これからの時代、日本の基幹産業である製造業は、その中だけに留まらず、アートやスポーツ、ファッションなど違う世界とコラボしなければ、未来はない。ものづくりに関わる者は、完璧主義と前例主義を捨て、不真面目と不完全を選べ。クイックな失敗をどんどん積み重ねよ……。
2018年10月25日、ANAインターコンチネンタルホテル東京で開催された「BE:YOND by b-en-g 2018」(主催:東洋ビジネスエンジニアリング(b-en-g))。「ものづくりデジタライゼーション」をテーマに開催されたこのイベントの最終セッションではそれぞれの分野で最先端を走る3人が語った「デジタルの力で製造業が復活するためのヒント」とは?
取材・文:浅尾公平
異分野の掛け合わせが価値を生む。
神武直彦氏(慶應大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)
日本の独特な環境にしか適応できない製品やサービスばかり開発し、気がつくと世界の趨勢から遅れている。やがて海外から、日本市場のニーズに応えるものが入ってきてそれにシェアを奪われ、次第に追い込まれていく──。そんな残念なトレンドがあることは否定できない。
しかし、日本のものづくりにはまだまだ底力があり、多くの分野で最先端レベルの開発が進んでいるのも事実。では、そのポテンシャルを、さらにデジタル化が進む時代に活かして、将来を明るく希望あるものにするには何をすればいいのか? その明快な答えが、今回の「BE:YOND by b-en-g 2018」を締め括るクロージングキーノートでたっぷり語られた。
この最終セッションは「BE:YOND INNOVATION! 異分野からの視点で日本のものづくりを考えよう会議」と題したパネルディスカッション。副題に「テクノロジー、アート、スポーツ界をリードするトップランナーがこれからの製造業の可能性を徹底議論!」とあるように、3つの分野を代表する最高の識者が登壇し、異なったジャンルの知と経験をいかにデジタルで掛け合わせて新しいものを創り出すか、熱く論じ合った。
パネリストは、アーティストのスプツニ子!氏(東大生産技術研究所RCA-IISラボ特任准教授)、スポーツデータアナリストの前田祐樹氏(共同通信デジタル スポーツデータ事業部アナリスト)、そしてモデレーターも務めた神武直彦氏(慶應大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)の3人。セッションの冒頭、神武氏はこう語った。
「一口にデジタルと言っても、AI、フィンテック、アグリテック、VR、ドローン、IoT、ビッグデータ、ファブリケーション、MaaSなど、さまざまなキーワードが溢れています。これらが社会やビジネスにどんな価値を生み出せるのかを考えていかねばなりませんが、そのとき非常に大事なのは『異分野の人と一緒にやる』ということ。 分野が違う人と話すと、同じものを見ていても、自分では気づいていなかったことに気づくケースが多々あります。その経験を繰り返すことは重要で、また、その過程で物事をさまざまな角度から俯瞰的に考える『システム思考』の力を育むことで新しいものを創り出す力になるのです」
遺伝子組み換えと伝統工芸の融合
スプツニ子!氏(アーティスト、東大生産技術研究所RCA-IISラボ特任准教授)
今回の3氏は、まさに、複数の分野の知見を融合させて独自のクリエイティビティを発揮している先駆者だ。スプツニ子!氏はアートとメディアとデジタルをつないで新しいものを創ってきたし、前田氏はスポーツとデータとデジタルを掛け合わせて多くの価値を生み出してきた。
セッションではまずスプツニ子!氏が、自分が携わった「かなりの異分野コラボの成果」として「光るシルク」の事例を紹介。これはもともと、カイコの遺伝子組み換えの研究者・瀬筒秀樹氏の活動の記事を読んだのがきっかけだったという。
