CULTURE | 2019/01/15

映画祭でもインディーズ映画が熱い!(その2)【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(7)

写真提供:田辺・弁慶映画祭実行委員会
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2018年の映画年間興行収入のベスト10が発表された。ラン...

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写真提供:田辺・弁慶映画祭実行委員会

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2018年の映画年間興行収入のベスト10が発表された。ランキングは日本国内で上映された邦画と洋画を分けて発表され、『劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』(18)が92億3,000万円を記録して1位に輝いた。これは邦画の1位ということだけでなく、洋画の1位が80億700万円を稼ぎ出した『ジュラシック・ワールド/炎の王国』(18)であったことからも、『劇場版コード・ブルー』が2018年映画興行における首位であったことを裏付ける。

そして、ランキングの中でひときわ異彩を放っている作品が、31億2,000万円を記録して邦画の7位にランクインした『カメラを止めるな!』(18)だろう。DVDやBlu-rayが発売された現在も、作品は全国の映画館で続映中。最終的な興行収入は、まだまだ伸びる可能性がある。インディーズ映画は、自ら上映館を開拓してゆかねばならないという実情があり、『カメラを止めるな!』も上映開始時は都内2館でのスタートだった。30億円を超える興行収入を記録するためには、ある水準の上映館を獲得しなければ達成できないというビジネス的な側面がある。それは『カメラを止めるな!』の興行収入を、全国340スクリーンで上映されたという実績を基に計算してみることで、1館(スクリーン)に必要とされる数字が自ずとはじき出される。

インディーズ映画といえども、製作費や宣伝費を回収することは、ビジネスとして必須事項なのだが、そもそも個人的な力によって生み出された作品の多くは、映画を配給・宣伝する仕組みに疎いもの。『カメラを止めるな!』の興行的な成功については「同じようなやり方で映画を作れば達成できるというものではない」という苦言を上田慎一郎監督自身が発している。

連載第7回目では、前回に引き続き「映画祭でもインディーズ映画が熱い!」の(その2)と題して、インディーズ映画の上映環境と映画祭の関係について解説してゆく。

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを現在務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

日本では20本前後の新作映画が毎週公開されている

現在、日本の映画興行は飽和状態にある。それは「観客の動員がこれ以上は望めない」ということではなく、「映画の上映がこれ以上は難しくなってきている」という意味でだ。一般社団法人日本映画製作者連盟が発表しているデータを基にすると、2017年に公開された邦画は594本、洋画は593本あり、合計すると日本国内で1,187本もの映画が公開されたことになる。この数字を単純に1年間50週で割ると、約23本もの新作が毎週公開されているという計算になる。映画館の上映スケジュールが、いかに過密な状況になっているのかを物語る数字だ。

かつて映画は、<ブロック・ブッキング>という興行形態で上映されていた。映画館が大手映画会社の配給部門と一定期間の一括契約を締結。あらかじめ映画会社側が上映作品のラインナップを決めた上で、各々の作品の上映開始日と上映終了日の決まった作品を映画館が上映していた。その形式を<ブロック・ブッキング>と呼んでいたのだ。かつては、ひとつの映画館で同じ映画を終日、そして繰り返し上映していたことを40代以上の方であれば記憶しているに違いない。それこそが<ブロック・ブッキング>によるものだったのだが、1990年代から複数のスクリーンを持つシネコンが普及したことにより、作品の上映時間帯を自由に編成し、入替制や指定席制を採用した<フリー・ブッキング>へと形式が移行したという経緯がある。

日本国内の映画公開本数は「東京都内にある商業映画劇場のスクリーンで7日間以上、1日1回以上の有料上映が行われた作品」が対象となっている。2000年の公開本数は、邦画と洋画を合わせて644本。映画館のスクリーン数は2,524スクリーンだった。ところが、2017年には、公開本数がおよそ倍の1,187本になり、スクリーン数も3,525スクリーンに増加している。つまり、上映作品数の増加によって上映するスクリーン数も増えているのだが、1作品あたりの上映機会は単純に減少しているということが窺える。

