CULTURE | 2019/03/19

ビルに巨大な顔が投影されて歌舞伎町をジャック。光の彫刻家・髙橋匡太が「たてもののおしばい」で成し遂げたかったこと

《Moving Projection Theater たてもののおしばい》たてもののおしばい 歌舞伎町の聖夜2018.1...

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《Moving Projection Theater たてもののおしばい》
たてもののおしばい 歌舞伎町の聖夜
2018.12.23 - 12.24
歌舞伎町シネシティ広場 , 東京
村上美都 / Murakami Mito

2018年12月23日、24日に、東京・新宿歌舞伎町のシネシティ広場で、「たてもののおしばい 歌舞伎町の聖夜」が開催された。プロジェクションマッピングで広場を囲むビルに顔を投影し、ビルを役者に見立てて会話劇を繰り広げるというものだ。

それぞれが持つ歴史や背景をもとに人格が設定されたビルたちは、歌舞伎町のエピソードや思いを雄弁に語った。ユニークなビジュアルだが、歌舞伎町への愛情がひしひしと伝わったこの作品について、制作を手掛けた現代美術家の髙橋匡太氏に話を聞いた。

取材・文:石水典子

髙橋匡太

アーティスト

1970年京都生まれ。1995年京都市立芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。 光や映像によるパブリックプロジェクション、インスタレーション、パフォーマンス公演など幅広く国内外で活動を行っている。東京駅100周年記念ライトアップ、京都・二条城、十和田市現代美術館、など大規模な建築物のライティングプロジェクトは、ダイナミックで造形的な映像と光の作品を創り出す。多くの人とともに作る「夢のたねプロジェクト」、「ひかりの実」、「ひかりの花畑」、「Glow with City Project」など大規模な参加型アートプロジェクトも数多く手がけている。
1995年キリンコンテンポラリーアワード'95最優秀作品賞、2005年京都府美術工芸新鋭選抜展2005最優秀賞、五島記念文化賞美術新人賞、グッドデザインアワード2005 (環境デザイン部門)、2008年京都府文化賞奨励賞、2010年京都市芸術新人賞、DSA日本空間デザイン賞2015優秀賞、日本照明学会照明普賞2017、照明デザイン賞2018審査員特別賞、AACA賞30周年記念美術工芸賞などを受賞。

なぜ終演後に、街の印象が変わって見えるのか

髙橋氏は、“光の彫刻家”と称される現代美術家。光や映像を駆使して手掛ける同氏の作品は、ライティングプロジェクト、ライブパフォーマンス、インスタレーション、パブリックワークと多岐に渡る。

《Glow with Night Garden Project in Hakone》
箱根ナイトミュージアム
2018.12.1 - 2019.1.6
彫刻の森美術館 , 神奈川
村上美都 / Murakami Mito

髙橋氏が“光の彫刻家”と呼ばれているのは、建築や構造物、空間といった立体的な対象に光や映像を投影しているからではなく、彫刻家がブロンズなどを使って彫像するように、光を素材として使い造形するアーティストだからだ。

《光り織》
permanent work
2017.11 -
越後妻有文化ホール・十日町市中央公民館「段十ろう」, 十日町
村上美都 / Murakami Mito

髙橋氏が最初に「たてもののおしばい」を制作したのは、2014年に開催された環境・省エネ技術・アートの融合をコンセプトとするアートイベント「スマートイルミネーション横浜」。

ビルたちによるコメディ劇が繰り広げられる《Moving Projection Theater たてもののおしばい》
スマートイルミネーション横浜2014 PRIMARY LIGHT -語り合う光-
2014.10.30 - 2014.11.3
象の鼻パーク, 横浜
村上美都 / Murakami Mito

作品ごとに違った表情を見せる光の作品については後述するが、髙橋氏が手掛ける作品の中でも特に「たてもののおしばい」シリーズは一風変わっているように感じる。同氏はこの一連の作品をなぜ制作したのだろうか?

髙橋匡太氏

—— このシリーズは、どういった「おしばい」なのでしょうか。

髙橋:僕はこの作品で都市や街に秘められた物語を見せたいと思っています。ビルの人格を引き出すことで、作品を見た後に、何気なくあった建物にも「こんな性格があって、夜毎こんな会話が繰り広げられているとしたら」と想像が膨らむような、街の印象を変える都市スケールの作品です。非常に長い歴史を持つ演劇の手法を使い、使用する機材などはシンプルなものです。

《Moving Projection Theater たてもののおしばい》
スマートイルミネーション横浜2014 PRIMARY LIGHT -語り合う光-
2014.10.30 - 2014.11.3
象の鼻パーク, 横浜
2015年DSA日本空間デザイン賞優秀賞受賞作品
村上美都 / Murakami Mito

—— 近年、街中でプロジェクションマッピングを使った華やかでダイナミックな映像を見かけることも少なくありません。こういった演出については、どのようにお考えですか。

