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日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多い。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するべく、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。
渡邉祐介
ワールド法律会計事務所 弁護士
システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚などの家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。
(今回のテーマ)
Q.ジャニーズ帝国を牽引してきた社長のジャニーさんが死去して後継者についてさまざまな報道がなされていますが、ワンマン社長が死去した場合の相続はどのように進められるのでしょうか?
ワンマン社長が亡くなると生じる問題とは?
ジャニー喜多川氏が亡くなったことで、配偶者や子のいないジャニー氏の巨額の遺産の行方やジャニー氏の後継者に関心が集まっています。
一般に、オーナー会社のトップが巨額の富を築いてこの世を去る場合には、いろいろな問題が浮上します。誰に何を承継させるのかという相続や経営権の承継についての問題のほか、遺した財産が巨額であればあるほど、国に納める税金の問題も深刻になってきます。
遺産や経営権を誰が承継するのか、すなわち事業承継の問題は、ひとつ間違えると、お家騒動や組織の分裂に発展することも少なくありません。また、納税の問題としては、不動産価値や自社株評価額が高額になっている場合に、課税される相続税を支払うだけのキャッシュが捻出できずに保有資産を処分せざるを得なくなるケースも多くあります。
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誰が財産を承継するのか?
亡くなった方(以下「被相続人」)に配偶者がいる場合、特に遺言などを作成していなければ、配偶者は常に相続人になります。子どももいる場合、配偶者と子どもで法定相続分ずつの割合で、配偶者が2分の1を、残りの2分の1を子どもが取得することになります。被相続人に子どもがいない場合は、被相続人の両親や祖父母などの系尊属が、直系尊属もいない場合は兄妹姉妹が、それぞれ次順位の相続人となります。
被相続人に子どもがいなくて、配偶者と親がいる場合には配偶者と親が相続人となります。この場合の法定相続分は配偶者が3分の2、親が3分の1となります。被相続人が死亡した時点で子どもも直系尊属もいない場合には、配偶者と兄弟姉妹が相続人となります。この場合の法定相続分は配偶者が4分の3、兄弟姉妹にあたる方が4分の1となります。
話がそれますが、相続の相談を受ける中で多くの人が誤解しがちな点としては、「配偶者は半分」ということで、配偶者の法定相続分が常に2分の1だと思われている方が多いのですが、そうではありません。2分の1となるのは配偶者のほかの相続人が子どもの場合だけで、子がいなくて直系尊属がいる場合には配偶者は3分の2になりますし、子も直系尊属もなく兄弟姉妹がいる場合には配偶者は4分の3ということになります。
話を戻しましょう。ジャニー氏の場合は、配偶者もお子さんもいないし、ご両親はすでに他界されているので、法定相続人となるのは、姉のメリー喜多川氏ということになります。ですので、ジャニー氏が特に遺言などを作成せず、後継者についての指定などもない場合には、メリー氏がすべての財産を承継することになります。。
承継者の指定があった場合に生じる問題は?
