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グラミー賞ノミネーターが語る音楽シーンの現在 starRo(音楽プロデューサー)【連載】テック×カルチャー 異能なる星々(8)
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  • 2019.04.15
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グラミー賞ノミネーターが語る音楽シーンの現在 starRo(音楽プロデューサー)【連載】テック×カルチャー 異能なる星々(8)

加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち。

これまでの常識を打ち破る一発逆転アイデアから、壮大なる社会変革の提言まで。彼らは何故リスクを冒してまで、前例のないゲームチェンジに挑むのか。

進化の大爆発のごとく多様なビジョンを開花させ、時代の先端へと躍り出た“異能なる星々”にファインダーを定め、その息吹と人間像を伝える連載インタビュー。

それは、2017年のことだった。グラミー賞「ベスト・リミックス・レコーディング部門」に、日本人が初ノミネートを果たした! 彼の名はstarRo――LAを拠点に活動する音楽プロデューサー。

「この手の音はアジア人には無理」というレッテルを覆し、独特の浮遊感とドープネス漂う世界観を切り拓いた独学の異才。その目でとらえた、アメリカ音楽シーンの姿とは。激変を遂げる表現環境の中、時流に媚びることなく己の道を突き進む、孤高の軌跡が浮かび上がる。

聞き手・文:深沢慶太 写真:松島徹

starRo(スターロー)

横浜市出身、ロサンゼルスを拠点に活動する音楽プロデューサー。ビートシーンを代表するレーベル「Soulection」に所属し、オリジナル楽曲から、フランク・オーシャンやリアーナなどのリミックスワーク、アーティストへの楽曲提供なども行う。2016年に1stフルアルバム『Monday』をリリースし、The Silver Lake Chorus「Heavy Star Movin’」のリミックスがグラミー賞のベスト・リミックス・レコーディング部門にノミネートされるなど、オルタナティブR&B、フューチャーソウルなどのシーンを中心に注目を集めている。
http://www.toysfactory.co.jp/artist/starro/bio

ロック×R&B……starRo流「フューチャーソウル」の原点

ーー starRoさんの音楽の作風はジャンル的に「フューチャーソウル」「フューチャービーツ」と呼ばれることが多いようですが、ジャズやファンク、ヒップホップやR&B、ハウスからビートミュージックまで、さまざまな要素が醸し出す独特の雰囲気がありますね。

starRo:そうなんです、どこか飽き性なところがあって、子どもの頃からいろんなジャンルを聴いてきました。まず、父がジャズピアノをやっていたこと。次に、小学生から中学生にかけてシドニーで過ごした間に、当時全盛期のハードロックに触れてギターを始めたこと。ちょうどその間にラップの乗った音楽がビルボートチャートの上位に出てきて、そちらの方にも興味を惹かれていった。なので、大学に入った時点ですでにロック好きな自分と、ダンスミュージック好きな自分ができあがっていたんです。

starRo「カクレンボ feat. Chara」(1stフルアルバム『Monday』収録曲)

ーー 慶應義塾大学では、「ビートポップス研究会(通称ポップス研)」に所属していましたね。

starRo:要するにバンドサークルで、最初はグランジやオルタナロックのカバーバンドをやってました。その頃の一つ上の先輩が、MIYAVIのサポートなどで知られるドラマーのboboさん。彼が1969年の「ウッドストック・フェスティバル」のビデオを流していて、ジミ・ヘンドリクス、ジャニス・ジョプリンに加えてスライ&ザ・ファミリーストーンなど黒っぽい音に触れたんですね。その時に、自分の中のロックとブラックミュージックが重なった。それからいろんな音楽性を織り交ぜつつ、バンドのデモテープ作りにハマり始めて「曲作りから最後まで、全部自分でできちゃうじゃん」って感じたのが、今につながる最初の体験ですね。だから自分のアイデンティティとしては、プレーヤーであるよりも先にプロデューサーだと思っています。

