EVENT | 2020/10/20

ゲーム障害の定義は「社会生活に問題が生じる」かどうか。規制条例問題で見えづらくなった「臨床のリアル」を聞く

今年4月に香川県で「ゲーム依存症規制条例」が施行されたことで大きく注目を集めたゲーム障害(依存)。しかし、条例の科学的根...

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今年4月に香川県で「ゲーム依存症規制条例」が施行されたことで大きく注目を集めたゲーム障害(依存)。しかし、条例の科学的根拠や成立過程に疑問が多く、9月30日には香川県の高校生が「条例は違憲」として県を相手取り高松地裁に提訴した。

議論が錯綜する中で、「ゲーム障害とはそもそも一体何なのか?」という基本的な知見が抜け落ちていないだろうか。状況を冷静に判断するためにも、実際に臨床の現場で患者と向き合う専門家に話を聞くことは必要不可欠なのではないだろうか。

2017年にネット依存専門の外来窓口を設け、ゲーム障害にも積極的に取り組む久里浜医療センターの臨床心理士、三原聡子先生に聞いたところ、「ゲームが全部悪い!」と「ゲームには一つも問題がない!」の間にあるゲーム障害のリアルが浮かび上がった。

取材・文:張江浩司

三原聡子

国立病院機構 久里浜医療センター

大学卒業後、埼玉県内精神科病院を経て、2009年より独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター勤務。臨床心理士、精神保健福祉士、公認心理士。筑波大学大学院修士(カウンセリング)。2011年ネット依存専門治療外来開設時よりネット依存の治療・研究に携わる。文部科学省委託事業「情報化の進展に伴う新たな課題に対応した指導の充実に関する調査研究」調査研究委員。同省委託事業「青少年教育施設を活用したネット依存対策研究事業」事業企画運営委員。インターネット使用障害に関するWHO東京会議(2014年)事務局委員。WHOソウル会議(2015年)およびWHO香港会議(2016年)、WHOトルコ会議(2017年)、WHO中国会議(2018年)、WHOアブダビ会議(2019年)参加者。

ゲーム障害の定義は「社会生活に問題が生じるか」を重視

2020年2月に厚労省で開催された「ゲーム依存症対策関係者連絡会議」で提出された、久里浜医療センター院長の樋口進氏が作成した資料「ゲーム障害について」より

ーー 香川県のゲーム規制条例で大きく注目を集めたゲーム障害ですが、条例の成立過程に問題があるなどスキャンダラスな部分だけが取り上げられていて、実際にゲーム障害がどういったものなのか分かりづらい状況になっていると思います。

三原:学校の先生もゲーム障害の子がクラスにいればどれだけ深刻か実感されていますし、親御さんも本当に苦労されています。実際の現場で起こっていることにも目を向けてほしいです。

ーー コロナ禍で外出できず自宅にいる時間が増えましたが、この影響でゲーム障害になってしまう人は増えているんでしょうか?

三原:色々な論文を見るとゲーム使用時間は長くなる傾向にあるようですが、コロナ前から受診希望者が増えていたので、相関関係は今のところなんとも言えません。でも休校期間にゲームの時間が増えたということは学校の先生や親御さんからは直接聞いています。

ーー そんな中でWHOの世界戦略アンバサダーを勤めるレイ・チャンバース氏は「#PLAYTOGETHER」キャンペーンに賛同し、テドロス事務局長も同意する旨をツイートしてましたが、これについてはいかがお考えですか?

三原:実際のところは私にはわかりません。WHOは感性性疾患と非感性性疾患の部署は分かれているので、感性性疾患の人がそういったステイトメントを用意したのかもしれませんね。

ゲーム障害を疾患に入れる過程でも、様々な議論がありましたし、議論が持ち上がる前にはWHO内でもどれだけ深刻かという問題意識を持っていない人も多くいたと聞いています。

ーー まず、ゲーム障害を知るために診断基準を教えていただけますか?

三原:2018年の5月にWHOの国際疾病分類第11 版(ICD-11)に収載されましたが、かなり厳密な定義になっています。

ゲーム障害の依存行動は以下の3つです。

・プレイ時間や頻度をコントロールできない
・他の活動よりゲームを優先してしまう
・問題が生じているにもかかわらずゲームを続けてしまう

以上が全て当てはまった上で、

・この3つが一定期間(12カ月以上)続き、それによって社会生活に問題が生じている

という状態になって初めてゲーム障害と診断されます。

ーー 「ゲームを長時間やってるから依存だ」というような単純なことではないんですね。

三原:時間も要素の一つではありますが、コントロールができなくなっている、生活に問題が生じているとわかっていてもやってしまうといったことがより重要になります。

ーー 例えば休みの日に10時間ゲームをやってしまったとしても、翌日ちゃんと仕事なり学校なりに行って自分の生活をコントロールできていれば問題ないということですね。

三原:そうです。

ーー 三原さんが担当されている患者さんの年齢層や男女比を教えてください。

三原:平均年齢は17、18歳くらいです。中高生が親に連れられてくるパターンが多いですが、小学生もどんどん増えています。ちゃんとした統計はまだ出していないんですが、低年齢化を感じますね。もちろん大学生から上、30~50代の社会人もいます。女性も一定割合いますが、男性の方が圧倒的に多いです。

ーー どのように診断を進めるのでしょうか?

三原:まずは3回ぐらいかけて、身体に障害が出たり合併精神障害などが生じていないかということを診断し、方向性を見立てていきます。医師の診察をメインにする時もあれば、カウンセリングをするパターン、デイケアのようなグループ治療の方向性など症状に応じて多様な進め方があります。

ーー 身体への障害とは具体的にどのような状態ですか?

三原:多いのは骨密度が下がっていること。運動不足で骨が悪くなってしまうんです。くるぶしに機器をあてて骨密度を検査したり、採血したりしてエコノミークラス症候群になっているかといったこともチェックします。韓国では2005年の1年間で10名近い10代の若者が亡くなりました。その死因の第一位がエコノミークラス症候群でした。そういった症状が出ている患者さんには運動してもらうよう指導することもあります。

運動部で毎日スポーツしていた人でも、引退後の数カ月ゲームをし続けただけでこういった障害が出てしまったこともあります。また、不規則な生活から脂肪肝になってしまったり、体力測定をすると肺年齢が70歳ぐらいになっていたりというケースもありますね。

ーー 合併精神障害とはどういったものですか?

三原:ゲームがやめられない、コントロールできないことなどから自分を責めて、抑うつ気分や希死念慮を持ってしまう人も多いですし、ADHD傾向のある人が依存状態になりやすいという研究もあるので、そこをチェックしたりします。あとは社交不安などがないかも見ていきます。

ーー 症状、治療法も人によってさまざまなんですね。

三原:社交不安がある人はグループ治療が向かない、ADHDの傾向のある子どもが薬物治療によって衝動のコントロールがしやすくなるといったこともあり、患者さんごとに見極めていく必要があります。

依存症治療には「再発準備性」という言葉があり、寛解はあっても完治はないんです。脳の快感物質がマックスになった状態が忘れられないんですね。アルコール依存の人は一口でも飲んでしまうと再発してしまいますし。

なるべく依存状態を改善していって、日常生活に支障が出ないレベルにしていくことをまず目指しますし、それを達成できた患者さんはたくさんいます。ゲームに触れる時間を完全にゼロにしたという人もいます。

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