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日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多い。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するべく、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。
渡邉祐介
ワールド法律会計事務所 弁護士
システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚等の家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。
(今回のテーマ)
Q.3年前に婚約していた女性に学費や生活費約300万円を援助していましたが、結局破談となり、返済についてはうやむやになってしまいました。半年後、元婚約者に返済してほしいと連絡すると、「援助してもらったつもりでいたので今さら返せない」との返答。確かに借用書はありません。でも、そのやりとりをしたメールは残っています。お金は取り戻せるのでしょうか?
「贈与」か「消費貸借」か
小室圭さんの母親と元婚約者の男性との金銭トラブルが大きな話題になっています。小室さんの主張では、母親が小室さんの学費や留学費用を工面するために元婚約者から金銭的な支援を受けたということですが、元婚約者はこれに反論。法的には、ここで「支援」と言われている金銭授受は、法的には「贈与契約」だったのか、それとも後から返す必要のある「金銭消費貸借契約」だったのかが争点となりそうです。
ただ、家族などの親しい間柄の場合、困っているのを助ける趣旨でお金を渡すときに、「いついつまでに返してください」「必ずいついつまでに返します」という返済の約束を明確にせず、曖昧にするケースはよく見られます。恋人や婚約者という間柄だとなおさらで、お金を渡すときにあまり野暮なことは言わないケースが多いでしょう。
大前提として、当事者間でのやりとりとして明確に贈与の趣旨でお金の授受がなされていたのであれば、これは「贈与契約」となるわけで、契約書があろうがなかろうが、「あげた」お金が返してもらえないことは言うまでもありません。
問題となるのは、後からお金を返してもらうことが前提の「金銭消費貸借契約」。両者の間でしっかりと借用書でも作成されていれば、返す必要のある「金銭消費貸借契約」だったことは明白ですから、お金を受け取った側も「これはもらったものだ」などと言い逃れはできなくなります。
では、借用書を作成していない場合、貸したつもりで渡したお金は取り戻せないのでしょうか。
身の回りには、実は契約書のない「契約」が溢れてる
そもそも契約とは、簡単に言えば、法的拘束力のある約束です。この契約という概念ついては、誤解が多いところでもありますが、契約が成立するのは、なにも契約書に署名押印した場合だけには限りません。口約束であっても、当事者双方で意思内容に合致があれば成立するのです。さらには、口頭で何も言わなくても契約が成立することもあります。
たとえば、コンビニのレジでコーヒーを買う時、120円と表示されたレジを見て120円を出したり、電子マネー決済でSuicaなどをカードリーダーに読み取らせたりするといった無言の行動にも、「黙示の意思表示」があったと言えるので、売買契約が成立します。日々の通勤では、Suicaで自動改札を通って電車に乗り降りするだけでも、実は鉄道会社と乗客との間には「旅客運送契約」が成立しているのです。
また、口頭で、「このペンをあげるよ」「どうもありがとう」というようなやりとりがあれば贈与契約が成立しますし、同じように、「300万円を貸すので必ず返して欲しい」「わかりました。必ず返します」というようなやりとりが口頭であったなら、金銭消費貸借が成立します。
そう思うと、日常で成立しているほとんどの契約は、契約書なしの契約で溢れているのです。相談者の方で多いのが、「特に契約はしていないんですよね」と言いつつ、よくよく聞いてみると、単に契約書という形のものを作成していなかっただけで、それでも契約自体は成立しているというケースが多々あります。
証拠となるのは契約書だけではない
契約成立を裏づける証拠となり得るものは、なにも契約書だけではありません。そもそも証拠というものは、第三者(裁判官)がその証拠を見た時に、確かに当事者間で契約が成立していたのだろうと思えるものであればよいのです。
ですから、内容によってはメールやLINE、SNS上のやりとりであっても、証拠として使える場合もあります。当該メールやLINEのやりとりを見る第三者が、金銭授受の趣旨は確かに金銭消費貸借契約だったはずだ、と思えるメールのやりとりであれば、それは十分証拠になり得るのです。
また、証拠は必ずしも物的証拠に限りません。たとえば、当事者間の金銭授受の際、その場にいて、やりとりを見聞きしていた第三者がいれば、証人としてその人の証言内容も証拠となります。
なぜ契約書を作っておく必要があるのか?