被相続人が遺言などを作成している場合、その遺言の内容どおりに相続が行われるのが原則です。遺言では、法定相続人に対して法定相続分とは異なる配分で指定することもできますし、そもそも法定相続人には含まれない第三者に対して財産を取得させること(遺贈といいます)もできます。ちなみに、相続財産には被相続人が保有していた株式なども含まれますので、会社の経営権を支配するトップが亡くなった場合、同社の株式も相続財産となります。
たとえば、被相続人が法定相続人には相続させず、第三者にすべての財産を遺贈する内容の遺言である場合、法定相続人は遺産を取得できないため、被相続人の財産をあてにしていたような場合にはあてが外れてしまうことになります。
第三者への遺贈でよく見られるケースとしては、被相続人が生前に親しくしていた異性に多くの財産を取得させたり、経営権を委ねたいと考えている人を後継者として株式を取得させたりするケースです。
こうした場合、財産や経営権を取得することになる第三者と相続財産を侵害されることになる法定相続人との間で紛争化することも少なくありません。
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遺留分侵害額請求権
特に相続争いになった際、相続財産を侵害される相続人がよりどころとする制度に、「遺留分」という制度があります。意外と知られていないのですが、相続財産を侵害される法定相続人には、最低限の遺産を確保するための権利として、遺留分という制度を民法が認めています。
遺留分は、法定相続分よりは少ない割合にはなるものの、法定相続人として最低限の遺産の確保を認めるものです。その割合を侵害している財産取得者に対しては、遺留分侵害額請求権として、その侵害額を請求することができます。
遺留分として認められる割合の計算方法は、相続人が両親や祖父母など直系尊属だけの場合、相続財産の3分の1が遺留分とされます。
つまり、300億円の相続財産があった場合、相続人が母親1人(配偶者も子もいない)であったとすると、遺留分は100億円ということになり、遺産全額を被相続人が愛人などに遺贈していたとしても、母親はそのうちの100億円だけは自分によこせと請求することができるのです。相続人として、被相続人の母親だけでなく父親も生存している場合には、100億円の遺留分を被相続人の直系尊属の2人で50億円ずつ分ける計算となります。
遺留分として認められる割合の計算方法は、相続人が上記以外の場合、つまり、配偶者だけの場合、子だけの場合、配偶者と子の場合、配偶者と直系尊属の場合には、相続財産の2分の1が遺留分の割合となります。そして、複数人の相続人の間では、遺留分をさらに法定相続分で割ることになります。
ややこしくなってきましたが、300億円の遺産があった場合、相続人が配偶者と直系尊属である母親1人だったとすると、遺留分は全体で150億円となり、これを配偶者(3分の2)と母親(3分の1)という法定相続分ずつ、100億円と50億円に分ける計算となります。
メリー氏が財産を相続できない可能性も?
ここまででお気づきの方もいるかもしれませんが、遺留分は、被相続人の相続人であっても被相続人の兄弟姉妹には認められてはいません。これは、相続による生活の保障を認める範囲としては、被相続人の配偶者、子ども、両親、祖父母までであって、姉弟姉妹までは含めなくていいだろうという考え方を現行民法がとっているからです。
つまり、ジャニー氏の姉であるメリー氏には、遺留分はないということになります。仮にですが、ジャニー氏が全財産をタッキーこと滝沢秀明氏に遺贈するというような遺言書を作成していた場合、遺留分侵害請求権のないメリー氏は、滝沢氏に対して何も請求する権利はなく、法律に訴えてもジャニー氏の遺産を取得することはできません。
オーナー会社のお家騒動にまで発展
オーナー会社のワンマントップ死亡時の相続では、会社の経営者が変わるという問題も同時に生じます。そのため、後継者が誰になるかによって、それまで統制がとれていた組織であっても、派閥での対立が強まったり分裂したりするなど、組織としてのバランスが一気に崩れることも少なくありません。
その意味では、誰が後継者として適任であるのかという問題もありますが、早い段階から後継者を発見し、後継者として育てておくこと、また、感情面も含めてスムーズな引継ぎができるように組織内に後継者の存在を周知しておくことが功を奏す場合もあります。
死後に家族だけでなく会社構成員が「争族化」しないようにするためには、あらかじめ遺言を作成したり、場合によっては遺言の一部を関係者に周知したりすることも重要でしょう。
ジャニーズ事務所の場合、後継者はメリー氏の娘(ジャニー氏の姪にあたる)の藤島ジュリー景子氏や、滝沢氏であるなどと報じられていますが、親族や社内に経営を任せられる人物が見つからない場合、事業承継の方法としてはM&Aなどを検討することになります。
