レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」
© NasaFunahara
ヨハネス・フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」、葛飾北斎の「凱風快晴」、エドヴァルド・ムンクの「叫び」といった名画をモチーフにしたこれらの作品は一見すると油絵のように見えるであろう。実はこの作品、油絵ではなくマスキングテープを使って制作されたものである。
エドヴァルド・ムンク「叫び」
© NasaFunahara
武蔵野美術大学造形学部に在籍中、「有名な絵画をマスキングテープで模写したら面白いのでは?」と思ったことがきっかけでマスキングテープアートを始めた船原七紗氏。現在は、マスキングテープアーティストとして独立し、作品を作るだけでなくオリジナルのマスキングテープ制作にも意欲を燃やしている同氏に話を伺った。
取材・文:6PAC
船原七紗
undefined
マスキングテープアーティスト。武蔵野美術大学造形学部油絵学科油絵専攻を卒業後、3年ほど一般企業に勤め、昨年退職5月に退職後、本格的にアーティスト活動を開始。両親が宇宙関係の仕事をしていた事と、92年に毛利衛さんが日本人初の宇宙飛行士としてスペースシャトルに搭乗した次の日に産まれた事から、「七紗(NASA)」と命名される。
簡単に始められ、かつ奥深いマスキングテープアートの魅力
レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」
© NasaFunahara
マスキングテープアートの魅力は「簡単に手でちぎって貼るだけなので、誰でも簡単に楽しめるところ。間違えてもすぐに剥がして元通りにできるので、思い切って色々なテープの組み合わせに挑戦できるところ。和紙が素材のテープなので、重ねると色のグラデーションが作れたり、ちぎると繊維が見えて柔らかい印象になったりするところ」だと話す同氏がマスキングテープアートを始めたのは大学2年の時。きっかけは、油絵学科に所属していたがあまり油絵を描きたくない時期に、たまたま大学で「顔を描く」という課題が出た時だそうだ。顔を題材にした冊子をいつもと違う素材で作ろうと考え、表紙は最も有名な顔である「モナ・リザ」を描こうと思い立った。何を使って描こう?と考えた時に、「当時から好きで集めていたマスキングテープで模写をしたら面白いのではないか」と制作したのが、そもそもの始まりだったという。
油絵を専攻していたということも関係しているのか、同氏の作品は遠くからだと「油絵」に見えてしまう。この点について訊ねてみると、「最初に制作した時には、油絵の技法は考えずに制作していたのですが、完成した作品を友人に見てもらうと“色の重ね方が油絵っぽいね”と言われたので、無意識に油絵の技法を使用していたのかもと気付きました。油絵の技法の一つに、1度暗い色を置いてから明るい色で細部を描き起こすというものがあります。友人にそのことを指摘されてからは、マスキングテープの下の色が透けて見える特性を活かしながら、上記の技法を意識するようになりました」と説明してくれた。
完成するまでの工程は、作品の下絵(模写の場合は元の絵)を準備し、次に、塗り絵に色を付ける前の線画のような状態になるように、元の絵の形を別の紙になぞって描き写していく。そして、元の絵を見ながらひたすらマスキングテープを貼っていくそうだ。貼る時には全体のバランスを見ながら、暗い色を先に貼っていくことが多い。制作期間はA4サイズであれば2、3日程で完成すると言うが、作品内容が細ければ細かいほど時間はかかるとのこと。中には、制作に1週間を要した「最後の晩餐」のようにたたみ1畳分の大きさの作品もある。
初めて芸術に触れるきっかけになりたい
同氏の作品は“誰もが1度は見たことのある絵”がモチーフとなる事が多い。その理由は、「マスキングテープという身近で可愛らしい文房具を使って絵画などの模写を行うことで、少し近寄り難く感じてしまう美術、芸術という分野や作品自体に興味を持ってもらうきっかけになればと思って」だと語る。その他の作品に関しては、「好きなものを楽しく制作したいので、個人的に好きな作品やモチーフを選ぶことが多いです」という。
作品制作で苦労する点を訊いてみると、「細かい部分をなるべく再現したいと思う反面、ただ細かく貼るだけであればマスキングテープを使う意味がなくなってしまうので、なるべく手数を少なく、テープの柄を見せながら貼るという点はいつも苦心しています。オリジナルテクニックというとパッと思い付きませんが、やはり油絵的な技法を使用するのは1つのテクニックかなと思います」という答えが返ってきた。
国内外のメディアも幾度となく同氏の作品を紹介している。外務省のジャパンビデオトピックスでは英語版も公開されたことから、SNSで海外の人たちからもフォローされるようになったそうだ。ニューヨーク・ポストやハフィントン・ポスト英国版などでも紹介されており、最近では海外のニュースサイトや雑誌からの作品掲載依頼も舞い込んでいるという。
今後は展示販売の機会も増やしていきたい
伊藤若冲「鳥獣花木図屏風」
© NasaFunahara
大学卒業後、3年ほど勤めた会社を退職し、昨年5月からマスキングテープアーティストとして独立した同氏の収入源は、ウェブショップでの作品販売が中心で、展示販売会などでも作品を販売する。ただし「一部の模写作品に関しては、マスキングテープの柄の著作権の関係で、販売できないものもあります」という。
公式サイトなどから個別に依頼が入った場合は、「企業様でも個人様でも内容をお伺いし、ご対応させていただいております」とのこと。実際、マスキングテープを製造する会社からの作品制作依頼は何度か受けたことがあるそうだ。そうした会社とのタイアップ企画や、ワークショップの開催など、同氏が引き受けられる内容の依頼であれば種別問わず協力しているとも語る。
最後にマスキングテープアーティストとして今後どういった活動を予定しているのか訊いてみた。しばらくはウェブショップでの販売やポートフォリオサイトでの作品公開を中心にしていく予定だそうだが、「なかなか実際の作品をご覧いただき購入いただける機会が無いので、今後は展示販売の機会も増やして行きたいと考えています。次回は5月18日(土)と19日(日)の2日間、東京ビッグサイトで開催される『デザインフェスタvol.49』で作品の展示販売を行います。間近で作品を見ていただける数少ない機会となりますので、足をお運びいただければ嬉しいです」とのこと。また、オリジナルのマスキングテープ制作にも興味があるそうだ。