髙橋:プロジェクションマッピングは2001年頃から屋外でも使われるようになり、話題に上がるようになりました。僕も初期の段階から取り入れた作品を制作していて、2010年には、キヤノンの「ミラノサローネ2010」に出品した作品にも使っています。

約20台のプロジェクターで多面体のスクリーンに投影した、建築家の平田晃久氏とのコラボレーション作。使用する映像にはCGを使わず、「カメラのレンズを通したもの」に限定していた。
《Prism Liquid》
Milano Salone, Canon Neoreal 2010
2010.4.14 - 2010.4.19
Triennale di Milano, Milano, Itary
大木大輔 / Oki Daisuke

髙橋:例えば、映像が建物の形状に沿ってデコボコに映るテクスチャーも、こういった手法の魅力の一つだと思いますが、技術や手法ばかりが世の中に溢れている状況に、僕は正直食傷気味です。

—— 食傷気味ですか(笑)。ちなみに「たてもののおしばい」では、ムービングプロジェクターを使って役者の顔を投影しています。使っている映像は編集されたものですが、劇場で生の演劇を観ているようなライブ感がありました。そのように見せるためにどんな演出上の工夫をされていたんでしょうか? 

髙橋:それは撮影の段階で、小劇場での演劇と同様に演技をしてもらっているからです。役者を個別に撮るのではなく、会話劇をイスに座ってもらった状態で同時に収録しています。それは例えば3Dポリゴンで人間の像を作り、AIにしゃべらせた映像では再現できない、役者が演じる間やリアクションなどを反映させることができます。

—— なるほど。歌舞伎町での「たてもののおしばい」にはメインキャストとして、街に40年以上あるビルが配役されています。「たてもののおしばい」に限らず、髙橋さんは作品に使う建物や会場のリサーチを綿密にされるそうですね。歌舞伎町についての情報収拾はどういったかたちでされたのですか?

髙橋:商店街連合会の方々から歌舞伎町の歴史や街の移り変わりについて、脚本家と一緒に話を聞きました。文献や資料からではなく、街をよく知る方々から「昔はああだった」「こういうことがあった」と、生の声を聞けました。その話を説教臭くならないようにビルに語ってもらい、街の持つ人格が話すセリフとして感じてもらえるようにしました。

—— その話を聞いてから改めて見た歌舞伎町は、どのような印象でしたか?

髙橋:バイタリティのある街ですね。店の人も店に来る人も面白い。エネルギーがあって負けそうだなと(笑)

歌舞伎町は風俗やホストクラブが多い良くないイメージを持たれることもあるでしょうが、僕が思ったのは「興行の街だ」ということです。映画館があり、劇場があり、さまざまな商業施設があって、エンターテインメントとアートはまったく違う文化ですが、面白いと思いました。歌舞伎町に愛情を持って関わっている方たちは、人を楽しませる街を目指していると感じました。

あとは「たてもののおしばい」を上演する時に、周囲の店のネオンや明るい照明を消してくれたことには感激しました。

—— 街の人たちが団結して協力してくれたんですね。

髙橋:はい。街中で上演するにあたって、周囲が明るければさらに光を足さなくてはなりません。ただライトアップする機材の性能が上がったとはいえ、やはり光を扱う作品である以上環境照度が重要なポイントであり、周囲が明るすぎない方が助かるので、協力いただけてとてもありがたかったです。

何万人が関わるプロジェクトでも「自分が関わった作品である」という実感を持てるようにしたい

—— 「たてもののおしばい」は、役者や脚本家と共同制作した作品になりますが、ダンサーやミュージシャン、建築家など、さまざまな表現者とタッグを組んで制作することも少なくありません。コラボレーションすることに難しさを感じることはありますか?

髙橋:コラボレーションワークに関しては、初期のブレストの段階から相談をします。コンセプトと骨格だけ決めた後は細かい指示は出さず、監督的なポジションに徹して任せるパートについては相手を信じて託します。

—— そうすると予想外のことも多々起こり、大変ではないですか?

髙橋:予測していないことが起こっても「そうきたか」というスタンスでいます。脚本にしても、例えば僕が「このビルは男性的だ」と思っても、脚本家は女性の人格で書いてきたり、想像していた配役とは違うことがあります。そういった意外性も含めて、僕はコラボレーションワークが好きですね。

—— 髙橋さんが手掛ける作品は、大掛かりでボランティアの方が手伝うケースや、参加する方がいて初めて完成する作品も少なくありません。そういった作品を作る上で、心がけていることは何でしょうか?

