LIFE STYLE | 2019/07/02

大企業内の「若手の海外進出」を促すチーム「McCANN MILLENNIALS」はいかに誕生したか【連載】マッキャンミレニアルズ松坂俊のヘンなアジア図鑑(1)

ここ数年、日本でも雑誌や書籍、ウェブメディアの記事などを通じて「どうやら東南アジアでも、日本と同等以上にスゴいクリエイタ...

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ここ数年、日本でも雑誌や書籍、ウェブメディアの記事などを通じて「どうやら東南アジアでも、日本と同等以上にスゴいクリエイターやカルチャー、スタートアップが生まれているらしい」という認識が徐々に広まっているものの、TikTokやWeChatのような一部の中国発サービスを除いて、クリエイターもブランドもITサービスの名前も、情報が未だにほとんど入ってこないように感じる。それどころか少子高齢化が進み、ビジネス現場では現在40代の団塊ジュニアから上の層が多数を占める日本では、アジア諸国を中心とした「若者の数が多く、かつ若くして様々な分野で頭角を現し活躍している(大企業もそんな優秀な若手を囲い込むべくさかんに競争している)」ということも想像しにくくなっている。

そこでFINDERS編集部は、グローバルに展開する大手広告代理店「マッキャンエリクソン」に在籍し、国内外・グループ会社間の枠を超えて、ミレニアル世代(1980~2000年代前半生まれ)が所属するプロジェクトチーム「McCANN MILLENNIALS(マッキャン・ミレニアルズ)」を30歳の時に立ち上げ、現在はアジア太平洋地域のリーダーとなった松坂俊氏の連載を依頼した。同氏は現在マレーシア・クアラルンプールと東京を拠点に、各国を飛び回りながら若手中心の興味深いプロジェクトをいくつも手がけている。そんな彼にアジアの興味深いヒト・モノ・コトを紹介してもらう、というのがこの連載の趣旨である。

第1回は自己紹介編として、松坂氏がマッキャン・ミレニアルズをいかに立ち上げ、どんな活動をしているのかを語っていただいた。

聞き手:神保勇揮・立石愛香 文・構成:神保勇揮 写真:立石愛香

松坂俊

マッキャンマレーシア、デジタル クリエイティブ ディレクター

1984年、東京都生まれ。イギリスで美術大学を卒業後2008年、外資系広告会社マッキャンエリクソンに入社、媒体本部に配属。2013年に制作本部に転籍。2015年、マッキャン・ワールドグループ国内外の1980年~2000年代前半生まれのメンバーで構成されるユニット「マッキャン・ミレニアルズ」を立ち上げる。ONE JAPANではグローバル・クリエイティブ担当の幹事。現在は日本とマレーシアの2拠点生活を送りながら、国内外の様々なプロジェクトをリードしている。

英国でのイラストレーター修行を経て、視野を広げるつもりで広告代理店へ

実は、マッキャンに入社する前、僕はイラストレーターをやっていたんです。大学時代は、イギリスでグラフィックデザイン科イラストレーション専攻という感じで勉強しつつ、広告のクリエイティブ・ブティックで1年間インターンとして働きつつ、フリーのイラストレーターもやっていて。ただ、広告の仕事も楽しかったしフリーでいきなり一本立ちをするよりは、もっといろいろな世界を見たいと思ったんです。

あとはインターン時代のボスが媒体社(テレビ局、出版社など広告の掲載スペースがあるメディアを有する事業者)出身で「イラストレーターしてやっていくにしても、メディアビジネスを勉強しておいた方がいいよ。30代、40代になった時に人脈も効いてくるし」と言われたんですよね。確かにそうだなと思ったのと同時に、そういうタイミングでビザが切れて日本に帰らなきゃいけなくなったので「せっかくだから日本にある外資系の広告会社で働いてみようかな」ぐらいの気持ちでマッキャンに入社しました。実を言うと、それまで広告会社の仕事内容をあまり理解していなかったんです。

最初は媒体の部署に入ってCMを流す枠を媒体社さんと交渉する仕事をしていました。毎日放送局に通って、先方の代理店営業の人と関係を深めて、自社の制作の人たちが作ったCMを良いポジションで流す交渉をひたすらしていましたね。大学でやったことからかけは離れていたこともあり、成果も出せずなかなかつらい日々でした。でも、その時の経験が今ではすごく活きてます。