「Nocturnal Wonderland Festival 2016」(カリフォルニア)でのパフォーマンス風景

ーー ちなみに「フューチャーソウル」と呼ばれるアーティストだと、プロデューサーならケイトラナダ、バンドだとジ・インターネットやハイエイタス・カイヨーテなどが思い浮かびますが、starRoさんの音はドープな“黒っぽさ”だけに留まらないミクスチャー的な感覚と、独特のシンセサイザー遣いが印象的です。

starRo:今人気のケイトラとかと僕の違いは、ロックなどのさまざまな音楽的要素を人生経験として通っていることでしょうか。シンセに関しては、ハードロック文脈的には「バンドに鍵盤がいるのはダサい」という先入観があったし、90年代のヒップホップは原曲を活かしたオーガニックなサンプリングを重視していたので、個人的にシンセ的な電子音には触れちゃいけないと感じていました。その感覚のまま、2000年代に突入してからはクラブにもあまり行かず、音楽的な流行から離れていたんです。

それが、2010年代の前半にジェイムス・ブレイクが出てきた時に、ゴスペルをシンセでやっているのを聴いて、目からウロコが落ちました。それが「お前もやれよ!」って言われた感じがして(笑)、アリシア・キーズ「Fallin」のリミックスコンテストにシンセ全面のリミックスで応募したら、入賞してしまった。その流れで、当時出始めていたラップっぽいビートを使ったフォーマットとの組み合わせで作ったのがジャネット・ジャクソンのリミックスです。それがたまたま、「フューチャーソウル」「フューチャービーツ」というジャンルが言われ始めた流れと合致した。僕的には、自分の音楽的なバックグラウンドとシンセ使いを組み合わせたらこうなった……という感じなんですけどね。

Janet Jackson「Someone To Call My Lover (starRo Remix)」

IT企業で働きながら楽曲発信。「アジア人だったのか!」と驚かれる

ーー ゼロ年代は音楽的に空白期間ということですが、2007年にロサンゼルスへ移住した目的は音楽活動ではなかったそうですね。

starRo:そうです。大学を卒業してからずっとサラリーマンをやってて、最初の6年半はゴムの部品メーカーでシンガポール勤務。当時はめぼしい音楽フェスなどもなくて、自分としてはキツい音楽環境でした(笑)。日本へ戻ってきてゲーム会社へ転職したんですけど、業務管理の部署でメンタル的にキツくて。思い切って環境を変えようと、家族を連れて渡米して、LAのIT企業で働き始めたというわけです。もちろん音楽活動をしたいとは思っていたけれど、「大手のレーベルと契約しないとミュージシャンとして食っていけない」という先入観が大きくて。

ーー 確かに、LAで家族を養いながら音楽1本でやっていくのは、並大抵のことじゃないと思います。何か転機があったんでしょうか?

starRo:大きかったのは、「SoundCloud」が出てきたことです。それ以前に海外でよく使われていた「MySpace」に対して、「SoundCloud」は音楽に特化したプラットフォームという点が新しかった。レーベルに所属していない立場で自分の音楽を人に聴いてもらう方法といえば、CDに焼いて渡すくらいしかなかったのに、ネット上でいきなり世界中とつながるようになったわけですから。

もう一つは、移住から3〜4年後にたまたま行った「Low End Theory」というクラブイベントで、ビートメーカーたちがステージに上がって、会場が盛り上がっているのを目の当たりにしたこと。楽器じゃなくPCや機材をいじるだけではオーディエンスを盛り上げられないと思っていたので、「これでいいんだ!」と。

