CULTURE | 2023/05/17

機能よりも“感触”が大切?「フィットカットカーブ」に学ぶこれからの良いプロダクトの条件

普段はおもちゃやゲーム、遊びを作り出す仕事をしてる私、高橋晋平が、身の回りにある物から、アイデアや工夫、発想の種を見つけ...

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普段はおもちゃやゲーム、遊びを作り出す仕事をしてる私、高橋晋平が、身の回りにある物から、アイデアや工夫、発想の種を見つけ出そうという連載「高橋晋平のアイデア分解入門」も5回目となりました。

今回のテーマは「フィットカットカーブ」。プラス株式会社が生み出したハサミです。とにかく切れ味が良いことで知られているこの名プロダクト。ものづくりに重要なヒントがたくさん隠されています。

高橋 晋平 (たかはし しんぺい)

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おもちゃクリエーター、アイデア発想ファシリテーター。秋田県生まれ。2004年に株式会社バンダイに入社。第1回 日本おもちゃ大賞を受賞し、発売初年度に国内外累計335万個を販売した「∞(むげん)プチプチ」など、イノベイティブトイの開発に約10年間携わる。14年に株式会社ウサギを設立。玩具・ゲームの考え方を活かした事業を企業と共同開発し、企画アイデアの発想セミナーやワークショップを全国で実施している。得意なのは笑い・遊びのある企画を作り、話題にし、販売につなげること。TEDxTokyoでのスピーチは累計200万回再生。近著『1日1アイデア』(KADOKAWA)など、著書多数。

構成:北村有

フィットカットカーブは「よく切れる」だけじゃない

「フィットカットカーブ スタンダード」

まずは基本的な部分から。「フィットカットカーブ」といえばとにかく切れ味が良いはさみです。この恐ろしいまでの切れ味は「ベルヌーイカーブ刃」といって、はさみの刃が緩やかにカーブすることで常に一定の角度で切る対象をキャッチすることで実現しています。ありふれた言い回しですが、一度使い始めたら普通のはさみにはなかなか戻れません。

ですが、フィットカットカーブの凄みは切れ味だけじゃない、というのが僕の持論。その「感触」(「触り心地」であったり「手応え」とも言えます)の良さに注目してほしいんです。持ち手に採用されている「低反発グリップ」や「がたつき防止リング」など工夫が凝らされており、すぐに手が痛くなってしまう自分でもまったくストレスなく使えるんです。全体としてとんでもなく緻密に設計されているはずです。

そもそもはさみは何百年どころか何千年も前からある道具。それをこういった細やかな設計で更新してみせたのですから、驚きというほかありません。

ただここで切れ味や感触の良さをいくら語ったところで、実際に使ってみないことにはその真価はわからないものです。そしてフィットカットカーブは価格の低さも魅力の一つ。ぜひ気軽に手にとってみてください。それではこの「感触」の持つ力についてもう少し掘り下げていきましょう。

機能が行き着いた時代に必要な要素とは?

さて、はさみに限らずですが「感触」って「機能」ではないものですよね。プロダクトにとってはあくまで補助的な位置づけであり、たとえ感触が悪くてもそのプロダクトは成立するかもしれません。

ですがこれからの時代、ものづくりをするうえでこの「感触」が最も重要になるのではないかと思っています。なぜならプロダクトの機能は、もう行き着くところまで行き着いているから。スマホだって家電だって、必要な機能はもうすでに揃いきっている。ではどこで価値を産めばいいのか、というと「感触」だと思うんです。

例えば冷蔵庫にしても、「扉の開き方が気持ちいい」という感触の良さは人の本能として抗えないものですよね。はさみの切り心地も、服の着心地、扉の開き方やスイッチの押し心地もそうです。スマートフォンの中でiPhoneが圧倒的な支持を得ている理由の一端もここにあるでしょう。あらゆる“感触”が、人に訴えかけるキーポイントになりえます。この感触の良さは、ものづくりにおいてどんどん無視できなくなっていくはずです。

僕はワークショップ開催や講演を通じて、学生と交流する機会も多いです。そのなかでたまに「紙の書籍を買う意味がわかりません」と言われることがあります。もう彼らは電子書籍一択なんですよね。デバイス一つで好きなだけ本を持ち歩けるし、圧倒的に便利と言えるでしょう。「紙の良さ」を訴えたい気持ちはあるけれど、これには反論のしようもありません。

この先本格的に「電子書籍だけでいいじゃん」という時代がくるかもしれません。でも、もしその中で「めくるのが気持ちいい本」が出版されたら、それはヒットする力があるんじゃないかと思うんです。紙質やサイズ、製本を工夫して、触り心地を極めた本をつくる。そうすると、「やっぱり紙の本をめくるのっていいよね」って思えるし、明確に電子書籍にはない価値を生むことができる。

たとえば名刺もそうだと思います。すごく紙質が良いものや、エンボスのような特殊な加工がされている名刺をもらうと、「おっ」って思いますよね。その相手のことが気になったり、もっと言えば好感を持つきっかけになることだってあると思います。

言ってしまえば、機能が行き着いてしまった今の時代、ものづくりの差別化ポイントは“感触”にしかないという気さえしています。触り心地で人の本能に働きかける、人の心を落としていくのが、これからのものづくりに求められるものだと思います。ぜひ皆さんも、普段何気なく触れているものの感触に注目してみてください。


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