ジョー・バイデンと筆者
渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott
エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者
兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)など著書多数。翻訳書には糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経ビジネス人文庫)、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)など。最新刊は『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)。
連載:Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。
「ジョーは好きだが、歳を取りすぎた」という前評判
結果的にジョー・バイデンは、時代が必要としていた大統領だったのかもしれない。
アメリカ史上、すべての大統領選は時代を象徴する特別なものだ。1960年には43歳の若いジョン・F・ケネディがカソリック教徒として、1980年にはロナルド・レーガンが元ハリウッド俳優として、2008年にはバラク・オバマが黒人として、それぞれ初めて大統領に選ばれた。「意外な結果」が語られることも多いが、振り返ると、予測通りの展開になった大統領選の方が少ない。
それをふまえても、2020年の大統領選挙はアメリカの歴史の中でもかなり特別な選挙だったと言えるだろう。74歳と77歳の高齢男性同士の戦いだっただけでなく、そこに新型コロナウイルスとブラック・ライブズ・マター運動の社会問題が加わった。そして、パンデミックで郵送による投票や早期投票が増え、開票結果が出るのにふだんよりも長い時間がかかった。
次期大統領のジョー・バイデンは、就任時には78歳になる。相当の高齢者だ。「大丈夫なのか?」と不安になる人はいるだろう。
27人もの候補が乱立した民主党予備選の間にも、バイデンの年齢について不安を覚える民主党支持者は多かった。バイデンが出馬を発表する前に他の候補のイベントで「私が本当に出て欲しいのはジョー(バイデン)よ」と耳元で囁いてくれた70代とおぼしき女性もいたが、大多数の意見は「ジョーは好きだが、歳を取りすぎた」というものだった。
この「ジョーはいいやつだ。けれども年寄りすぎる」というのは、民主党支持者だけが抱く感覚ではなかった。生涯を通じて共和党支持者の義母(85歳)は、「ヒラリー(クリントン)は大嫌い」「カマラ(ハリス)は嫌い」と断言し、理由をたずねると「よく知らないけれど、嫌いなの」としか答えないタイプだ。その義母ですら、バイデンが出馬を発表したときには「ジョーはいい人だと思うけれど、歳をとりすぎたわね」と好意的な態度だった。
政治的な立場にかかわらず、ある程度の年齢以上のアメリカ人にとってジョー・バイデンは、庶民的な労働者階級の代表者である「ジョーおじさん(Uncle Joe)」だ。
中古車セールスマンだったバイデンの父親は無職だった時代もあり、彼自身もこれまでの多くの大統領のようにアイビー・リーグ大学卒業のエリートではない(デラウェア大学卒、シラキュース大学法科大学院卒)。個人的な悲劇も多く体験している。29歳の若さで連邦上院議員選挙に当選したが、そのすぐ後に交通事故で妻と娘を亡くした。議員に就任してからは、残された息子2人のためにワシントンDCからデラウェアの自宅まで毎日アムトラック鉄道で片道90分かけて通勤している。バイデンが高級車や飛行機よりもアムトラック鉄道の贔屓だというのは有名な話だ。カソリック教徒だという背景もあり、初期には社会的に保守的な政策を支持していたが、時代の変化を受け入れて柔軟に変化してきたのも事実だ。また、故人のジョン・マケインなど共和党議員とも仲良くしてきたことがあり、幅広い層に親しまれてきた。
オバマ大統領の元で副大統領を務めたバイデンだが、オバマ大統領ほど重視される存在でなかったのも事実だ。なぜなら、バイデンには少々短気なところがあり、失言(gaffe)癖があるからだ。よけいな事を言ってオバマ大統領が眉をひそめる場面も少なくなかった。
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