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危機の時代、政府や企業の「ウソ・ごまかし」に騙されないために重要なこと【レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』】
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  • 2020.03.09
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危機の時代、政府や企業の「ウソ・ごまかし」に騙されないために重要なこと【レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』】

神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

http://y-jimbo.com/index.html

横文字・業界用語だらけの会話から、未来は開けない

「マウンティング」という言葉が意味するところについて、おそらく読者の皆さんはある程度共通の認識を持っているはずだ。この「マウンティング」という行為で行われる一場面をより具体的に表現した「マンスプレイニング」(「どうせ女は知らないだろうから」という先入観のもと、男性が女性に対して説明する際のマウンティング、知的ハラスメント)という言葉を普及させたのが今回ご紹介するアメリカ人作家、レベッカ・ソルニットだ。レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば 危機の時代と言葉の力』(岩波書店)は、よく吟味されないまま言葉が使われて分断・衝突がうまれないように、言語の意味をより正確に捉えていくことの大切さを説いている。

シリコンバレーは、「シェアリングエコノミー」、「ディスラプション」、「コネクティビティ」、「オープンネス」といったフレーズの数々に飛びついて上辺を飾り、自分たちのアジェンダを押し付ける。それらを「監視資本主義(サーヴェイランス・キャピタリズム)」といった用語が押し返す。(P6)

イノベーション、ダイバーシティ、シンギュラリティ、インプット、アウトプット……こういった横文字をまじえながら話しまくることで「何か」を語った気になる。そして、しばらくたった後に、その「何か」が跡形もなく消え去ってしまっている。そんな経験をしたことがある方は、少なからずいるはずだ。

上記の引用の例でいえば、GoogleやFacebookが便利な無料サービスを多数展開し、人々の生活がより良いものになる「イノベーション」を享受する一方、そうした企業が利用者の個人情報を抜き取って販売し、巨万の富を得ている「監視資本主義」の時代が訪れるというデメリットもある。

もっと酷い例でいえば、ブッシュ政権がイラク戦争での捕虜をアブグレイブ刑務所で拷問していた際、当初その行為を「強化された尋問」と表現していた。「拷問」と「強化された尋問」を並べると「尋問」の方がより軽い行為に思え「そこまで酷いことはしていないだろう」という実態と異なるイメージが蔓延してしまう。もちろん日本でもそうした「言葉のすり替え」は枚挙にいとまがないほど発生している。そうしたイメージの先入観に惑わされないよう、適切な実態を示す「真の名」を与えるのは重要な作業なのだ。

現代社会の風潮について「過去より未来を報告したがる時代」と本書で表現されている通り、気を払って察知に努めなければいけないのは「まだ分からないこと」や「言葉で表現しえないこと」でありながらも、どうしても人は分かりたがり、説明しきりたがる。

たとえば、目下ワイドショーなどで話題となっているのは「東京オリンピックは予定通り開催するのか否か」という“Yes or No”のトピックだ。専門家(この「専門家」という呼び名も、一体何の、どのレベルの人なのかということがよく吟味される必要がある)は意見や分析はできるが、未来が実際どうなるか確実な予言できるわけではない。しかし、「わからない」という結論ではニュースにならないため、どうしても断定的な物言いをする専門家が重宝されがちだ。

黒人の大統領候補が選挙に勝つのは不可能だとか、あれやこれやの原油パイプラインが建設されるのは避けられないと報じ、何度も間違ってきたにもかかわらず、予言する癖をやめようとしない。また、わたしたちのほうも、そうした予言を甘んじて受け入れている。彼らがもっとも報じたくないのは、「実際にはわからない」ということだ。(P66)

そうした言論の影響下におかれた一般大衆の中には、本書で「無邪気な冷笑」と表現されているように、自分の頭で考えず(往々にして多数派である)誰かのそれっぽい意見に相乗りすることで、自身が愚かではない・騙されない人なのだということを誇りにする態度が醸成される。そして、物事の「真の名」からはどんどん遠ざかる。これが本書が問題視している現象だ。

「名」の森をくぐり抜けて、はじめて見えてくる根本的問題

漢字を日常的に使う日本人こそよく理解できる言葉のひとつの特性に、「ひとつの文字が様々な意味を持ちえる」ということがある。たとえば本書では、仏教作家サニサラ・メアリ・ウェインバーグの引用をもとに、一般通念的にはネガティブな感情である「怒り」が、仏教の考え方に従うと必ずしもそうとは言えないことを紹介している。

「怒りは、伝統的には叡智に近いものと考えられています。それが外部や他人にではなく、自分の内部に向けられるとき、やらねばならないことを理解するのに必要なエネルギーと明瞭さを与えてくれるのです」(P90)

