人間の遺伝子データを活用する。この言葉にあなたはどんなイメージを抱くだろうか?
病気の克服やさらなる長寿化など、希望の技術として感じられる人もいれば、自分の身体の中のすべてが他人に暴かれてしまいそうな怖さを感じる人もいるかもしれない。しかし、もうすでに遺伝子(ゲノム)解析がなかった時代に戻ることはできないのである。
私たちのカラダの設計図と言われている遺伝子を、家のデザインを行う設計図として活用することで、遺伝子レベルでくつろげる家を作ろうというコンセプトを具現化した展示「GENOME HOUSE(ゲノムハウス)」が東京・二子玉川の蔦屋家電 RELIFE STUDIO FUTAKO(リライフスタジオ フタコ)にて11月21日から12月21日まで開催されている。
このプロジェクトは、遺伝子解析サービスを行っている株式会社ジーンクエストと、パナソニックのデザインスタジオ「FUTURE LIFE FACTORY(フューチャー・ライフ・ファクトリー)」、そして広告代理店マッキャン・ワールドグループのオープンイノベーションユニット「マッキャン・ミレニアルズ」の3社共同で始まった。
文・写真:立石愛香
Genequest ジーンクエスト
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国内で初めて大規模遺伝子解析サービスを一般向けに展開。生活習慣病や疾患のリスク、体質の傾向など300項目以上におよぶ遺伝子データをチェックできるサービスを提供している。遺伝子の正しい使い方を広め、人々の生活を豊かにすることをビジョンに掲げ、蓄積された遺伝子データを活用した研究活動を積極的に行っている。
FUTURE LIFE FACTORY フューチャーライフファクトリー
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パナソニック社内において先行開発に特化して活動するデザインスタジオ。「これからの豊かなくらしとは何か」を問い直し、モノ/コト問わず具現化している。未来洞察を元に見据えた、人々の価値観の変化や社会課題を起点としたクリエイションが大きな特徴。従来の常識にとらわれない発想で、新規事業の種や未来のくらしのビジョンを世に問いかけている。
McCANN MILLENNAILS マッキャン・ミレニアルズ
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マッキャン・ワールドグループ東京支社発のオープンイノベーションユニット。アジア太平洋地域のグループ各社の若手メンバーが連携し、各国の産官学パートナーと共にプロダクト及びサービスの開発を行っている。
「遺伝子レベルでくつろげる家」で生活リズムを整える
「GENOME HOUSE」は、株式会社ジーンクエストの代表取締役 高橋祥子氏の遺伝子データに着想を得て、架空の女性のペルソナ「ショウコさん」に適していると考えられる素材のファブリックや、IoT技術で構成された寝室をモデルルームとしている。
具体的な例を挙げると、
肌が乾燥しやすい遺伝子タイプ→保湿力の高い素材のオーダーメイドベッドリネン
祖先がインドシナ地域にルーツを持つ遺伝子タイプ→インドシナ地域原産の木材や植物など個人のルーツを取り入れたインテリア
といった感じだ。
ゲノム解析で解明できるものには、体質や罹りやすい病気リスクばかりではない。今回取材して驚いたのが、ゲノム解析で自分の祖先のルーツがわかるということである。
またインテリアだけでなく、最適な機能を備えたIoTプロダクトも提案している。
起床時間が遅めの遺伝子タイプなので、遅めの起床時間に気持ちよく目覚められるように調光する照明システムを配置。
「葉酸とビタミンEが吸収しにくい」といった遺伝子タイプや日々の生体データから今日必要な栄養素を把握し、スムージー用フルーツと野菜を届けるヘルスケアサービスを提案。
このように、個々人の遺伝子タイプに適したものを身の周りに置くことで、潜在的な心地良さでもくつろげるようになるのではないか、ということである。自分の遺伝子タイプだったらどんな部屋が出来上がるのか、とても興味深い。
遺伝子解析が数万円台でできる時代
展示初日には、株式会社ジーンクエスト代表取締役 高橋祥子氏と、パナソニック株式会社 FUTURE LIFE FACTORY デザイナーの今枝侑哉氏、迫健太郎氏によるトークセッションが行われた。
株式会社ジーンクエスト代表 高橋祥子氏
ジーンクエストの遺伝子解析サービスは、解析キットをネットで購入して唾液を送付することで、生活習慣病などの疾患リスクや体質に関わる情報など、 約300 項目以上にわたる遺伝子データを知ることができる。また、先述のように自分の祖先がいつ頃、どの辺りで誕生したのかなども知ることもできる。