メールやLINEなどのやりとりでも契約成立の証拠になるなら、契約書は不要かといえば必ずしもそうではありません。メールやLINEなどでやりとりさえしていれば、それらが契約成立を立証するのに十分な証拠と言えるとは限らないからです。
これは、契約書の場合であっても同様です。「借用書」「金銭消費貸借契約書」などというタイトルでの書面さえ残せばよいかといえば、そうではありません。内容がしっかりとしたものでなければ、証拠として立証には使えないケースもあるのです。実際、契約書として作成されているものであっても、法律家の目から見ると、これでは裁判では通用しないという内容のものも多く見られます。
後になって第三者が見た時に、誰が見ても、当事者間の契約成立は存在したと思わせるような内容を証拠書面として残しておくのが契約書です。つまり、後で紛争に発展し裁判で裁判官が見た時に、契約成立の事実を認定してもらうための確たる証拠を残すのに契約書を作るのです。
また、そうしたしっかりした契約書を作成しておくと、当事者間からすれば言い逃れをし難いために、紛争に発展しにくくなるという効果もあります。つまり、契約書を作成しておくのは、後で紛争に発展しないためでもあるのです。
メールやLINEなどを証拠として使う場合、それをどのように裁判所に提出するのかという問題もあります。パソコンやスマホでやりとりをしていた相手が別人ではなく本人であることが、そのやりとりだけできちんと見て取れるのか。やりとりを単にプリントアウトしただけのものであれば、「そんな内容を送った覚えはない。改ざんしたのではないか」などと反論される余地も大いにあるでしょう。
もちろん、契約書であれば争われる余地がまったくないかといえば、そうではありません。しかし、後の紛争を予防する目的をもってしっかりとした契約書を交わしておくことで、メールやLINEなどを証拠とするときに出てくるようなリスクは少なくなるのです。
逐一契約書を作っていられないケースでは、メールのやりとりが有効に
すべての契約という契約で、しっかりした契約書を作成する必要があるのかといえば、もちろんそうではありません。また、業界の慣習や元請け会社と下請け会社などの力関係などから、しっかりした契約書を交わしておくことを提案しにくいケースも実際は多いと思います。
そのような場合には、次善の策としてメールなどでしっかりと契約成立が見て取れる内容のやりとりを残しておくことがやはり重要です。また、メールの相手方だけでなく、CCやBCCに複数人の関係者を入れてメールを送ることも有効でしょう。企業であれば法務担当者や顧問弁護士もBCCなどに入れておけばより効果的です。
その際、送るメールの内容と相手からの返信内容との積み重ねで形成されるメールのやりとりについては、後から見たときに、法的に契約が成立していると見て取れる内容に組み上げていく必要があります。
お金が戻るかどうかは交渉の進め方次第
日本では証拠裁判主義が採用されていますので、法的請求の基礎になる事実を認めてもらうには証拠が必要です。したがって、トラブルになったときに、証拠がまったくないということになると、裁判で法的権利を実現するのは現実的には難しくなります。
もし借用証などの契約書がなかったとしても、金銭授受にあたってメールでやりとりをしていたものが残っていれば、場合によっては証拠として有用となる場合があります。ただし、裁判上で使える証拠となり得るかどうかは、メールのやりとりの内容やメールの保存状態次第です。
メールのやりとりをテキストデータとしてプリントアウトした用紙はあっても、メールの原データはすべて消してしまっている場合、たとえその出力した用紙自体から金銭消費貸借契約成立のやりとりが明らかになったとしても、証拠価値を争われる可能性があります。また、原データが残っていたとしても、やりとりの内容自体が契約成立といえる決め手にならなければ意味がありません。
仮に証拠が決め手を欠く場合やそもそも証拠がないような場合であっても、交渉の進め方次第では、お金を取り戻せるケースはあります。手持ちの証拠価値の判断も含めて、弁護士などの専門家へ相談してみるのがよいでしょう。
幼い頃、あげたオモチャやお菓子などを、ケンカになった途端に「やっぱり返せ!」と言いだす子がよくいたと思います(私の周りだけでしょうか?)。返せと言われた側は、「もらったものは~返せない!」などとよく言っていたものです。
人は、お互いの仲や関係が悪化すると、貸したのでなく一度はあげたものでも返して欲しい気持ちにもなるのです。ただ、法的には「もらったものは返す必要はない」のは確かですが、「返せない」ということはありません。
もらったものでも「返したい」という気持ちになれば、返すことはできます。貸したものであっても同様です。たとえ確たる証拠を欠いていても、相手が返したいという気持ちになってくれれば、返してもらえるかもしれませんね。