マッキャン・ミレニアルズとはどんな組織か

毎週木曜日に開催している無料トークイベント「木曜日のミレニアルズ」の模様

これから詳しく説明していく「McCANN MILLENNIALS(マッキャン・ミレニアルズ)」は、マッキャン・ワールドグループの国内外・グループ会社間の枠を超えて、ミレニアル世代(1980~2000年代前半生まれ)が所属する集まりで、日本では約80名が参加しています。部署という扱いではなく、皆それぞれの仕事がありつつプロジェクト単位で志願して参加するという位置付けです。

日本では各グループ会社にリーダーを置いて定例会を実施し、広告制作にとらわれないプロジェクトの企画と実施、ブログFacebookページの運営と、毎週木曜日に開催している無料トークイベント「木曜日のミレニアルズ」の開催などを行っており、基本的に自分がやりたいことを企画書に書いて提案し、実際に動いていくという格好です。

社外に出て何かをする時だけは運営メンバーを通してもらっているんですけど、一般常識の範囲内であれば基本的にノーは言わないですし、人の紹介もします。参加者の熱量はまちまちで、20%ぐらいの人たちが常に中心的な運営してくれていて、メーリングリストなどを通じて見ているだけの人もいます。ただそれはそれで、「こういう風に常に面白いことをやろうとしているチームがいる」ということが何かしらの刺激、心の支えになっていると思っているので、参加していたいだけの人に「何かやってよ」とは絶対に言わないですし、いつでも情報は共有しますよというスタンスです。出たいイベントだけに出席してもらうだけでも歓迎しています。

SXSWで感じた焦り。そのエネルギーを求めていた会社

AI-CD βは世界的な反響を呼び、各国のカンファレンスで登壇

立ち上げを考えるようになったのは2015年、自分が30歳ぐらいの頃です。この時期に「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト) Interactive Festival」に参加したのもあるんですが、そこで議論されていた「これからテクノロジーで未来がこう変わる」、「AI時代にどう生きるか」といった話に大きく触発されたのもありますし、そこに登壇・出展していた人たちは自分と歳がそう変わらなかったりする。そして社会や投資家が大きく期待を寄せてもいるわけです。ダイナミックに世の中を先導している人たちの空気感を見て、自分も変化する方に回らないといけないし、そうしていきたいと痛感しました。

ちょうどそういうことを考えていたタイミングで、上司が2016年初めの部署向けメールで「マッキャンのクリエイティブチームは単にクライアントワークを手がけるだけではなく、自分たちが何を創るか?から考え直し、仕掛けていかなければならない。」というようなことを書いていて。まさにそれだ!と。

なので、ミレニアルズの立ち上げは大企業の若手の苦労話によくある「突破困難な壁をなんとか乗り越え……」といったエピソードは無く、最初から会社が応援・バックアップする姿勢でいてくれたので、すごくありがたかったし今でも強く感謝しています。もちろんケアすべきこと、してはいけないことといった注意点、会社にどんなメリットをもたらせるかという点はリーダーとして考えて共有しますが、基本的には「面白そうだからやってみろ」「つまらないことで目先の利益を追わなくてもいい。やるならもっと大きくやれ」と会社全体で後押ししてくれるカルチャーです。

ただ一方で、「若手だけでこんなプロジェクトやります!」と宣言するだけではダメで、同時にこうしたコンセプトを象徴するようなプロダクトが必須だとも思っていました。そこで同時並行で進めていたプロジェクトが「AI-CD β」です。

AI-CD βは業種やキャンペーン目的、訴求内容やNG事項などの項目を入力すると、「AというテーマでBを登場させて、Cという手法を使い、Dのようなトーンで、Eのテイストの映像にせよ」といったディレクションが出力される。先端のアームを使ってクライアントとの名刺交換も可能だ

AI-CD βとミレニアルズのメンバーたち。右後方のモニターに写っているのが各項目の入力画面

これはCMを制作するためのクリエイティブディレクションができる人工知能で、学習データとして「ACC CM FESTIVAL」でのテレビCM部門、過去10年分の受賞作品をはじめ、さまざまなTVCMを構造分解し、独自のルールに基づいたタグ付けをしています。この人工知能によって、データベース上から商材や訴求内容に応じて最適なCMを作るためのクリエイティブディレクションを行えるよう設計しました。