映画製作のデジタル化が作品を作りやすくさせた

2013年以降、映画の年間公開本数は1,000本を超え、年々増加傾向にある。その理由には複数の要因が関係しているのだが、以前に比べてインディーズ映画を映画館での上映するハードルが下がったということも理由のひとつとして挙げられている。例えばそれは、フィルムでの上映がデジタルによる上映へと移行し、上映コストが格段に下がったことや、そもそもフィルム撮影をしないので映画を製作する予算、或いは機材そのものが安価になり、映画が作りやすくなったということなども要因のひとつとされている。『カメラを止めるな!』は、まさにそのような時代の恩恵によって生まれた作品だと言って過言ではない。

とはいえ、前回指摘したように、インディーズ映画は上映館を確保しなければならないというリスクを抱えている。インディーズ映画の多くは上映館が決まらないまま、とりあえず撮影に入るということが常となっているからだ。特に学生映画や自主映画の場合、映画業界とのコネもなく、作品の出口となる映画館=劇場での興行という側面は後回しにされがちなのだ。監督も役者も無名で、有名な原作を映画化する訳でもなく、興行的な裏付けをも欠く作品が、商業を目的とする映画館で上映されることは、時代が<フリー・ブッキング>に移行したとは言え困難であることには変わらない。

そこで、製作した作品を映画祭に出品し、映画祭での上映や受賞を果たすことによって作品の評価や格付けを得るということは、インディーズ映画にとって重要なポイントとなっている。映画祭での上映自体が作品のショーケースとなり、受賞歴などの<肩書き>が作品の価値を裏付けにすることで、映画館での上映に結びつくことも増えてきているからだ。直近では、2018年9月にスペインで開催されたサンセバスチャン国際映画祭の最優秀新人監督賞を受賞した奥山大史監督作品『僕はイエス様が嫌い』(19)が、その好例だが、もちろん海外の映画祭だけが映画祭というわけではない。その点で、日本国内の学生映画や自主映画の登竜門として歴史があり、かつ著名なのはPFF(ぴあフィルムフェスティバル)だろう。

1977年に「映画の新しい才能と発見と育成」をテーマに開始されたPFFは、受賞監督の中から企画を募って製作費などの支援を行う「PFFスカラシップ」を運営するなど、新人監督の育成の場となったことで、森田芳光監督や園子温監督など数多くの人気映画監督を輩出している。ほかにも、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭、TAMA NEW WAVE、東京学生映画祭などで、学生映画や自主映画を活動の場とする若手映画作家たちを対象としたコンペティションが開催されている。その中でも異色なのが、和歌山県田辺市で毎年11月に開催されている田辺・弁慶映画祭。地方で開催される映画祭ながら、2018年で第12回を迎え、ぴあフィルムフェスティバルと並ぶ学生映画・自主映画にとって重要な映画祭に成長しているのだ。

映画祭での受賞をきっかけに羽ばたいてゆく若手監督たち

例えば、第4回田辺・弁慶映画祭のコンペティション作品『たまの映画』(10)で受賞を果たした今泉力哉監督は、その後、『サッドティー』(14)、『知らない、ふたり』(16)、『退屈な日々にさようなら』(17)の3作品が東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門に選出される映画監督へと成長。さらに『パンとバスと2度目のハツコイ』(18)が特別招待作品として上映され、2018年には『愛がなんだ』(19)がグランプリを競う東京国際映画祭のコンペティション作品として出品されるまでになっている。

また、高良健吾主演『横道世之介』(13)の沖田修一監督が第2回田辺・弁慶映画祭に出品した『後楽園の母』(08)、橋本愛主演『PARKS パークス』(17)の瀬田なつき監督が第3回に出品した『彼方からの手紙』(08)も過去に受賞を果たしているなど、入賞監督の商業デビューという結果は「新たな才能の発掘」という点で、映画祭の評価を年々上げることにも繋がっている。さらに近年の受賞作では、第9回の甲斐博和監督作品『イノセント15』(16)、第10回の永山正史監督作品『トータスの旅』(17)、第11回の森田博之監督作品『ラストラブレター』(18)などが劇場公開を果たしているのだ。

