ITEM | 2021/08/13

Win95・iモード・YouTuber…平成30年間が教えてくれる「変化を完璧に予測なんかできない」ということ【NHK『平成ネット史(仮)』取材班『平成ネット史 永遠のベータ版』】


神保慶政
映画監督
東京出身、福岡在住。二児の父。秘境専門旅行会社に勤めた後、昆虫少年の成長を描いた長編『僕はも...

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神保慶政

映画監督

東京出身、福岡在住。二児の父。秘境専門旅行会社に勤めた後、昆虫少年の成長を描いた長編『僕はもうすぐ十一歳になる。』を監督。国内外で好評を博し、日本映画監督協会新人賞にノミネート。第一子の誕生を機に、福岡に拠点を移してアジア各国へネットワークを広げる。2021年にはベルリン国際映画祭主催の人材育成事業ベルリナーレ・タレンツに参加。企業と連携して子ども映画ワークショップを開催するなど、分野を横断して活動中。最新作はイラン・シンガポールとの合作、5カ国ロケの長編『On the Zero Line』(公開準備中)。
https://y-jimbo.com/

日本ネット史のはじまりはWindows95から

度重なる経済危機にみまわれ「失われた30年」とも言われる平成時代は、1989年1月8日から2019年4月30日までの間を指す。しかし、人生で過ごした時間の約85%が平成だった筆者にとって、それを「失われた」と言い表されることはかなり歯がゆい。「いくらか有意義なこともあった」と若干反論したくなるが、今までの人生を振り返ってよみがえってくるさまざまな「古き良き記憶」の立役者はインターネットだ。

今回ご紹介する『平成ネット史 永遠のベータ版』(幻冬舎)は、NHK Eテレで平成31年(2019年)の正月に2夜連続で放送された『平成ネット史(仮)』と、東京・大阪で開催された『平成ネット史(仮)展』をもとに、大幅な追加取材が加えられて書籍化された一冊だ。取材班による論述パートと、実業家の堀江貴文、メディアアーティストの落合陽一、批評家の宇野常寛、音楽クリエイターのヒャダイン、タレントの眞鍋かをり、みちょぱ(池田美優)らによるディスカッションパートによって構成されており、9つの段階に分けて「平成インターネットが果たしたこと」が振り返られている。

Chapter1『インターネットの夜明け』は平成元年(1989年)から平成9年(1997年)を指し、Windows95発売の話題から切り出される。10日後にWindows95の発売を控えた1995年11月13日に放送されたNHK番組『クローズアップ現代』は“7000万人市場をねらえ〜ここまできたインターネット〜”というタイトルで、その後に世界中を巻き込むインターネットのビッグウエーブの兆候を感じていたことが伺える。

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スタジオの中央に置かれたデスクトップパソコンで、国谷裕子キャスターが仰々しく開いて見せたのは、アメリカのホワイトハウスのホームページ。当時は、初めてインターネットを使う人が、まずホワイトハウスやNASAのホームページにアクセスしてみるのが、いわば“お約束”でした。家にいながら海外の情報が手に入る。いまでは当たり前のことが、当時は画期的だったのです。(P34)

当時Windows95を手にした人も、まだ物心がついていなかった、生まれていなかった人も、本書を読みつつYouTubeで「Windows95」と検索してみてほしい。まだバスケットボールコートのあった頃の秋葉原の景観や人々の話し方・服から、時の流れを感じることができるはずだ。

ネットやデバイスが「動く」ようになった約20年

Chapter2は『ネットは「オタク」のものだった』という題で、平成10年(1998年)から平成18年(2006年)が振り返られる。初期においては、日記サイトや掲示板などのテキストメディアが発達していった。2001年に開設された個人運営のテキストサイト「侍魂」の管理人や、ブログ『眞鍋かをりのココだけの話』の連載でグラビアアイドルのイメージを刷新して「ブログの女王」と呼ばれるようになった眞鍋かおりの活躍が本書では取り上げられている。眞鍋かをりは文章の主語を「オイラ」とした上で、今ではむしろ誇大化してしまいつつある「アイドルの日常」を自然なタッチでウェブに記した先駆者だった。

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テレビの世界が全てだったので、ちょっとした失敗談とか、裏の表情みたいなものを見せられるのがインターネットの中だけでした。
当時、アイドルとしてデビューして、優等生アイドルみたいな印象でずっとやってきたのが、すごく息苦しかったんですよ。だから、ちょっと、真面目じゃないところを出したいっていう思いもあって。(P61-62)

続くChapter3は、平成13年(2001年)〜平成19年(2007年)で『通信速度が上がり『動画』の時代に」と題されている。そこで起きた変化を批評家の宇野常寛はこのように述べている。

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20世紀って世界的に「映像に映った他人の物語」にものすごく感情移入していた時代だと思うんですよ。ニュース映像だったり、映画だったり、音楽のMVだったり、映像が社会の全体で共有できる話題を作っていった時代だと思うんですよね。
それが、誰もが発信者になれるインターネットが生まれた瞬間に、「あれ? そもそも人間というのは他人の物語を受け取るよりも、自分の物語を語るほうが好きなんじゃないか?」って、みんな気づいたと思うんです。
そうやってどんどん人々の関心が「他人の物語」から「自分の物語」に移行していった。(P96)

描かれる時代が、タイムスリップ感をさほど感じないこの時点まで進んだところで、Chapter4は平成11年(1999年)に戻る。タイトルは『ネットが手のひらにやってきた!』で、ウェブ閲覧やキャリアメールの送受信が携帯電話からできる世界初の仕組みだったi-modeが話題の中心だ。そこから、Chapter5の『黒船「iPhone」の衝撃』(2008年〜)につながっていく。

こうした本書の構成が示すのは、まだ物理的に動かすことが難しい「パーソナルメディア」だったインターネットデバイスに、どこにでも携帯できる「モバイル」の要素が後から加わってきたという事実だ。筆者がその流れを最初に感じたのは、大学に入学した2004年頃だったと記憶している。部屋にあるノートパソコンのディスクドライブにCDを入れ、Wi-Fi経由でアクセスした楽曲情報取得アプリケーション「 Gracenote CDDB 」によって曲名を自動的に入力し、その音楽ファイルをハードディスクに蓄積していき、iPodでその楽曲を持ち出すのが楽しみの一つだった。この経験はまぎれもなく、インターネットとモバイルメディアが「動く」ようになったことによる賜物だ。

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