進んだものでした。
電通といっても色々な部署があって、プロモーション、クリエイティブ、あるいは顧客向けのコンサルを行う部門などさまざまありますが、それぞれプロジェクトを始めていたんです。そうした中で経営陣から「これからはAIの時代が来るんだからチームでまとまってやりなさい」と号令が来てできた組織が、AI MIRAIの前身です。
当時から今まで一貫して、特定の事業領域だけでなくグループのいろんな部分にAIを使っていく、そのチャンスの方向性を探っていくことをテーマに、AI MIRAIは活動しています。
―― 児玉さんは、AI MIRAIの立ち上げからいらっしゃるんですか。
児玉:そうですね。私自身は立ち上げのタイミングで経営企画の部署にいて、AI MIRAIの事務局を担当してくれと言われたんです。僕自身はAI関連のバックグラウンドも知識もなかったんですが。社外にもアピールできるようなかたちで船出した方がいいかなと思って。
―― AI MIRAIは電通が制作するクリエイティブでAIを使うというよりは、クライアント向けのサービスやプロジェクトがメインというかたちなのでしょうか?
児玉:それだけではありません。グループ全体でさまざまなソリューションが貯まってきているので、それを開発したチームがそれぞれ提案をする、あるいは単発の実証実験をやってみたいという話が上がったときにグループ内の適した開発人材をアサインするなど、プロジェクト交通整理も行っていますし、2023年の春からは生成AIに特化した、より濃いタスクフォースを立ち上げて、R&Dや情報収集を推進しています。すでに社内で使っているプロダクトも複数あります。
―― 今、電通グループとしてAIを活用した取り組みで最もクライアントから求められている機能、活用法などはどんなものなのでしょうか?
児玉:それはクライアントの方々との関わり方が多様なので、特定のこれだとは言いにくいんですよね。生成AIがブームになってからは、漠然と「生成AIとどう向き合ったらいいのか」「マーケティングはどう変革されるのか」というご相談をいただくことも増えました。またグループ内には電通国際情報サービス(ISID)という会社もあり、人事系のソリューションや製造業務系のソリューションも有しています。もちろんこれからの分野でもAIの活用を模索しているところです。
―― 「実はもうこういうこともできるんですよね」というツールなどはありますか?
児玉:2022年には広告制作における訴求軸発見、クリエイティブ自動生成、効果予測、クリエイティブ改善の各フェーズを支援するAIソリューション「∞AI(ムゲンエーアイ)」をリリースしましたが、AIを使ったネット広告の生成、配信、効果予測などはかなりの精度でできるようになってきました。
∞AIが手掛ける領域
もちろん生成したクリエイティブをそのまま使用するのではなく、人間が最終調整するわけですけれども、叩き台を作ってくれる、あるいは作成したクリエイティブの効果予測をしてもらうなどという運用は実際に始まっています。
また「SHAREST_LT(シェアリスト・エルティー)」というソリューションもあり、東阪名福エリアにおけるテレビ視聴率を、7日先まではかなり精度高く、それ以降も120日は予測ができるようなエンジンも運用されており、その予測をベースにテレビ広告の配置を決めるということもしています。
SHAREST_LTの概念図
―― 視聴率はどうやって予測しているんですか?
児玉:同じ番組の過去の視聴率、番組に出演しているタレントさん、裏番組の視聴率、天気、Twitterのトレンドワードなど合計5000ぐらいのパラメータがあり、それらを用いて予測しています。いわゆるF1層、M2層などターゲット別の予測もできるので「ここはこの世代の男性視聴者が多そうだから、こういう広告にしよう」といった最適化も既に行われています。
―― そういったソリューションは、どのぐらいの広告費用を払っているクライアントにとってコスパが良いと言えるのでしょうか。
児玉:「初めて1回だけ流す」という程度だと難しいかも知れませんが、毎年放映することが決まっている、年間通してテレビCM活用も含めた大きな統合キャンペーンを行うといった規模になってくると、同じ費用でもAIを用いた方がターゲットユーザーへのリーチが高くなるという結果が出ています。限られた一部のクライアントしか使えないというものではなく、定期的にテレビCMの活用を検討されている企業であれば採用の余地があると思います。
「自分の会社に合うAIの活用法」は自分たちで考えなければならない
―― ここまではクライアント側の話を中心にうかがってきましたが、逆に社内のクリエイティブ部門の方々の反響はいかがでしょうか。
児玉:初期はある種の拒否反応というか、亜流の飛び道具だよねという見方もあるにはあって、それはある種正しかったとも思います。
ただ2022年の夏ごろから、世界中で画像生成AIなどの動きが爆発的に広がってきましたよね。10月に社内のクリエイター向けに勉強会をやったところ、一気に200人ぐらい集まり、注目の高さを実感しています。今ならAIを使って自分の表現したいことができるかもしれない、あるいは人間にしかできない表現は何かなど、さまざまなかたちで向き合うようになっています。
―― MidjourneyやStable Diffusionに対しては他人事だと見ていた人でも、ChatGPTの登場以降はさすがにちょっと焦りますよね。
