EVENT | 2019/05/10

「痴漢(chikan)」大国・日本のビジネスマン必見! 疑われた時のベストな対応策【FINDERSビジネス法律相談所】(11)

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日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多い。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するべく、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。

渡邉祐介

ワールド法律会計事務所 弁護士

システムエンジニアとしてIT企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚等の家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。

(今回のテーマ)
Q.同僚が通勤電車で痴漢の嫌疑をかけられ、警察に数日間勾留されてしまいました。毎日満員電車で通勤している身としては他人事とは思えません。こんな時どう対処するのがベストなのか教えてください。(30代男性/会社員)。

不名誉な称号「痴漢(chikan)大国・日本」

日本の都心部でのラッシュ時、見知らぬ男女がすし詰めとなる満員電車の光景は、世界的にも珍しいようです。不名誉なことに、イギリスやカナダなどでは、日本への渡航者に向けた安全情報で、「chikan(痴漢)」についての注意喚起がされるほど、日本は“痴漢大国”と言われています。朝の満員電車という異常な状況は、痴漢という犯罪をたくさん生み出す要因にもなっています。

裏を返すと、満員電車という異常な環境は何もしていなくても痴漢と間違われたり、場合によっては悪意ある人から痴漢にでっち上げられたりしても反論しにくい状況と言えます。

痴漢だと疑われたらまずはどうする?

それでは、やってもいないのに痴漢と間違われたり、痴漢に仕立て上げられたりした場合、どうしたらいいのでしょうか。ここは弁護士によって意見が分かれますが、「これが正解」とは結論づけにくいところがあります。

弁護士によっては、「とにかくその場から立ち去れ(逃げろ)」という人もいます。逃げることを勧める理由は、駅員とのやりとりや警察での事情聴取など、煩わしい手続きをしなくて済むからです。そのまま駅員室に向かってしまうと、最低でも数時間は拘束されてしまいます。さらに大きい理由としては、逃げ切ってしまえばトラブル自体から解放されるからです。

これは、たとえ自分がやっていなかったにせよ、捜査機関の手続きに協力しないで「逃げてしまえ」ということです。「そんなことを言う法律家がいるの?」と思われるかもしれませんが、それだけ痴漢捜査に対する従来の日本の刑事司法に問題があることを示唆しているとも言えるのです。人質司法とも揶揄される刑事手続きが、白か黒かまだ確定していない段階で、被疑者に対してあまりにも多大な不利益になるため、そんなことになるくらいなら「逃げてしまえ」ということなのだと思います。

もっとも、逃げ切ってしまえば事なきを得ますが、もしも警察の捜査によって逃げた本人の元にたどり着くことがあれば、「なんで逃げたの?」と余計に犯行を疑われる結果になります。また、逃げる途中で捕まってしまった場合などは、「逃亡のおそれがある」と判断されやすいことから、身柄拘束のリスクが高まるでしょう。逃げてもリスクは付きまとうのです。

有効打として考えられる方法

近年の捜査手法のひとつとして、手のひらの繊維鑑定があります。捜査機関が被疑者の手のひらなどに被害者の衣服の繊維などが付着していないかを鑑定するために、手のひらにシートを貼って付着物を検査するのです。女性が触られたという箇所の繊維が、被疑者の手についているかどうかを検査した結果、触っていなければ繊維が検出されません。そうなると、女性が触られたと主張していても、それは単なる濡れ衣では?ということになるのです。

濡れ衣を晴らすためには、この鑑定を利用するケースが考えられます。そのため、万一痴漢だと疑われたら、すぐに両手をあげ、何にも触らずに手のひらの繊維鑑定を申し出るといいでしょう。被害者の供述だけに偏った捜査をさせず、客観的証拠に基づいた判断を要求する方法です。

ただし、鑑定してもらったとしても、その直後に逮捕されてしまえば、たとえ最終的に無罪判決を得られたとしても、最悪の場合、裁判が終わるまで勾留されてしまうリスクもあります。

逮捕されるとどうなる?

逮捕されると、留置場に入れられます。そして、閉ざされた空間での取り調べがなされます。本当はやってなくても、取り調べで「やっただろう」と迫られ続けて、だんだんと自分に自信が持てなくなり、やってもいないのに「やった」と錯覚してしまうことも実は少なくありません。「この場から解放されたい」「すぐに楽になりたい」という一心で、やってもいないのに「やりました」と言ってしまったり、早く自由になるためにやったことにして被害者とされる人に示談金を支払おうという気持ちになったりすることもあります。

弁護人接見の際、初日には「絶対にやっていません」と自信をもって言い切っていた方が、2日目、3日目と日が経つにつれて焦燥しきって、どんどん自信がなくなってしまうことは多いです。そこで罪を認めれば、被疑者自身の自白も証拠として使われるため、起訴する材料になってしまうので注意しましょう。

痴漢と間違われたら絶対これやっちゃダメ!

