CULTURE | 2021/01/10

自転車の乗り方、誰に教えてもらいましたか?—リプレット基金事業財団

あなたは誰に、自転車の乗り方を教えてもらっただろう? ハンドルを懸命に握るあなたを支えてくれたのは、自転車を買ってくれた...

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あなたは誰に、自転車の乗り方を教えてもらっただろう? ハンドルを懸命に握るあなたを支えてくれたのは、自転車を買ってくれた両親や祖父母、あるいは兄姉だったかもしれない。

しかし、両親や家族と離れて暮らす子どもたちはその限りではない。現在、さまざまな事情で家庭を離れ、児童養護施設や乳児院で暮らす子どもは約3万人。子どもたちの多くは、自転車の乗り方を教えてもらった経験がない。

「自転車に乗れたら行ける場所が増えて、世界が広がりますよね。私たちは一人でも多くの子どもたちに、笑顔で自転車に乗ってほしいと願っています」

そう話すのは、全国の児童養護施設に自転車を寄贈する活動を続ける、一般財団法人リプレット基金事業財団(以下、リプレット基金)の川渕孝一理事長だ。

リプレット基金は最初から自転車を寄贈することを目的に活動を始めたわけではなかった。「未来の社会を担う子どもたちのために、何か自分たちにできることはないだろうか」という想いから団体を立ち上げ、子どもたちが欲しいものを探るところからスタートした。

児童養護施設で暮らす子どもたちにアンケートを実施した結果、「欲しいもの」の第1位は自転車だった。さらに詳しく調べていくと、児童養護施設では、子どもたちが数人で1台の自転車を共有している場合が多いという現実も見えてきた。

通学やアルバイトへの通勤、退所後の生活を考えても、自転車に乗れるようになっておくことは子どもの人生を支える第一歩になる。だが、多くの施設は十分な数の自転車を準備することは難しい。

「子どもたちの自立のために、自転車を届けよう」

こうしてリプレット基金の活動の軸が定まった。2011年より全国の児童養護施設へ自転車の寄贈をスタートし、2019年3月現在で、累計1187台、635施設にも寄贈は及んだ。また、全国各地の競輪場や競輪選手と連携し、自転車教室も開催している。

子どもたちが「当たり前の日常」を取り戻していくために

リプレット基金から自転車の寄贈を受けている施設のひとつが、東京都北区赤羽台にある児童養護施設「星美ホーム」だ。現在は3歳から18歳までの子どもたちが暮らしている。

この日、ホームを訪れると、運動場ではサッカーの試合をしていた。小学生から高校生まで混ざり、年齢や性別の隔てなく、元気に遊ぶ声が響いている。

「児童養護施設の生活は想像がつきにくいかもしれませんが、僕らの仕事は『暮らすこと』なんです。入所する前、家庭でつらい生活をしてきている子どもたちもいる。だからここでは、普通の生活が幸せだと感じられるようにしてあげたいんです」

そう話すのは、星美ホーム職員の立入聡さんだ。

立入さんはこれまで、子どもたちの自立を支援し、巣立っていった子どもたちのアフターケアに取り組んできた。

2016年10月時点で、全国にある児童養護施設は603ヶ所。入所するのは、それぞれの理由で保護者との生活が難しく、社会的なサポートを必要とする子どもたちだ。そのうちの約6割が虐待経験を持っている。あるいは父母の傷病や経済的な困窮、心理的虐待などの困難な家庭環境に耐えかねて親元を離れるケースもある。

近年は児童虐待の問題や、それに伴う児童相談所の対応が大きなニュースになるなど、社会的養護への注目も高まっている。星美ホームに届く物資や金品といった寄付も多様になってきたという。

リプレット基金が贈る自転車も、子どもたちの自立のために、とても大きな役割を果たしている。

自転車は子どもたちの行動範囲を広げ、自信をつけてくれる

「児童養護施設に来る子どもたちは、僕らが想像できないような過酷な家庭環境で育ってきた子も多い。『自転車に乗る』という体験は、おそらくその家庭ではけっして得られなかった大切な体験なんだと思います」