浅草の雷門の両脇を護る風神と雷神は忿怒の表情をしているが、ただ怒っているわけではなく、力強さをもって民を護ってくれる慈悲も体現している。桃太郎が退治する鬼は、『仮面ライダー』シリーズのショッカーのようにただやられるだけでなく、人間が持つ怒りや悪意の集積を代表して請け負い、多くの人々の代わりにやられてくれているという面もある。

概して名前とその指示内容というのはアンバランスなものなのだが、人は常日頃言葉を使って生きるため、そこはある種当然のものとして流されてしまいがちだ。結果、定義が不十分なままでよく吟味されていない言葉が独り歩きするという現象が起こる。

本書で検証されている「名」のひとつに「気候変動」がある。文字だけだと気候が変わっていることを意味するだけだが、そこからは作物の不作、生態系の崩壊、北極・南極の氷が溶ける様子、海抜の低い都市が沈む危機など、四文字の単語からさまざまなことが連想できる。著者は言葉の背景にまで分け入り、「気候変動」という単語からは、たとえば暴力の要素を読み取れるようになるべきだと主張している。

土地や生物に対してと同じく人間に対しても、気候変動は世界規模の暴力なのだ。そのものを真の名で呼ぶことにより、わたしたちはようやく優先すべきことや価値について本当の対話を始めることができる。なぜなら、蛮行に抵抗する革命は、蛮行を隠す言葉に抵抗する革命から始まるのだから。(P108)

他の例でいえば、FINDERSの書評や連載で紹介されている、全社員がリモートワークで働くシステム受託開発会社の株式会社ソニックガーデンは、「納品」という言葉を「一度作って終わりでそれでいいのか」と疑ってかかり、再定義する過程で「納品なし(完成後の保守までしっかりサポートする)」で仕事がしっかり回るシステムを整えていった。

MeTooムーブメントにしても、「セクハラ」という単語が示す内容の広がりにしても、「名」と実情のアンバランスさが見つめ直され、言葉が再定義され、意味内容が編纂されるという動きがあらゆる方面で起きつつあるし、それは起こるべきなのだと著者は主張している。

「名を解体する」という創造

本書には、著者の母校であるカリフォルニア大学・大学院生たちに向けた卒業スピーチの採録なども含まれているが、言葉によってストーリーを紡ぐだけでなく、既存の建物の良い部分を活かしてリノベーションするように、有機的に言葉を解体することの重要性が語られている。

優れたストーリーテラーの仕事のひとつは、自分に割り当てられたストーリーの根底にあるストーリーをじっくり調べ、ときにはそれらを可視化し、ときにはそうしたものからわたしたちを解放することです。つまり、ストーリーをブレイクすることです。解くことは、この種の執筆においては、つくることと同じくらい創造的な行動なのです。(P195)

本書は読者が疑問に感じている言葉を露呈させ、それを解きほぐす助けとなってくれるはずだ。ためしに筆者が本書を読んで連想した、以前から疑問に感じている「名」と、最近疑問に感じはじめた「名」を2つ紹介しよう。

◆感情移入
まず、感情をつかさどる意識のメカニズムが解明されていない。にもかかわらず、それを移入するというのはどういうことなのか?(「移入」という言葉は、感情移入という単語以外、日常で使われることはほとんどない)

実際は、文学や映画の側も鑑賞者に「移入」(「飛来」「着地」「来訪」などというイメージがしっくり私はとくる)してきているわけで、読者・鑑賞者が一方的にドボドボと作品に感情を注ぎ込んでいるわけではない。鑑賞主体の感情と、鑑賞対象のパワーのせめぎあいの軌跡が、“真の”感情移入のはずだ。

日本語らしく作品鑑賞の印象を整理するなら、作品と鑑賞者の「せめぎあい」が鳴らす音の変遷を擬音化・効果音化してみたりすると、同じ映画でも受け手の印象がまったく異なるということがおもしろおかしく可視化できる(例えば筆者が最近観た約60分の3D長回し1カットが圧巻の中国映画『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』は「ズゴゴゴゴバチバチバチ シャリッ シュー・・・シュワッ」という感じだった)

◆時短
勤務時間を短縮しても、短縮していない時間の給与が保証され、かつ、そのことに時短勤務者当人が罪悪感を感じないように非時短勤務者も了解している(時短勤務者が快く生きられることが、非時短勤務者の幸せ、ひいては豊かな社会の実現にもつながるという共通認識がある)のが理想型であるはずだ。しかし、「勤務時間が短縮されてその分給与も下がる」という時短労働が一般的だ。そんな時給制のような時短制でよいのか。時短という呼び名は、妥当なのか。時短労働をしている知り合いから色々と話を聞き、疑問に思っている。

次々と目の前に散らばってくる「名」を、見過ごしてしまうか、さっと手を伸ばして手に取れるかは感受性しだいであると本書は説いている。著者の世界観を知ることで、読者は「“真の”名」を暗中模索する原動力を得ることができる。


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