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「東日本大震災時よりも低い興行収入」「ハリウッドでも大作制作の危機」新型コロナ禍に揺れる映画業界【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(21)
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  • 2020.04.24
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「東日本大震災時よりも低い興行収入」「ハリウッドでも大作制作の危機」新型コロナ禍に揺れる映画業界【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(21)

ハリウッドが開けてしまった「パンドラの箱」はどんな結果をもたらすか

米ディズニーが発表した、『アナと雪の女王2』の配信前倒しを伝えるプレスリリース

そんな状況の中で、ハリウッドの大手映画会社が新作映画に対するオンデマンド配信の開始時期を前倒したことで話題となった。例えば、ディズニーは12月に公開したばかりの『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』(18)に対するオンデマンド配信を3月13日から始めると急遽決定し、『アナと雪の女王2』(19)の配信も3カ月前倒しする予定と発表。ワーナーブラザースは、2月7日に全米公開された『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』(20)を3月24日から早くも配信。ユニバーサルは「暫定的な処置」前置きした上で、2月28日全米公開の『透明人間』(20)を劇場公開中にも関わらずオンデマンド配信した。どの映画会社も料金は約20ドルと設定、24時間内の視聴が可能となっている。この動きは、世界の映画産業の中心であるハリウッドの判断として注目に値するのだが、斯様なオンデマンド配信のあり方は「映画館がダメだから配信で」という単純なビジネスではない。

ハリウッドには<シアトリカル・ウィンドウ>と呼ばれる、映画業界における暗黙ルールがある。これは「劇場公開から2次使用(インターネット配信やDVDの発売、有料チャンネルでの放送など)まで、最低3カ月は期間を空ける」というもの。そのルールを暫定的とはいえ、業界自ら破ることは“パンドラの箱”を開けてしまったという感もある。そもそも近年のハリウッドでは、Netflixなどの配信作品を映画と認めるか否かで論争の渦中にあった(過去記事「映画史からNetflix問題を考える:その1 なぜスピルバーグはストリーミング配信の映画を映画と認めないのか?」を参照。)

中でも、アメリカ映画界において最大の栄誉であるアカデミー賞の作品賞候補となるためには「授賞式の前年度にアメリカのロサンゼルス地区にて7日間連続の有料公開された40分以上の作品」という規定を満たさねばならず、自社作品がアカデミー賞を受賞するためには“映画館での上映”という点が必須だったのだ。また全米の劇場興行主にとって、新作映画をネット配信によって先行公開してしまうことは、業界の衰退を導くものでしかない。配信での公開を主体とする作品は、映画館を経営する人たちによる組合が上映を拒否したため、Netflixの場合は映画館を買収し、自社の劇場で作品を上映することによって規定を満たしたという経緯があった。そんな映画業界における確執は、映画館の休館という背に腹は替えられない事情から「公開延期よりも自宅での視聴を優先」したことにより、あっという間にどこかへ行ってしまったのだ。

新作を劇場と同時期にオンデマンド配信すれば、ある程度の映画ファンはやがて「配信で充分ではないか?」と感じるようになるだろう。とはいえ、新型コロナ禍による暫定的な処置なだけに、このやり方が主流になるにはまだ時間がかかるとも考えられる。そして重要なことは、製作費が50億円くらいまでの小規模~中規模の作品には効果があるものの、200億円を超えるような製作費を抱える大作では、配信を中心にすると製作費の回収などリクープが難しくなるという現実があるのだ。映画会社にとっては、映画館での売上だけでなく、「劇場公開→オンデマンド配信やDVDの発売→有料チャンネルでの放送→地上波での放送」というコンテンツビジネスの流れによって生み出されるマネーが重要だからだ。

それを裏付けるように、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』(19)や『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』のように、200億円以上の製作費が投入され、大手映画会社にとって社運をかけた渾身の一作に対しては、早い段階で公開延期を選んでいる。新作のオンデマンド配信が20ドルという高めの料金設定になっているとはいえ、大作であればあるほど家族や友達同士で映画を鑑賞する機会が増える。それゆえ、映画会社にとってその選択は減収になりかねないのだ。個人的に危惧する点は、配信優先の流れが主流になると、いずれ観客が「配信で充分」と考えるようになること。そうなると、製作費200億円以上の大作映画を製作することはビジネス的にも困難になり、ハリウッドでサイレント時代から伝統的に製作されてきた大作映画を観られなくなるという可能性が出てくるのである。

とはいうものの、今後もハリウッド映画が劇場公開を基本とすることは暫く変わらないだろう。そして「別に大作映画なんて望んでいない」という映画ファンだっているかもしれない。しかし長いスパンで考えると、これは配信などで2次使用される映画の規模自体も小さくなることにも繋がってゆく。つまり、配信サービスにおけるラインナップにも魅力がなくなってゆくことになるのだ。

配信といえども、それらは視聴者が利用料を払って観るものだ。コンテンツ自体に魅力がなくなれば、映画自体が衰退するだけでなく、配信サービス自体にお金を払うことに対しても後ろ向きになるだろう。スタジオシステムが崩壊して映画業界が斜陽になったという過去の先例があるだけに、この懸念は単なる妄想とも言えない。新型コロナ禍によって映画館が休館状態にある今、「映画館で映画が上映できない」、あるいは「新作映画が観られない」ということだけでなく、いま我々は「映画の未来が危うい起点にいる」という視点で、今後起こるであろう様々な問題に対して慎重に考えてゆきたいと願う。

※次回は、映画祭について考えてゆきます。


参考文献

・手塚治虫漫画全集 別巻13『手塚治虫エッセイ集(6)』(講談社)
日本経済新聞「3月の映画の興行収入 前年同月比で7割減に」(2020年4月15日)
日本貿易機構「トランプ米大統領、経済再開ガイドラインを発表、州知事に裁量」(2020年4月20日)
Variety「‘The Batman,’ ‘Sopranos’ Movie Get New Release Dates」( 2020年4月20日)

過去の連載はこちら

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