痴漢と間違われたり疑われたりすれば、びっくりしますし、言われなきトラブルに巻き込まれれば腹も立ちます。そういう状況で、電車内で言い合いになり、「やった」「やってない」の水掛け論の言い合いがエスカレートしてもみ合いとなり、手に相手の衣服の繊維がついてしまうと、その繊維が「痴漢の証拠」になってしまう可能性もあります。言い合いの中で相手に触れてしまうようなことだけは絶対に避ける必要があります。こうしたことを避けるためにも、当事者同士でのやり取りは避けた方がいいでしょう。

ベストな対応は?

その場から逃げてしまうという意見、手のひらの鑑定を求めるという意見、不利益やリスクを考えるとそれぞれに一長一短があり、対処法としてどちらが正しいとも言い難いところです。

そうした中で、気軽に呼べる弁護士の知り合いを作っておくことは、間違いなく有効でしょう。濡れ衣を着せられた瞬間に弁護士を呼ぶことで、何よりもどうしていいかわからない不安な心理状態の中で、冷静に対応し、適切な対応策のアドバイスを受けられだけでなく、安心感も得られるはずです。

現場で手のひらの鑑定を求めるにしても、弁護士に検査に立ち会ってもらったり、証拠隠滅や逃亡の恐れもなく逮捕の必要性がないことを主張してもらったりすれば、逮捕を免れることができるでしょう。

一旦逮捕されてしまうと、その後で身柄を解放することはとても大変になってしまいます。駅員室に入ってしまうと私人による現行犯逮捕と見なされてしまうこともあります。弁護士を呼んだことを伝えた上で、駅員にはその場で待ってもらうなどして、駅員室には行かないのがベター。警察が来ても、あくまで弁護士との任意同行という形をとった上で、手のひらの鑑定に持ち込むのがベストです。

痴漢冤罪の保険アプリもおすすめ

最近では、「痴漢冤罪ヘルプコール付き弁護士費用保険」という保険があります。これは加入者がアプリをダウンロードして、痴漢の濡れ衣を着せられた瞬間に、スマホアプリのボタンを押すことで弁護士に連絡が取れるというサービスです。

これにより、知り合いに弁護士がいない場合や、すぐに連絡がつながらないような場合でも、いつでも待機弁護士と連絡をとったり現場に急行してもらったりすることができます。

痴漢大国とも揶揄される我が国ですが、朝の満員電車が避けられない状況での痴漢冤罪トラブルは、交通事故と同じです。交通事故にも保険があるように、痴漢冤罪トラブル用にも保険があるということも覚えておきましょう。

痴漢冤罪トラブルを回避するには?

トラブルに巻き込まれないための一番の方法は、満員電車に乗らないことに尽きます。痴漢をして裁判で有罪になった被告人などが、2度と痴漢を行わないように、公判廷でもう電車には乗らないことを約束させられるケースも少なくありません。電車に乗らなければ、痴漢はできないからです。もちろん、実際に痴漢をした人に関しては、生活を変えてでもそれくらいの努力はして欲しいものですが、首都圏や都市部で通勤している人であれば、満員電車に乗らないというのは現実的ではありません。

できる限りの対策としては、満員電車では女性の近くには立たないことが有効です。手を上げているだけでも、「ほかの部分を体に擦り付けられた」などと嫌疑をかけられる可能性はゼロではないため、近くに寄らないのが一番です。痴漢の濡れ衣を着せられてしまった時に素早く対応できるように、普段から弁護士とのパイプを作っておくのも、ひとつの防衛手段となるでしょう。

会社にはどう説明するのがベスト?

その被疑者が実際に痴漢行為を行った張本人かどうか、その瞬間の真実がどうだったかは、警察や検察官、裁判官にも分からないことですし、被害者でさえ必ずしも真実が分かるわけではありません。世間はもっと厳しく、逮捕の一報を聞けば、一気に悪印象を抱いてしまうものです。

痴漢冤罪トラブルに巻き込まれて逮捕・勾留されてしまえば、突然、その日から会社を欠勤しなければならなくなります。会社の同僚や上司なども、「社員が痴漢で逮捕された」と聞けば、たとえ濡れ衣だとしてもマイナスの印象を抱かれてしまうでしょう。

その社員が犯罪を犯したわけでもないのに、逮捕されたというだけで、会社が社員に対して不利益な処分をしてしまうようなことだけは、絶対にあってはなりません。そのような事態にならないためにも、もし痴漢冤罪で逮捕されたら、接見に来た弁護士に依頼するなどして、そうした処分は不当な処分となることを会社に対してアピールしておくことも重要です。

他方で会社としては、社員が痴漢で逮捕されたという連絡が入ったら、まだ有罪が確定していないうちから社内に不当な偏見が蔓延しないように、適切な情報管理を行うべきでしょう。

痴漢冤罪トラブルは、交通事故と同じです。普段から事故を避ける意識をもっておくことがとても大切です。また、万一、そうした事故に遭ってしまった時は、事故後の対処方法を間違えないことが肝要です。


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