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SNSじゃわからない「無知の知」を若者に伝え続ける「偶然の学校」の意義|中井圭(映画解説者)
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  • 2018.11.12
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SNSじゃわからない「無知の知」を若者に伝え続ける「偶然の学校」の意義|中井圭(映画解説者)

BIGLOBEに勤めながら、映画解説者として活動している中井圭氏が運営する無料のワークショップ「偶然の学校」。授業の講師は毎回変わり、テーマも事前に教えない。参加者が予期しない文化・学問・技術を体感してもらうユニークな学校プロジェクトだ。

“偶然”に奥深い体験をすることで視野を広げ、新しい可能性を見出し、社会を少し面白くする人材の育成を目指している。そのために厳しい審査を経て選ばれた生徒たちには、ワークショップで「挫折」を経験してもらうという。

なぜこのようなワークショップを開催しようと思ったのか? そして、なぜ“偶然”にこだわるのか? その真意と将来の夢について語ってもらった。

聞き手・文:米田智彦 構成:成田幸久 写真:神保勇揮 デザイン:大嶋二郎

中井圭

映画解説者

1977年生まれ。関西大学卒業。NEC入社後、BIGLOBEに勤務しながら、映画解説者として活動。雑誌やWEBで映画評を執筆しながら、映画紹介プロジェクト「映画の天才」や才能育成プロジェクト「偶然の学校」の代表を務める。無料上映プロジェクト「ナカメキノ」クリエイティブディレクター。WOWOWの映画情報番組「映画工房」や「ぷらすと× Paravi」をはじめ、「シネマのミカタ」「はみだし映画工房」など多数出演。

映画「評論家」と映画「解説者」はどう違うのか

ーー 中井さんはBIGLOBEの社員でありながら、映画解説者の仕事もされています。どういう経緯で映画に関わり始めたのですか。

中井:新卒でNECに入社して、ビッグローブ事業本部というBtoC部門に配属になったんです。そこで「POPEYE」や「BRUTUS」を立ち上げた編集者の石川次郎さんのプロジェクトが立ち上がって、僕はそこで次郎さんチームの丁稚奉公みたいなことをしていました。

その後、ビッグローブ事業本部の映画情報サイト「シネマスクランブル」で、サイト運営と編集の仕事をすることになりました。でも予算も少なくて外注するのも厳しかった。そこで僕は映画をかなり観ていたので、自分で記事を書いちゃおうと思ったのが最初のきっかけです。当時はBIGLOBEも動画系のコンテンツもやり始めていて、自社番組に出演しながら記事も書いていたら、外からお仕事をいただくようになりました。その時、何か対外的な肩書きが必要だと思ったんです。でも、映画評論家というのはちょっと違うなと思って「映画解説者」と名乗るようになりました。

ーー 映画解説者という肩書は、映画評論家とはどう違うのですか。

中井:人によっていろんな考え方があると思いますが、僕が考える映画評論家というのは、現在と過去を踏まえて、作品を評価するにおいて新しい価値や視点を与えるという作業をする人のことかなと思っています。

たとえばオーソン・ウェルズ監督の『市民ケーン』という作品があります。今でこそ超傑作と言われていますが、かつてはそんな評価はされていなかったんです。フランスの映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』のアンドレ・バザン編集長が、「この映画はリアリティを再開発している」と提唱したんですね。それを機に再注目されて、実はすごい映画だったんだということにみんなが気づいたんです。

つまり、映画評論家は、映画史全般の知識や解釈を通じて、現在そして過去の作品に価値を付与していく。そうすることによって、見方・語り方はもちろん、新作映画の制作にも影響を与えうる。それが映画評論家の使命のひとつだと思うんです。もちろん、それをやるには相当の技量と覚悟が必要です。

一方、僕がやりたいのは、今この瞬間に、みんなに映画館へ足を運んでもらうこと。人に映画を勧めて観たくなるようにすること。そう考えると映画評論家と名乗るのはちょっと違うなと。だから「映画解説者」がいいと思ったんです。映画を解説して多くの人に映画を楽しんでもらえるような状況を作っていくのがいいなと思いました。

ーー 「みんなに映画館に足を運んでほしい」という背景には、中井さんの危機感みたいなものがあるんですか?

