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スポーツ×アカデミックで、スポーツ業界は成熟! 元阪神投手で公認会計士の奥村武博氏が 実感する“学びなおし”の重要性とは?
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  • 2018.06.15
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スポーツ×アカデミックで、スポーツ業界は成熟! 元阪神投手で公認会計士の奥村武博氏が 実感する“学びなおし”の重要性とは?

現在、社会人のための“学びなおし”や“リカレント教育”がブームだ。その背景としてあるのは、今年1月に政府が「人づくり革命」を発表し、社会人の生涯教育を奨励したこと。

さらに、2020年の東京五輪を目前に控え、政府は開催前後のスポーツ産業の活性化を目指し、市場規模を15.2兆円に拡大していく考えだ。これは、2012年時点の5.5兆円から比べて3倍に増やす構想となっている。

そんな中、社会人教育に力を入れる早稲田大学では、昨年開講したスポーツビジネスやスポーツマネジメントに関する知識を習得する「スポーツMBA Essence」の公開セミナーを開催。今年3月に講座を修了した1期生の代表として活動報告をした、元阪神タイガースの投手で公認会計士の奥村武博氏の発表を紹介したい。

スポーツを学術的な視点から学ぶことで見えてくる、スポーツ業界の未来とは−−?

文・構成:庄司真美

奥村武博

元プロ野球選手 公認会計士 一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構 代表理事

早稲田大学スポーツMBA Essence第1期修了

1979年生まれ。高校卒業後、ドラフト6位で阪神タイガースに入団。野村克也監督から、“投げる精密機械”という異名を持つ伝説の選手・小山(正明)2世と称される制球力が武器だったが、度重なるケガにより、2001年に戦力外通告を受け現役引退。その後、飲食業などを経て、2017年に日本初の元プロ野球選手として公認会計士となる。現在は現役時代の経験や会計の知識を活かし、講演やセミナーを通じて、アスリートのキャリア形成支援を行う。

プロ野球選手を引退し、選択肢の狭さに愕然!

今から約20年前、私は高校卒業後に阪神タイガースに入団しましたが、22歳でわずか5年間の現役生活を終えました。現役生活のうち半分はケガに悩まされ、リハビリ生活をしていました。

現役を退き、生活費を稼ぐために飲食業界に飛び込んだのですが、まず痛感したことは、「自分はなんて世間知らずなんだ」ということでした。自分の無力さ、人間としての価値の低さを強く痛感した瞬間でした。

引退後に経済的な苦労を味わったことから、その後は公認会計士を目指すようになりました。ただ、高校を出てすぐにプロ野球選手になったことで、“学ぶ”ことから離れてしまったため、机に向かうことさえ不慣れな状態でした。実際、公認会計士の資格試験に合格するまでに9年間もかかっています。でも、プロ野球選手から会計士になったことで、それまでにはないモデルケースになることができ、『高卒 元プロ野球選手が公認会計士になった!』(洋泉社)の出版にもつながりました。

会計士を目指したきっかけは、自分の次のキャリアについて真剣に向き合ったことです。高校を出てすぐにプロ野球の世界に入り、気づけば世の中のことを全然知らない自分がいました。その時点で視野が狭かったこともあり、しばらくの間、ものすごく狭い選択肢の中で堂々巡りを続けていたのです。

そんなとき、ある人が「世の中にはこんなに選択肢があるんだよ。一つぐらいはあなたに当てはまるものがあるでしょう」といって資格の本を渡してくれました。そこで初めて公認会計士という仕事を知ったのです。高校は商業高校だったので、たまたま簿記を学んでいたこともきっかけでした。私が早稲田大学のスポーツMBA Essenceで学ぼうと思ったのも、元プロ野球選手が大学で学ぶケースは少ないし、それならば自分が率先して学んでみようと思ったからです。

アスリートのキャリアを考えることは、スポーツの未来を考えること

実際にスポーツを学術的な視点から学んでみると、アスリートのキャリア形成について考えることは、スポーツの未来を考えるのと等しいと思うようになりました。なぜなら、スポーツビジネスの中核にあるのは、試合やイベントにおけるプレーヤーとパフォーマンスです。それらがレベルの高いものでないと、見る側にとって感動も魅力もありません。

野球を例にとると、ドラフトで指名されても選手が入団を辞退することはニュースになりますが、実は、その手前でプロ入りをやめているケースが結構多いのが実情です。選手本人の意思はもちろん、引退後のキャリアを懸念する保護者や指導者から、「プロ入りするのは大学進学後でいいのでは?」などとストップがかかるケースも多々あります。

私自身、幼稚園の頃からプロ野球選手になることを夢見ていて、ドラフトで指名をいただいたときはプロ入りを即決するつもりでしたが、親には頑なに反対されました。高校卒業後は、JR東海に内定し、そこで社会人野球をすることになっていたのも大きいです。それならば、もし野球がダメになっても、安定した企業に就職できるメリットがあるからです。

でも、そんな状況では、スポーツの中核にあるはずの優秀な選手のなり手がどんどんいなくなってしまいます。すると、エキサイティングなゲームが見られなくなってしまい、プロスポーツの価値が下がり、そこで活躍する選手たちの引退後の未来も暗いものになってしまうのです。

逆にスポーツ選手のキャリアにおいて、引退後の不安がなくなり、その先も充実した生活が送れれば、優秀な選手がたくさん集まり、ゲーム自体もおもしろくなり、プロスポーツ自体の価値も高まると思うのです。

