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イノベーションにおいても「聖地」となったイスラエルの発展に、日本が進むべき未来を垣間見る【ブックレビュー】
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  • 2019.02.04
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イノベーションにおいても「聖地」となったイスラエルの発展に、日本が進むべき未来を垣間見る【ブックレビュー】

神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

http://y-jimbo.com/index.html

イスラエル発展のキーは「人口の少なさ」と「生き残る意志」

熊谷徹『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮社)は、「中東のシリコンバレー」と言われるまでに発展を遂げたイスラエルに何が起こっているのかを、ドイツ在住歴の長いフリージャーナリストの著者が分析した一冊だ。

まずは、イスラエルがどんな国なのか簡単に(もっとも簡単にまとめられない国ではあるものの)まとめておきたい。

・三大宗教(ユダヤ教、イスラム教、キリスト教)の聖地、エルサレムがある
・ユダヤ人国家(2018年7月に国会で可決)
・パレスチナとの紛争で、国際社会から非難を受けている
・アメリカから軍事支援を受けている
・アラブ諸国と対立している

このように、イスラエルの対外的な印象は良いとは言い難い。筆者は旅行会社で働いていた時、パスポートにイスラエルのスタンプがあると入国できない国があるため顧客データに「イスラエル歴」というチェック項目があったことなどから、自分もいつか行ってみたいという憧れもありつつ、「特殊な国」というイメージもあった。

イスラエル成長のきっかけとなった要素には、まず「人口の少なさ」がある。このキーワードからエストニアやフィンランドなどといった国を連想する方も多いだろう。900万人弱の人口のイスラエルが活かした強みは、軍事技術を応用したITや自動運転技術の開発である。

イスラエルのベンチャー企業は、モービルアイのように「余人をもって代えがたい」高度な技術力を持っているが、手持ち資金が少ないので、研究開発に大企業ほどの費用をかけられない。一方欧米の大手企業は、豊富な資金力を持っているが、イスラエルほどずば抜けたイノベーション力がない。(P59)

イスラエルは国民皆兵で男性は3年間、女性は2年間の兵役が課される。そして、その中に国防軍で電子諜報を担当する8200部隊というエリート集団がある。この卒業生の起業率は特に高く、アメリカを倍以上突き放してイスラエル国民一人あたりのVC(ベンチャーキャピタル)投資額を世界一位にしている。特筆すべき点は、彼らが8200部隊、そして祖国に強い誇りを持っていることだ。

今日イスラエルが米国に次ぐイノベーション大国として、世界中の企業、投資家から注目されている背景にも、「生き残り」のための渇望がある。イスラエル人たちが、祖国と同胞を守ろうとする強い願望が、技術水準を大きく引き上げた。(P74)

前述の通り、パレスチナ問題は国際社会で大きな争点となっており、著者もイスラエル人の一癖も二癖もある物言いに関して時に違和感を覚えることがあるという。しかし、臆せず物事を進めていく勇気を持っている人がイスラエルに多いことは確かなのだ。

ユダヤ人迫害の歴史と、ベンチャー精神

ポグロム、ホロコースト、そしてそれ以前にもユダヤ人は長い迫害の歴史を持っている。それゆえに、現代イスラエルでも「すべてを疑い質問する」という姿勢は、当たり前の教育として考えられている。本書で度々発言が引用されるハイファ大学安全保障センター・シュフタン教授の家庭では、既存の価値観にとらわれない姿勢を子どもたちに教えているという。

権威を恐れないイスラエル人たちの行動哲学は、子供の時に家庭で育まれる。たとえばシュフタン教授は2人の娘に対し、「君たちは私が父親だからといって、私を尊敬する必要はない。私の振る舞いを見て、『パパは尊敬に値する人物だ』と思えれば尊敬すればよい」と教えた。 (P103)

8200部隊では他国のサーバーをハッキングするよう指示されることも当たり前のようにある。そして、時に講師ですら達成不可能な課題が与えられる。困難や大きな壁にぶち当たることに慣れている人々が社会に出て、優秀な技術を開発するに至っているのだ。

そうした社会全体の心がけは、技術だけでなく意思決定の強さにもつながっていることが本書では示されている。ドイツとイスラエルの間にはホロコーストという拭い去れない過去が横たわっていて、600万人、あるいはそれ以上とも言われる虐殺について両国はどう共に乗り越えるかを話し合ってきた。

重要な点は、ドイツ・イスラエル両国が「死者の数は600万人である」と合意している点にあると著者は説明する。

つまりドイツ人とユダヤ人は、「死者の細かい数字を特定できない」という小異を捨てて、「ドイツが責任を全面的に認めて謝罪し、両国の間に良好な関係を築く」という大同に就いた。もしもドイツ人とユダヤ人が死者の数字について議論を重ねていたら、いつまでも和解することはできなかっただろう。(P155)

こうした点でも、歴史認識で隣国と相克を続けている日本にとって、イスラエルからは学ぶべき点が多くあると言える。

ドイツと中国を惹きつける、イスラエルの先端技術

本書ではドイツと中国がどのようにイスラエルと関わっているかについて、全体の半分近くのページが割かれている。理由のひとつとしては、著者が「ドイツに住んでいる日本人」という視点で世の中を眺めていることがある。また、既にイスラエルと関係がある国の先例を示すことで、日本がこれからどのようにイスラエルと関われるかを示そうとしているのだ。

ドイツの大きな産業の一つである車産業。今後その基盤となっていくカーシェアなどのモビリティ・サービス、自動運転、車のデジタル化の未来は、イスラエルが先導しているといっても過言ではない。自動運転だけではなく、Uberを猛追しているタクシー配車アプリGett、1.2億人が使う乗換案内アプリMoovitの技術もイスラエル発だ。

グーグルは1文字目を入れると検索候補が出るグーグルサジェストで、イスラエルの技術を使った。また、伝統的に水不足に悩まされた結果発展した脱塩・水質管理の技術は、農村部を中心に水不足や水質汚染に悩まされている中国にとって魅力となっている。

中国企業は、地中海に面するアシュドッド、紅海につながるアカバ湾に面するエイラートを結ぶ鉄道建設工事の入札にも応募している。つまりアジアからの物資をエイラートで陸揚げし、アシュドッドまで鉄道で運び、アシュドッドから地中海経由で欧州に輸送することによって、輸送にかかる日数を短くすることが狙いだ。(P199-200)

出遅れた感のある日本が成し得る役割として、著者はパレスチナ紛争の調停役をはじめとした中東和平の仲介役になることを検討すべきだと主張する。一聴すると夢物語のようなこのアイデアは、ある種の比喩であり、示唆でもあると筆者は感じた。

日本の人口は50年後に8,000万人、今世紀の終わりには6,000万人まで減っていくと既に予測されている。もともと人口が少なく骨太な国の持久力は、人口が急激に減ってスカスカになった国よりも間違いなくあるだろう。そうした状況が現実のものとなってしまう前に、日本は未来の役割をもっと先回りして模索していかなければならないと著者は主張しているのだ。イスラエルの事例を通して日本の課題を教えてくれる本書は、パレスチナ問題やユダヤなど、日本人にとってなかなか親しみがないキーワードの知識がない人でも、多くを学べる一冊となっている。


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