研究が進んで新しいデータ取得・解析などの知見が整った時に、他社では追加された項目を見る際に費用が発生することが多いが、無料で追加項目を確認できるサービスも行っている。
高橋氏によると、技術の急速な発達により遺伝子解析のコストは日々下がっており、2001年にはそれまで100億円かかっていた解析が数万円でできる時代になった。それによって誰もが究極の個人情報である遺伝子データをもつであろう日がすぐ近くにきているという。
多くの人のデータが集まれば、さらにさまざまなヘルスケアの領域に活用され、新しい産業が生まれるはず。そこにはどんな未来があるのか。それをFUTURE LIFE FACTORYと一緒に考えたのが、今回の「GENOME HOUSE」である。
続いて、パナソニック株式会社 FUTURE LIFE FACTORY デザイナーの迫健太郎氏は今回のプロジェクトの動機についてこう話す。
「今までのインテリアデザインの工程は、基本的に話し合いで作られていて、デザイナーの経験値やコミュニケーション能力が非常に求められていた。ただそれだと本質的な要件を引き出すのに時間がかかるし、そもそも引き出したものが正解なのかも確かめようがない。もし、『GENOME HOUSE』が実現し、デザイナーが遺伝子という共通の軸を持って家や部屋の提案すれば、本人からブレないものになるのではないか?と考えました」
本展示はあくまでも未来を想定したモデルルームであり、現段階で販売が決定しているものではないが、家を含め暮らしの商品を作る過程で遺伝子データどのように使えばハッピーになるのかという議論を、社内外含めて巻き起こすことがねらいだ。
遺伝子解析はわからないから怖い?議論を経て未来の暮らしに役立てたい
左から、パナソニック株式会社 FUTURE LIFE FACTORY デザイナーの今枝侑哉氏、迫健太郎氏
今回のプロジェクトは、遺伝子データに関するセンシティブなテーマということもあり、社内でも賛否両論だったらしい。これについて今枝氏は以下のように考えを述べた。
「遺伝子データの活用は、賛否両論があるテーマだからこそ、このプロジェクトをやる意味があると思う。ただ不安で怖いというだけで、正しく認識できていないのが現状。なので一般の人にもわかりやすく正しく遺伝子データの理解を広め、自分で変えることのできる環境要因をポジティブに捉えて、未来の暮らしに役立ててほしい」
遺伝子解析には、自分の健康リスクを事前に知っておくことで、リスク回避の行動をとることができるというメリットがある反面、「自分はガンになる可能性が高い」と知った際の精神的な負担などのリスクも考えられる。また、個人の遺伝子データを扱い、情報が明らかになることで遺伝子に基づく社会的差別につながり得るというリスクもあるので、そのためには遺伝子データの適切な管理の仕方などを議論する必要がある。
これについて株式会社ジーンクエストの高橋氏は、
「2003年にヒトのゲノムが解析された時点で、将来は個人が自分の遺伝子の中身を知れる時代が来ることは分かっていた。その時に未来に思いを馳せて、メリットとリスクについてもっと話し合っていたら、遺伝子の正しい認識が一般の方にもより広まっていたのではないか」と話す。
遺伝子解析により、抗ガン剤など遺伝子に合わせたオーダーメイドの医療が進んできているが、これからは医療の枠を超えて、食事や睡眠などの生活領域にも応用されていくだろう。アメリカではすでに遺伝子タイプに最適なワインやマフラーを作ったりと、さまざまなアプローチで遺伝子データは生活に取り入れられている。人だけでなく、愛犬の遺伝子解析をしている家庭もあるというから驚きだ。
インターネットが普及して、あらゆるデータビックデータやAIが人の暮らしにどう役立てられるか、個人にどう最適化できるかが考えられてきたように、遺伝子データの応用が私たちの生活で普及すれば、もうなかった頃に戻ることはできない。
今後、遺伝子データと並行して日々の生体データを分析していくことで、より究極の個人最適化を叶えることもできるという。「遺伝子レベルでくつろげる家」が普及すると、どんな未来が訪れるのだろうか。
【GENOME HOUSE】
開催期間:2018年11月21日(水)〜12月21日(金)
開催場所: パナソニック ライフスタイル提案スタジオRELIFE STUDIO FUTAKO(リライフスタジオ フタコ)
住所:東京都世田谷区玉川1-14-1 二子玉川ライズS.C. テラスマーケット二子玉川 蔦屋家電2階
営業時間:11時~19時
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