ちょうどその頃の楽曲が今の自分のスタイルの始まりで、「SoundCloud」上でもフォロワーが増えてきて、そこからLAのビートシーンを代表するレーベルの「Soulection」から声が掛かりました。2年くらいデモを送り続けて何の返事もなかったのに、急に向こうから連絡が来て「お前、今までどこにいたんだ?」って(笑)。

starRoのSoundCloudページ

ーー 「Soulection」にはアジア系のミュージシャンも多いですが、アメリカで多様な人種を受け入れるコミュニティとつながったのは大きなことですね。

starRo:間違いないと思います。例えばヒップホップって、僕に言わせればある種の伝統音楽なんですよ。70年代、ニューヨークはブロンクスの貧しい黒人たちに始まり、そこに連なる環境で育ってきた連中だからこそ、醸し出せるものがある。様々なアーティストのツアーサポートをしてきた経験からしても、白人アーティストのライブの客はほぼ白人、黒人の場合は8割が黒人で、どちらにしてもアジア人はほとんどいません。その環境で、いかに伝統音楽的なしきたりを外していくのかが問題なんです。

そのことを痛感したのが、ネット上で「starRoってアジア人だったのか!」という声をよく目にしたこと。日本、韓国、中国といった東アジア人には、こういうビート系の音楽は作れないというイメージがあるんです。アメリカ社会の背景として、大多数の白人に加えて黒人やヒスパニックなどはそれぞれにコミュニティを築いていますが、アジア系は言葉がバラバラだけに結束感もなく、音楽がメディアに取り上げられることもほとんどない。差別ではなく、アジア系の存在感自体が弱いんです。

でも、90年代にDJ KRUSHさんが新しいスタイルでインストゥルメンタルのヒップホップを作り出したように、人種や形式にとらわれないからこそ、できることがあると思うんです。「Soulection」にしても、ヒップホップやR&Bのフィーリングを受け継ぎながら、その形式から外れた要素も認めていこうという姿勢があったからこそ、僕のことを受け入れてくれたんだと思います。

苦節1年半、「寝耳に水」だったグラミー賞ノミネート

1stフルアルバム『Monday』(MIYA TERRACE/トイズファクトリー)

ーー とはいえ、活動を音楽1本に絞った当初はUberの運転手で日銭を稼ぐなど、かなり苦労されたみたいですね。そこからどうやって、グラミー賞の「ベスト・リミックス・レコーディング部門」日本人初となるノミネートに至ったのでしょう?

starRo: 確かに、2015年に会社を辞めてから半年間はつらかった。「音楽しかやりたくない」という一念で、少しずつラジオ出演や日本のクラブでのDJなども増えていって、16年の10月にはアルバム『Monday』もリリースできました。

でもグラミー賞に関しては、本当に突然のことだったんです。自分はメジャーな世界とは縁がなかったし、曲が応募されていることすら知らなくて…。12月6日のことですが、朝起きたらラジオのディレクターから「おめでとう!」というツイートが届いていて、何のことか全然わからなかった。何通もメッセージが届き始めて、もしやと思ってグラミー賞のサイトを見てみたら、名前が載っていた。でもスペルが間違っていて、直してもらおうにもどこへ連絡したらいいかもわからないという……(笑)。

そもそもグラミー賞は、グラミー協会の会員資格を持っているレーベルが毎年1曲だけ応募できるという仕組みで、たまたま自分が手がけたコーラスグループ「The Silver Lake Chorus」のオフィシャルリミックスが提出され、ノミネートされたということなんです。でも嬉しく思う一方で、無数の作品の中からあの1曲が目に止まるなんてほとんど運じゃないかと思いました。確かにあのリミックスは難しかったけれど、とはいえ本当に自分の実力が評価されたのかどうか……ずっとモヤモヤしている状態です。

The Silver Lake Chorus「Heavy Star Movin’(starRo Remix)」

ーー でも、グラミー賞にノミネートされたことによる拡散力には、途方もない威力がありそうです。環境もガラリと変わったのではないでしょうか。

starRo:それはもう、長らくやりとりがなかった人からやたらと連絡が来るようになりました(笑)。「スッキリ!!」「めざましテレビ」「NEWS ZERO」と、日本の地上波テレビ番組でも取り上げてもらって。メインの授賞式へ出席してみての感想は、音楽自体からかけ離れた部分も含めて、とにかく巨大なお祭りのような印象でしたね。

