CULTURE | 2023/03/07

家事を手伝ってくれる妖精、Vtuberと生活を共有できるシステム…「203☓年に役立つであろうITデバイス」を創り出すイベント開催レポート

文:赤井大祐(FINDERS編集部) 写真提供:Web×IoT メイカーズチャレンジ PLUS中央実行委員会...

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文:赤井大祐(FINDERS編集部) 写真提供:Web×IoT メイカーズチャレンジ PLUS中央実行委員会事務局

「Web×IoT メイカーズチャレンジ PLUS」の東京大会が2月5日に開催された。

総務省が「Beyond 5G / Society 5.0 時代に特に必要とされるスキルを併せ持ったフルスタックエンジニア人材」を育てるために2017年から20年に開催した「Web×IoT メイカーズチャレンジ」を前身とする、IoTやシステム開発に興味を持つ、プログラミング初学者の学生や若手の社会人を対象としたハッカソンイベントだ。

現在は、標準化の普及啓発などに取り組む総務省 Beyond 5G 新経営戦略センターの支援のもと、本イベントの開催に意欲を持つ教育機関や企業、コミュニティ、メイカーズチャレンジ卒業生などの有志が、各地域で運営委員会を立ち上げ自律的な開催を行っている。

開催される地域や年度によって出されるお題が異なるこのハッカソンだが、最終的に強く求められることは一つ、「Webの標準技術を活用して、チームでIoTプロダクトのプロトタイプを完成させること」だという。参加者はおよそ1カ月にわたって、ソフトウェア・ハードウェアの開発、初対面のチームメンバー同士での連携、プロジェクトの進行管理など、慣れないタスクをこなしながら、なんとか「動く物」を作らなければならない。ここに多くの学びが詰まっているのだ。

今回取材した東京大会は、他大会と少々異なり、参加者のほとんどが社会人かつ、ウェブをはじめとするソフトウェア開発に関してはある程度の経験を持つ人が多いという。しかし、それぞれが日々の仕事をこなしながら、チームとコミュニケーションを取り、なんとかプロジェクトを進めなければならないという点でハードなことには変わりない。

本稿では約1カ月にわたるハッカソンの最終日となる2月5日の様子をレポートする。

「203☓年に役立つであろうITデバイス」を作り出せ!

会場入りした朝10時半時点で、参加者たちはチームごとの作業をもくもくと進めていた。チームはAからFの全6チーム。運営スタッフの方に状況を訪ねたところ「最終日は午前中の時点で実際にプロトタイプを動かし、調整を始める段階に入っているのが理想的」とのことだったが、1チームを除いて動作チェックにも至っていなかった。会場全体にひしひしと「やばい!間に合わない!」というムードが漂う。

しかし、このハッカソンは完成至上主義とでも言うべきだろうか、とにかく誰であろうと何であろうと、使えるものは使う、頼めるものは頼むというのが特徴だ。チーム内での作業が間に合わなければ、メンターはもちろん、運営スタッフ、取材陣、さらには審査員も一丸となって、完成に向けて作業を手伝う。

趣味や仕事でものづくりやを経験されている方はご存知のとおり、アイデアを出し構想を練ることと、手を動かしプロトタイプとして形にすることの間には大きな大きな溝がある。端的に「完成」させるのはとても難しい。このハッカソンは人の力を借りながら、その「溝」を乗り越えるチャレンジでもあるのだ。

間に合わないチームの手伝い作業をこなす、ハッカソンの主催実行委員会の主査にしてKDDI 株式会社 次世代運用推進本部 運用システム開発部 シニアエキスパートの高木悟氏

同じく会場内で作業を手伝って回る、ハッカソンの主催実行委員会の副査である一般社団法人WebDINO Japan代表理事の瀧田佐登子氏。会場内で高木氏、瀧田氏が一番動き回っていた