世界でバズった「AI-CD β」を経て考えた「会社で何ができるか」

これを「面白い」と乗ってくれたのがモンデリーズ・ジャパンさんで、「クロレッツ ミントタブ」のプロモーション企画として、人気クリエイターの倉本美津留さんとAI-CD βがそれぞれ制作したCMの、どちらが好みかを投票で決めるプロジェクトを実施しました。ちなみに結果は54%対46%で倉本さんの勝ちでした。

当時は、あるいは今もおそらくそうでしょうが「AIが社会を変える」「AIが人間の仕事を奪う」なんていうことが盛んに言われる一方で、実際にプロダクトを出してかつ人間と競争してみたというケースはほとんどなかったと思いますし、海外も含め相当な取材やプレゼンの機会をいただき、インパクトを与えられたと自負しています。

2017年には、5人組アイドルグループ「マジカル・パンチライン」とコラボ。AI-CD βが導き出したコンセプトを基に1本のミュージックビデオを製作し、その映像に合う楽曲を後から4曲製作するという、世界初の「MV先行型楽曲制作プロジェクト」を展開。MV映像、製作時のドキュメンタリー映像が現在も公式YouTubeチャンネルにて閲覧可能となっている

その他にも国内では、僕も参加している、大企業の若手有志コミュニティ「ONE JAPAN」のメンバーと共同で、脳波を読み取って個々人に最適化したマインドフルネス瞑想プログラムを提供するコミュニケーションロボットSHIRO-MARUの「CREATIVE FLOW_ER」、パナソニックのデザインスタジオ「FUTURE LIFE FACTORY(フューチャー・ライフ・ファクトリー)」と遺伝子解析サービスを行っているジーンクエストと共同で、自身の遺伝子データに最適化された家具や設えを提案する、未来の住宅を提案した「GENOME HOUSE」などさまざまなプロジェクトを手がけてきました。

「CREATIVE FLOW_ER」はDigital Content Association of Japan(一般財団法人 デジタルコンテンツ協会)のブースにて、2017年のSXSWにも出展した

「GENOME HOUSE」は、大規模遺伝子解析サービスを一般向けに展開する、株式会社ジーンクエストの代表取締役・高橋祥子氏の遺伝子データに着想を得て、架空の女性のペルソナ「ショウコさん」に適していると考えられる素材のファブリックや、IoT技術で構成された寝室をモデルルームとして展示していた

こうしたプロジェクトはありがたいことに多くのメディアでも取り上げていただいたり、社内的にも勤務時間の10%をミレニアルズ関連の活動に充てられるという承認をいただいたり、ミレニアルズのリーダーたちが経営会議にも出席して、定期的に活動内容をプレゼンさせてもらうまでになりました。

一方、そうした活動を続ける中で「マッキャンという会社の価値は何だろう」ということをずっと考えていました。そうして導き出した答えは「世界120カ国300以上の都市にオフィスを構えるグローバルカンパニーであること」でした。

低コストで効果も出る「グローバル人材」の作り方

というか、そうしたネットワークがこれまであまりにも活用されていなかったんです。これまで僕らが海外オフィスの人たちと接する機会は、何か問題が発生した時の対応か、重要な年間プレゼンの場ぐらいがほとんどで、要するに穏やかな精神状態で接することが少なかった。

僕自身もシンガポールのオフィスに連れて行ってもらって、「ミレニアルズというチームでこういうプロジェクトをやっています」と話すと、「あれもこれもやった方がいい!」という感じでものすごく応援してくれるんです。「こんなにサポーティブな人たちのネットワークが自社グループにあるなら、もっと多くの若手たちがそういう風にアクセスできるようにしたら低コストで結構な効果が出るんじゃないか!?」と強く思いましたし、「自分がグローバルに活躍できる人材になるためにはどうすればいいか」ということをずっと考えてもいたので、まさにこれだという感じでした。

アジア太平洋地域(APAC)のマッキャン・ミレニアルズリーダーがクアラルンプールで一同に介したキックオフミーティング。各国のミッションを決めるワークショップなどが行われ、交流を深めた

そこでまず、会社にかけあってやらせてもらっているのが「ミレニアルズの取り組みを他国にも広げる(現在はアジア太平洋地域で活動)」「自分自身がマレーシアに住んで働く」ということです。結果的に僕自身はマッキャン・ミレニアルズの中で唯一他の仕事をやらない、専任担当というかグローバル・マネジャーのようなかたちでアジア太平洋地域10カ国・100名以上の社員と連携しながら勤務しているのですが、家はマレーシアで借りて、1カ月のうち1週間ぐらいは日本に行って働いているというペースです。もちろん、相手と違う国にいてもメールやテレビ会議を通じて密接にコミュニケーションを取っています。

