CULTURE | 2018/10/12

東京国際映画祭の功績(その1) 【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(4)

© 2018 TIFF
今年で第31回を迎える東京国際映画祭が、10月25日(木)より11月3日(土)まで六...

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今年で第31回を迎える東京国際映画祭が、10月25日(木)より11月3日(土)まで六本木を中心に開催される(※チケットは13日より一般販売中)。前回は<世界三大映画祭>と呼ばれる、カンヌ国際映画祭、ヴェネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭について触れたが、東京国際映画祭はこれらの映画祭と同様に国際映画製作者連盟(FIPAF)の規定によって公認された国際映画祭であることは、あまり知られていない。<国際映画祭>と名のつく映画祭は日本国内に数多あるが、国際映画製作者連盟公認の<国際映画祭>というのは、実は東京国際映画祭だけなのである。

一方で、東京国際映画祭の開催内容、あるいは、上映作品については、毎年のように批判を受け、議論されているのも事実。連載第4回目では、「東京国際映画祭の功績(その1)」と題して、まずは映画祭と映画市場の関係について解説してゆく。

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『ぷらすと』(Paravi)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)、『AWSOME RADIO SHOW』(TOKYO FM)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

日本の映画市場はハリウッドにとって旨味が薄くなった

近年「東京国際映画祭は釜山国際映画祭と比べると規模が小さいのではないか?」と指摘されることがある。今年は10月4日から13日まで開催されている釜山国際映画祭は、開催時期や開催地が近いことから東京国際映画祭と比較されることも多い。実際、レッドカーペットを歩くスターたちの顔ぶれを見ると、“華やかさ”という面においては釜山に軍配が上がるという印象を受ける。

釜山国際映画祭は1996年に始まった、どちらかというと新興の映画祭。韓国映画界は2000年代に入ってからの<韓流ブーム>によって、映画の興行面においてもアジア圏の市場を席巻。国策を伴った国際的な市場開拓を積極的に行ったことで、(韓国から見た)海外の映画会社にとって魅力的なマーケットとして成長。このことが、釜山国際映画祭のレッドカーペットに“華やかさ”があることへと通じている。

一方で日本の市場は、1998年に『踊る大捜査線 THE MOVIE』(98)が実写日本映画の歴代興行記録を塗り替えるヒットとなったことから、日本国内の観客に向けた作品への人気が高まってゆくという転換期を迎えていた。それまでは<洋高邦低>と呼ばれていたように、邦画(日本映画)は洋画(外国映画)ほどの興行力がないとされていたのだが、2006年に興行収入のシェアが逆転。21年ぶりに邦画が洋画の興行成績のシェアを上回り、その傾向は現在も続いている。

この結果、生まれた現象のひとつに「来日スターの激減」ということが挙げられる。中でもハリウッドスターの来日が少なくなった点は、映画ファンであれば肌感覚として認識しているに違いない。もちろん2011年の東日本大震災の影響もあるのだが、それは主な要因とは言い難い。なぜならば、ハリウッドスターが宣伝のために世界中をキャンペーンで回ることは、ハリウッドの映画会社が国際マーケットをどのように検証しているかという指標のひとつとなるからである。つまり、「洋画」=「ハリウッド映画」を観る観客の少ない日本のマーケットは、もはやハリウッドにとって「美味しくない」のだ。

当然、ハリウッドスターは海外での宣伝キャンペーンを行っていないという訳ではない。現在ハリウッドスターたちの多くは、日本を通り越えて、市場的に旨味のある韓国、そして中国に降り立っているのである。この傾向は、東京国際映画祭のレッドカーペットよりも釜山国際映画祭のレッドカーペットの方が“華やか”な印象を与えている一因であるともいえる。

かつて日本は、世界の映画市場でアメリカに次ぐ第二位のマーケットであった。現在は中国市場が日本の市場を追い抜いて世界第二位となっただけでなく、本年度中にはアメリカの市場を超えて世界第一の市場になるといわれている。例えば、『トランスフォーマー/ロストエイジ』(14)の舞台が中国になったり、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(18)の舞台が韓国になったりするのは、観客を意識したそのような興行的背景も影響しているのだ。

それでも東京国際映画祭は<世界10大映画祭>に挙げられる

東京国際映画祭が<世界10大映画祭>のひとつと呼ばれていることにも、実は裏付けがある。国際映画製作者連盟が公認するコンペティションを中心とした<コンペティブ長編映画>の国際映画祭は、世界15カ所で開催されており、その中のひとつが東京国際映画祭なのだ。

ベルリン国際映画祭(2月)
カンヌ国際映画祭(5月)
モスクワ国際映画祭(6月)
カルロ・ヴァリ国際映画祭(7月)
ロカルノ国際映画祭(8月)
モントリオール国際映画祭(8月)
ヴェネチア国際映画祭(9月)
サン・セバスチャン国際映画祭(9月)
ワルシャワ国際映画祭(10月)
東京国際映画祭(10月)
マル・デル・プラタ国際映画祭(11月)
タリン国際映画祭(11月)
カイロ国際映画祭(11月)
ゴア国際映画祭(11月)

注目すべきは、この中に釜山国際映画祭が含まれていないという点。国際映画製作者連盟が認定する国際映画祭は、「年一度の開催/特定期間での開催/コンペ形式での上映/上映された作品の表彰/映画祭予算の裏付け」という条件をクリアしなければならない。釜山国際映画祭は、映画祭事務局と釜山市との関係悪化や予算削減によって、2017年の開催が危ぶまれたことがあった。つまり、<年一度の開催>を可能にする<予算の裏付け>などを導く国内の政情は、国際映画祭にとって重要なポイントなのである。このことは<世界三大映画祭>の歴史が物語っている。今日まで31回の開催が継続されている東京国際映画祭は、その点が認められているのだ。

国際映画製作者連盟が公認する国際映画祭は、2018年現在46あり、その数は微増減を繰り返している。それほど、莫大な予算を必要とする映画祭を長年に渡って継続することは、困難を極めるのだ。釜山国際映画祭は<コンペティブ長編映画>の国際映画祭としてではなく、アジアの新人監督を中心とした<コンペティブ・スペシャライズド長編映画>の国際映画祭として国際映画製作者連盟に公認されている。<コンペティブ・スペシャライズド>は、特定のジャンルに特化した映画祭のことを指すのだが、このほかにも、表彰を目的としない<ノン・コンペティブ>の国際映画祭や、ドキュメンタリーや短編映画を扱う国際映画祭の4種の国際映画祭に分類されている。

東京国際映画祭は<コンペティブ長編映画>である15つの国際映画祭の中でも<世界10大映画祭>に数えられる評価を得ている。その評価の理由は次回へ持ち越すが、国際映画製作者連盟の厳密な規定からすると国際映画祭としてまだまだ発展途上にあり、扱うジャンルが限定されている釜山国際映画祭。規模では東京に勝っている印象のある釜山だが、評価として格下である由縁は、そんなところにあるのだ。


出典:『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)

FIAPF  

一般社団法人日本映画製作者連盟「日本映画産業統計」