そんなこんなであっという間に時間が過ぎ14時にタイムアップ。発表の時間がやってきた。今回のお題は「203☓年に役立つであろうITデバイス」だ。審査を務めたのは、主催の実行委員会副査を務めるWebDINO代表理事の瀧田佐登子氏に加え、東京大学大学院 情報理工学系研究科教授の江崎浩氏、千葉工業大学変革センターセンター長の伊藤穰一氏、総務省 国際戦略局通信規格課長の中里学氏の4名だ。

左から中里氏、伊藤氏、江崎氏

家事のタイミングを知らせてくれる「妖精」との生活

最初に発表を行ったFチームは、「洗濯物が溜まってきた」「洗剤が無くなりそう」「宅配便が届いた」といった家事のタスク状況を確認して、必要に応じて知らせてくれるシステム、名付けて「知らせてくれる新しい家族」を開発。2030年代となってなお、終わることがない家事に費やす時間を減らし、クリエイティブな活動時間を増やすために、姿の見えない「妖精」が生活をサポートしてくれるというイメージのシステムだ。

デモでは、衣類やタオルの枚数が減ってきたことを通知してくれるシステムを披露。衣類をしまう箱の中に重量センサーとレーザー距離センサーが搭載されており、中の状況をモニタリングしている。 箱から一定量の衣類を取り出すと、事前に登録された電話が鳴り、「洗濯物が溜まってきた」ことを人工音声が知らせてくれた。また、重さだけでなく距離計を使うことで、 素材や形態の異なる衣類によって重さが変動しても問題なく作動するとのことだ。

ここで瀧田氏から「重量センサーはどんなものを使ったのか?」と質問。使用するセンサーのサイズや配置を工夫することで精度を上げられるのではないか、という指摘だ。そう、このハッカソンでは、使用する機材も自分たちで選び、購入して使用する。予算がチームごとに割り振られているため、開発における予算管理も重要なタスクの一つとなるのだ。

楽しみながらIoTを学ぶ音楽デバイス

Eチームはエンタメ分野に着目。この先の10年に向けて、拡大傾向にあるデジタルコンテンツ産業を担うIT×エンタメ人材を育成すべく、小学生とその教師を対象とした「M3(MyMusicMaker)」という教育プロダクトを開発した。

手前の長方形の箱型デバイスがコントローラーとなる

4つで1セットの箱型のコントローラーを使って音楽を作るデバイスだ。測距センサーとジャイロセンサーが搭載されたコントローラーの「並べる順番」「位置(高さ)」「向き」が、それぞれコード進行、メロディー、リズムパターンに対応しており、組み合わせによって、自動でオリジナルの音楽を生成する。完成した音楽はネットワークに接続されたスピーカーから出力されるというものだ。

4つのうち、最初に操作を始めたコントローラーが自動で親機となり、親機からの距離に応じて、子機の順番が割り当てられる仕組みとなっている。IoTを体験しながら、自分の作ったものを人に見せたい、そして自分も作りたい、と思わせる仕組みづくりを意識したという。

プロダクトらしい外観にもこだわったとのこと

しかしデモでトラブルが発生。事前の準備段階では音が出ていたのにも関わらず、なぜか発表時には音が出ないという事態に。メンバーも思わず「昨日まで鳴ってたのに」「怖いですね当日の魔物って…」と漏らす。これこそがハードウェアを含めた開発の醍醐味とも言えるだろう。ちなみに発表時間の後、審査員の前で再び挑戦。無事再生することができた。

電車が遅延?次の乗り換えどうする?リアルタイムで教えてくれる交通案内

Dチームは公共交通機関の運行状況をリアルタイムで提供する「リアルタイム交通案内」というシステムを作成。現在の乗り換え案内サービスでは遅延や運休によって交通機関の状況が変わった際に、どの路線に乗り換えるべきか、電車を待つべきかなどの柔軟な判断がしづらいことに着目。

GPSを搭載した電車やバスの位置情報をリアルタイムで取得する乗り換えアプリを通じて、リアルな運行状況を把握することで、待ち時間を短縮したり、よりスムーズな移動を実現するというものだ。さらに公共交通機関の利用を活性化し、事業の持続可能性に寄与することまで見据えているという。