この間に、クアラルンプールでアジア太平洋地域の若手リーダーの人たちを集めたキックオフミーティングを開いたり、マレーシアでは国をも巻き込む「Project Unsilence」プロジェクトを進めています。

マレーシアでは17歳以上の未婚女性がレイプなどの性的被害に遭ってしまった際、被害者の権利を保護する法律がありません。そこで、ライティングセラピー(自身に起こった出来事やその時の心境を書き記すことで辛さを緩和するセラピー)の方法論を用いて、執筆中の脳波を計測し、記録された感情をビジュアル化し、アート作品とするという行為を通じてこの問題を訴えかけるというものです。もちろん作品をつくって終わりではなく、最終的には法改正に結びつけることを目的としており、現在マレーシアの病院と共に研究をするなど、一歩一歩取り組みを進めています。

世界各国のオフィスで仕事ができる「マッキャン・ノマド」制度

マッキャン・ノマドへの参加を呼びかける社内向けポスター

あと、現在進行系でテストを進めているのが「マッキャン・ノマド」という制度です。これは日本・タイ・シンガポール・オーストラリアの4カ国でそれぞれ1名の志願者を選抜して、リモートワーク扱いなので飛行機代は自腹ですが、この4カ国内であればいつどこで仕事をしていても良い、各国のマッキャンのオフィスはどこに行っても受け入れるというものです。

日本国内だってたとえばリモートワークをして鎌倉と東京、東京と沖縄間であればテレビ会議をするわけで、普通のオフィス内の背景だったらそれが上海でもマレーシアでもパッと見ただけじゃ分からないじゃないですか。以前、僕がマレーシアでテレビ会議をしている時に、現地でKiroroが流行っていてみんな歌えるんですけど、陽気な社員が歌っている音が聞こえてくると「お前、本当は日本にいるんじゃないか?」と言われたりするわけです(笑)。これが当たり前になってくると、世界中に同僚や友人がいていろいろなことを共有できて、創造性を培うという意味でもすごく刺激的な環境になると思います。

さっきは「グローバル・マネジャーのようなかたちで10カ国・100名以上の社員と連携しながら勤務している」という話をしましたが、当初は日本と同様に各国でリーダーを決めて、それぞれの国で成熟していくモデルを理想としていたんです。でもどうしてもそれぞれ固有の事情で活発なところとそうでないところに分かれてしまいます。いくら僕みたいな存在が複数人いたとしても、テレビ会議だけでやれることには限界があります。なので、まずは積極的な人がいろんな国に行ける、良い取り組みが生まれそうなところから優先的に焚き付けていくというモデルに変わってきた感じです。

選抜メンバーのオーディションにあたっては「自身がいかにこのプロジェクトに相応しいか」というプレゼン用の1分ビデオを提出してもらっているんですが、例えば「自分はまだ発展途上だけど、やる気だけは誰にも負けないぜ!」というパッションをラップに乗せて投稿してくれたタイの25歳ぐらいの子がいたりして、「この国にはこんな面白い同僚がいるんだな」という発見が尽きません。

選ばれたメンバーは現在アンバサダーとして各国を転々としつつ、それぞれのオフィスの同僚たちと積極的に交流してもっています。この制度が拡大すれば「今週はあの人が東京からシンガポールに行っているし、こっちではフィリピン人と一緒にランチに行く」という、有機的な循環が自然になってくると思います。

自分と同世代、あるいは自分より下の世代は「ビジネスパーソンとして、日本の市場だけにしか対応できない人材でいいのか」ということを悩んでいる人って結構多いと思うんです。「オリンピック後には景気後退がある」と言われている中で、それももう来年の話になっているわけですし。日本の広義のクリエイティブ系の会社で、制度としてこうしたプログラムが整っている会社は手前味噌ながらまだまだごく僅かだと思っていますし、それを通じてマッキャンという会社が魅力的に映って欲しいとも思っています。

あと個人的には、東南アジアの国に仕事で行くと、まだまだ日本人であるというだけでリスペクトをしてくれるということも少なからずあり、そうしたある種のボーナスが残っている間にネットワークを広げていって欲しいという気持ちもありますね。