オーナー死亡による税金の問題
冒頭でも相続税もについてはふれましたが、特に、オーナー企業特有の問題として念頭に置くべきは自社株の相続税評価額の問題です。株式は相続の際に、一定のルールで相続財産として計算されますが、中小企業の自社株式は、オーナーが思っている以上に価値が高くなっているケースもあるのです。つまり、起業時の出資額が数百万円程度であったとしても、相続時には評価額が億単位まで膨れ上がっている場合もあって、こうしたケースでは特に問題が生じます。
遺産の中に、株式以外に現預金などが潤沢にあれば問題ありません。しかし、遺産の多くが自社株や自宅不動産、自社ビルなどである場合、どのように相続税の資金を確保するのかという問題になります。上場株式と違って、非上場株式は換金しにくい財産である上、オーナー会社の株式の一部を売却するということは経営権を脅かす事態にもつながります。
こうした事態を避けるには、トップの生前に、株価が下がるタイミングを見計らって後継者に譲渡しておくことが有効です。非上場株式の株価は主に会社の純資産や利益から算出されます。そのため、大きな設備投資や役員退職金の支払いなど、会社に臨時的な損失が発生する場面で評価額が下がる傾向にあるため、生前から計画的に設備投資の時期や各種の損失が生じる時期に合わせて、株式の譲渡を進めていくことが有効になります。
つまり、事業承継を生前から計画的に進めていくことが重要になってきます。税理士や弁護士などの専門家と連携しつつ、事業承継については生前からの準備が必要です。
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経営権の承継の問題
事業承継の問題は、株式をどのように後継者に承継させるかの問題といってもよいでしょう。トップの死後、相続によって複数の親族に株式が分散されてしまうと、経営権も分散されることになり、仮に後継者として指揮を執る人の立場は不安定なものになってしまいます。
そうした事態を防ぐためにも、やはり生前からの準備が重要になります。第1に、自社株をできるだけ後継者に集中させておくことが重要です。生前から売買や贈与によって承継したり、遺言によって承継させたりする方法があります。ただし遺言による場合、次に述べる遺留分の問題にもなりやすいため、可能な限り生前の承継がベターです。
第2に、遺留分対策が重要です。自社株をすべて後継者に承継させることにより、ほかの相続人から、遺留分を侵害されたということで多額の金銭を請求されるリスクがあるからです。遺留分対策として利用が検討できる制度に、いわゆる「除外合意制度」があります。詳細説明は省きますが、端的にいうと、一定の場合に自社株そのほかの事業用財産を遺留分の算定対象から除外してもらえる制度ですが、いくつかのハードルもあるため、利用する場合は弁護士に相談して進める必要があるでしょう。
第3として、後継者以外の相続人に無議決権株式を分配しておく方法があります。オーナーが保有する自社株を「議決権株式」と「無議決権」に分けてしまい、後継者にだけ議決権株式を分配し、そのほかの相続人には無議決権株式を分配することにしておくのが典型的です。
第4に、後継者以外が相続した株式を会社が買い取れる仕組みにしておく方法もあります。つまり、会社法上の制度を利用して、後継者以外の相続人が相続した株式を会社が強制的に買い取れるように、会社定款を変更してしまうのです。これには株主総会決議が必要になりますが、この手続きに瑕疵があると、後々大きなトラブルとなるため、そのようなことのないよう、株主総会決議と定款変更については、弁護士などの専門家に依頼して確実に行うことをおすすめします。
盛者必衰? 帝国の崩壊を防ぐには
以上のように、ワンマンオーナーの会社では、たとえ巨額の利益を上げている場合であっても、トップの死亡により、財産面と経営面という両側面で、一気に危機に直面する可能性をはらんでいるのです。会社を永続的に経営するためには、こうしたオーナー会社のリスクを早い段階から意識して、早期に準備しておくことが極めて重要です。
会社という組織体は、企業内の社員はもちろん、取引先、金融機関など、多くの関係者との関わり合いの中で存在しています。中小零細企業においては、これら多くの関係者との良好な関係性がトップの人間性のおかげで保たれていたというようなケースも少なくありません。
早い段階から税理士や弁護士に相談し、万全の節税や経営権集約スキームが整ったとしても、後継者に代変わりした途端に会社の取引先各社や金融機関などとの関係性がぎくしゃくしてしまっては、先代がせっかく築き上げた帝国も崩壊への一途をたどることにもなりかねません。
事業承継を考えていくにあたっては、前に述べたような相続税の問題や経営権の問題を万全に準備しておくことはもちろん、各関係者との良好な関係性を維持するための準備も極めて重要ではないかと思います。