コペンハーゲンを代表するリジェネラティブな組織、建物でもあるBLOX HUBからの市内の眺め。市内中心地ではあるが、高層ビルは全く昔からの景観がそのまま残っている
みなさんご存知のように、東京ではここ20年ほど数々の高層ビルが建てられました。加えてオリンピックなど大型イベントの開催を契機に、国立競技場などの施設だけではなく、道路整備なども進められました。そして、今でも数々の大型高層ビル建設が進行中です。中には、歴史ある都心のオアシスでもある神宮外苑の街路樹を伐採するような都市計画も進行しています。
そんな東京や日本の都市開発と、少し違った開発路線を進んでいるのがヨーロッパ。例えば筆者の住むアムステルダムは、世界文化遺産に認定されていることもあり、中心部の開発は全くできません。
開発は中心部を囲む周辺エリアで行われているのですが、日本のやり方とは大きく変わってきています。もちろん各国の歴史の違いもあり一概に比較はできませんが、オランダでは200m級の高層ビルはほぼありません。
今回、筆者がオランダで経営しているデザインファームである、ニューロマジックアムステルダムの『Nマガジン』という季刊誌のVOL.2が4月に出版されました。今号の特集テーマは「リジェネラティブシティ」。今回は「Nマガ」からいくつかの事例を紹介しながら、日本とヨーロッパの違いを挙げてみたいと思います。
建築、まちづくり、コミュニティ作り、そしてサステイナブル関連の業務に携わる方などは、ぜひオランダ、ヨーロッパのリアルに触れてみて下さい。
吉田和充(ヨシダ カズミツ)
ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director
1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
http://otoyon.com/
コロナ禍で加速した、日本とヨーロッパの「都市開発」の違い
今号の1年弱にわたる制作期間中はコロナ禍とも重なっていました。オランダでは完全に風邪やインフルエンザと同じ扱いになり、本人が辛くなければ、特別な隔離も必要ありません。この間、実は日本とオランダやヨーロッパとでは都市開発の方向性に大きな違いが出てきたな、と感じています。
大きな流れでいうと、2008年のリーマンショックに端を発する金融危機がきっかけのひとつでした。当時、ヨーロッパは大変な不況に陥ったこともあり、ほぼ全ての開発案件がストップしてしまいました。そこからリカバリーするためのコンセプトとして「環境」というものをメインで考えるようになったのです。その後2015年のパリ協定、そして19年のヨーロッパグリーンディールと繋がります。この一連の流れは、環境対策をヨーロッパの成長戦略と位置付けて160兆円を投資し、この分野で雇用を増やし、環境マーケットを拡大していくという方針を明確にしました。
そして、この流れが経済的に少し停滞したコロナ禍においてさらに加速した感もあります。
例を挙げると、まず高層ビルのあり方についてです。日本では都市部の人口密度が高く、土地が限られているため、多くの高層ビルの建設が進んでいます。これに対してオランダやヨーロッパでは、都市部でも比較的広い面積を持つため、高層ビルの建設には慎重な姿勢を取っています。また、歴史的な建築物や景観の保護にも配慮が求められるため、建築物の高さやデザインに関する規制が厳しくなっています。
そもそも都市規模の違いもあります。ご存知ない方もいらっしゃるかもしれませんが、東京は世界でも類をみない大都市です。最近は中国やインドのいくつかの都市では、大都市化が進んでいますが、東京の規模は大抵は山手線の内側ぐらいのサイズであるヨーロッパの都市と比べてダントツに大きく、なおかつ過密しているので特異的なのです。なので、こうした違いを踏まえた上でないと単純な比較はできません。
サステイナブル開発については、オランダやヨーロッパでは、環境保護やエネルギー効率の向上などの観点から、都市開発において積極的に取り組んでいます。
例えば、アムステルダム市内では、自転車や電気自動車などの利用を税控除を行うなどして積極的に奨励するとともに、公共交通機関の電気化や、その整備にも力を入れています。また建築物に関しても、高い断熱性能を持つ住宅や、建築材として木材(CLT)が脚光を浴びるようになったり、再生可能エネルギーの利用を促進する政策が進んだりしています。オランダでは新車販売においてはすでに25%がEVになっていますし、ノルウェーなどは、電気自動車の普及率がすでに60%を超えています。
建築でも、新築物件は当然のこととして、リノベーション物件であっても、屋内エネルギーのサステイナブル化は進んでいます。筆者がオランダで住むわが家は築130年で、日本でいえばれっきとした古民家ですが、政府による認証制度「エネルギーラベル」において室内エネルギーの省エネレベルは上から3番目にランクされています。ランクを上げるためには二重サッシ、断熱壁、太陽光パネル、オール電化、ヒートポンプなどを導入しなければなりません。つまり、もはや古民家と言えないレベルでエネルギー効率を上げるためのあらゆる改修が行われていることを表しています。