しかしこちらのチームもデモでトラブルが発生。GPSとモバイルバッテリーを接続したRaspberry Piをプラレールに搭載し動かすことで、リアルタイムで位置情報を取得する様子を発表する予定だったが、なんとハッカソン会場となったビルが遮蔽となり、GPSが位置情報を収集できないと前日に判明したという。事前に用意していた動画を流すことで乗り切ったが、こちらもハードウェアならではのトラブルだった。

意図的に「不便」を生む提案

Cチームは一風変わって、「不自由の共有」というテーマ設定で挑む。メタバース、デジタルツインなどを前提とした時代における、空間の疑似共有システム「Semahome(セマホーム)」というプラットフォームを発表した。

例えば一人暮らしなのに家のトイレに「誰か」が入っていて使えない、誰かがシャワーを浴びる音などの「気配」がする、といった状況を、センサーやスピーカー、スマートロックを使って疑似的に生み出すものだ。

システムは、親となるメイン側と、子となるフォロワー側にわかれ、メイン側、つまりセンサーを仕掛けた側の家でトイレを使うと、フォロワー側の家のトイレのスマートロックが作動する。メインでシャワーを浴びると、フォロワーの風呂場に設置されたスピーカーからシャワーの音がする、といったもの。今後メタバース内での共同生活のようなものが発生した際に、メタバース上での関係や距離感をリアルの世界でも共有する、という提案だ。

左の部屋の模型のドアを開けると中に仕込まれた人感センサーが反応し、右のフォロワーの部屋のドアに鍵がかかる

これに対し、審査員の伊藤氏は「以前メールクライアントの15%をも占めた『ポストペット』(※)のように、不便を楽しむコンテンツというのは人気がでるし、おもしろい発想」とコメントした。

(※)ポストペットでは、メール送るとペットが相手に届けに行ってくれるが、配達中は他の人にメールが送れない、というものだった。

良い行いに応じて「徳」を付与して渋滞解消!

Bチームのテーマは「交通渋滞の解消」。このチームが注目したのは「2030年代にはおよそ30%ほどが自動運転車となっている」というデータだ。人が運転する自動車と自動運転車が混在する状況において、安全を重視する自動運転車は交差点や合流で「譲り合いに弱くなる」と予想。渋滞の原因となりうるのではないか、との仮説をもった。

そこで開発したのが「OhHoh(オーホー)」、因果応報から名前を取ったシステムだ。これは自動車が「良い行い」、例えば交差点や合流で譲る、といったことをすると「Toku Token」というトークンが付与される。このトークンを消費することで、例えば信号が青になりやすいといった「良いこと」が起きやすくなる、というシステムだ。世界的にみて、比較的譲り合いの精神が強い日本の交通状況を鑑み、どの国においても因果応報的な仕組みをシステムとして導入することで、少しずつその精神を定着させることができるのではないかと考えたという。

デモでは、交差点に差し掛かる2台のラジコンカーに、加速度センサーを搭載し、さらにBluetoothで位置情報を測位。ダッシュボードでその状況をモニタリング。交差点で加速度がゼロ、つまり停止状態になると譲り合いが始まることを検知し、片方の車がそのまま進むと、譲った車にトークンが付与される。そしてトークンが付与された車が赤信号に差し掛かると、スムーズに青に変わる、といったシチュエーションを実演。いずれもトラブルなく動作した。

上がラジコンを用いた実演の様子。下はそれをモニターするダッシュボードとなっている

江崎氏からは「意識的に譲る人が増えると結果的に譲らない側が特をしてしまうのでは?」という指摘が飛ぶ一方で、伊藤氏は中国の「信用スコア」を例に上げ、「海外の人は“監視社会でひどい"といったことを言うけれど住んでる人からすると、変なことをする人が減った、ということで意外と気に入っていたりもする。(「OoHoh」も)監視社会っぽいけれど良いと思う人もいるのではないかと思う」とコメント。

「未来のボール」は競技と観戦両方を変える?

