米テキサス州オースティンで3月に開催された、世界最大級のカンファレンス「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト) 2019」。1987年に始まって以来、今年で33回目を迎えたこのイベントに、世界中から最先端のテック企業やイノベーターなどが集結した。
日本からも1000人以上が参加。おなじみのソニーの他、NTTコミュニケーションズやNECが初出展。国内の気鋭のスタートアップが世界に存在をアピールした。「SXSW Creative Experience “Arrow” Awards」では4部門中、日本企業が3つを受賞するなど一見、日本のプレゼンスは上がっているように思える。
しかし、果たしてそれは正しい認識なのだろうか。「SXSW」で、日本企業は世界にどんな知見を得て、どんな影響を与えることができたのだろうか。
今年の「SXSW」を訪れたライゾマティクスの齋藤精一氏、インフォバーンの小林弘人氏、黒鳥社の若林恵氏が5月10日、東京・渋谷ヒカリエで開催された「『ジャパン・プレゼンスを考える』 SXSW2019を振り返る気軽な会・第2弾!」に登壇し、そのモヤモヤした思いをぶちまけた。当日の様子をレポートする。
文:岩見旦 写真:神保勇揮
「SXSW」はトレードショーと一線を画すニューカンファレンス
ライゾマティクスの齋藤精一氏
日本企業が『SXSW』に参加するとき、齟齬が生じていると明かす若林氏。通常のトレードショーや「CES」と同様のイベントと思って行くと当てが外れるという。小林氏は「SXSW」を説明するときに「ニューカンファレンス」という言葉を使っている。
既存のトレードショーは形のあるもの、商品やサービスを持っていき、名刺を集めて売り込むことを目的としているが、ニューカンファレンスはイノベーションのために血となるものを見つけに行く場所と小林氏は定義している。つまり脱会議室だ。
このようなニューカンファレンスが世界で勃興している。例えば、オーストリア・ウィーンのパイオニアーズ、ドイツ・ベルリンのTOA、オランダ・アムステルダムのボーダーセッションなどがこれに当たる。
このようなニューカンファレンスのなかには、昼間からビールが配られ、バンドの音楽を楽しみ、多国籍な参加者たちと談笑しながら、触発を受けることができる。つまり、会話中心のものが少なくない。しかし、日本人はタイムテーブルを詳らかにチェックし、常に忙しそうに動き回っているという。
日本はグーパンチで殴られるまで変わらないか
インフォバーンの小林弘人氏
オープンイノベーションの必然性を訴える小林氏に、齋藤氏も「トレードショーではなく、本当のトレード、つまり足りないピースを見つけることが『SXSW』であるべきだと思う」と同調する。
小林氏は日本企業に「TOA」への出展を呼びかけたが、プロダクトが完成しておらず恥ずかしいと却下されたと語った。しかし、「恥ずかしい」という感覚そのものが間違っているという。例えば、エアバスはプロダクトが無いにも関わらずコンセプトボードだけで、成層圏のカプセルホテルのプレゼンをしている。実機を持ち込まないと出展ができないと考えている日本企業はトレードショーの感覚から進歩していないと齋藤氏。そして「私は本当のグーパンチで殴られて、やばい、変わらなきゃと思うのがいつ来るのかなと思っていて」と心情を吐露した。
日本人はアリババやGoogleに市場をすべて持って行かれる瀬戸際まで来ていることに気付いておらず、国内外で「私たちは間違っていないよね?」とごまかしながら、議論を先延ばしにしている現状があるという。
一方、若林氏は「グーパンチまでいっちゃうとヤバいわけで、もうちょっと穏便な段階で、これはいかんとある種のトランジションが起こるのが望ましいと思う」とフォローした。
行政と民間でルールのためのルール作り
黒鳥社の若林恵氏
小林氏が「SXSW」で印象に残っているカンファレンスの一つは、米国航空宇宙工業会がモデレーターとなり、NASAの担当者やAIAの役員などが参加した「Aerospace 2050」だ。ここでは、世界で初めてAIAが主導して、来るべきフライングカー、超音速旅客機、宇宙旅行のこれからについて、法整備の必要性や業界の標準化を提言していきたいというもの。ボーイングが推進しているマッハ5で飛ぶ「極超音速(ハイパーソニック)」やフライングカー、無人ドローンが普及するにあたり、新しい空のルールが必要ということで、この産業を発展させていくための前向きな姿勢を好感した。
おそらく日本だと、「いくら儲かるんだ?」という突っ込みで終わってしまう議論でも、そこは後々考えていけばいい、今はとりあえずやれる土俵を作るんだというフロンティア・スピリットを感じたという。そもそもAIAは百年も前に創設された団体であり、存在そのものがイノベーションの歴史であることが感慨深い。
若林氏は「これまでは行政が一番データを持っている組織だったが、デジタルテクノロジーが浸透したことで、民間側に膨大なデータが生まれるようになった」と明かす。この情報は行政にとっても有益なはずで、パブリックなものとして扱うフレームが必要だ。そこで、行政と民間が相乗りで、活用できる情報があれば企業に還元されるようにならなければならないと議論が繰り広げられた。
このような、ある種のレギュレーションのようなものが必要になっている状況下で、プレイヤーたちが自主的に集まり議論をしているという。
また、「SXSW」には昨年からガバメントがかなり入ってきており、色々な地域の市長が参加していると若林氏。ある種の現在地、今の地図みたいなものが捉えられる点が面白いと語った。さまざまな政治的な変化が起こる中、政府もこれまでのトップダウンのレギュレーションでは対応できないので、ルール作りのためのルールを行政と民間で構築し、建設的な議論が進んでいるとのこと。
「SXSW」に集まる若者から世界が変わる
会場の様子
米国は人材の流動性が高い一方、日本は低いがゆえに自社優越主義に陥りやすく、それがオープン・イノベーションに対する閉鎖性を生んでいるのではないかと指摘する小林氏。社外に出て、流動性の緩衝状態を作ることが重要だと話す。かつては会社の中にいると、業界で一番早く情報にありつけたものの、現在は会社の中では情報は完全に取れないと若林氏。特に若者は特に危機感を覚えているという。
若林氏は、すべてが繋がっていくビジネス環境の中において、「SXSW」などのニューカンファレンスや、このトークセッションのようなイベントに行くことが、一つの重要なコンポーネントになっていると話し、世の中が少しずつ変わるきっかけになっていると見解を述べた。
小林氏は特にブロックチェーン業界でこのようなケースがよくあるといい、ミートアップに参加したことがきっかけで、開発コミュニティ等に加わり、スイスやベルリンで、いくつものプロジェクトを掛け持ちするような若者が少数ながらも登場してきているとのこと。自律分散型で各プロジェクトを動かす働き方を紹介しつつ、一つの会社でずっと働くのではなく、才能やスキルのある人は「複」業的な働き方に変わってくるだろう、と明かした。
後半にはソニーやパナソニックなど、「SXSW」に出展した企業の担当者も登壇。企業の内側から「SXSW」への戦略や内情も飛び出した。