瀬筒氏は、カイコにさまざまな生物の遺伝子を組み込むことで独特の絹糸を作る研究を続けている。たとえばサンゴの遺伝子を組み込んだカイコは、目も、吐く糸も赤く光る。クラゲの遺伝子を入れると、目も糸も緑色に光る……という具合だ。
「私は瀬筒先生の研究を見て、すぐに『面白い! ぜひコラボしたい』と考えたんです。次に閃いたのが、『あの糸を西陣織と組み合わせたらどうなるだろう』ということ。光る絹糸で伝統ある西陣織を織ったら、どんなに美しい服ができるだろう……と思ったんですね。そこで、創業300年以上になる京都の西陣織の老舗『細尾』の当主・細尾真孝さんに連絡しました」(スプツニ子!氏)
提案を受けた細尾氏は快諾し、やがてコラボによって、赤や緑の「光るシルク」の西陣織のドレスができ上がった。これはグッチのギャラリーに展示され、さらに英国で最も歴史ある博物館、ヴィクトリア&アルバート・ミュージアムの展覧会にも収蔵された。
試合中のデータをリアルタイム分析
前田祐樹氏(共同通信デジタル スポーツデータ事業部アナリスト)
スポーツデータアナリストの前田氏は、ラグビーやバスケットボールで、チームのパフォーマンス向上やメディア向けのデータ配信に関するソリューションを提供してきた。試合中のチームの映像やデータを収集、分析し、そこから予測を立て、コーチや選手にフィードバックするのが基本だ。
具体的には、たとえばドローンで上空からラグビーの試合の動画を撮影し、選手の動きなどの情報を分析して、そのデータを試合中にコーチと共有する──といったことをしている。
「私たちはスポーツデータの分析を、基本的に米国、イスラエル、オーストラリア、トルコ、スイスなど海外のパートナー企業と一緒にやっています。日本国内のラグビーやバスケットの各リーグやチームから、ニーズのヒアリングをし、それに応じて海外からソリューションを引っ張ってくる形です」(前田氏)
前田氏は今、アスリートモニタリングの高度な技術を持つ、アメリカ企業のサービスを日本でも始めようとしている。早ければ今年12月にもスタートするという。
これはUWB(超広域帯)無線を使い、バスケットであれば、ボールと選手全員にセンサーを付けて位置情報を把握し、走った距離、ジャンプの高さ、パスの速さ、シュートの軌道……などのデータをすべてリアルタイムで取って分析する、最新のモニタリング手法だ。
「この測位システムを、すでに米国のNBAでは約15チームが導入しています。ぜひ日本のチームにも提供したいですね」(前田氏)
外国で人気のアプリケーションに
3人目の神武氏は、学生時代から宇宙飛行士になる夢を持ち、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や欧州宇宙機関(ESA)で宇宙開発の仕事をした経験を持つ。今の主な取り組みは、いろいろなデータを活用して社会問題を解決すること。その1つが、アジアの大規模農場のサポートだ。
たとえばマレーシアのプランテーションでは、働く人の多くがマレーシア以外の国からの出稼ぎ労働者で、マレー語がよくわからない。そのため文字や言葉で指示を受けても十分に理解できず、農作業の精度が落ちていくという問題があった。
それをテクノロジーで解決するために、神武氏は、ドローンや人工衛星で地表を撮影して3D化し、地形と緯度、経度、標高などを分析。そして、1面積当たりに植える作物の最適量を計算し、デジタル情報にするプロジェクトを始めた。
一方、働く人たちには、受信機を付けて農地を歩いてもらう。農作業をする場所に着くと、受信機がピピッと鳴り、前述したデジタル情報に基づいて、植付の場所など具体的な内容が指示される。
「これは現地の人たちに人気のアプリケーションになりました。作業の精度が上がり、生産量が増え、労働時間も短縮できた。私たちはパートナー企業とマレーシアで事業化することができ、そのシステムやプロセスを国際標準化しようという議論をしています」(神武氏)
不真面目で、不完全でいい
このように、デジタルで異分野の力を取り入れた試みを成功させている3氏だが、デジタライゼーションを進める上で鍵となるポイントは何か。スプツニ子!氏は「めんどくさいと思う気持ち」を挙げた。
