CULTURE | 2023/06/01

「盗みに全集中」女性ばかり狙う有名スリ師「ハコモサのヤス」がまたも逮捕されていた

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阿曽山大噴火
芸人/裁判ウォッチャー
月曜日から金曜日の9時~5時...

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阿曽山大噴火

芸人/裁判ウォッチャー

月曜日から金曜日の9時~5時で、裁判所に定期券で通う、裁判傍聴のプロ。裁判ウォッチャーとして、テレビ、ラジオのレギュラーや、雑誌、ウェブサイトでの連載を持つ。パチスロもすでにプロの域に達している。また、ファッションにも独自のポリシーを持ち、“男のスカート”にこだわっている。

※編集部注:本連載は被告人の名前をすべて本名と関連しないアルファベット表記(Aから順に使用し、Zまで到達した際は再びAに戻して表記)で掲載しております

【連載】阿曽山大噴火のクレイジー裁判傍聴(49)

前科10犯。過去には大きく報道されたことも

罪名 窃盗
P被告人 無職の男性(65)

起訴されたのは、今年の3月30日午前9時01分にJR十条駅〜板橋駅間を走る埼京線電車内で、P被告人が被害女性のコートのポケットからSuicaなどが入った定期入れ(3000円相当)を盗んだ件。

検察官の冒頭陳述によると、P被告人は中学卒業後に製本会社などで働き、その後は無職。1991年頃から刑務所の入出所を繰り返していて、犯行当時も無職だという。前科は10犯で、本件同様のスリのようです。

犯行当日、P被告人は切符を購入して駅構内に入り、スリが出来そうな対象者と好みの女性を物色。被害女性に目を付けたP被告人は被害女性と一緒に満員の電車に乗り込み、持っていたボストンバッグで手元を隠し、被害女性のポケットから定期入れを盗ったという。しかし私服警官がP被告人をマークしていて、電車から降りたところで逮捕したというのが検察官の冒頭陳述になります。

今回の事件はニュースにはなりませんでしたが、実は前回逮捕された時には大々的に報じられた人物なのです。大きく報じられた理由は、警視庁から「ハコモサのヤス」とあだ名で呼ばれていた人物だったから。「ハコ」は電車で、「モサ」はスリ行為を意味する隠語、ヤスは被告人の名前の一部です。警察からあだ名で呼ばれている常習犯はたくさんいるようですが、そのうちの1人がひっそりと今回も電車内のスリで捕まっていたようです。

証拠によると、P被告人が持っていたボストンバッグには「バッグを見て決める。バッグをよく見る。全集中」などスリをするときの注意点が書かれたメモが入っていたそうです。適当にスリをやってるわけではないんですね。バッグを見れば盗れるか否かを判断出来るのか、単純に「ハイブランドのバッグならお金を持ってるかも」という意味なのかは分かりませんが。被害に遭わないためには、電車の中で全集中してる人がいたら気を付けた方が良さそうですね。

取り調べでP被告人は「去年7月に出所してから20回くらい盗みに成功した。時間帯は平日の9時までで、JR埼京線の後ろの車両で、女性を狙っていた。生活費を稼ぐためでもあり、快感があるので盗った」と答えているそうです。犯行動機が、お金欲しさだけではないというのはちょっと珍しいパターンでしょうか。

そして、被告人質問です。まずは弁護人から。

弁護人「今どんな気持ちですか?」
P被告人「2度とやらないようにします」
弁護人「被害者に対してはどう思ってますか?」
P被告人「申し訳ない事したなという気持ちでいっぱいです」
弁護人「取り調べではスリを20回くらいやったと?」
P被告人「はい」
弁護人「何故そんなに繰り返すんですか?」
P被告人「窃盗依存症だと思いますね」

何度もやってしまう原因として、ある種の依存症じゃないかと自ら疑っているようです。

弁護人「病院に行こうとは考えなかったですか?」
P被告人「そういう病院があるのも知りませんでしたし、社会的にもそういう病気って認められてるのかどうか…」
弁護人「今はそういう病院があるのは分かってますよね?」
P被告人「はい、今後は三鷹にある病院に行こうかと思ってます。新聞に載ってたので」
弁護人「今後、もう盗みはやりませんね?」
P被告人「通院しながら治して、盗みはやりません!」

と力強く誓って弁護人からの質問は終了です。

続いて、検察官からの質問。

検察官「出所してから20回くらいスリをした、と。何を盗ったんですか?」
P被告人「カバンに入ってた物だよね。パスケースとか…」
検察官「とか?他には…財布とかですか?」
P被告人「ハンカチとか手袋とか」
検察官「ん?何故ハンカチ、手袋を盗ったんですか?」
P被告人「カバンに入ってたから」
検察官「あなたは男性の物は盗らないんですか?」
P被告人「それは(犯罪歴の)証拠見れば、昔からそうなのは知ってますよね?」
検察官「“はい”なら“はい”で端的に答えてください」
P被告人「はい」
検察官「今回はなんでパスケースを盗ったんですか?」
P被告人「ん〜、女性に興味あるから?育ってきた環境で女性物がね…」