中井:このまま映画人口が増えないと、産業的にヤバいって思ったんです。今、映画の年間の国内総興行成績は2,200億円くらいですが、これは大人の紙おむつ市場と大して変わらない。小さな経済規模なんです。日本の映画産業に従事する人間の多くは、好きだから歯を食いしばって劣悪な労働条件でも堪えている、というのが実態です。

僕はこの状況を変えるために、多くの人に映画を観てほしい。映画人口って年間4,000万人くらいしか稼働していない、つまり残りの8,000万人くらいは年に1回も映画館に行っていないんです。その8,000万人を稼働させて、映画産業を2倍の4,000億円市場にしたい。その一助となるのが僕の仕事だと思っています。

「関心のないこと」に関心を持たせられるのか

「偶然の学校」の授業風景

ーー 映画解説者である中井さんが「偶然の学校」というワークショップを始められたきっかけは何だったんですか。

中井:もともと中目黒で「ナカメキノ」という映画の無料上映イベントをやっていたんです。月に1回、100人くらいのお客さんを呼んで映画館の環境を作って映画を観てもらうんです。僕と映画評論家の松崎健夫さんと、もう一名、作品にちなんだゲストをお招きして、前説や後説をしたりして。新作のフィルムを集めて公開前の作品を観てもらうとか。映画館で観る映画の面白さを再発見してもらいたかった。それを2年くらいやっていました。

ーー お客さんの反応はいかがでしたか?

中井:すごく盛り上がってはいたのですが、お客さんが2パターンに分かれていることに気づいたんです。もともとコアな映画好きの方と、毎回トークのゲストを目当てに来られる方の2パターンです。コアな映画好きの方は、選りすぐりの新作を観ることができるこのイベントに毎回来られる固定メンバーになりました。そしてゲストにしか興味がない人は、そこ止まりで、なかなか映画自体に関心を持たない。人は関心のあることにしか関心がないんだなって思いました

たとえば、日本人って日本で起きている問題には目を向けるけど、世界で起きていることには興味がないですよね。海外でテロや移民問題が起きていても、日本のメディアはタレントの不倫報道ばかり。Twitterでも同じ。海外で起きている問題なんて、自分たちには関係がないんだと思っちゃって興味を持たない。

実は日本の中で起きているほとんどの問題は、無関心から起きているんじゃないかと思っているんです。解決していない問題というのは、関心を持たれていない問題なんじゃないのかと考えが至りました。

その思いと「ナカメキノ」に来ているお客さんの属性を考えた時に、あれ?と思ったんです。未来を担う若い子たちに、関心のないことに関心を持ってもらえるようなことがやれたらいいなと思ったんです。それが、「偶然の学校」を始めた理由です。

血肉化していない「情報」はペラペラの剣と同じ

ーー 「偶然の学校」では何を学んでもらうことが目的ですか? 

中井:実体験を通じて、若い子たちの鼻をへし折って、挫折を味わってもらいたい。

僕のNEC入社当時のことですが、「シネマスクランブル」を運営していた際、発注先のウェブ制作会社の社長が僕と同い年だったんですよ。信じられないくらい頭の良い人でした。そして、歯に衣着せぬ物言いにびっくりしました。僕はクライアントで向こうは受注者。なのに会議になると、僕はいつもボロカスに言われるんです(笑)僕も最初は「何を~!」と思っていたんですけど、発注者だから偉いんじゃない。相手はただ正しいことを言っているだけなんです。だから、不思議と腹も立たなかったし、素直に受け入れられて学びも大きかった。そういうフラットな関係性でやることってすごく大事だなと思ったんです。同じ歳で圧倒的なレベルの差を見せつけられて、僕はそこで目が覚めました

僕自身、鼻をへし折られることで、彼我の差を知り、もっと努力することができるようになりました。その結果、まだまだ未熟ではありますが、成長してきたように思います。僕が体験したように、彼らにも自分がいかに無知であることを知ってもらって挫折してもらいたい。それが、一皮剝けるためにけっこう重要なことだと思っています。

「偶然の学校」では各ジャンルのスペシャリストを講師に招くのですが、誰が来て何をやるのかもわからない。だからこそ気づくことや、関心がないと思っていたことでもやってみたら面白いってことがわかる。同時にその道の一流の人たちとそこそこできると思いこんでいる自分との差を思い知らされる。そういう苦い経験をして、新しいことを生み出す力を身につけてほしい。そんな思いで作った仕組みが「偶然の学校」です。