これらの細かな積み重ねによって、都市開発のあり方そのものが大きく違ってきていますし、それはコロナ禍を経てさらに加速しているように感じます。こうしたサステナビリティを重視した都市開発、まちづくりを私たちは「リジェネラティブシティ」と呼び、Nマガジンにおいてオランダ、そして日本のプレイヤーを紹介しています。
リジェネラティブシティとは、進化する生物である
リジェネラティブシティとは「人間が都市生活を営みながらも、自然を回復していくことができる街」と捉えることができます。
ヨーロッパの海の玄関口とも言われる、オランダのロッテルダムで「ブルーシティ」という、元温水プールレジャーランドをほぼそのままの形でリノベーションし、地元ローカルに特化したスタートアップや、企業が集まるインキュベーション施設にガラッと変えた施設があります。今や、地元スタートアップや経済の中心地です。この施設については過去の連載でも取り上げたことがありますので、そちらもぜひお読みください。
ブルーシティでは近くの元裁判所で使われていた窓をそのまま持ってきて、施設内の窓として大量に使用しています。窓の形や大きさに合わせて、インテリアのデザインを変えたそうです。
Nマガジンではブルーシティのリノベーションデザインを行うとともに、こうしたリユースできる素材を、いわば「素材銀行」のように管理する組織も作ったSuper Useの代表建築家Jan Jongertさんのインタビューを行いました。その中で「リジェネラティブシティ」をどう捉えているのかという発言をご紹介します。
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「私は、リジェネラティブシティとは将来の理想像ではなく、現在の都市を改善するための戦略であり、革新的な有機体であると考えています。この都市は、地元の廃棄物を価値ある製品に変え、公共スペースを解体して、目的を持った集団を形成することで、素材をできるだけ地元で調達する都市に変革されます。また、人間や動植物に対して適切な気候環境を提供し、緑地スペースや自給自足の食料生産に十分なスペースを提供することで、都市内の移動距離を最小限に抑えることができます。この戦略を持っているため、誰でもどこでも、明日からリジェネラティブシティを始めることができると言えます」
また「リジェネラティブシティ」を実現するための課題についてはこう発言しています。
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「環境をシステムとして見る能力を失っており、都市開発モデルや税制がリジェネラティブな都市実現に逆行している現状がある。そのため、住民を始点に置き、協力して都市環境を改善する機会を与えることや、税制を転換する運動が必要です」
下水から「リン」を回収する仕組みを持っている神戸市
続いて、日本のリジェネラティブシティに取り組む神戸市の話を抜粋してご紹介します。神戸市では、下水からリンを回収し資源循環を行う「こうべ再生リン」プロジェクトを行っています。
なぜこのような取り組みが行われているのか、神戸市役所 建設局 下水道部 計画課の岡直弘さん、小川美智子さんは我々のインタビューにこのように答えています。
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しかしながら、リンの代替品や人工的な物質は存在しておらず、40年以内にリンが枯渇すると予測されています。この問題の解決方法はいまだ見つかっていません。この問題に対し、日本は「リン資源循環推進協議会」を、欧州連合は「欧州持続可能リンプラットフォーム」を設立し、排水や食品廃棄物、家畜の排泄物からリンを回収する取り組みを行っています。この問題を解決するために必要な取り組みは、できる限り早急に行う必要があるとされています」
現代では農業肥料の値上げなどが、大きな問題として密かに進行してますが、その背景には、こういう側面もあるのです。
そこで神戸市では「下水からリンを回収する」システムを運用しています。
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「このプロジェクトでは、市の下水処理場での汚泥からリンを収穫し、肥料の素材に変えて販売することです。汚泥は発酵処理され、リンが結晶化された後、砂状の結晶は別の材料と混合され、肥料のペレットになります。それを地元の農家に販売しています。また、地元の学校の児童と一緒にトウモロコシなどの作物を育て、学校給食の野菜として提供し、「地産地消」の概念を紹介することも行っています。さらに、このプロジェクトを紹介する講義を学校で行い、肥料で育てた米や野菜を提供しています。汚水処理について理解する機会を提供しています」
同じく下水に注目したところから始まった「東京8」プロジェクトも取材しNマガジンで紹介しています。。東京の下水から微生物を抽出し、オーガニック野菜の生産性をアップさせる植物活性用バクテリア製剤 「TOKYO8」を開発。世界中の農家に向けてアピールしている大注目のチャレンジで、先日「日本SDGsアワード」も受賞しました。
以上、Nマガジンからご紹介しましたが、これ以外にも、ほぼ日本では知られていない、リジェネラティブな取り組みを取り上げています。全172ページの、NマガジンVol.2 「リジェネラティブシティ」特集をぜひ。
コロナ禍において加速しているヨーロッパでのまちづくりの傾向がわかると思います。