ただ単にお金が欲しいという行為ではなくて、女性が身につける物を盗むという性犯罪の要素もあるスリなのです。

検察官「切符持ってましたよね。発券した時間が印字してあって、7:29と」
P被告人「そ、それは切符を買った時間ですから」
検察官「この事件の前に電車に乗ってましたよね?」
P被告人「あれでしょ、8:45くらいの新宿から赤羽に向かう(事件のときとは逆方向の埼京線の)電車でしょ」
検察官「新宿から赤羽に向かう電車に乗っていた時間が8:45って、何で確認しました?」
P被告人「取り調べのときに警察に言われたので」
検察官「それってこの動画ですよね。あなたが電車内で女性を撮影していて、座っている女性の後ろには歌舞伎町の風景が写っている動画。これが3/30の8:45撮影という表示になってて、これで分かったと?」
P被告人「はい」
検察官「あなたの住んでる所の最寄駅、どこでしたっけ?」
P被告人「中浦和」
検察官「中浦和から電車に乗って、新宿駅まで来て、それで十条駅に戻ってスリをしたんですよね?新宿行って何してたんですか?」
P被告人「え?い、いや、池袋のビックカメラ行こうかなと…」
検察官「池袋?」
P被告人「あと、仕事探すためにハローワークに行こうかなと…」
検察官「端的に訊きますね。スリ出来る人を探してたんですか?」

しどろもどろのP被告人にズバリ質問です。被害女性以外にも何人か狙ってたんじゃないのか、と。

急に開き直る被告人

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P被告人「い、いや〜…、その頭?頭脳的にはあったかも知れませんよ」
検察官「十条駅から埼京線の最後尾の車両に乗ったのは混んでたからですか?」
P被告人「え〜、えっと…意識してないです!」
検察官「意識してないって、取り調べでは『平日はいつも混んでいるので、後ろの車両に乗ってスリをしてました』と答えてますけど?」
P被告人「だから今言った通りですよ。意識してないんです。それは初犯のときから言ってますけどね」

スリは知らず知らずのうちにやってしまうというタイプの犯罪じゃなく、この人から財布を盗るぞという強い思いの元に動いて盗むものかと思っていたのですが、P被告人の場合は無意識のうちに混んでる車両に乗り込んでスリをやっているようなのです。

この質疑応答に検察官も頭の中で一旦整理したようで

検察官「ん〜………」

と、しばしの沈黙。すると突然

P被告人「いや、あのですね…」
検察官「いや、私があなたに質問するターンなので!」

ターンって何だ。そもそも被告人が検察官に質問するターンは刑事裁判の手続きに存在しないので、永遠にやって来ないわけですが。

検察官「前回の裁判では、東京に住まない、満員電車には乗らないって約束してますよね?」
P被告人「だから(埼玉に住んで)東京に住んでないですよ」
検察官「満員電車には乗ってましたよね」
P被告人「だから、こっちは病気が原因で繰り返してますから!」

急に開き直るP被告人。

最後は裁判官からの質問。

裁判官「被害女性に対して申し訳ないって言ってましたけど、謝罪文を出そうとは思わなかったですか?」
P被告人「どうせ受け付けてくれないでしょうから」

この言い方よ…。

裁判官「弁償は考えてますか?」
P被告人「盗った物は刑事さんに取り上げられて戻ってますからねぇ」
裁判官「お金は払う気が無いと?」
P被告人「捕まるときに地面に押し付けられて、ズボンは破れる、ケガはする、歯は1本折れる、あと眼鏡ケースは割られる…。あれはもう器物損壊ですよ〜」
裁判官「被害女性に定期入れは返ってるし、むしろ自分の方が警察から被害を被ってるからお金を払うつもりは無いってことね?」
P被告人「はい!」

逮捕のときにケガをさせられたと法廷で怒る被告人はたまにいますが、この事件で被害を受けたのは自分だけと言わんばかりのメチャクチャな主張です。

明らかに呆れた表情の裁判官から最後の質問です。

裁判官「じゃ、今後も弁償はしないと?」
P被告人「いや、していきますよ。心的外傷を与えてますので」

どっちが本心なのやら。適当に答えてるだけのようにも思えてしまいます。

この後、検察官が懲役6年を求刑して閉廷でした。

何度もスリを繰り返してきた人がついに、病院に通って治療すると約束したのは大きな一歩です。ただ、法廷でのちゃらんぽらんな態度を見てると信じていいのものなのかどうなのか…。


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