CULTURE | 2020/02/26

海外から拡がるマリファナ解禁の声。佐久間裕美子と「真面目にマリファナの話をしよう」

世界中で医療目的の使用を中心としたマリファナ解禁が進んでおり、特にアメリカでは娯楽用のものと合わせて巨大な産業を築き上げ...

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世界中で医療目的の使用を中心としたマリファナ解禁が進んでおり、特にアメリカでは娯楽用のものと合わせて巨大な産業を築き上げた。一方、日本では未だに「悪いドラッグ」として、マリファナを使用した芸能人が逮捕される度にワイドショーやSNSが賑わう。

そんな中、昨年9月に文藝春秋から出版された『真面目にマリファナの話をしよう』が大きな反響を呼んでいる。NY在住のライター、佐久間裕美子さんによるこの本は、マリファナと社会の関係や歴史を丁寧に紐解き、どのようにして今の状況に及んだのかを事細かに記したものだ。マリファナを通して出会う意外な人々や、アメリカとの対比、そして日本人とマリファナの関係など話を聞いた。

『真面目にマリファナの話をしよう』佐久間裕美子(文藝春秋)

聞き手:米田智彦 文・構成:赤井大祐 写真:KOBA

佐久間裕美子

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ニューヨーク在住ライター。在米期間は丸20年。イェール大学修士課程修了。著書に『ヒップな生活革命』〈朝日出版社〉、『ピンヒールははかない』〈幻冬舎〉、『My Little New York Times』〈NUMABOOKS〉がある。2019年8月に『真面目にマリファナの話をしよう』〈文藝春秋〉を刊行。

マリファナ合法化、LSDの流行、拡がるギャップ

―― 『真面目にマリファナの話をしよう』は雑誌の『WIRED日本版』に掲載した記事がベースになっていますが、そもそもマリファナについてテキストを書こうと思ったきっかけを教えて下さい。

佐久間:私がアメリカに暮らし始めたのが1996年だったのですが、その年にHIVに感染してエイズを発症した患者や医療従事者たちからの訴えを受けて、カリフォルニアでマリファナの医療目的の使用が合法化されたんです。それをきっかけにして医療使用を合法化する波が少しずつ各州へ広まっていったんですが、2014年にコロラド州でレクリエーション目的の使用が合法化された。つまり疾患を抱えていなくても、大麻を使用しても良いということになったのを見て、これは歴史に残るパラダイムシフトだな、と。 

佐久間裕美子さん

それがコロラドについての記事を書いた理由ですが、そこから本を書くことになって、アメリカ全体の話を書こうとしてみると、あまりに複雑な事情が絡み合っていて、腰を落ち着けて取材・勉強しました。今も、なぜ世界中で同じようにマリファナ合法化の波がきているのか。日本にも伝えていかないと、どんどん世界とのギャップが拡がっていってしまうな、と思って取材を続けています。

―― 最近で言えばタイでも医療用のマリファナが解禁されましたね。

佐久間:タイはものすごいスピード感で政策転換を実現しました。これから取材に行こうと思っています。新型コロナウイルスに対して抗HIV薬 とインフルエンザの治療薬を使う、という実験を最初に着手したのもタイでした。タイ滞在中に病院や歯医者に行くと、その機器やサービスのレベルの高さに驚きます。メディカル・ツーリズムに力を入れようとしてるんだなって気がしますね。

―― 他にはどんなところでギャップを感じますか?

佐久間:今、アメリカでは『How to Change Your Mind』という本がベストセラーになっています。それは主に食を追いかけてきたマイケル・ポーランという作家が、いわゆるサイケデリックス、つまりLSDやマジックマッシュルームといったものが、精神疾患に対してどれだけ効果があるか、ということを、医師や研究者、実践者に取材し、また自分も試しながら書いてる本なんですよ。それで日本だとちょっと言いづらいんですけど、今LSDとかちょっとしたブームになっていて。

―― えー!それは驚きですね。

佐久間:もちろん嗜好品的な使い方じゃなくて、セラピー療法の一環みたいにして、お医者さんとかカウンセラーと一緒に使ったりするようなメソッドが注目されているのですが、裏を返すとそれだけメンタルヘルスとかウェルネスがすごく切実な問題になっているということもあります。食品の内容分表示が信用できないとか、国の医療は高くてアクセスが悪い、となった時に、ウェルネスや予防の重要性が増しています。 

―― なるほど。副読本として『みんなとマリファナの話をしよう』というZINEも出されましたね。こちらはどういうきっかけで?