そうした思いがあって、私は早稲田大学のスポーツMBA Essenceで学ぶのと並行して、一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構を立ち上げました。現在は、デュアル・キャリアという考え方の啓蒙をはじめとしたアスリートのキャリア形成支援を通じ、引いてはスポーツの魅力を向上させるための活動をしています。

プロスポーツ選手の肉体的なピークと引退後のジレンマ

今思えば、私がプロ野球の世界から引退したとき、なぜあんなに選択肢が狭かったのかといえば、高校を出てすぐにプロ入りし、学びの機会が少なかったことが挙げられます。経験上、野球に打ち込むことで、それ以外のいろいろなことに意識を向けることが足りなかったのだと実感しています。

実際、高校を出てすぐにプロ選手になる人は、特にプロ野球やJリーガーなどでは比率も大きく、プロ野球の場合、2016年度のデータでは高卒42%、大卒32%、社会人23%となっています。また、Jリーガーの場合、11年度のデータでは高卒28%、Jユース32%が首位なので、全体の半数以上が高校を出てすぐにプロ入りしていることになります。

個人的には、スポーツ選手のキャリアを考えたときに、若いうちにプロ入りするのはかならずしも悪いことだとは思いません。むしろスポーツ選手としての肉体的なピークを考えると、若いうちからレベルの高い環境に身を置いて思いきり打ち込んだ方がいいと考えています。

たとえば、現在メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手は、やはり高校を出てすぐにプロ入りしているからこそ、あの若さで大きな活躍ができていると思うのです。

ただ一方で、早くからプロ入りすることで失うものもあると思います。まず、高校を出てすぐにプロ入りした時点で最終学歴が高卒になってしまうこと。すると、学問やそれ以外のことを学ぶ機会が奪われてしまいます。仮に大学進学後にプロ入りしたとしても、いずれにせよスポーツ選手の多くは、ほとんどの時間をスポーツに投資しています。それを思えば、スポーツ以外のことを学ぶ機会が少なくなるのは無理もないでしょう。ただ、引退後のキャリアを考えると、こうしたスポーツ選手を取り巻く環境が、将来、自分自身の選択肢を狭めてしまう結果になるのです。

さらに問題なのは、たとえば野球選手の場合、引退後に「自分は野球しかしてこなかったから、今後も野球しかできない」と選手自身が思い込んでしまうこと。これでは自分の可能性を自ら閉ざしてしまうことになります。私自身、引退後に何をしようか考えたときに、同じような考えに陥りました。先輩や後輩の例を見ても、こうしたケースはすごく多いのです。

でも、引退した時点で「自分には学歴がない」と悔やむならば、それから学び始めればいいし、ビジネスの経験がないなら、そこからキャリアを作っていけばいいのです。現時点で自分に足りないものは、未来も続くわけではないので、意識してそこから変えていけばいいだけのことです。

スポーツと勉強のプロセスは似ている

新たな能力を付加するために、僕の場合は公認会計士の資格の勉強を始めたわけですが、もちろん最初は、机に向かって勉強する習慣がなかったので大変でした。でも、気づいたことがあります。それは、これまで打ち込んできたスポーツのプロセスと勉強のプロセスは似ているということです。

たとえば私の場合、プロ野球選手としてピッチャーをしていましたが、相手チームのバッターにヒットを打たれてしまったときに、なぜ打たれたかをまずは考えます。原因として、決め球がなくて三振を奪えなかったということであれば、キャンプのブルペンで決め球を投げられる練習を積んでから、オープン戦で実践練習をして、それを充分マスターし、シーズン入りしたらそれを確実に使えるようにトレーニングしていきます。

私に限らず、自分自身に課題を課した上で練習を積み、本番で実践できるようにする訓練はプロのスポーツ選手ならば誰もが日常的にやってきているはずです。受験勉強に置き換えても、自分の弱みを自覚して、それを克服しながら徐々にパフォーマンスを上げていくプロセスですよね。

スポーツを学術的な視点から学ぶことで見えてくる将来

つまり、スポーツをしているときに経験してきたプロセスは、次の世界でも活かせるものなのです。最近はリカレント教育として、国をあげて社会人の学びなおしが推奨されていますし、それはアスリートにとっても非常に有効なことだと思います。引退後にあらためてスポーツについて広く深く学びなおし、自分の武器を作ることで、ビジネスの世界をはじめ、あらゆるジャンルで活躍の幅が広がると考えています。私自身、早稲田大学のスポーツMBA Essenceの1期生としてアカデミックな視点からもう一度学びなおしする機会を得たことで、それを実感しています。

角度を変えてスポーツを見ることで、元プロ野球選手として専門知識を持つことの価値をもっと高めていけるのではないかと考え始めました。私自身も同じことが言えますが、「引退後もスポーツの世界に関わっていきたい」と思う選手はたくさんいます。

スポーツに特化したレベルの高い知識を得られることはもちろん、スポンサー企業に勤める人、メディア関係者、大学の研究者といった、今までスポーツ選手として間接的に関わってきた人たちと共に学ぶことができたことも、大きな経験となりました。

スポーツ選手自身が積極的に学び、自分自身の人材の価値を高めていけば、引退後もスポーツ業界で活躍し、業界に還元できる未来があると信じています。学ぶことは、スポーツ選手自身の可能性を広げていくこと。そんな好循環を促していけるのではないかと考えています。


早稲田大学スポーツMBA Essence

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