最後の発表はAチーム。203☓年の健康と高齢化に着目し、「楽しんでお年寄りを健康に」というテーマを設定。2つの「未来のIoTボール」を開発した。

1つは、ボール目線で競技観戦を楽しむために、サッカーボールの中にカメラを仕込んだ「カメラ内蔵ボール」。 発想はシンプルだが、ボールは当然回転するため、カメラの映像を制御する必要がある。そこで4つのカメラとジャイロセンサー、そして制御用のRaspberry Piとバッテリーをボールに搭載(「とても重くなった」とのこと)。回転と方向を検知しながら、カメラの映像(各カメラのアクティブ・非アクティブ)を自動で切り替え続けることで、ボールが回転していても特定の方向だけを映し出すという仕組みだ。

右が「カメラ内蔵ボール」、左が「モーター内蔵ボール」

デモでは、1つのカメラがうまく動作しなかったため、3つのカメラで実施。机の上でボールを転がすと、ブラウザ上に表示された映像が見事次々に切り替わった。そして「まだやってないんですが…」とキャッチボールに挑戦。安定こそしていないものの映像は切り替わり、メンバーは「将来的には360度は入れたい」と展望を語った。

次に登場したのが、足腰の弱い高齢者でも、鋭いシュートを打てる「モーター内蔵のボール」。360度カメラを積んだラジコンカーのようなものがボールの中に入っており、ハムスターが回し車を回す要領で、ボールが動く仕組みだ。こちらはデモで実際に動かすことはなかったが、「ハリー・ポッターシリーズに登場するクィディッチを意識した」という。

最優秀賞を勝ち取ったのは…

6チームの発表が終わり、結果発表の時間に。見事最優秀賞を獲得したのは、「OhHoh(オーホー)」を作ったBチームとなった。

最優秀賞に加え、「Semahome(セマホーム)」を作ったCチーム、「M3(MyMusicMaker)」を作ったEチームが特別賞を獲得した。

イベントの締めくくりとして、審査員の面々から一言ずつコメントが送られる。

「本番に限って動かなくなる、といったハードの大変さを感じてもらえたと思う。楽しい時間を共有した仲間同士ゆっくりと慰労しあってほしい」と江崎氏。総務省の中里氏は「日本はものづくりの力が落ちていると言われるが、今回は若い方のエネルギーを感じることができた。みなさんの今後の活躍が楽しみ」とコメント。伊藤氏は「先のことだけど今すぐはできない、という近未来のことを考えるのは難しいと思います。そして社会ってこんなふうに変わっていくのかな、と想像をくすぐられるものがあった。このつながりを使ってスタートアップに発展していくことを期待したい」と期待を込めたメッセージを残した。

そして最後までハッカソンに伴走し続けた瀧田氏と高木氏からの講評となり、瀧田氏は「アイデアを形にするのはソフトウェアだけでも、ハードウェアだけでもできない。みなさんは今回のイベントを通じて、アイデアを形にできるプロトタイピストになりました。企業の中でもこれを続けて欲しい」とエールを送る。

最後に主催者を代表して実行委員会主査の高木氏より挨拶があり、「みなさんソフトウェアの扱いには長けていて、私たちがなにかを教えるまでもありませんでした。一方でこれを形に落とし込むプロトタイピングとなると、地方の小中学生でも得意な人はたくさんいたりもします。ハード、ソフトそれぞれ異なる “試行錯誤”の手法を学んでもらえたと思う。ここでできた繋がりを大事にしてほしい」と締めくくった。


【お知らせ】
2022 年度に Web×IoT メイカーズチャレンジ PLUS を開催した 8 地域 (東京、信州・鳥取・岡山・徳島・香川・愛媛・沖縄) のハッカソンで最優秀賞を受賞したチームの作品発表を行う「グランプリ決定戦」が 2023 年 3 月 11 日 (土) にオンラインにて開催される。事前申し込みを行えば、見学者もZoomを通じて人気投票に参加可能だ。見学の申し込みは下記のウェブページから。

「2022年度 Web×IoT メイカーズチャレンジ PLUS グランプリ決定戦」