『みんなとマリファナの話をしよう』の目次

佐久間:本を出すと、トークイベントをやるんですが、最初はマリファナをテーマに名前を出して話してくれる人なんていないよ、って周りから言われていた。それぐらいタブー視されてきたってことですよね。でも、蓋を開けてみると医師の正高佑志さんや山崎まいこ先生、弁護士の水野祐さんなど、色んな人が参加してくれて、名前を出して話をしてくれる人がこんなにいるなら、ということで自分で作りました。うっすらと「1」と書いてありまして、今後も2、3を出していきたいと思っています。

―― マリファナに関するこういった本を出せること自体がここ10年くらいの変化だとは感じています。

佐久間:そうですね、長年、芸能人が逮捕されると登場するバッシングやゴシップ系の報道しかなかったのが、グリーンラッシュと呼ばれるマリファナを取り囲むマリファナ経済が海外で無視できない規模になってきて、ここ5年くらいで取り上げるメディアも出てきましたよね。

ただ、世論というものを振り返ってみると、私が大学生だった90年代くらいまでは、ここまで厳しくなかったと思うんです。この10年ほどは、有名人が逮捕されるようなことが起きると、「けしからん」と怒る風潮というか。

―― ネット社会の到来が他社への不寛容を生んでいるとも言えますね。

佐久間:それも大きいでしょうね。これはマリファナやドラッグに限らず、 有名人の不倫を叩く風潮もそうだと思いましたが、他人がやっていることに腹を立てたり、過剰に反応することが一種のガス抜きになっているのでしょうか。

「選択肢」を増やすこと

―― 出版への反響はいかがですか?

佐久間:トークイベントをやると、意外に年配の方や医療従事者が多かったのが印象的でしたね。

あとは、深刻な疾患を抱えているお客さんが想像以上に多くて。てんかん、パーキンソン、緑内障を抱えている人、または、家族や友人のガンの治療を経験したことがある方々も多いんです。つまりマリファナの医療使用について関心がある方々ですよね。

―― 調べてみるとてんかんの患者さんって国内に100万人近くいるんですね。

佐久間:トークイベントにも「私てんかんで薬飲んでるんですよ」って人が来てくれたりして、みなさんが思う以上にたくさんの方が苦しんでいるんだと思います。てんかんは、今の西洋医学では解決できない病気だけど、マリファナによる治療はかなり効果的だと言われているんです。それに私としてはたとえ一般の薬で解決できるものだとしても、自然界から調達できるもので対処できるなら、そっちの方が健全なんじゃないかなって思います。

―― ガンでいったらやはり緩和ケアですか?

佐久間:そうですね。ガンの成長を止める可能性があるということは、ラットの実験レベルではわかっていますが、臨床実験はまだ足りないんです。ただ、ガンの場合は、治療の副作用で、食べられない、眠れない、という苦しみもついてくる。たとえば抗ガン剤は、ガンを殺すことはできる、ただ、自分の体も殺されてしまう可能性がある。人生最後の時間かもしれないのに、ご飯の味もわからなくなっちゃうし、夜も眠れなくなってしまって生きる楽しみを奪われてしまう。

―― 相当苦しいものだと聞きます。

佐久間:私も、友人の末期治療を目の当たりにしたことが何度かありますが、一縷の望みにかけて、また医師のいうことを信じて、過酷な治療を受け入れてしまうことがよくあると思うんです。人生の最後の時間をどう過ごしたいか、という点は見過ごされがちです。結局のところ、最後の時間のクオリティ・オブ・ライフを向上させるために、日本にもマリファナによるケアがあっても良いんじゃないかと思うんです。というのはつまりマリファナが無条件に良いものなんだ、ではなく、他にも選択肢があるけど、最終的に自分で選択ができる状況にある、ということが大切だと思っています。

マリファナ問題はリトマス紙

―― 日本ではマリファナをはじめとした「違法薬物」の使用に過剰に反応してしまうという一方で、専門家の間では危険視されつつあるいわゆる「ストロング系」のアルコール飲料なんかがすごく売れていますよね。

佐久間:日本はとにかくアルコールには甘いですよね。あとはIQOSなんかの電子タバコも、国際的には危険性が論じられているのですが、日本では爆発的に流行っている印象です。

―― マリファナなんかを厳格に規制する一方で、あれ、そっちは良いの?ってことが多いですよね。

佐久間:そうなんですよね。砂糖からアルコールまで、依存症のリスクのある物質って限りなくあるんですよ。でも堂々と売られている物については深く考えない人が多い。アメリカでは、政府の規制に対する不信感も強いし、医療費が高いので、個人レベルでの「予防」の重要性がますます増している。日本では、いつまで続くかわからないながら、医療もまだアクセスが良いということになっているし、その分、危機意識は低いと思います。

