代官山 蔦屋書店にてコンシェルジュを務める岡田基生が、日々の仕事に「使える」書籍を紹介する連載「READ FOR WORK & STYLE」。
第一回目となる本稿では、感度の高いビジネスパーソンが集う代官山 蔦屋書店で2022年に人気を博したビジネス書の中から選りすぐりの3冊をご紹介する。
岡田基生(おかだ・もとき)
代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ。修士(哲学)
1992年生まれ、神奈川県出身。ドイツ留学を経て、上智大学大学院哲学研究科博士前期課程修了。IT企業、同店デザインフロア担当を経て、現職。哲学、デザイン、ワークスタイルなどの領域を行き来して「リベラルアーツが活きる生活」を提案。寄稿に「物語を作り、物語を生きる」(『共創のためのコラボレーション』東京大学 共生のための国際哲学研究センター)など。
Twitter: @_motoki_okada
「内向的な人」にも戦い方はある
ジル・チャン 著、神崎郎子 訳『「静かな人」の戦略書──騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』ダイヤモンド社
年功序列、終身雇用の時代が終わりを告げ、個人と会社との関係が変わりつつある時代。一社でキャリアを積む、転職を繰り返してキャリアを積む、副業、フリーランス、起業に挑戦する……。いずれの道を選んでも、個人としての自分を売り込む発信力が求められます。そんな時代、自己主張が苦手な内向型は不利に思えます。内向型はどんなふうに生きていけば良いのでしょうか。
本書は、そんな悩みを解決する一冊です。著者のジル・チャンさんは、エレベーターに乗るとき、他の人と居合わせないようにすぐに「閉」ボタンを押してしまうような内向型の人物です。それにもかかわらず、台湾から外向型が評価される傾向が強いアメリカに渡り、メジャーリーグ、州政府など華々しい舞台で活躍してきました。その成功の裏には、「傾聴」「観察」「感受性」「戦略的思考」「批判的思考」など、内向型の特性を活かす戦略がありました。
本書の特色は、脳科学や心理学の知見や、イーロン・マスクやビル・ゲイツなど内向型の著名人の事例を参照するだけでなく、さまざまな職場で得た著者自身の知恵や経験を語ることです。電話、SNS、パーティ、上司への自己アピール、部下のマネジメントなど、さまざまな場面でどう振る舞えば良いのか、具体的に詳しく学ぶことができます。
私自身は、本書のチェックリストによると、やや外向型の傾向がありますが、私のパートナーは、内向型の傾向が強く、その意見を聞きながら本書を読み進めました。
特に納得したのは、「大人数より一対一でのコミュニケーションが得意であり、相手の話をしっかりと聞き、内向型ならではの感受性もあいまって思慮深い受け答えができる」という説明です。フリーランスで専業翻訳者をしているパートナーも、相手が言語化できていないものを引き出す空気感と質問力で、作家やクライアントからの信頼を得ています。
また、本書では「落ち着いて準備できるSNSを通して内向型が得意な文章表現を活用した発信を行う」という戦略が説明されます。SNSでの発信がきっかけで、仕事のオファーを受けることが多いパートナーも、この戦略については非常に共感するとのことで、実践的かつ的確であると感じました。
本書は、何といっても内向型の方におすすめですが、内向型と外向型が力を合わせると生まれる効果に関する記述もあり、外向型が内向型を理解したり、内向型の部下をマネジメントしたりするためにも役立ちます。
「会社」に代わるかもしれない組織のあり方DAOとは?
亀井聡彦、鈴木雄大、赤澤直樹 著『Web3とDAO 誰もが主役になれる「新しい経済」』かんき出版
「メタバース」「NFT」の次にバズワードになりつつある「DAO(自律分散型組織)」。今年になって、書籍が発売されるようになり、当店でも注目を集めています。まだ一般に知られる事例が少なく、とっつきにくい印象がある「DAO」とは一体何なのか。どうすればビジネスに活用できるのでしょうか。
本書は、ウェブの歴史から、WEB3の背景にある思想にまで遡りながら、「DAO(自律分散型組織)」とは何か、どんな可能性を秘めているかを、基礎から説明する一冊です。単に新技術を紹介する本ではなく、新しい経済のグランドデザインを描き出す、一種のマニフェストです。
簡単に歴史を振り返れば、WEB1.0は一方通行の発信で、ユーザーは単なる利用者でした。それに対して、WEB2.0はSNSに象徴されるように、ユーザーは利用するだけでなく発信もできる双方向的な時代です。情報や価値の共有を行うプラットフォームを作り出すために、企業は苛烈な競争を行い、GAFAのような勝者だけが巨大な富と力を得ることになりました。ユーザー目線では、自分の情報や資産はプラットフォームがなくなれば消えてしまうものであり、また企業の方針に対して株主以外は影響を与えることが難しい状況です。このように、多大な競争と格差を生み、ユーザーの立場が弱いWEB2.0の問題点を克服するのが、WEB3です。
WEB3のキーワードである「自律分散」とは、政府やプラットフォームを提供する企業のような中心がなく、自律的なユーザー間のネットワークによってシステムが成り立つ在り方のことです。そのシステムを成り立たせる技術が「ブロックチェーン」です。
ブロックチェーンの仕組みを活かした組織が「DAO(自律分散型組織)」です。DAOは株式会社とは異なる新たな組織の形です。株式会社は上下関係のある階層型組織であり、方針は株主によって決定されます。それに対して、DAOには中心がなく、コミュニティのメンバーが方針を決定する権利をもち、利益は貢献に応じて分配されます。そのような方針決定や利益分配には「トークン」と呼ばれるデジタルデータが使用されます。
DAOでは、サービスの提供者とそれを利用するユーザーという区別が弱くなり、さまざまな個人の間での共創と利益分配が行われるようになります。WEB2.0での「マーケット」に当たるものは「エコシステム」となります。
本書をベースに考えると、DAOに対して会社に所属する人が取ることができる行動は、副業として、ないし会社を辞めてフリーランス的な立場になってDAOに所属して生計を立てる、自分の会社をDAOに移行させる、会社とDAOとの共創的な関係を築くなどです。
今の日本のDAOの具体的なイメージを掴むには、『底辺営業マンがNFTに出会い100日で人生が変わった話』(うじゅうな 著、時事通信社)がおすすめです。日本最大級のDAO である「Ninja DAO」で活躍するNFTアーティストのうじゅうなさんが、ご自身の経験を描いた漫画です。
代官山 蔦屋書店で刊行記念イベントを開催したときには、Ninja DAOの方々がSNSで精力的に告知してくださり、2022年のビジネスジャンルのイベントで、圧倒的一位の集客数になりました。前日から当日までの一日間に100人以上の申し込みがあるなど、非常に勢いがあり、DAOの結束力と影響力を感じました。このイベント自体、すでに株式会社とDAOとの一種の「共創」と言えるかもしれません。
「遊び」を極めると賢者になれる?