児玉:そうですね。ただビジネス活用するとなると嘘を答えられても困るのでチューニングが必要になりますし、例えば回答の仕方にどんなキャラクター付けをすればよりユーザーが楽しんでくれるのかなど、よりレイヤーの高い部分の設計が大事になってくると思いました。
広告のクリエイティブで言えば、今はコピーライティングやマーケティングなどのアイデアをバッと10個出してもらい、1つ良さそうなものが見つかればさらにそれを膨らませる…というような使い方になりますが、データが溜まってくる、あるいは過去の事例を学習させてチューニングすると、もっと精度が上がっていくかもしれません。
そうしたアイデアの壁打ちだけでなく、ユーザーインタビューの補助としての使い方もありえるかもしれません。2021年に「Smart Interviewer」というソリューションのβ版をリリースしていたのですが、これはユーザーインタビューの聞き手役をAIチャットボットが担うというものでした。そのほかにも引き続きグループ各社でより便利な、人間味も兼ね備えたAIチャットボットの開発を進めており、その成果は随時ニュースリリースやウェブ電通報などでお伝えしていきます。
さらに今はこの逆転の発想と言いますか、例えばChatGPTに対して「あなたが35歳の東京に住む女性ビジネスパーソンだと仮定して返答してください」と打って人間が質問していく、疑似ペルソナのような使い方も可能です。デプス調査についてはすでに部分的に活用が始まっており、特にペルソナを想像しにくい海外での事業を考える際などではとても便利でした。加えて僕の場合は、いくつかのツールを組み合わせて「自分のアイデアに対し、いろいろな立場の人になりきったAIがダメ出しをしてくれるツール」も作ってみました。
また5月からはChatGPTを活用した「キャラクターとの自動対話サービス」のプロトタイプを開発し「いらすとや」のキャラクターを活用した実証実験を開始しています。現状のテキストだけでなく、音声・表情・身振り手振りも含めたより情報量の多い対話ができるようになる未来もそう遠くなさそうです。
YouTube動画:ChatGPTを活用した「キャラクターとの自動対話サービス」
(※編集註:外部への埋め込みが禁止設定になっていたため、上記のリンクからご覧ください)
ーーこうしたAIツールは企業のビジネスだけでなく、ビジネスパーソン個々人のあり方をも大きく変えそうだとよく言われますが、個人レベルとしてはこの流れにどう向き合っていけば良いと考えますか?
児玉:漠然としたイメージではなく、具体的に自社の業務で何がどう変わるのか、上司あるいはマネージャー、経営陣として具体的に対応を検討し始めていかなければいけないフェーズに入ってきていると感じます。
クリエイティブ領域で、例えばデザイナーであれば最初はチラシ1枚のデザインから始めるだとか、コピーライターとしてキャリアを始めて、ゆくゆくはCM全体のブランディングができるようになるといったように、大まかなキャリアパスが想定されてきたわけですが、これからは生成AIを勉強した若手が早期からしっかりとしたクオリティのアウトプットを出してくる可能性が十分あり得るわけです。
後輩2人にグラフィックデザインを頼んで、1人は人力で一週間後に、もう1人はAIを使って1日で提出してきた場合、どういう風に評価すれば良いのか。成果で測れば良いだろうとも言われますけど、明確に数字で出るものばかりでないのでやはり難しいですよね。同じ期間で自分の手でコツコツ作って3案件やる人と、AIに全振りして30案件やる人と、どっちがすごいんだみたいなことも出てくると思います。
若い人には今までのルールの型に押し込むんじゃなくて、ルールを打破する方向で動いてほしいと思いますし、マネージャー的な立場に近づいてきた自分としてもそうした方向に向くようにルールメイキングをしていきたいと思っています。
「AIでできること」と同等以上に「今はできないこと」を知っておくことが大切
―― 児玉さんは2021年にAI MIRAIのnoteアカウントで「AIを活用したソリューションは内製すべきか外注すべきか」という趣旨の記事を執筆しています。記事では「最終的に可能な限り内製できるようになった方がいい」としていましたが、改めて今このお話をうかがいたいです。
児玉:やはり今でもある程度内製できる力を持っているべきだと思っています。電通グループにはデータアーティストという会社があって、2023年に電通デジタルと合併したのですが、AIエンジニアが何十人と在籍しているので、彼・彼女らの力を借りて内製しつつあるところです。
今後もオープンソースで誰でも使えるツールが多数出てくると思いますが、それを各企業向けにファインチューニングする、業務で使えるようにする部分は当然誰もやってくれません。そこは内製化していた方が迅速にトライ・アンド・エラーできます。
我々もエンジニアやリサーチャーのメンバーに研究開発の予算を渡して、研究開発的に新しいソリューションを触ってもらうということを継続的にやっていたりもします。そうやって知っておく、馴染んでおくということは、外部任せにしておいたらなかなかできないことだと思うので、気軽に技術に触れられるような環境を自社内に持っておくことは大事だと僕は思っています。
―― そうした体制づくりをしていくための、はじめの一歩としてはどんなことをしていけば良いでしょうか?