前回「実績のある映画人たちが製作したインディーズ映画も、無名の映画人が製作した学生映画や自主映画も“作品の出口を見つける”という興行的な側面が重要であることに変わりはない」という文章で締めくくったが、“作品の出口を見つける”という点で、田辺・弁慶映画祭は特異な映画祭だと言える。それは、賞金・賞状・賞品のほかに、東京(テアトル新宿)と大阪(シネリーブル梅田)での上映権が受賞作品の副賞となっているからである。映画祭の多くは受賞作品に対する表彰や賞金の授与をするに留まるのだが、田辺・弁慶映画祭は受賞作品の劇場上映までを世話するという点で他に類をみない特徴を持っているのだ。

劇場上映に関しては、映画祭に協力している東京テアトルが受賞直後からバックアップ。製作・配給・宣伝・劇場のプロたちが上映までの宣伝方法や計画をレクチャーするなど、若手監督たちの商業映画デビューを前提にした“新しい才能の育成”を興行面から支えている。これは日本国内の映画祭では唯一の試みなのだ。とはいえ、218席あるテアトル新宿を無名のインディーズ映画が満席にすることは難しい。ましてや、各々の作品には「田辺・弁慶映画祭での受賞」程度の肩書きしかない。受賞監督たちは、劇場前でのチラシ配りやSNSでの情報拡散、あるいは、上映にイベントを仕掛けるなどして観客を動員。前述の『イノセント15』のように、立見が出るほどの盛況をみせる作品も誕生している。映画を作りっ放しにするのではなく、興行的なアプローチによって作品の知名度を広めてゆくという視点が、結果的に多くの映画関係者の目に留ることに繋がり、作品の劇場公開を可能にさせているのだ。

韓国でも劇場公開される快挙の『イノセント15』

2018年の第12回田辺・弁慶映画祭では、福田芽衣監督の『チョンティチャ』(18)がグランプリに輝いた。ミャンマー人とタイ人のハーフとして日本で生まれた少女・チャンティチャの姿を描いたこの作品。学生映画や自主映画の多くが「半径5mしか描けていない」と揶揄される中、まさに<家族>という主人公の「半径5m」だけを描くことで、国際的な問題点にまで言及して高い評価を受けた。また、この作品とともに受賞を果たした石井達也監督の『すばらしき世界』(18)は、母子家庭に育った少年が直面する格差社会の現実を描くなど、テーマ性においては、これまでの学生映画・自主映画の印象を払拭。審査員の入江悠監督や三島有紀子監督は、口を揃えて作品のレベルの高さを賞賛していた。

ちなみに『イノセント15』は、2018年に韓国でも劇場公開され、DVDも発売されるという快挙を成し遂げた。また主演の小川紗良は、テレビドラマ「ブラックスキャンダル」の若手女優役で注目されているだけでなく、映画監督として『最期の星』(18)がPFFのコンペティション部門に入選するなど、今なお話題に欠くことがない。インディーズ映画を扱う映画祭の多くは、映画祭自体の規模や予算こそ国際映画祭と比べて小さい。しかし“新しい才能の育成”という視点に特化することで、ひとつの点がやがて線となって日本映画界における“ある部分”の役割を担いつつあることを田辺・弁慶映画祭は証明している。

日本の映画興行は2,200億円前後の市場規模として停滞気味。一見すると好調であるような印象の報道ばかりを目にするのだが、実は多くの映画が採算割れしているという厳しい現状の中にある。2018年における『カメラを止めるな!』の大ヒットは、インディーズ映画界にとって明るい話題だったが、個人的には「同じようにやればヒット作が生まれる」という安易な発想によって亜流版が生まれることを危惧している。デジタル時代を迎えて映画を製作することは容易くなったが、今も昔もヒットさせることの難しさは変わらない。インディーズ映画にとって必要なことは、興行的な視点を持ち、観客が求めるものを“興行の素人としての視点”によって見極め、“作品の出口”の在り方を模索し続けるということにあるのではないだろうか。


出典:
『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)
キネマ旬報 2018年2月下旬号
映画.com 2018年12月31日
ELLEONLINE 上田慎一郎監督インタビュー
一般社団法人日本映画製作者連盟
2017年データ
過去データ
東京国際映画祭
田辺・弁慶映画祭