―― タイの歯医者の話と一緒にSakumag(佐久間さんが運営する個人メディア)にも書かれていましたね。

佐久間:だからなるべく病院に行かないように、自分の心身の健康をどうやって保っていくのかが死活問題になっていて、それを踏まえて自分の体に何を入れるのか、切実に考える人が増えている。「最大の防御策は知識」という認識が共有されてつつあり、国や、国の医療はそもそも信頼できないから自分たちで考えなきゃ、という意識がある。

―― 確かに、日本は医療にアクセスしやすい分、体を壊すまでは意外と無頓着かもしれません。

佐久間:そうやって医療や食事に困らない状況と引き換えに、自分で考えて判断する力がどんどん奪われていく恐れがあると思うんです。

―― 『真面目にマリファナの話をしよう』に裏テーマがあるとすると、「マリファナを通して現代日本人のメンタリティにふれる」だなと感じました。

佐久間:マリファナ問題は一種のリトマス紙だと思っていて、物事に対して自分の頭で考え、判断できるかを迫る部分があるんです。日本でマリファナが非合法になったのは、戦争で負けて、アメリカ/GHQがやってきてやめなさいって指示をしたからですが、その言いつけを守って未だに医療用大麻の研究さえもほとんどできないままなんですよ。

―― 医療用の研究さえも禁止というのは驚きですよね。真面目にマリファナの話をしようって人もなかなか出てこないわけですね。

佐久間:だけど、それがどういう経緯で違法になったのか、体にどんな影響があるのか、医療での使用はどんな効果があるのかがをちゃんと調べられないまま、政府とワイドショーが「違法」だから「危険なものだ」と言うままに信じている人がたくさんいますよね。

サステナブルって日本的

―― 佐久間さんのTwitterなんかにはそういった方からのリプライがよく来ていますよね。既存のルールに反することに強い抵抗があるんだなと感じます。

佐久間:例えば夫婦別姓や同性婚に反対する人も同じだと思うんですが、これまでのルールに則っていないものはすべてダメ、という。自分たちが真面目にルールを守ってきたから、それを変えようとする人たちに腹が立つのかもしれません。けれど、大麻取締法って、できてからもう70年以上が経っているんです。あのときわからなかった科学的事実が多数明るみになってきているのだから、古い法律に固執する必要があるのか、を考えなおすべきだと思います。

―― マリファナを始め、夫婦別姓、同性婚なんかに反対する方々は同じクラスタという印象があります。保守層というか、いわゆる「普通の日本人」みたいな人たちですね。

佐久間:そう。でも大麻問題についておかしいのは、そもそも日本は麻(ヘンプ)というものが文化に根付いていたはずなのに、政府が、戦勝国の指示でやっぱりダメだって言い始めてから、疑うこともなく、素直に信じているんですよね。

前に『ヒップな生活革命』という本を書いた時に、Firm to Tableのパイオニアであるアリス・ウォーターズさんに話を聞いたんですが、「今私がやっていることは日本で昔からやっていたことなのよ」と言われたんですよ。つまり、農家から直接食料を買うとか、旬のものを食べるとか、そういうことって昔は日本人が当たり前にやっていたけどやらなくなっちゃったんことなんですよね。

―― そういった流れが今アメリカのサステナブルなことに関心の強い層に受け入れられているんですね。

 佐久間:例えば植物由来のものを大切にするとか、使い捨てのものじゃなくて雑巾を使うとか。簡単なことですけど、ずっとやってきたことですよね。 もうちょっと自国の文化を紐解いていくと色んなことが日本古来のカルチャーに結びついていることがわかりますよね。でも気がつけば、日本は、戦後は消費しなかった牛乳や小麦を大量に消費したり、西洋のお薬が蔓延する国になっていて。「牛乳飲むと大きくなれる」って言われて信じ込んで育ちましたから(笑)。

 ―― 全部つながってるんですね。 

佐久間:私の中では、マリファナ問題も食事の話も全部つながってます。結局生き方論というか、考え方論というか。今回のマリファナの本も変わった球を投げてきたね、なんて言われたんですが、比較的センシティブなトピックだから真面目な書き方にはなっているけれど、自分としては全然そんなこと思っていない。入ってくる情報を、どうジャッジするかを自分自身で考える時代なんだと思います。