浦久俊彦 著『リベラルアーツ 「遊び」を極めて賢者になる』集英社インターナショナル
先行きが不透明な時代となり、またAIに代替される仕事が増える中で、ビジネスパーソンにとって「リベラルアーツ」の必要性が増しています。ビジネス書の世界でも、「リベラルアーツ」のジャンルは、一過性のブームではなく、定番になってきています。それにもかかわらず、「リベラルアーツ」とは何か、ずばり答えることができる人がいるかというと、それほど多くないかもしれません。
「リベラルアーツ」とは何でしょうか。何のために「リベラルアーツ」を身につけるのでしょうか。この問いをしっかり考えないで、教養本を読んだとしても、単なる豆知識にしかならないかもしれません。
本書は、この問いに正面から答える一冊です。著者は学校に行かずにフランスのパリに渡り、19歳から約20年間、主にその地でさまざまな仕事や活動を行い、日本に戻ってきたユニークな経歴の持ち主です。現在は、文筆、音楽コンサートのプロデュース、代官山未来音楽塾の塾頭など、多面的な活動をしています。
リベラルアーツはしばしば「教養」と捉えられます。専門分野だけでなく幅広い学問を学ぶ「一般教養」や、「心の豊かさを身に付けるための学び」と理解されることもあります。また、近年はビジネスの世界で「武器」と捉えられることも多くなっています。「武器」とは、コミュニケーション、企画、意思決定など、さまざまな場面で使えるツールという意味です。
本書は、リベラルアーツが「教養」にも「武器」にもなることを認めた上で、リベラルアーツとは「人生を遊びつづけるためのわざ」だという独特の捉え方を提示します。リベラルアーツは、「自由」を意味する「リベラル」と「技、芸」を意味する「アーツ」で構成される言葉であり、この定義の「遊」は「リベラル」、「わざ」は「アーツ」に対応しています。
ここでいう「遊」は、「人生を遊ぶ」であって、「ゲームをして遊ぶ」ではありません。また「楽しんで生きる」であって「楽をして生きる」ではありません。「遊」は、自分の置かれた状況に向き合いながら、それを豊かなものに変えていく、その工夫のプロセスをも楽しんでいく態度とも言えるでしょう。
具体的に、リベラルアーツはどんな「わざ」なのでしょうか。著者は、リベラルアーツは、世界を読み解くための「方法」であり、世界を語るための「言語」だと語っています。著者も古典を読むことを重視していますが、それはあくまで、私たちが生きている、この世界という巨大な書物を読み解くための行為の一部です。リベラルアーツは、余暇の時間に学ぶものではなく、人生のあらゆる場面で鍛えることができるものなのです。著者は、真のリベラルアーツは、ひとりひとりが己の人生のなかで積み重ね、つくりあげるものだと語っています。
リベラルアーツは、学問、芸術、ビジネス、家事など、さまざまな活動を横断する「わざ」ですから、学校で「歴史」や「数学」のように体系的に教えることができるものではありません。まずは知識というよりも、マインドセットやその身につけ方を学ぶことが重要です。本書は、それを「リベラルアーツの達人」が教えてくれる一冊です。
リベラルアーツは勉強するものではない、単なる仕事のツールでもないという著者の考えに私も大変共鳴し、代官山 蔦屋書店で本書の刊行記念イベントを行いました。参加者は、大学生から30代くらいの方が多く生き方を自由に問い直すトークに刺激を受け、質疑応答コーナーは大変盛り上がりました。
「人生のレールに乗ったままでいるか、そこから降りるか」を問いかける著者の話に感銘を受け、「公務員になったものの、窮屈な日々に息苦しさを感じている、どうしたらいいか」と涙声で相談する方もいました。
これに対して著者は、「降りてみたらいいのではないでしょうか」と即答。「ドロップアウトは、逃げることではなく、自分なりの道を作ること」、「自分に仕える仕事でなければ奴隷になってしまう」、「自分に仕える仕事ができるなら組織の中で働いても問題ないが、そう思えないならドロップアウトした方がいい」など、経験に裏打ちされたアドバイスをしていました。イベント終了後は、会場に参加した初対面のお客様同士が「一緒に何かしませんか?」と盛り上がり、連絡先を交換し合うなど、会場全体が熱気に包まれていました。
「人生はこういうものだから」「仕事はこういうものだから」という固定観念をときほぐして、生き方、働き方を考え直すヒントを本書は提供してくれます。
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