自転車は、子どもの行動範囲を広げ、成長させる。かつて、星美ホームでは学校の夏休みを利用し、鹿児島から北海道へ3000キロの自転車旅行を実施。参加した中高生の子どもたちは、2年間で38日間に渡ったキャンプと移動で自立性が高まり、目に見えるほどの成長を見せたという。

自転車を通じて、自信がついたという子どもも多い。5歳から星美ホームで暮らす16歳の真優さんも、その一人だ。入所して補助輪付きの自転車に出会い、施設職員に見守られながら乗り始めた。

「始めは乗れなかった自転車に乗れるようになって、あぁ、自分にもできるんだ!って自信がつきました。出来ることが増えたのは嬉しかったですね。最近自転車に乗りはじめた子たちも、すごく楽しそうです」

勤めているアルバイト先も、施設から少々離れているため、自転車があるからこそ通い続けられる。自転車の存在は、真優さんの日々の助けになっている。

「あなたを大切に思っている人はたくさんいるんだよ」

子どもたちにとってはリプレット基金からの寄贈自転車が、人生で初めて触れる自転車になることも少なくない。

だからこそ、リプレット基金が自転車を贈る際に、必ず決めていることがあるという。それは「新品」の自転車を揃えることだ。

「中古品の自転車では、『自分たちは児童養護施設にいるから……』と悲しい気持ちを抱いてしまいます。それではいけない。私たち大人が関わる中で、あなたはひとりじゃない、大切に思っている人はたくさんいるんだよ、と伝えるためにも、新品の自転車を贈ってあげたいと考えています」

リプレット基金では各地の競輪場を活用し、競輪選手が子どもたちに自転車の乗り方を教える教室も開催しているという。

「自転車のプロが教えてくれると、わずか2時間で補助輪をとって乗ることができるんです。自転車に乗れるようになり、楽しい思い出ができる。子どもたちにとって素晴らしい機会となっています」

また、施設を訪れ、自転車の贈呈式を行うと共に、子どもたちに乗り方のレクチャーを行うこともあるという。

貧困の連鎖を止め、ポジティブな循環を生み出していくために

リプレット基金では自転車の寄贈だけでなく、子どもが児童養護施設を巣立った後も、自立して生活できるようなサポートをしている。

その背景には、日本の児童養護施設から退所したの自立支援体制が行き届いていないことも影響している。たとえば、児童養護施設から大学等に進学する子どもは27.1%しかいない。これは、ひとり親家庭の58.5%、生活保護世帯の35.3%よりも低いのだ。

また、大学進学にあたって22歳まで暮らせる「自立支援ホーム」の設置も進められているが、2018年12月現在で全国に164ヶ所しかない。児童養護施設が603ヶ所あることを考えると、受け皿が十分とはいえないだろう。

「自立支援なくしては、貧困の連鎖はさらに深まってしまう」

川渕理事長はこう語る。自転車を贈られた子どもたちが社会の一員となり、社会を支えていけるような自立支援を行う。「小さな波紋=リプレット」を起こす好循環は、財団の理念にも通じているのだ。

子どもたちが自らの足で自転車のペダルを踏み、自分の世界を広げていく。自転車に乗れるようになるのは、ひとつの成功体験だ。ポジティブな体験の積み重ねはきっと、子どもたちが今までのつらかった環境から抜け出すきっかけになっていく。自立への最初の一歩をサポートすることに加え、リプレット基金は子どもたちのその後の人生そのものを支えようとしているのだ。

こんな光景をどの児童養護施設においても「当たり前」にすることが、子どもたちの未来を明るく照らす一助になっていくだろう。自転車を乗りこなす子どもたちの自信が、その笑顔が、それを物語っている。


JKAは、競輪とオートレースの売上を、機械工業の振興や社会福祉等に役立てています。

CYCLE JKA Social Actionより転載