果実を育てる時に使う袋に子どもたちが「スマイル」を描き、LEDを入れて“ひかりの実”を作る、参加型プロジェクト。
《ひかりの実》
HOPE, 三陸・横浜ひかりの実交換プロジェクト
2011.12.31
山下公園, 横浜 / workshop : 横浜市内の小学校、三陸イルミネーション, 陸前高田
村上美都 / Murakami Mito

髙橋:作品に当事者として関わってもらうことです。たくさん光があるキレイな風景も、その一つを作っているのは自分が灯した光で、自分が関わってこそ実現した光の風景だと思ってほしいですね。何千人、何万人が関わるプロジェクトであっても、自分が関わった作品である実感を持てるようにしています。

《ひかりの実》
HOPE, 三陸・横浜ひかりの実交換プロジェクト 2011.12.31
山下公園, 横浜 / workshop : 横浜市内の小学校、三陸イルミネーション, 陸前高田
村上美都 / Murakami Mito

自分の顔が巨大化して都市をジャックする

—— 髙橋さんの作品と言えば、神秘的で幻想的な光景が広がる抽象的な作品の印象が強かったのですが、「つぶやく街灯」(2012年)など、言葉を使った作品も多く作られていますね。この作品も髙橋さんの中では、「たてもののおしばい」と関連している作品なのでしょうか?

詩人・谷川俊太郎氏が書き下ろした詩を、街灯が灯りを明滅させモールス信号でつぶやく。
《夜景プロジェクト「マゼンダナイト」/つぶやく街灯》
TOKYO ART FLOW 00
2016.7.29 - 7.31
二子玉川, 東京
村上美都 / Murakami Mito

髙橋:「たてものおしばい」よりも先に出したシリーズですが、コンセプトとしては連続性があって、会話劇を始める一つのきっかけになった作品です。

—— 灯りの点滅が、都市の息づかいや鼓動にも感じられますよね。ビルに顔を投影するという手法を使った作品としては、ツイッターでバズっていた「カメハメザワールド」(2017)のビジュアルは、強烈に記憶に残っています。

設置された顔はめパネルから来場者が顔を出すと、その顔がプロジェクションで横浜税関に映し出される。
《カオハメ・ザ・ワールド》
スマートイルミネーション横浜 2017
2017.11.1-11.5
象の鼻パーク, 横浜
村上美都 / Murakami Mito

髙橋:これは「たてもののおしばい」の番外編のような作品です。長蛇の列ができて、自分の顔がでっかく映し出すことが皆さん好きなんだなあと(笑)。パネルは中国・上海にも設置されていて、上海でもパネルに顔を入れる人がいると、横浜にライブ中継で映し出されました。

—— それを横浜にいる人たちが眺めるという(笑)。

髙橋:一般の人が街の風景をジャックする場所として作りました。

—— 自分の顔で街をジャックしたら爽快でしょうね(笑)。「塔(クイーン)は歌う」(2015)も、「たてもののおしばい」のシリーズ作ですね。

「クイーンの塔」の愛称で親しまれている横浜税関の塔がドラァグクイーンに扮して、Queen の「We are the champions」を歌う。
《たてもののおしばい「塔(クイーン)は歌う」》
スマートイルミネーション横浜2015
2015.10.30 - 2015.11.3
横浜税関, 横浜
村上美都 / Murakami Mito

髙橋:「クイーンの塔」が歌を歌うという一人芝居です。親父ギャグのような作品ですが(笑)、塔と合唱団と会場に実際に来られた方とが一斉に歌を歌うという絡みがあって、現実に映像が介入していくような、現実にビルが目の前で歌っているかのように錯覚を起こすんです。

「素材としての光」の魅力

—— 「カオハメ・ザ・ワールド」もそうですが、普段見ている風景に物語や人格を与えて、都市の見え方を変えるという点は共通していますね。ちなみに、「たてもののおしばい」と他の作品は、少しテイストが違うように感じるのですが……。

髙橋:ライティングで風景やものの見え方を変えるというテーマと、扱う素材は同じです。また、僕はライブ感のあるものが好きなんですね。そういった作品を僕らの業界では「消えもの」と呼んでいて、写真や動画といった記録媒体には残るとはいえ、その瞬間にその場所だけで成立するものです。実際に体感して記憶に残してほしいという思いで、どのプロジェクトにも取り組んでいます。

—— 大学では彫刻を専攻されていたそうですが、髙橋さんはなぜ素材に光を選んだのでしょうか?

髙橋:私にとって光は絵の具のようなものです。彫刻家が扱う素材はブロンズ、木、鉄などどれもヘビーで、素材の持つ時間軸がちがうんです。対して光は変化する表現に長けていて、音楽にも近い時間芸術だと思っています。揺らぐ性質や、明るい時間帯には消えてしまう儚さにも魅力を感じます。

—— 髙橋さんの作品の放つ光には質感や肌触りがある印象だったのですが、その理由が少し分かった気がします。立体物に光や映像を当てる演出的なアプローチとは全く違うものですね。最後に、今後発表される作品の予定をお聞かせください。

髙橋:愛媛県の新居浜市、西条市、四国中央市をそれぞれ舞台にして、煙突やクレーン、造船所が喋り出す「たてもののおしばい」の最新作、「ものづくり物語(工場のおしばい)」です。工場を小劇場に変えて、ゴールデンウィークの5月3日から5日までかけて三夜連続で上演します。「たてもののおしばい」に登場する対象物としては、これまでで一番大きいものになります。


Takahashi Kyota