児玉:まずは技術のトレンドを知るようにすること、加えて「できないこと」をちゃんと知っておくことが大事だと思います。僕のところにも社内から「このAIを使ったらこんなことができるんだよね?」という相談が結構来るのですが、それはできませんということも結構多いんです。流行りものは追いかけつつ、その裏の技術的な部分も常に知っておくことも大事ですね。
もう一つは、日々のルーチン的な仕事の中で「これはAIに任せた方が良くないか?」と自分で気づけるようにする力を育むことも大事です。誰かから指摘されないと意外と気づかず当たり前のこととしてやってしまうんですよね。
自分の仕事を常にちょっとでも良くしていこうという気持ちで「今回は生成AIツールを使って画像を作ってみよう」「試しにチラシの文言をChatGPTに書かせてみよう」と少しずつ触っていくのが良いかと思います。
―― 社内やクライアントへの提案をするときも、本命のプラン以外に捨て案も作って混ぜ込まないといけない場合がありますよね。そういうときに使ってみるのも良いのかもしれません。
児玉:確かにそういうものは無限に作れますね。付け加えるとプロトタイプの精度が今後上がっていきそうだというところはあって、例えばCMなら絵コンテでどのプランにするか判断してもらっていたのを映像として提示する、グラフィックを見てもらうときもイメージに近いタレントの顔を無理やりはめ込むのではなく、実際に作ってみるですとか、実際のアウトプットに近いものを複数案つくって、ユーザー調査して選んでもらえる時代もそう遠くないと思います。
技術的には数年前のGPT-2、3の時代から近いことはできるようになっていたわけですが、近年の進化はUIやユーザビリティが発展したことでプログラミングの知識がさほどない人でも使いやすくなったことですよね。
ーー 一方で、生成AIを企業のビジネスやキャンペーンなどで用いる際の注意点などはありますでしょうか?
児玉:ひとつは権利関係の部分でしょうか。どういうケースなら盗作や著作権侵害とみなされてしまうのか、学習用データベースは適法に構築されたものなのか。あるいは違法でなくとも企業が営利目的で使うことは倫理的に非難されてしまうサービスや使い方も存在します。この辺りは電通グループとしても法務と連携して社内セミナーを開催してもらっています。
最近、クリエイティブやプランニング部門のスタッフから「生成AIを用いたキャンペーンをやってみたいんですよね」と相談を受けることが増えましたが、時期はいつかと聞くと数カ月後だと言うわけです。でも、その時期にどれだけ技術が進化しているか、社会の風潮がどうなっているかはわからないというリスクが非常に大きいですし、そもそも面白味が薄れてしまっているかもしれません。
ーー 生成AIが出てくる前の、文字やグラフィックを使って自由に作れるCGM系のキャンペーンでも、差別的な文言や名誉毀損的なものを作ってしまう人が少なからず存在し、運営が禁止ワードを設けるもいたちごっこになってしまうケースも散見されましたね。
児玉:そうなんですよね。日本だけでなく海外でも、マイクロソフトのAIボット「Tay」が公開後24時間も経たないうちに悪意のあるユーザーから差別的な発言を投げかけられてしまい、自身も差別的な発言をするようになってしまったため公開停止に追い込まれてしまった(引用:CNET Japan)というケースもありました。
ユーザー側に主導権を委ねることのリスクは、合法か違法かとはまた違う次元で存在しますし、ましてやクライアントワークで実施することはそこまで簡単なことではないと思います。
―― 最後に今後、電通グループとしてのAI関連の取り組みではどんな部分を注目していけば良いでしょうか。
児玉:当面は2022年12月にリリースした「∞AI」を大きくしていく流れになる予定です。他の取り組みに関しては、電通グループのニュースリリース欄でも告知していますので、そちらをご覧いただければと思います。
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