ーー 挫折を乗り越えると、人って一歩上がっていきますよね。

中井:そうなんです。今はネットで調べれば何でも答えが出てくる時代で、知識量が多い人は昔より多いと思うんです。ただ、それは実体験を伴っていない。つまり苦労や挫折を伴っていない知識だったり、なんとなく得ているものだったりするんです。自分の体験を通じていない知識は、すごく薄っぺらくて弱い。僕自身、そういう知識はまったく武器にならないことを何回も経験していますから

ーー 情報が血肉化していない、ということですね。

中井:ペラペラの紙のような剣で斬りかかっても何も斬れないのと同じです。そこには大きな挫折が必要で、やってみてできない自分を知ったうえで、そんな自分とどう向き合っていくのかが大切なんです。なんとなくググって答えらしきものを見つけて、それをTwitterでなんとなくつぶやいておけば、わかったような気になれる。でもそうじゃない。「偶然の学校」では挫折が体験できるし、そこに気づいてくれるんじゃないかと思っています。

ーー とはいえ、無料で毎年全12回を運営するのは大変そうですね。

中井:そうですね。運営費用はすべて僕のポケットマネーです。無料にしている理由は、意欲はあるけどお金がなくて来られない、という子が出ないようにしたいからです。年齢は18歳〜29歳にしているんですけど、お金がないからチャンスを掴めないというのはもったいないので、僕ができる範囲で還元しています。

ーー 先生へのギャラもありますよね。

中井:毎回、先生を集めるのも大変ですね。ギャラを支払うのだけが大変ということではなく、無知の知や挫折を与えるためには、高いレベルの先生を呼ばないといけない。あと、人として尊敬できるかどうかもすごく大切。生徒には先生の生き方そのものを学んでほしいし、先生も生徒をバカにせず、できない子に対してどう接するかが大切なので、人間性はかなり重視しています。この企画の志に共鳴して参加してくださった、素晴らしい先生方に心から感謝しています。

ーー ちなみに「偶然の学校」に偶然来ることになった人はいますか?

中井:はい。僕のことを知っていたというよりは「TwitterのRTで流れてきたのをたまたま見つけた」って人がたぶん半分以上なんじゃないですかね。

ーー 偶然に「偶然の学校」に出会う。その化学反応は面白いですね。

中井:そうですね。僕のことをよく知っていて、なんとなく想定できるものを受けに来ていると予定調和になる。それより、よくわからないけど来てみたら面白かったっていうほうが、僕としても面白いし、嬉しい。少なくとも予定調和を避けるべく、僕が映画解説者だからと言って、映画の授業はほとんどないですし、僕自身が授業をしたことは一度もありません。主催者が映画の人だから映画の授業というのであれば、映画の専門学校に行けばいい話ですし、それじゃ企画として全然面白くないですから。

一流の職業人は、ジャンルは違えど本質は同じ

ーー 1年間の授業を経て生徒は変わりますか?

中井:変わりますね。挫折を散々するので、まず謙虚になるのは明らかです。あと、先生が教える本質は授業単位ではあまり変わらないんです。いろいろなジャンルの授業があるのですが、一流の先生たちはやっていることは違っても、大切にしている考え方はそんなに変わらない。共通しているんです。生徒は12回の授業を通じてそこに気づく。それを取り込んで、彼ら自身の内面が変わっていく。ちゃんと本質の芯を食べていく。そういう考え方になっていくのが大きいです。

ひとりひとりの名前は出せませんが、1期と2期の「偶然の学校」に通っていた生徒で、今ものすごく活躍している人も何人もいます。もちろん元々彼ら自身に素質があったのは間違いありませんが、もしわずかでも成長の役に立てているなら、僕も嬉しいですね。

ーー 「偶然の学校」は今年で3期目になりましたが、印象的だった回があればお教えください。

中井:『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太監督のワークショップは、インパクトがありましたね。中野さんには演技のワークショップをやってもらいました。演技のワークショップは、基本的に役者が受けに来るものなのですが、そもそも「偶然の学校」の生徒には役者は数名しかいない。

だから演技未経験の子たちにいきなり演技をやらせることになる。中野さんがオリジナルの脚本を書いて役をふっていくんですが、最初は本当にダメなんですよ。でも、練習を重ねていくと、彼らが「役を生きる」状態に変わっていく瞬間があるんです。そうすると最後の発表会で、プロの役者よりもいい芝居をしたりするんですね。すごいなぁと思って。人が本気になっていく瞬間とか、変わっていく瞬間が顕著に見えて鳥肌が立ちました。