日本で過ごした小学校時代、ひたすら「真面目でいなさい」「優等生になりなさい」「完璧を目指しなさい」ばかりを強調され、「めんどくさい」という気持ちを出すと叱られたことが印象深いという。
「でも、イノベーションとは、『めんどくさい』という不真面目な気持ちが起こすものです。人間はめんどくさいと感じるから、他分野にヒントを得て、ドローンやAIやSlackなどを使い、利便性を高めるアイデアを考える。私はこれを『めんどくさイノベーション』と名づけています(笑)」(スプツニ子!氏)
勤勉を良しとする発想を根本から変え、すみやかに「脱・完璧主義」を採らないと、世界の潮流から取り残されるというのだ。同じ危機感を共有している神武氏もこう語る。
「日本的な『100%を目指す』のとは反対の姿勢が、グローバルでは大事です。日本では100%を求められるけど、たとえば私がアジアでやっているいくつかの取り組みでは、出来上がりが50%でもまったく問題ない。『低価格で2回に1回もうまく行くんだからハッピーだ』と喜ばれるような状況も少なからずあります」
製造業にニーズの情報が必要
日本のスポーツ界はまもなく“熱い季節”を迎える。2019年にラグビーW杯、20年に東京五輪、21年に関西ワールドマスターズゲームズと、3年続けて世界的な大会の舞台となるのだ。当然、日本のものづくり企業もスポーツデータに熱い視線を送っている。
しかし、日本の研究開発には大きな課題があると前田氏は指摘する。それは、マーケットの視点や情報が不足しがちな点だ。
「日本企業の製品は、どうしても作り手の視点に寄って、スポーツの世界のニーズに合わないプロダクトアウトになっている場合が多いんです。私たちはそのニーズを十分に把握しています。ただし、製造業の持っているノウハウがない。だから日本の製造業の皆さんに、ニーズの情報をお伝えして、マーケットインの視点からデジタルで一緒に新しいものを作りたいですね」(前田氏)
何度失敗してもいい
従来の日本の経営では、事業の結果を「失敗か成功か」と二者択一的に考え、一度のチャンスを摑めなければそれで終わり、とする考え方が主流だった。しかしデジタルの世界では、手間もコストもかけずに何度もトライ&エラーを続けられるので、「失敗→失敗→失敗→失敗→……→成功」となるのが普通だ。成功は多くの失敗の末に生まれるのが当然なのである。神武氏はそんな新しい時代の特徴をこう表現する。
「小さな失敗をクイックに繰り返して、またチャレンジできるのが良いところです。デジタルの小さな失敗は、すべてを失うようなリアルな大失敗とはまったく違う。企業も『前例がないからできない』と言っているようでは未来がありません。短期間でたくさんの試行錯誤を重ね、クイックに失敗もして、最終的に成功を摑める時代なのです」
3人のパネリストから次々と飛び出す大胆な提言に、来場した約300人のオーディエンスは、ときに目を丸くしながら身を乗り出して聴き入り、メモをとったり、ノートPCに書き込んだりしていた。会場につめかけた多くのものづくり関係者も、このパネルディスカッションから、日本の未来のものづくりのヒントを見出したに違いない。
また、今回のイベントに対して、長年に渡り、製造業のERPを提供し続けてきた東洋ビジネスエンジニアリング(b-en-g)が、このような異分野からの視点といったテーマに着目し、日本のものづくりを支えていこうとする意欲を強く感じた。
完璧主義から不真面目へ。作り手中心目線から徹底的なニーズ重視へ。たった一度の失敗を怖がる気持ちから、数多くのクイックな失敗を成功につなげるスタンスへ──。分野を超えて挑戦を続けてきた3氏の貴重な示唆が経営に根づいた時、加速度的に進むグローバルなデジタル化の中で、日本の製造業は間違いなく復活し、やがて世界の覇者となる日も近いだろう。
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