授賞式後は、自分の音楽性とはまったく関係のないオファーが来るようになって、メジャー系のいわゆる“ライティング・セッション”に参加した時もあります。プロデューサーが10人くらいいて、どうすれば自分の名前をクレジットできるかと虎視眈々と狙っている人が山ほどいるような世界です。合宿みたいに30分に1曲のペースで何百曲も作ったうちの一つが使われて、ヒットしたら一攫千金みたいな話も聞こえてきて、だから今のメジャーシーンの楽曲は全部同じような印象になるんだなと。それはそれでプロの世界だと思うけど、自分がやりたい音楽の形とは違うと思いました。

何をやるのも自由な時代。だからこそ、信じる道を突き進め

ーー ダンスミュージックシーンの主流になって久しいEDMにしても、パンケーキやタピオカミルクティーのようにマーケティング的な要素が中心で、「流行らせてナンボ」という表現のあり方に違和感を覚える人も多いと思います。

starRo:まあ、それはそれでいいと思うんですよ。僕の望みとしては、支えてくれている方々に対して「とにかく死ぬまで音楽をやらせてください」という気持ちでやっているので、流行を追いかけるやり方では長続きしないですよね。でも、そうやって作られた中で「これいいじゃん!」って思える曲もある。それだけのことです。

ノミネートを受けて、「アメリカの音楽業界で成功する方法を教えてほしい」という質問がたくさん届くようになったんですが、僕の答えは単純です。「音楽を作り続けて、発信し続けてください」。結果が出るのは明日かもしれないし、50年後かもしれない。どうすれば売れるかなんて、誰にもコントロールできないことだから。「どうやったらバズるんですか?」とか「どんな人とつながったらいいんですか?」って聞かれるけれど、そういうことじゃないだろうって思うんですよ。

ーー 2月にリリースされたSARA-Jとのコラボ楽曲をはじめ、今後はアジアのインディー系ミュージシャンとの取り組みに力を注いでいくそうですが、その理由は?

今年2月にリリースされた新曲、SARA-J × starRo「OMAE」

starRo:90年代の渋谷系やクラブシーンのように、時代やジャンル、知名度を超えて自由に「いいものはいい」と言えるあの感覚に戻りたいという気持ちがあるんです。今や、ネットで作品発表からプロモーションまで全部できる時代じゃないですか。だからこそ、才能のある若い人たちと一緒にどこまでいけるかを試してみたい。その一方で、アジア系ヒップホップレーベルとして話題の「88rising」をはじめ、いわゆるアニメ、オタクの文脈ではない、アジア人自身が格好いいと思えるキッズたちが登場してきて、すごく面白いと感じています。

LAのリージェント・シアターでのパフォーマンス風景

――「Spotify」や「Apple Music」などのストリーミングメディアが全盛になり、音楽が“選んで買う”ものから“流しておく”ものになってきている状況については、どうでしょうか。

starRo:一つ言えるのは、自分の音楽を世界中の人たちの耳へ届ける機会が増えたこと、これは何よりも大きいことです。CDの時代には、何曲か完成するのを待って、流通経路を持っているレーベルと契約して……という形で投資が必要だった。でも今は投資回収を気にせず、より思い切った曲作りをして、1曲でもすぐに発表できる。これはクリエイティビティにとっても大きなことだと思いますね。

もちろん、それをどうお金にするかは難しい問題です。みんな「音楽で稼ぐにはどうしたらいい?」って言うけれど、それは誰にも答えられない。だから結局、自分のやりたいことに正直に向き合うしかない。僕としても、90年代のあの頃のように、「好きだからやる」というあの感覚を忘れずに、自分の音楽を追究していきたいと思います。


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