ITEM | 2019/01/21

バラバラな世界を「たった20円」の使い方でつなぎ合わせる。10年読み継がれたソーシャルビジネスの教科書の完全版が登場【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

なぜ社会事業なのか?〜変化球系の経歴〜

小暮真久『[完全版]「20円」で世界をつなぐ仕事』(ダイヤモンド社)は、2009年発売の旧版から一章を増補したもので、約10年前に遡って「働き方」を見つめ直すことができる。

著者はマッキンゼー・アンド・カンパニー、松竹での勤務を経て、「先進国の肥満問題」と「発展途上国の飢餓問題」2つを同時に解決することを目指した社会事業「TABLE FOR TWOプロジェクト」に参画した。活動に賛同する企業の社食メニューの中から20円が途上国に寄付されるというTABLE FOR TWO(TFT)の斬新さと気軽さに感銘を受けたのだ。そして2007年にNPO法人「TABLE FOR TWO INTERNATIONAL」を創設した(ちなみに2007年は初代iPhoneが発売された年である)。

著者が以前コンサルティング業務に従事していたことは有利に働いた。創設の際に、当時常日頃使っていた5Pというフレームワークで事業の方向性を整理していったという。

1.Purpose(目的・達成目標)
2.Partnering(提携)
3.People(組織・人事)
4.Promotion(宣伝・広報)
5.Profit(利益・成果)

マッキンゼー社でロジック展開を叩き込まれたものの、金融やITに興味がわかなかった著者は、以前からエンターテインメント業界に関心を持っていた。そしてある時、「一緒に働きたい」と思った人物との出会いを機に松竹に転職し、経営企画に従事した。しかし、利益を追求する株式会社の中では、どうしても「人の役に立つ」という根本的な渇望を満たすことができなかった。

2009年から「ソーシャルビジネス」は変わったか?

社会事業は利益追求を第一とするのではなく、社会の問題解決を主目的とする。本書の冒頭(2009年に書かれた部分)で、そのやりがいについて著者はこう述べられている。

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就職先や転職先の選択として社会事業もある、ということはもっと広く認知されていいはずです。今、この新しい分野の仕事はどんどん増えているのです。「社会を変えたい」という想いとチャレンジ精神のある人にとって、社会の歪みを改め、よりよくしていく、というこの分野の仕事は、とてもやりがいのあるもものに感じられるはずです。(P23)

こうした「想い」はどのように形成されたのか。その過程についても、本書では多くページが割かれている。大学時代になかなかやりたいことが見つからなかった著者は、直感的に人工心臓研究に興味を持った。実験に必要な血を調達しにしばしば訪れた食肉工場で見た光景は、著者に食べものを残さないようにする意識を植え付けたという。

そして、TABLE FOR TWOのコンセプトに共感し、直感的にその波に乗った。右も左も分からない状態で始めた事業は存続させるだけでも手一杯の状態だったという。いい仕組みだからといって売れるわけではない。売れるためには仕掛けがいる。あたかもそれを考えるためにキャリアを渡り歩いてきたように、著者は社会事業にのめり込んでいった。

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いくら「よいことをしている」という自負があっても、労働に見合った報酬がなければ、仕事に本当の意味でのプライドを持てず、責任を持って最後まで仕事をまっとうしよう、という気持ちにはなれないのではないでしょうか。また、正当な報酬が得られなければ、社会事業に優秀な人材を惹きつけることもできません。(P140-141)

旧版出版から約10年が経っても、社会事業を「仕事」として認識してもらうためにはいくらか説明が必要なようだ。完全版で書き下ろされた追加の章「「想い」と「しくみ」は10年でどこまで届いたのか? ── これまでのTFT、これからのTFT」でも、東日本大震災の時には寄付金を被災地に回せないかいくつかの企業から相談を受け、「なぜ本来と別の目的に寄付金を使用すべきではないか」をわかってもらう難しさに直面した出来事を記している。募金をして、その一部が募金を現地に届ける枠組みを運営している人々の給料にまわる。事業のコンセプトに共感しても、このことに納得がいかない人々も少なからずいるという。

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ビジネスとして社会事業をやっているのですから、集まった寄付をただ支援先に送っているだけでは、僕たちの存在する意味がありません。「手元のお金を一番効果的に使う方法を考え尽くす」、それがビジネスをする、ということだと思います。(P171-172)

アメリカやヨーロッパでは社会事業で会社勤務より多くの収入を得ている人も多く、それについて当事者たちは批判されることはないと本書では紹介されている。寄付されたお金をどのようにすれば最大限人々の役に立たせることができるか。これを考えるプロセスに価値がないはずがない。アイデアや物事をつくる過程など、形なきものに価値を見出だせる社会は、日本ではまだ醸成の途上にあるのだ。

心に火を灯す仕掛け「おにぎりアクション」

幾多の困難を跳ね飛ばして、著者は食事提供のための資金調達だけではなく、届けたい人に食事をより直接手渡せる仕組みを作り上げていった。本書の増補された部分では、旧版出版後ルワンダに二つの給食室を作った事例が紹介されている。

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学校や役所との打ち合わせや業者の手配、建築許可の取得など、やってみてこんなに大変な作業だったのかと思い知らされもしましたが、最初の給食が配られたときの子どもたちの笑顔を目の当たりにしたら、それまでの苦労なんてすべて吹き飛んでしまいました。(P223)

著者がエンターテインメント業界に身をおいていたことは図らずもプラスに働いた。SNSにハッシュタグをつけておにぎりを作る・食べる写真をアップする「おにぎりアクション」は、より手軽に途上国の状況改善に貢献している実感を生み出せることからtwitterなどでトレンドに上がるほど普及している。これはハッシュタグ付きの写真を投稿すると協賛企業から100円が出資され、それが途上国にご飯を提供するための寄付となるという仕組みだ。参加者がお金を払う必要はない。しかし、おにぎりを作ったり買ったりして、それを投稿するという「行動」を生み出す。

社会貢献につながる良いことをしたいかと問われれば、大抵の人は「したくない」ではなく「したい」と答えるだろう。だが同時に多くの人が自分の心に「どう火を灯すか」、つまり自分が動き出すきっかけがないかと思い悩んでいる。そうした中で「自ずと火が灯る」というのは理想的であるばかりではなく、寄付以外の日々の行動にも波及する。利益ではなく「想い」を一番に行動してきた著者がたどり着いた結晶のようなアイデアだ。

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初年度は約一万枚の写真が投稿されました。そして、二年目が約十万枚、三年目が約十六万枚と、年を追うごとにその数がものすごい勢いで増えています。しかも、日本のみならず、二〇一七年には世界三十五カ国から投稿がありました。それも日本の駐在員などではなく、現地の人が自らおにぎりをつくってくれているのです。(P235)

利益の増幅を追求する場合ではありえないことだが、TABLE FOR TWOは最終的に自分たちの仕事がなくなることを目指している。世界から飢餓・肥満がなくなる日が来た時、燃え盛る火はふっと吹き消されるようになくなる。そうしたゴールを目指して、約10年経っても古くなるどころか輝きを増している本書は読者の思考回路をスカッとリフレッシュしてくれる一冊だ。