あと、芸人のマキタスポーツさんの回も面白かったですね。マキタさんは、芸人に加えて、役者業やミュージシャン、文筆業なども含め、「芸人とはこうである」という枠組みを超えることでいろいろなことに挑戦している、この時代の最前線にいる革新的な人です。即席うどんのどん兵衛にお湯を入れて10分間待って食べるとまた美味しさが変わるという「10分どん兵衛」を生み出したのも彼です。この学校では「概念」に関する授業をやってくださいました。

ーー まさにイノベーションですね。

中井:そうです。そこに彼らが生まれて初めて触れるものがあって、今まで企画なんて考えたこともない子がグーンと伸びたのも面白かった。自分が知る延長線上じゃないことにどんどんチャレンジしていくんです。それによって一皮剥けていく瞬間があって、すごく面白いなと思いました。

最低10年は続けたい

ーー 今後は「偶然の学校」をどうしていきたいと考えていますか。 

中井:どこかのタイミングで、僕個人への依存率を下げてより面白く回っていく仕組みを作りたいと思っています。長く面白く続けていくためには僕の人脈や財布だけに頼らない仕組みづくりも必要だと思います。優秀なオリジナルスタッフに加えて、毎年、卒業生たちが「偶然の学校」に順次スタッフ入りしているのですが、彼らにとっての能力開発や表現の場でもありたいと思っています。そのために検討、模索しているところではあります。今年で3年目ですけど、最低10年はやりたいと思っています。

今は20~30人くらいが毎年来ているので、10年経つと300人くらいになる。300人の各世代がつながっていくんです。OB・OGも授業や飲み会に来たりする。今の現役とOB・OGもみんな仲が良いんですよ。そうすると10年間のつながりの中で、新しくて面白いことが世の中に生み出せる可能性がある。そういうのを見てみたいという思いがすごく強いですね。

先生も毎回違って、どういうアウトプットになるのか、何が起きるのかわからない。僕もどんな授業をするのかほとんど聞かされていないので、自分が一番ワクワクするし、“偶然”にも出会える。そして僕自身も成長していかないと、衝撃や刺激を与えられるようなレベルの高い人を先生として連れて来られない。だから僕も今年はどんな先生を用意できるか、生徒たちがどうやって1年間楽しんでくれるかという戦いでもあるんです。

本気で競わなければ見えないものがある

ーー 「偶然の学校」において生徒に最も望むことは何ですか。

中井:「本気で向き合いましょう」と、いつも言っています。この企画に参加してくれる先生たちは、新しい何かに触れたいという思いがあるんです。その道のプロになるほど、周りもプロが集まる。一流のプロは、そのジャンルに関係なくても、意欲が高い若い人たちに触れることが新鮮で面白いと言ってくださるんです。その期待に応えるためには、受ける側のモチベーションが非常に重要になってくる。生徒が受け身になっていてはダメだし、積極的に飛び込んでいかないといけない。

今って、ナンバーワンになることより、オンリーワンを尊重する風潮が強いじゃないですか。でも、競ったうえで、ひとつの道の発見として、オンリーワンになるのは良いと思うけど、最初から競うことから逃げていてどうするの?っていう思いもある。むしろナンバーワンになるくらいの覚悟で望まないと、掴めるものも掴めないと思うんです。

もちろん、全員がナンバーワンにはなれない。でも本気でナンバーワンを目指すことで結果的に掴めるものがきっとある。ワークショップをやる時だけは「相手を殺すぐらいのつもりでやろう」と言っています。それくらいの気持ちでやらないと、先生にも周りにも失礼だし、自分も伸びない。

ーー 学校を10年続けたとして、その後、中井さんは何をしていると想像しますか?

中井:この企画と並行してまた別の企画を立ち上げていたらと思いますね。もちろん「偶然の学校」を動かしながら、学校の生徒たちが羨むような新しい仕組みや、世の中を変えていけるようなことをしていたいです。

僕のやっている活動は、社会を少しだけ良くするとか、少しだけ面白くするってことがすべてに共通しているんです。映画の仕事もそうだし、「偶然の学校」もそう。何かそういうことがまた1つ生み出せていたらいいなと思います。10年後はひょっとしたら生徒の中から「偶然の学校」に登壇する先生が出てくるとも思っています。そういうのも楽しみですね。

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